45話 異世界転移再び
「あれ、ここは?」
そこは見覚えのある遺跡だった。
私と彼が、初めて出逢った場所。
よく分からないけれど……また異世界転移した?
彼がいる世界に。
けれど、様子がおかしい。
張り詰めた空気。
鼻をつく、生臭い血の匂い。
経験したことのない事態に頭が追いつかず、パニクった私は思わず頭を抱え、その場を行ったり来たりしてしまう。
空はこんなにも晴れて穏やかなのに――いったい、何が起きているの?
「ガルル……」
「え、今度は何?」
背後から、ぞくりとする気配。
獣が威嚇する低い唸り声。
完全にテンパっていた私は、反射的に喧嘩腰で振り返ってしまった。
そこにいたのは、黒い靄を纏った狼のような魔物。
真っ赤な瞳が私を捉え、今にも飛びかかってきそうだった。
……え。
私、ここで死ぬの?
――違う。
せめて彼を一目……じゃない。
彼の傍で、支えるって決めたんだ。
こんなところで、死んでいられない。
「……そうだ」
魔術。
本来なら恐怖で足が竦む場面だろう。
けれど今の私には、達成したい目的がある。
不思議と、怖くなかった。
深く息を吸い、心を落ち着かせる。
激しい炎を、はっきりとイメージする。
そして――
「イグニション」
言葉を発した瞬間、想像を遥かに超える炎が渦を巻く。
魔物だけでなく、周囲一帯を焼き尽くすほどの火力。
……え?
制御できてない。暴走してる?
…………
…………。
その時、ふと気づく。
私の魔力導線を正常化するには、指輪を右薬指につけなければ効果を発揮しなかった。
慌てて左薬指の指輪に視線を返る。
宝石にはヒビが入り、百合の花弁も数枚欠けていた。
……壊れた?
さっきまでは、そんなことなかったのに。
異世界転移が原因?
「ガルルッ!」
新たな魔物が現れ、躊躇なく飛びかかってくる。
「――っ!」
肩に牙が食い込み、激痛が走った。
とっさに近くの石を投げつけ、距離を取らせる。
久しぶりに“死”が頭を過ぎった。
せっかく、ここまで来れたのに。
彼に会えないまま、死んでいくの?
……そんなの、嫌だ。
「ガルル――」
再び飛びかかろうとした、その瞬間。
――魔物は、氷の刃に貫かれ、地面に崩れ落ちた。
「……え?」
いきなりのことに辺りをキョロキョロ見まわせば、三人の人物が私のもとへ駆け寄ってきた。
ツインテールで黒髪の可愛らしい小柄な美少女。
どこか見覚えのある、赤毛の少年。
そして――漆黒の仮面に、血のように赤い模様が薄く走っている。
それを被った男からは、二人とは違う不気味な気配がした。
――怖い。
…………。
エメラルドグリーンの髪。
凛とした佇まい。
心がざわつき始める。
「大丈夫ですか?」
美少女が心配そうに声をかけてくる。
けれど、私の視線は、仮面の男に釘告げになっていた。
「……エルヴィスさん、ですよね?」
なぜ仮面を被っているのかは分からない。
それに 私があげた指輪をなぜかしていない。
でもなぜか、確信があった。
肩の痛みはまだ残っているけれど、思ったより動ける。
仮面の男は、なんの反応も見せず黙ったまま。
「姐さん?」
代わりに、赤毛の少年が懐かしい呼び名で呼ぶ。
一瞬、誰か分からなかった。
声変わりもしていて、背も随分伸びている。
でも、顔をよく見てみると、見覚えがあるあどけなさが残っていた。
「……アーロン?」
「やっぱり姐さんか。久しぶり……って言いたいけど、元の世界に戻ったはずの姐さんが、なんでここに?」
「私にもよく分からないの。指輪と、学園長がくれた水晶が光って……気づいたら、ここにいたみたいで」
できるだけ詳しく説明する。
疑われているのは分かる。
一度帰った異世界人が、また現れたら……当然だ。
「アーロンの知り合い?」
美少女が愛らしく首を傾げる。
「ああ。俺は姐さんの舎弟で――エルヴィスの嫁」
「!!」
……ちょっと待て。
舎弟はまぁ良いとして、嫁って何よ?
疑われているはずなのに、ずいぶんフランクな説明。しかも当然かのように嘘を吐かれて、屈託な笑顔を浮かべる。
外見は随分成長しているよけれど、中身は全然変わってない。
「え、そうなんですか? エルヴィスさん?」
美少女は鵜呑みにしてしまい、キョトンと仮面の男を見上げる。
「……昔の話だ」
ようやく、彼が口を開く。
やっぱり、エルヴィスさんだ。
でも声に感情がまったく感じられない。
以前なら否定して怒っていたはず。
「そうなんですね。私は、大和撫子と言います」
それで納得したのか、ニコニコ笑顔で名乗る美少女。
名前は完全にダジャレだけど、その外見なら納得が行く。
「私は、藤原穂香です」
さすがに彼の姓は名乗れず、本名を名乗る。
完全に誤解されたんだけれど、それで本当にいいのか?
……元嫁。
ちょっと傷つくかな?
それにしても今の彼は、どのぐらい心を凍らせてるんだろうか?
……それなりに傷つけられる覚悟をしとかないとね?
「それよりも穂香さんも、日本人なんですか?」
「うん。でも私はノラの異世界人。……あ、疑いは?」
アーロンとの会話と黒髪で察しはつかれたのだろう。今さら隠す必要もなく気軽に答える中、重要なことを思い出す。
私もしかして“脅威”でメシアの敵なのでは?
「あっ、それなら晴れてるぜ。姐さんがいなくなっても、脅威は消えるどころか増すばかり。学園長に無関係だって強気指摘され、きつくお灸を据えられ撤回された」
あっけらかんと簡単な後日談を教えてくれるアーロン。
それなら疑うことなくないかと思いたくもなるけれど、知り合いだとしても異世界人が突然発生。
疑われても仕方がない。
でも撤回されていて、ホッとする私だった。




