39話 夕暮れ時
「そろそろ時間ですね」
「そうだな。式典に顔を出さないと怒られるからな」
空がいつの間にか茜色に染まり始めた頃、私たちはようやく重い腰を上げた。
結局、お出掛けといえば港町と浜辺くらいで、あとは二人で愛を語ることに夢中だった。
誰もいないのをいいことに、少しだけ深い関係にもなってしまって……心も体も、全部が満たされていく。
もし場所が外じゃなかったら、きっと最後までいっていたかもしれない。そうなっても良かったと思う反面、たぶん――これで良かったんだと思う自分がいる。
元の世界に戻っても、いまなら時間が掛かっても、また以前のように楽しく生きていける。
ただ私は、一生エルヴィスさんだけのものだって決めたんだ。もうエルヴィスさん以外の人をこんなに愛せる自信がない。そんなの相手に申し訳ないから。
幸い今のご時世、生涯独身なんて珍しくもないからね。
エルヴィスさんだって一生……メシアと結ばれるかもしれない……。 だってメシアのために人生をかけて生きているんだもん。
幸せになる権利は、誰よりもある。
私の幸せは……後少しだけ。
それでいいって決めてるから。
「穂香、どうした?」
「なんでもないです。行きましょ」
もう泣くなんて卑怯な真似はしたくなくて、不思議そうにする彼へにっこり笑った。
いまから最後の瞬間まで、笑顔でいたい。彼の笑顔も見続けたい。
「エル、穂香ちゃん。こっちこっち」
数時間ぶりの人混みをかき分け会場に向かっていると、マミア様に呼び止められ顔を向ける。そこには、正装をしたマミア様とクレアさんがいた。
マミア様の正装姿は二回目だけど、ほれぼれするほど格好良く美しい。そして人混みでも目立つ。
私達の恋愛を反対されているのだから、繋いでいる手を離すべきなのに、離したくなかった。彼も同じ気持ちなのか、ぎゅっと握りしめてくる。
「やっぱりこうなっちゃったか」
「え、怒らないんですか?」
「だって二人は本気なんでしょ? そんなの誰にも止められないわよ?」
てっきり反対されると思っていたのに、拍子抜けするほどあっさり見抜かれていた。
「はい、後悔はしていません」
「……私もです」
嘘。本当は絶対後悔する。
でも、それでもいいと思ったから――彼を受け入れた。
なのに彼は迷いもなく堂々としている。
本当に後悔しないんだろうか?
その自信はどこから来るの?
「うん、二人ともおめでとう。姉は嬉しいわ」
「おめでとうございます。私も大変嬉しいです。私はこうなることを心待ちにしていました」
まさか、二人から祝福されるなんて思ってもみなくて、感激のあまり涙がにじむ。
今日の私は泣いてばかり。
でも、これは嬉しい涙だから……いいよね?
「ありがとうございます。私、今がとっても幸せです」
「俺もです」
「あらあら、初々しい二人はいいわね? 私も今日は夫に求めようかしら?」
まだまだラブラブ夫婦なんですね?
…………。
マミア様と旦那さんは、学園の頃から一緒に時を過ごしている。
……周りにいるカップルも夫婦も、私には決して訪れることもない未来を当たり前のように手に入れている。
「……羨ましい」
思わず本音が零れ落ちた瞬間、我慢していた何かがぷつんと途切れ音と共に崩れてしまう。
胸に激しく痛み、涙が溢れて止まらなくなる。
そんなこと思ったらダメなのに、口にしたらいけないのに、なんでなんでなの?
私たちこんなに愛し合っているのに、なんで別れないといけないの?
さっきもう泣かないって決めたのに、なにしてるの?
「穂香、どこか静かな場所に行こう」
「……そうですね」
泣き崩れる私を抱きしめ、背中を優しくさすってくれる。
本当は、こんな顔をさせたくなかった。
でも、私の心はもう限界だった。
周りが憎いとか、闇に飲まれたとか、そんなことじゃない。
ただ――羨ましいだけ。
「ならちょっと待ってて。個室を手配してくるから。そこならリーサの歌も聞こえるしね」
「すまない。助かる」
「いいの。元はと言えば私の責任ですもの。クレアも一緒に来てちょうだい」
「はい。もちろんです」
マミア様はなにも悪くないのに、また責任を負ってテキパキ動き始める。おまけにクレアさんまでも巻き込んで。
最後まで迷惑をかけちゃった……。




