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59話 仮面の代償


「クロさん、今日は本当にありがとうございました。おかげで、いい息抜きができました」


 寮に戻り、アーロンと撫子さんが練習場へ向かったあと。

 最後にもう一度、クロさんへ心からの感謝を伝えた。


 こんなふうに楽しめて、心の底から笑えたのは、本当に久しぶりだ。

 しかも、エルヴィスさんとの幸せな未来を思い描くことができた。

 今日は、本当に充実した一日だった。


 ――明日から、もっと頑張れる気がする。


「それなら良かった。おまえの笑顔は、本当に可愛いな?」

「え……?」


 なにを思ったのか、クロさんはニヤリと笑い、耳元で甘く囁く。

 あまりにも突然で、激しく動揺してしまう。

 たぶん、頬は真っ赤に染まっていた。


 そのとき――


「……ッ!!」


 背後から、喉を潰すような呻き声が上がった。

 直後に、鈍い衝撃音。まるで階段を転げ落ちるような音だった。


「旦那?」

「……え、エルヴィスさん?」


 クロさんの叫び声に、私も反射的に振り返る。

 階段の下で、エルヴィスさんが血を流して倒れていた。


 一気に血の気が引き、駆け寄る。


 仮面にはヒビが入り、模様が血のように、くっきりと浮かび上がっている。


 ――なに、これ……?


 目の前の現実が、まったく理解できなかった。


「駄目だ。完全に意識を失ってる。高熱で、呼吸も荒い」


 クロさんは即座に状況を把握する。


「オレが部屋まで運ぶ。穂香さんは、魔術医とクレアを呼んでこい」


 指示を受けても、私は呆然と立ち尽くしてしまう。


「穂香さん、しっかりしろ!! そんなんでどうする!」

「あ……は、はい! 呼んできます!」


 叱責され、ようやく現実に引き戻された。

 慌てて医務室へと駆け出す。


 ――やっぱり私は、鈍くさい。


 




「外傷自体は大したことはありません。ただし……呪いが体内全域に広がっています」


 魔術医の診断結果は、あまりにも残酷だった。


「ここまで侵食していると、一流の聖職者でも完全浄化は不可能でしょう」

「だったら、メシアは? 専門分野だろう?」


 クロさんが、別の可能性を問いかける。


「可能性はあります。ただ……おそらく、力の大半を使い果たすことになります」

「……そうか」


 それが何を意味するのか、クロさんも理解したのだろう。

 それ以上、言葉は続かなかった。


 ベッドの上で、エルヴィスさんは大量の汗を流し、荒い呼吸を繰り返している。

 高熱は魔術でだいぶ下がったものの、呪いには応急処置すら施せないという。


「ありがとうございます。あとは、私が看病します」


 さっきまであれほど怖かったのに、不思議と今は、恐怖を感じなかった。


「いけません。呪いが感染する可能性があります」

「構いません。それに……解除方法も、知っています」


 反対されても、意思は揺るがない。

 むしろ、さらに強くなっていく。


 愛する人からの呪いなら、怖くない。

 正体も分かっている。あとは――仮面が現れるのを待つだけ。


 食われる前に、叩き潰す。


「……分かりました。何があっても自己責任です。リーサ様には、こちらから報告しておきます」


 もう止められないと悟ったのだろう。

 魔術医は半ば呆れたように言い残し、部屋から出ていった。


「さっきはあんなに使い物にならなかったのに……覚悟が決まった途端、肝が据わる。本当に面白い女だな」


 クロさんが、ふっと息をつく。


「……本気になって、旦那から奪ってやろうか?」


 冗談だと分かる。

 その目は、ちゃんと笑っていた。


 張り詰めていた糸が、ほんの少しだけ緩む。

 こういう気遣いが自然にできる人なら、本気になれば誰だって簡単に落とせるんだと思う。


「またまた。心にもないことを」

「心にもねぇ? ……今は、そういうことにしておいてやるよ。何かあったら、すぐ呼べ」


 意味深な言葉を残し、クロさんも部屋を後にした。

 一人になった私は、彼の傍へ行き、椅子に腰掛ける。


「エルヴィスさん……仮面の呪いなんかに、負けないでください」


 できるだけ笑顔で声をかけ、彼の手を、ぎゅっと握りしめた。


「私も、頑張ります」


 久しぶりに感じる、確かな温もり。

 この温もりのためなら、なんだってする。

 辛いことがあっても、諦めたりしない。

 だって私たちには、明るい未来が待っているから。


 ――極上のご馳走を見つけた。


 不意に、不気味な声が、どこからともなく微かに聞こえた。

 空気が、ゆっくりとよどんでいく。



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