60話 仮面との駆引き
60 仮面との駆引き
「おいらと勝負しろ」
再び、不気味な声が今度ははっきりと聞こえる。
思わず周囲を見回すが、そこには誰もいない。
「もしおいらが負けたら、こいつの呪いを解いてやる。だが、おいらが勝ったら――お前の命も、こいつの命も、両方いただく」
返事をする前に、勝手に条件が提示されていく。
さすがに、そこまで言われれば馬鹿でも分かる。
私は、仮面へと視線を向けた。
「……本当に、その条件なの?」
「ああ。言っとくが、こいつと手を組むのは構わねぇが、それ以外は駄目だ。約束を破った瞬間――こいつの命はない」
私たちの考えなど、すべてお見通しだと言わんばかりの嘲る気配。
どう考えても、分が悪すぎる条件だった。
こんな状態の彼が、まともに戦えるはずがない。
そもそも、私に協力してくれる可能性すら低い。
結果は、目に見えている。
無様に殺されるだけだ。
――それでも。
ほんの少しでも、可能性があるのなら。
「……わかった。受けるよ」
勝負に乗るしかなかった。
むしろ乗らない選択肢なんて、どこにもない。
震える手を、ぎゅっと握りしめる。
「なら、明後日の正午だ。こいつとの想い出の浜辺に来い」
満足したのか、そう言い残すと気配はすっと消えた。
言葉にできない恐怖が、遅れて全身を包み込む。
――怖かった。
「……ん」
「エルヴィスさん?」
彼が、目を覚ます。
「……なんで、お前がここにいる?」
私を認識した瞬間、敵意を剥き出しにした視線が突き刺さる。
身を起こし、ベッドから降りようとする彼に、思わず強い口調になる。
「駄目です。さっき階段から転げ落ちて、気を失っていたんですよ。体調も優れないんですから、まだ寝ていてください」
「俺に触れるな」
冷たく、迫力のある声。また手を払いのけられる。
「体調が優れないのは……お前のせいだ」
「……え?」
思いもよらない言葉だった。
意味が分からず呆然とする私に、さらに刃が突きつけられる。
「俺は、強くなるために感情を捨てた。それなのに――お前のせいで、捨てきれない」
一言一言が、胸を切り裂いていく。
それでも、私は引かなかった。
彼から、視線をそらさない。
「違います。それは、強さじゃありません。ただの戯れ言です」
感情を表に出さず、私なりの信念を冷静に叩きつける。
感情を捨てた人間が強いはずがない。
「それこそが戯れ言だ。……それでは、護るべきものは護れない」
真っ向から全否定される。
そうかも知れない。
でもそれを今の彼に言う資格はない。
「今のエルヴィスさんは、ただ強さを求めるだけの獣と同じです。護るべきものなんて……何もないですよね?」
「黙れ。これ以上、何を言っても無駄だ。ここから出ていけ」
図星だったのか、声を荒げて突き放される。
頭の中で、危険信号が鳴り響く。
ここで引きたくはなかった。けれど、これ以上ここにいたら私は再起不能になるかも知れない。
「……分かりました」
それだけ言って、潔く部屋を出ようとした――そのとき。
「――もう二度と、俺の前に姿を見せるな。――迷惑なんだ」
すでに、時は遅かった。
静かな口調だからこそ、威力は倍増する。
胸を切り裂かれただけでなく、何かが砕ける音が、確かに聞こえた。
その言葉が、頭の中で何度も何度も反響する。
その場で崩れ落ちそうになったけれど、それだけは絶対に避けたかったから必死に堪える。
懸命に冷静を装い、なんとか部屋から脱出。
「穂香ちゃん、エルちゃんの容態は?」
「リーサさん……エルヴィスさんなら大丈夫です。すみません、私、急いでいるので」
廊下でリーサさんと鉢合わせる。
魔術医から連絡を受け、駆けつけてきたのだろう。
視線を合わせず、その場をやり過ごす。
そして、自室に戻った瞬間――
私は崩れ落ち、声を上げて泣いた。
明日の正午まで。
泣くだけ泣いて、弱音を吐かせて。
――そのあとで、仮面戦に向けて対策を考えるから。




