44話 君だけに贈る愛の唄
発売日当日、
開店と同時に書店へ駆け込み購入。
急いで帰宅するなり、靴も脱ぎきらないまま本を開く。
――彼女が俺の前に現れた瞬間、初めて胸がざわめき、高鳴った。
心眼で心を覗けば、説明のつかない魅力がある。
だが外見は、どこにでもいる女。特筆すべき魅力はない。年齢も俺と大差ないだろう。
ならば、メシアではなくノラだろう。危険性は皆無。人畜無害。
だから、興味を持っただけだ。観察対象。
そう、無理矢理自分に言い聞かせた。
彼女が俺を「兄のような存在」だと笑顔で言ったとき、なぜか衝撃を受け、感情を爆発させた。
俺らしくない。
彼女の笑顔は太陽のように温かく、俺に力を与える。
誰にも奪われたくない。
傷つけたくない。
気付けば、彼女の傍にいることが当たり前になっていた。
彼女といると、世界のすべてが輝き、軽快な旋律を奏で始める。
しかも彼女は、最初から俺を疑わなかった。
いい歳をした女だというのに、純粋無垢で、危なっかしい。
俺を何だと思っている?
だが、それが心地良い。
優越感――そして、安らぎ。
それが恋だと気付くまでにも、認めるまでにも、時間がかかった。
恋という感情は、メシアの剣であり盾となる宿命を背負った俺には不要なものだった。
いつもなら迷いなく切り捨てていた。
だが、今回は違った。切り捨てられないどころか、感情は育ち続けていく。
制御できていると高を括っていた俺は、愚かだった。
そんな私との出会いから、想いまでもが、すべて物語として綴られていた。
愛が、溢れて止まらない。
冷血最強の護りし戦士の名は偽名。
だが、異世界から来た彼女の名だけは違った。
藤原 穂香
間違いない。
この小説は、ただの遺作なんかじゃない。
きっと――彼からの、私へのラブレター。
全世界に晒されていると思うと恥ずかしい。
けれど、それ以上に嬉しくて、涙が止まらない。
私が思っていた以上に、彼は私を愛してくれていた。
冷血鬼教師が、ここまで愛に溢れていただなんて。
意外すぎて、思わず笑ってしまう。
……ただ、ところどころ刺があるのはなぜ?
全世界に私の間抜けさを晒していませんか?
まあ、知り合いが読んだとしても、まさか本当の話だとは思わないだろうけれど。
そんな突っ込みを入れながら読み進めると、物語は「宿命」と「愛」の選択で揺れるようになる。
俺が、穂香との未来を漠然と思い描き始めていた頃――
元許嫁によって、穂香が大怪我を負う事件が起きる。
いつも俺の傍らで笑っていた穂香が、傷つき顔を青ざめ床に沈んだ。
穂香がいなくなる。
体験したことがない恐怖が俺を襲う。
その時の俺は怒りに囚われ恩師がいなければ、元許嫁を燃やしていただろう。
そこから始まる負の連鎖。
世界を脅かす新種の呪詛。
そして、穂香自身が脅威となる可能性。
俺は本気で穂香を連れて、遙か遠く地へ逃げようとした。
けれど穂香は、強制送還を受け入れた。俺と世界のために。
だから俺も、穂香の意思を尊重し、……恋に蓋をした。
穂香が去ったあと、俺は再び宿命のため、生き続ける。
感情を押し殺そうとしたが、最後の最後でそれは崩壊した。
穂香も俺も受け入れ、俺たちはたった一度一つになった。
すべてが愛おしくて、
触れ合うほどに、熱は燃え上がる。
楽園以上の快楽を知った。
そして、別れの約束を交わす。
――もし君の世界で生まれ変われたなら、今度は添い遂げよう。
その約束がある限り、俺は強くいられると思っていた。
だが、現実はそんなに甘くなかった。
メシア降臨後、戦いは次第に過酷を極め、兵士達は次々と命を落とす。
やがて、メシアや俺達も護りし戦士までも脅威が襲いすべてを護り抜くためには、すべてを捨てるしかない状況に追い込まれる。
だから俺は――
彼女との記憶ごと、心を捨てる。
冷血最強の戦士になるために。
――穂香、すまない。それでも俺は、愛している。
もし、またどこかで出逢えたならば、その時は――
そこで、物語は終わっていた。
私の選択は、間違っていたのかもしれない。
その方が彼のため、世界のためだと思っていたけれど、結果的に脅威じゃなかった。
それに戻らない道を選んでも、彼は私を選んでくれていたと思う。
そしたら彼は、メシアを護りし戦士になったとしても、冷血最強に戦士にならずにすんだ。
「……例え世界中を敵に回したって、私はエルヴィスさんを選ぶべきだった……」
ぽつりと、遅すぎる後悔が零れる。
その瞬間、指輪に涙が落ち、淡く光り始めた。
同時に、学園長から餞別として渡され今は本棚に飾ってある水晶も、呼応するかのように輝き出す。
そして私は、光に飲み込まれた。




