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ドアを開けたら異世界でした?~モブの私と彼の秘密の記録  作者: 桜井吏南
第3章 二人の距離は急激に近づく
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35話 帰り道

「エルヴィスさんのおかげで、いいものが買えました。ありがとうございます」

「ああ。気に入ってもらえたなら何よりだ」


 生徒たちからの餞別のお返しをしたいと相談したら、エルヴィスさんは馴染みのなんでも屋に連れてきてくれた。


 そこで散々悩んだ挙げ句、学生に人気らしいボールペンに決めた。

 クレアさんやマミア様たちには、無難なハンドクリーム。

 さらに学園長には、少し高級なボールペンを購入した。


 ちなみに生徒達からの選別は、かわいい花束、ウサギとキツネのぬいぐるみ、そして寄せ書き。

 まさかこんな物までもらえるなんて思っていなかったから、渡そうとしていた一人一人宛の手紙は明日に先延ばし。 

 学園長と同じで、みんな明日送還の義に来てくれるらしい。

 夜中だからと断ったのに、聞く耳を持たれず。

 結局、エルヴィスさんが寮まで送ってくれることで決着がついた。


「可愛い生徒たちですね」

「そんな台詞を言えるのは、お前くらいだろう?」

「確かに」


 失笑する彼の横顔を眺めながら、私はつい笑みを漏らした。


 彼と学園から帰るのも今日が最後。

 そう思うと、胸の奥がきゅうっと寂しくなる。

 ようやく見慣れてきた夕暮れの街並みも、これで見納めなんだよね。

 学園もそうだったのに、特に見納めなんてしなかった。


 そんなこと考え出すと急に切なくなって、流れていく景色をぼんやりと眺めた。


 初めてここに来た時もこんな感じだったよね?

 あの時は目に入るものすべてが新鮮で輝いていた。

 今はなんだか泣いてしまいそう。


「……今夜の食事、なんですかね?」

「お前の好きなビーフシチューだろう? それからクレアの得意なアップルパイもある」

「わぁ〜楽しみですね!」


 しんみりした空気を避けようとした結果、脈絡ゼロの夕飯ネタ。

 それなのに彼は普通に返してくれるから油断してしまい——


 ぐぅぅぅ。


 惜しみなく鳴り響く私のお腹。


 今そこで鳴る? 私のお腹。


 せっかくの雰囲気が台無しで、私はお腹を押さえて小さくなる。

 かすかな笑い声が聞こえて、余計に恥ずかしくて顔が上げられない。


「お前らしいな。……最後までそのままでいろ」

「え?」

「何でもない」


 絶対なんか言った!

 のに、はぐらかされる。

 すこぶる機嫌が良さそうなのが、余計に気になる。


 私の脳天気ぶりを呆れている——じゃ、ないと思いたい。


「足はもう大丈夫か?」

「はい、完璧です」

「それなら良かった」


 会話がまた途切れた。

 このままでは明日のお出掛けも沈黙で終わる。

 そんなの地獄だ。


「明日はどこに連れてってくれるんですか?」

「当日のお楽しみだ」

「期待していいですか?」

「ああ」


 ダメだ。

 意識するほどに頭が真っ白。

 会話が全然続かない。

 この際、一杯か二杯飲んでから出かけたほうがいい?

 ……思い出としては最低になるけど。


「明日は会話が弾むよう、努力する」

「あ、気にしてくれてたんですね」

「お前は顔に出るからな。ただ……俺はあまり会話が得意ではない。だから、なんでもいいから話題をふってくれると助かる」


 気を利かせてくれる——


 なんでもいいって、本当に?


「お前は俺に気を遣いすぎだ。もっと頼れ」

「!! あ、ありがとうございます」


 そこまで言われたら、信じていいよね?

 メチャクチャ嬉しいです。


 単純な私はその一言で、舞い上がる。

 すごく幸せで、どうにかなってしまうそう。


 また目の前の景色が輝き始めた。


 ――強制送還まで、あと一日。


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