51話 ことごとく惨敗
「無理だ。他を当たれ」
彼の部屋に押しかけ、粘ること数十分。
ようやくドアは開いたものの、指輪の修理を頼むや否や、冷たく突っぱねられた。
「そんなこと言わないでください。この指輪が直らなかったら、私は魔術が使えません。メシアに迷惑をかけてしまいます」
「……分かった。貸せ」
強引に食い下がった末、どうにか了承を勝ち取る。指輪をひったくられるように奪われ、ドアが閉まりかけた瞬間、私は足でそれを止めた。
「まだあるのか?」
声だけで滅茶苦茶苛立っているのが良く分かる。
――感情を失った割には、怒りは残ってるんだ。
「はい。私を一から鍛えてください」
「……正気か? 鍛える価値がない」
気合い十分でお願いしてみると、案の定速攻却下。しかも酷い台詞付き。
「それは、やってみないと、きゃぁ!?」
ここも引けないため今度は口を尖らせて強気に言い返す途中、全身を値踏みするように触れられた。反射的に悲鳴が出る。
「どれだけ自分を甘やかせば、こんな無様な体型になる?」
軽蔑を含んだ声音に、胸がきゅっと締めつけられる。
――そういうことか。
鍛え方を見られたらた結果の台詞ね。
確かに私の身体はだらけきっているワガママボディー。
最近爆食は控えているから標準体型に戻りつつあるけれど、運動なんて一切していない。お腹も締まりがなく、腕もブヨブヨ。
それに比べて彼は、服の上からでも分かるほど引き締まった無駄のない肉体。以前よりも、明らかに研ぎ澄まされている。見れば見るほど魅力的な身体――
――息も出来なくなるぐらい抱かれたい。
理性が動くより先に本能が叫ぶ。
胸の鼓動が高鳴り、無意識に手を伸ばしてしまう。
「……発情寸前のメス豚が。俺に触れるな」
低く吐き捨てられ、手をはたき落とされる。
そのまま、ドアは無情に閉められた。
また、拒絶されてしまった。
“発情寸前のメス豚”
ごもっともすぎる面白い例え……
……今の彼に恋愛感情を向けても、受け入れてくれるはずがない。
私は一体何をしているんだろう?
ふらふらとその場を離れたところで、駆け寄ってくる足音がした。
「穂香ちゃん、何してるの? いくらなんでも、今のエルちゃんに突撃するなんて無謀すぎるわよ」
「……惨敗です。図星を、これ以上ないくらい突きつけられました」
リーサさんは悲しげに、少しだけ怒った表情で私を見る。
冗談めかして返すつもりが、足に力が入らず、その場に崩れ落ちた。
大粒の涙が、床に落ちていく。
私は、あと何回彼に傷つけられるんだろう。
それで正気に戻るのならば、何度だって傷つく覚悟はある。
仮面を被っていることが、不幸中の幸いだ。
もし表情までもが見えていたら、きっと私の心が早い段階で壊れてしまう。
――でも。
昼間よりも、仮面の赤い模様が、ほんの少しだけ濃くなっていた。気のせい……じゃない気がする。
「穂香ちゃん、いいことを教えてあげる」
私を抱き寄せ、背中を撫でながら話し出す。
「仮面の赤い模様はね、契約者の“人の部分”なの。遠目で見ても分かったわ。先週より、確実に濃くなっている。私たちができなかったことを、あなたは半日でやってのけたのよ」
新たなる真実に、褒め殺し。
赤い模様は、人の部分?
濃くなったということは――戻り始めている?
「……それなら、良かったです。でも……やっぱり、辛い」
悲しい涙に、嬉しさが混じる。それでも、痛みは消えない。
「こういう時はね、美味しくて甘いものを食べるのよ」
甘すぎる悪魔の誘惑。
想像するだけでよだれが出そうになるも、ハッと我に返る。
「だ、だめです」
涙はピッタリ止まり、大きく首を横に振る。
「そんなことしたら、いつまで経っても“鍛える価値がない”ままですから」
「穂香ちゃん……あなた、意外とタフなのね」
勢いよく宣言をする私が予想外だったのか、圧倒されポツリと呟くのだった。




