42話 最後の別れ
「着きました。この扉の先に進んでください」
「あの……一人で、ですか?」
「はい。ここを通れば元の世界に帰れるはずです」
兵士の業務的な台詞が、刃となって私の胸を刺した。
――痛い。
ああ、ついに彼ともお別れか。
もう、この温もりを感じることはできないんだね。
繋がれた手を離そうとするけれど、心が言うことを聞いてくれない。
彼の手も震えている。呼吸も微かに荒い。
彼に視線を変えれば、一見いつも通りの表情――
でもそれは鉄仮面と鎧で弱さを部分を覆い隠した姿だった。
今思えばいつもそうだったのかもしれない。だから彼は強い――。
すべてを剥がして、本当のあなたに触れたかった。
「二人に、三分だけ時間を与えてくれないか?」
第三者の威厳ある声が、兵士たちの背後から響いた。
兵士たちは中央を空けて整列。ビシッと敬礼する。
『ハッ!!』
「私たちは、これから二人を引き裂く。そのくらいの猶予は、当然の権利だと思うのだが」
『は、了解しました』
鶴の一声だった。兵士は反論せず一斉に退く。
オーラが半端ない金髪にブルーの瞳。爽やかで甘いマスク。
最後に、とんでもないイケメンが現れた。
「先輩、すみません。私にできるのはこのくらいです。本当に、あの化石連中をさっさと隠居させないと、人間族は破滅しますよ」
「愚痴は後で聞く。時間がない。お前も下がれ」
「了解」
彼の知り合いなのだろうか。根回しをしてくれたのに、雑に追い払われる。
イケメンは笑顔で敬礼し、兵士たちのもとへ戻っていった。
「……誰なんですか?」
「誰だっていい。今は、俺だけを見ろ。俺を感じろ」
「え……は、はい」
当たり前のはずの疑問なのに、彼の癪に障ったのか怪訝な命令口調。
強く壁に押しやられ、深い、深いキス。
息をするのを、忘れてしまうほど。
愛が、伝わる。
激しい炎に、心ごと揺さぶられる。
これが、本当の最後。
「悲しかったら、泣けばいい。俺には――ありのままの……」
「絶対、嫌です。最後に見せる顔は、笑顔でいたい。笑顔の私を覚えていてほしいんです。それに……そう言うあなたこそ、もう気を張らなくていい。弱くて脆いあなたも、私は愛せます」
もう泣かないと決めたのに、油断すると涙が溢れそうになる。
だから必死に堪えて笑顔でいるのに、
それすら否定されそうで――同じ言葉を、押し返した。
私はまだ、彼の弱い一面を見ていない。
すべてを晒されてはいない。
「そうだな。だが……すまない。それを見せたら、俺は俺でなくなってしまう。言っただろう。俺は、メシアの剣であり盾になる。そのためには、強くあり続けなければならない」
「……そうでしたね。おかしなことを言って、すみません」
私のワガママだった。
彼の決意は分かっていた――分かっていた、つもりだった。
……でも見てみたかった。
「謝るな。その時、お前がいなくてよかったのかもしれない。きっとその頃の俺は、心も感情も捨ててるだろう。そしたらお前を平気で傷つける」
「……生きていてください。命を粗末にしないでください。約束です」
堪えていた涙が、崩壊する。
「すまない。もし、お前の世界に生まれ変われたら……今度は、結婚して、子どもを作って、添い遂げよう」
「嫌です。そんな、ありもしない約束なんて、したくありません」
戦死を前提の言葉と、意味不明な未来の誓い。
そんなもの、“解りました”と頷けるはずがない。
彼の胸元で、子どものように駄々をこねる。
――逢えなくても、幸せに生きてくれれば、それでいい。
あ、そうか。
私の幸せは、エルヴィスさんが幸せでいることなんだ。
「穂香。すまない。約束してくれ。その約束があれば、どんな過酷な運命でも、俺は立ち向かえる」
「エルヴィスさんの……馬鹿。大嫌い」
初めて見せてくれた弱音なのに、頭に血が上った私は受け止められず。ひどいことを言い捨ててしまった。
「……」
鉄仮面にひびが入ったのか、彼の表情は絶望へと崩れ落ちた。
声すら、もう出ない。
救済を求めるように差し伸べられた震える手さえも、私は感情のまま払いのけた。
愛しているからこそ、そんなことを言うあなたが大嫌い。
「お時間です。穂香さん、お入りください」
イケメンの声が、終わりを告げる。
これが本当に最後の別れだと知っているのに、私は振り返えらず。
「……さようなら。お元気で」
返事はなにも、返ってこなかった。




