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57話 食堂にて


「なぁ旦那、穂香をオレにくれないか? あいつは磨けば磨くほど良い女になるぜ」

「!!」


 一人離れた席で黙々と食事をしているエルヴィスさんに、クロさんがまるで挑発するかのように声をかけた。

 内容が内容なだけに、私は思わず食べ物を喉につまらせ、盛大にむせる。


 は、なに言ってるの?

 しかも呼び捨て?

 心臓に悪い。


「勝手にしろ。あれは俺のものではない」


 なのに彼は、いつも通り淡々と答えるだけだった。


 ……あれ……。か。


「ああ、そうする。ということで穂香、これからデートしようぜ?」


 何が“そうする”なのか分からず、私は目を丸くし、口をパクパクさせる。


 クロさんは推しだけれど、恋愛対象ではない。


「不快だ。だから俺は一人が良かったんだ」


 静かに呟き、席を立つエルヴィスさん。

 食堂を去っていく背中を見送りながら、私は小さくため息をついた。


 せっかくクレアさんが、食事は一緒にと口酸っぱく言ってくれたのに。

 また逆戻りになりそう。


「クロさん、ちょっとやりすぎじゃないですか?」

「そうか? でもまぁ、効果てき面だろう?」


 彼が完全にいなくなると、撫子さんは不快そうにため息をつき、クロさんはしてやったりとばかりに笑みを浮かべる。


「え、どういうことですか?」

「旦那を挑発した。もし本当に穂香さんが、旦那の“大切なもの”なら、奪われたくないだろう?」

「アーロン、あんた……みんなに話しちゃったの?」


 信じられない事実に、顔が一気に熱くなる。

 隣に座るアーロンの胸ぐらを掴み、問い詰めた。

 聞かなくても答えは分かっている。それでも確かめずにはいられなかった。


「すまない。仲間は多い方がいいと思ってさ。リチャードとテキサス様は、既に知ってたぞ?」

「え……?」


 声から力が抜ける。


「仮面のことなら、マミアさんから聞いてます」

「同じく、母上から……」


 二人は申し訳なさそうに言う。


 その光景を想像しただけで、恥ずかしさに心臓が痛くなる。

 マミア様のことだ。弟の“大切なもの”の話を、興奮気味に語ったに違いない。


「もういい。じゃあ、あれは演技だったんですね?」

「半分はな。だが、デートの誘いは本当だ」


 気持ちを切り替え確認を聞いた矢先、クロさんはニカッと豪快に笑い、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 魂が半分抜けかける。


「旦那のために頑張るのもいいが、自分のために時間を使ってるか?」

「睡眠はちゃんと取ってますし、リフレッシュもしてます」


 毎晩湯船にゆっくり浸かり、マッサージも欠かさない。

 寝る前には『君だけに贈る愛の唄』を読んで心を癒やし、幸せな気分で眠り、すっきり目覚める。

 それで十分でしょう?


 それなのに、クロさんからは、余裕なく疲れているように見えるのだろうか。

 だからこんなふうに心配してくれている?


「それは最低限のことだろう? だから今日はオレとデートだ。なんならアーロンとメシアも入れて、ダブルデートってのはどうだ?」

「あ、そういうことなら喜んで」


 真意がようやく分かり、私は素直に頷いた。


 つまりクロさんは、二人の仲を取り持つために、私をカモフラージュに使っただけ。彼の真意を探りたかったのもあったんだろうけれど。


『は、なんでそうなる……?』


 二人は顔を赤らめ、声を揃える。

 ほぼ同じ表情で、正直ちょっと可愛い。


「穂香さん以外の女はメシアのみ。アーロンは穂香さんの舎弟。この組み合わせが自然だろう」


 相変わらず、屁理屈なのか理屈なのか分からない説明を、淀みなく並べる。


「確かに。それなら仕方ねぇな」

「うん。そしたら一肌脱いで協力するのが道理だよね?」


 真に受けた二人は、張り切って頷く。本当の理由も知らずに。



 ……一肌脱ぐ? 道理だよね?


 撫子さんにしては、どこか引っかかる言葉遣いだった。

 そういえば彼女は、ときどきこういう言葉を、自然体で使う時がある。


 ――義理と人情に厚い子、なのかな。


 でも、それをここまで隠す理由ってあるんだろうか。

 だったらやっぱり、クロさんの言っていた格闘……!?


 ――いや、さすがにそれは考えすぎか。


 小さく首を振って、その考えを振り払った。



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