5話 ギルド協会に行く
クレアさんの予想は大ハズレだった。沈黙が続き、重たい空気が流れる。
エルヴィスさんの表情は険しく、歩くペースもやたら早い。ついていくのがやっとだ。
自業自得だから、何を言えばいいのかも分からない。
もうこれ以上無神経なことを言って、これ以上悪化させたくないのに――
「きゃっ!」
足元を見ずに小走りしたせいで、石につまずいた。
倒れそうになった瞬間、後ろを振り返ったエルヴィスさんの腕が、間一髪で私を受け止めてくれる。
「大丈夫か? すまない、歩くペースが早かったな」
「え、ありがとうございます……」
「穂香に合わせよう。約束の時間には――まだ早いな。どこか行きたい場所はあるか?」
……え、優しい!?
さっきまで怒ってたのに? 怒りゲージのリセット早くない?
あんなにピリピリしていた空気が嘘みたいで、思わず嬉しくなる。私はきょろきょろと辺りを見回した。
ここは商店街のようで、賑やかで活気に溢れている。遠くでは軽快な音楽――お祭りのようなリズムが聞こえてくる。
おとなしくしていようと思ったのに、足が勝手にが音の方へ吸い寄せられてしまう。
そのとき、ふと視界に入ったのぼりの文字が――スッと日本語に変わった。
「……え?」
慌てて目を擦り、他の看板を見る。どれも同じように、日本語に変わっていく。
昨日は読めなかったはずなのに、どうして?
「どうした?」
「読めるんです。文字が……私の読める文字に変わっていくんです。これって普通なんですか?」
「――ギルドに急ぐぞ」
それだけ言って、エルヴィスさんは再び歩き出した。
焦っているはずなのに、さっきより歩くスピードは遅い。ちゃんと私に合わせてくれている。
「ケインはいるか!」
“ギルド協会本部”と書かれた建物に入るなり、エルヴィスさんは迷わず誰かを呼ぶ。
周囲の視線を一身に浴びてもお構いなしに、受付までズカズカと進んでいく。
「エル? まだ約束の時間じゃないが、何かあったのか?」
奥から現れたのは、濃い緑髪のイケメン。驚いたようにこちらへ歩み寄る。
この人がエルヴィスさんの旧友――ケインさん。呼び方も「エル」だし、かなり親しい仲のようだ。
「緊急事態だ。……内密で話したい」
「……ああ、こっちだ」
ケインさんはそれ以上何も聞かず、私たちを二階の応接室に案内した。
「彼女が異世界人か。確かに成人してるな」
通された部屋でケインさんが放った第一声。
――うん、もう三度目。ショックを通り越して、ちょっと笑えてくる。
「そうだ。だが、メシア特有の加護“言語翻訳”を持ってる」
「え、そうなんですか!?」
初めて聞かされる事実に、思わず素っ頓狂な声が出る。。
あれは、そういうことだったの? なんでさっき教えてくれなかったの!?
「ならやっぱりメシア確定だろう? 神自ら召喚した特別な存在――これまでにない災いが起きるかもしれない」
どう考えてもヤバそうな単語が並び、思わず二人の顔を見回す。
でも、二人は真顔。冗談じゃない。
魔王退治より恐ろしい災いって、なにそれ。
「それはまだ分からない。とにかくステータスを計ってくれ。それですべてが決まる」
「だな。穂香さん、カードを持って心を落ち着かせてから“ステータス”と念じてください。今と最大の数値と加護がカードに記され、もしメシアであれば黄金に輝くでしょう」
「りょ……了解です」
ゴクリと唾を飲み込み、震える手でカードを受け取る。
――これですべてが決まる。
怖い。
ものすごく、怖い。
心を落ち着けようとしても、心臓の音がドクドク鳴り響いて止まらない。
「メシア誕生の際、護りし戦士も五人選ばれる。だから、心配はしないでください」
そういう問題じゃないんですけど!?
不安がダダ漏れであろう私を励まそうと助言してくれたんだろうが、逆効果でしかなかった。
アスラークって、実は乙女ゲームの世界だったりするの?
だからメシアは少女設定?
ますます全力で拒否したい……。
……でももしエルヴィスさんが、その“護りし戦士”だったらいいかも。
ふっとにそんなことを思いってしまい、彼の顔をチラリと見る。
眉間にしわを深く寄せ、難しい表情で何かを考え込んでいる。私のことなんか、眼中にない。なんでもいいから声を掛けて欲しかった。
…………。
…………。
これ以上はさすがに迷惑だよね?
自分勝手でわがままになってしまった自分の気持ちに嫌気がさした。
数十分後。
やっとのことで心を落ち着かせ、私は小さく息を吸い込む。
――ステータス
次の瞬間、カードはパッと――光り輝きだす。




