47話 小説との微妙なズレ
「穂香さんが強制送還されてから一年後、世界の危機が明確になり、メシアが召喚された。それからさらに一年の月日が流れておる」
――つまりアスラークでは、二年の月日が流れている。
私の世界では、一年弱――
久しぶりのアフタヌーンティーをご馳走になりながら、私は最後まで黙って話を聞くことにした。
「最初はあやつも、以前と変わらぬ日々を過ごしておった。時折、穂香さんのことが話題にのぼり、穏やかな笑みを浮かべ幸せを心から願っておったよ。あやつも恋を知ったことで、大きく成長したと……そう思っておったのじゃが」
懐かしむような、どこか温かな話しぶり。
けれど、そこで一拍、間が空く。
「……しかし半年ほど前から、戦況は急激に過酷を極めた。三ヶ月ほど前あやつも生死を彷徨うほどの重傷を負ってな。それからじゃ。仮面を被り、感情を殺し、ただ強さだけをひたすら追い求めるようになったのは」
胸が、きゅっと締めつけられる。
「今では、親しかった者との交流すら避けておる。このままでは、人を――」
「捨てさせません」
最後まで黙って聞くつもりだったのに、口が勝手に動いた。
「私が、ちゃんと元のエルヴィスさんに戻してみせます」
自分でも驚くほど、強い言い切りだった。
……さっきから私、偉そうなことばかり言っている。
冷静に考えれば、私にそんな力があるんだろうか?
すぐ泣くし、逃げてばかりだし、心も脆い。
ついさっき固く決意したはずなのに、もう崩れかけそうになる。
――でも。
私がやらなければ、小説通り、彼に待つのは残酷な死。
そんな結末、絶対に嫌だ。
心が揺れて、迷子になりかける。
私の覚悟なんて、所詮この程度……。
「穂香さん、少し肩の力を抜きなさい」
学園長は、そっと私の頭に手を置いた。
「泣きたい時は泣けばよい。弱音も、全部吐き出してよい。助けてほしい時は、遠慮なく求めなさい」
思いもよらない言葉だった。
「それが出来る者こそ、芯の強さを持っとると、ワシは思う。……あやつに、唯一足りないものじゃな」
私はぽかんとしたまま、学園長を見つめる。
それが……芯の強さ?
確かに、それはエルヴィスさんが持っていなかったものばかりだった。
唯一垣間見た彼の弱さも、今思えば“弱さを隠すための鎖”にしようとしていたのかもしれない。
「信じられない顔をしておるな。だが、本当のことじゃ。とにかく、信じてほしい」
「……はい。信じてみます」
私は小さく頷いた。
正直、まだ完全に腑に落ちたわけじゃない。
それでも、学園長の言葉だから信じてみようと思った。
「もし、辛くなったら……また、ここに来てもいいですか?」
「もちろんじゃ。いつでも来なさい」
試しに弱さを口にしてみると、優しい微笑みと心強い言葉が返ってくる。
その優しさが心に染みて、少しだけ楽になれた。
――よし。
この言葉を信じて、頑張ろう。
「ありがとうございます。……ところで話を戻しますけど、今の現状って、結構ヤバいんですか?」
そう思ったら元気がでてきて、今度は現状を把握。
今までの話からすると結構追い込まれているのだろう。
「まあな。今はまだ、ラークの門はかろうじて護られておるが、すでにいくつかの都市は滅びとる。人間族と魔族が協力しても、なお不利な状況じゃ」
思わず息を呑む。
小説通りなら多分この戦況は半ば辺り。これからますます悪化していくはずだけれど、彼の仮面の一連は書いていなかったのはなぜ?
「これは、あまり言いたくはないのじゃが……」
学園長は困ったような表情で続ける。
「正直、今回のメシアは、メシアとしては、支援魔術がやや劣っておる」
……“やや”で済む話ではなさそうだ。
これも小説にはない。
「でも、撫子さんは一生懸命なんですよね?」
「そうじゃな。そして……何かをひたすら隠しておるようにも見える」
「隠してる? まさか恋愛禁止とかで、気持ちに蓋してるとか?」
ありがちなパターンを口にしてみる。
今の彼なら、言い出しかねない。
「いや。恋愛は自由じゃ。もっと大きな隠し事じゃな」
学園長は、じっと私を見た。
「穂香さん。探ってくれんか?」
「……私に、出来ますかね?」
丸投げというほどではないけれど、なかなか厄介な役目を任されてしまった気がする。




