46話 揺らぐ決意
あの時と同じように、彼の運転する車で戻ることになった。
ただし、あの時とは配置が違う。
助手席には撫子さん。後部座席に、私とアーロン。
「ねぇアーロン。撫子さんって……ひょっとしてメシア?」
声を潜めて問いかけると、アーロンは当然のように頷いた。
「ああ。オレとエルヴィスは、メシアを護りし戦士だ」
やっぱり。
前の二人に聞こえないように状況を整理する。
小説でも冷血最強の護りし戦士の教え子も、護りし戦士。そして、その教え子とメシアが結ばれた。
……ということは、つまり?
アーロンと撫子さんが結ばれ世界は救われる。
へぇ~あの女心皆無だったアーロン坊やがねぇ?
「ねえ、アーロンって撫子さんのこと好きなの?」
「はっ!? なんでそういう話になんだよ!」
ニマニマ笑顔で軽くからかえば、反応は予想以上だった。
顔を真っ赤にして逆上するアーロン。
――可愛い奴。
「静かにしろ」
低く、冷えた声が前から飛んでくる。
「雑談するのは構わんが、感情を高ぶらせるな」
「へいへい、すみませんね。……でもオレは、お前みたいに感情を捨てる気なんてありませんから」
エルヴィスさんのきつい説教にも、アーロンは慣れた様子で受け流すだけでなく、嫌味付きで言い返す。
その返答はない。途車内に、重たい沈黙が走る。
殺伐とした空気。
原因は、どう考えても私なのに。
でも、私には何も言ってこない。
……だったら。
「……うるさくして、すみませんでした」
謝ったけれど、返事はない。
え、私、無視されてる?
「エルヴィスさん……?」
「気安く話しかけないでくれ」
今度は即答だった。
「誤解されないように言っておく。お前が知っているエルヴィスは、とっくの昔に死んでいる。今の俺とお前は、赤の他人だ。そのつもりでいろ」
「――っ」
あまりにも冷たい拒絶。はっきりと境界線を張られてしまった。
言葉のナイフが、胸を何度も何度も貫く。
過呼吸になりかけ、涙が溢れそうになる。
それでも、すべて飲み込んだ。
……想定の範囲内。
こんなところで、負けてなんかいられない。
「エルヴィス、言い過ぎだろ」
「そうですよ。穂香さんが可哀想です」
二人がすぐにフォローして、彼を叱ってくれる。
けれど――。
「そうか? 変な期待を持たせるより、よほどいいだろう」
さらに冷たい言葉が重ねられる。
再び突き刺さる刃。
頑張れ私。
負けるな私。
「お前の処遇は、学園長に任せる」
「……解りました」
それでも私は気丈に振る舞い、その場をやり過ごした。
学園長に託すのならば、私に勝算があると確信する。
「彼女のことは、お主に任せる」
「なっ!?」
学園長室で事情を説明すると、学園長はうっすら笑い、あっさりと彼に丸投げした。
その瞬間、ここに来て初めて、彼が絶句する。
私はホッとした。
……よかった。
まだ、少しは残っている。
「二度の転移を自ら行ったということは、もはや偶然ではなく必然じゃ。メシア補佐の役割を持っていると考えるのが妥当じゃな」
年の功というべきか、学園長はもっともらしいご託をすらすら並べる。
その場しのぎの真っ赤な嘘。
だからその様子が妙に面白くて、思わず口元が歪んだ。
「……解りました。ただし俺は、メシアを護りし戦士。彼女の身の安全は保証できません。自分の身は、自分で護れ」
「戦場など絶対に行かないので、そこは大丈夫です」
やっぱり一言一言に、棘がある。私への態度はなぜかさらに冷たい。
そんなこと言われなくても分かっている。
なんの力はない私は、ただの足手まといだ。
「……それならいい」
納得してくれたのかそれとも興味がないのか、それ以上の追求はなく視線も背けられる。
「少し、彼女と二人で話がしたい。お主は席を外してくれ」
「はい」
学園長の申し出に、異論ない彼はさっさと部屋を出て行く。
「穂香さん、辛くはないか?」
彼がいなくなった途端、学園長は私を気に掛けてくれる。
「今のあやつは、ほとんど心を失っておる。それを“強さ”だと誤認しておるのじゃ」
「……やっぱり、そうなんですね。でも、完全じゃないって分かって少し安心しました」
私はにっこり笑って答える。
「……まだ、間に合いますよね?」
「もちろんじゃ。穂香さんになら、きっと救える。それを見込んで、あの水晶を託した」
学園長は静かに続ける。
「あれは、強い意志と覚悟が芽生えた時、お主の力を最大限に引き出すブーストのようなもの。ただしその代償として――二度と元の世界には戻れんがな」
「はい。もう戻るつもりはありません。……いろいろ、根回しありがとうございます」
やっぱり、この人にはすべてお見通しだったようだ。
少し強引な気がしつつも、私にはちょうど良い。
きっと一生頭が上がらないだろう。
……ただ。
「それで、今さらなんですが……」
恥を忍んで聞いて見る。
「私が帰ってから……どれくらいの月日が経ってるんですか? それと出来れば現状も詳しく聞きたいです」
あまりにも今さらな質問に、学園長はぽかんと拍子抜けした表情に変わった。
ますます恥ずかしくなり、頬をかきながら苦笑する私。
――緊迫した空気が、一気に台無しなった。




