35話 帰り道
「エルヴィスさんのおかげで、いいものが買えました。ありがとうございます」
「ああ。気に入ってもらえたなら何よりだ」
生徒たちからの餞別のお返しをしたいと相談したら、エルヴィスさんは馴染みのなんでも屋に連れてきてくれた。
そこで散々悩んだ挙げ句、学生に人気らしいボールペンに決めた。
クレアさんやマミア様たちには、無難なハンドクリーム。
さらに学園長には、少し高級なボールペンを購入した。
ちなみに生徒達からの選別は、かわいい花束、ウサギとキツネのぬいぐるみ、そして寄せ書き。
まさかこんな物までもらえるなんて思っていなかったから、渡そうとしていた一人一人宛の手紙は明日に先延ばし。
学園長と同じで、みんな明日送還の義に来てくれるらしい。
夜中だからと断ったのに、聞く耳を持たれず。
結局、エルヴィスさんが寮まで送ってくれることで決着がついた。
「可愛い生徒たちですね」
「そんな台詞を言えるのは、お前くらいだろう?」
「確かに」
失笑する彼の横顔を眺めながら、私はつい笑みを漏らした。
彼と学園から帰るのも今日が最後。
そう思うと、胸の奥がきゅうっと寂しくなる。
ようやく見慣れてきた夕暮れの街並みも、これで見納めなんだよね。
学園もそうだったのに、特に見納めなんてしなかった。
そんなこと考え出すと急に切なくなって、流れていく景色をぼんやりと眺めた。
初めてここに来た時もこんな感じだったよね?
あの時は目に入るものすべてが新鮮で輝いていた。
今はなんだか泣いてしまいそう。
「……今夜の食事、なんですかね?」
「お前の好きなビーフシチューだろう? それからクレアの得意なアップルパイもある」
「わぁ〜楽しみですね!」
しんみりした空気を避けようとした結果、脈絡ゼロの夕飯ネタ。
それなのに彼は普通に返してくれるから油断してしまい——
ぐぅぅぅ。
惜しみなく鳴り響く私のお腹。
今そこで鳴る? 私のお腹。
せっかくの雰囲気が台無しで、私はお腹を押さえて小さくなる。
かすかな笑い声が聞こえて、余計に恥ずかしくて顔が上げられない。
「お前らしいな。……最後までそのままでいろ」
「え?」
「何でもない」
絶対なんか言った!
のに、はぐらかされる。
すこぶる機嫌が良さそうなのが、余計に気になる。
私の脳天気ぶりを呆れている——じゃ、ないと思いたい。
「足はもう大丈夫か?」
「はい、完璧です」
「それなら良かった」
会話がまた途切れた。
このままでは明日のお出掛けも沈黙で終わる。
そんなの地獄だ。
「明日はどこに連れてってくれるんですか?」
「当日のお楽しみだ」
「期待していいですか?」
「ああ」
ダメだ。
意識するほどに頭が真っ白。
会話が全然続かない。
この際、一杯か二杯飲んでから出かけたほうがいい?
……思い出としては最低になるけど。
「明日は会話が弾むよう、努力する」
「あ、気にしてくれてたんですね」
「お前は顔に出るからな。ただ……俺はあまり会話が得意ではない。だから、なんでもいいから話題をふってくれると助かる」
気を利かせてくれる——
なんでもいいって、本当に?
「お前は俺に気を遣いすぎだ。もっと頼れ」
「!! あ、ありがとうございます」
そこまで言われたら、信じていいよね?
メチャクチャ嬉しいです。
単純な私はその一言で、舞い上がる。
すごく幸せで、どうにかなってしまうそう。
また目の前の景色が輝き始めた。
――強制送還まで、あと一日。




