32話 アイテム作り
製作前の準備作業
一、粉は二晩、月の光に照らす。
二、リングは一日、太陽の光を浴びせる。
三、珠は完成まで懐で大切に温めておくこと。
説明書にはそう記されていた。
お守りというより、完全に恋のおまじないでは?
そう首をかしげつつも、学園長を信じて最後まで突っ走ると決めた。
そして準備が整ったその日。学園には行かず、制作に専念することにした。
ちょっと淋しかったけれど、すべては贈り物を贈るため。
「エルヴィスさんの瞳と同じ色だ……」
無色透明だったはずのガラス玉が、澄みきったエメラルドグリーンに変化していた。
あまりの美しさに魅了され太陽へかざすと、中が液体のように渦巻いている。
なにこれ、本当にガラス玉?
汚さないよう布の上にそっと置き、説明書をさらに読み込む。
一、変化した珠に粉を優しくふりかける
※贈る相手を強く想うと効果が増幅
二、リング台座に珠を乗せ、そっと握り魔力を注ぎ込む
三、半日放置
四、一晩、月光に当て、翌朝は日の光に当てる
完成
(なお爆発する場合があるが、それは失敗ではなく大成功である)
順調にいけば明日の朝には完成。
簡単といえば簡単……だけど、爆発ってなに?
部屋で作業していい範囲なの?
念のため、屋上でやろう。
二日間のリハビリの成果なのか、杖をつけば歩くのもだいぶ楽になった。
だから調子に乗って杖なしで歩いてみたら、足がもつれてすってんころりん。
そしたらどこからともなく、エルヴィスさんがやってきて怒られました。
贈る相手を想えば効果的――
はい、完全に恋のおまじないです。ありがとうございます。
でももうここまで来たら後戻りできない。
だからエルヴィスさんを――想う。
厳しくても、本当はとても優しい人。
滅多に見せてくれないけれど、その笑顔がたまらない。
最初は怖かった強い瞳も、今は頼もしくてかっこいい。
落ち着いた低い声。
大きくて温かい手。
胸がドキドキしても、彼の腕の中は安心できる。
ふわりと香る、あの艶めく匂い。
エルヴィスさんのすべてが――好き。
大好き。
って、私何想っているんだろう?
ちょっと落ちついてよ私。
これはアイテム作りの工程なんだから、そんな熱くならない。
自分でもドン引きしてしまうぐらいの重すぎる愛情。
いつの間にかここまで育っていた。
溢れすぎた想いに反応するように、ガラス玉が光を放つ。
粉は渦へ吸い込まれ、混ざり合い、新しい何かが生まれようとしている。
リングの台座へ乗せ、そっと握り、魔力を注ぐ。
元の世界に帰るのだから、もう魔力なんて必要ない……全部注いでしまいたい。
すると指輪がどんどん熱くなり――
「アツッ!!」
バンッ――!!
熱さで耐えられなくなり、手を離れた瞬間、指輪が白く閃光を放つ。
空気が一気に膨れ上がり、屋上の床石がビリビリ震えた。
熱風で髪を逆立つ。
「ひゃっ……!」
耳鳴りが残り、薄い煙がふわりと舞う。
その中心で転がった指輪だけが、星の欠片みたいに光っていた。
……これが大成功、なの?
『穂香ちゃん!?』
「マミア様、リーサさん? こんにちは……?」
パラペットを飛び越えて血相を変えた二人が駆け寄ってくる。
浮遊魔術で来たのは分かっているけれど、びっくりしつつ普通に挨拶してしまった。
「え、こんにちは。爆発したけど……大丈夫そうね?」
「こんにちは。一体何をしてたの?」
どうやらとんでもない誤解をされている。
まぁ、屋上で大爆発は言い逃れできないよね。
「ちょっと、学園長にアイテムキットを譲ってもらったので、制作してました」
「そう……それで爆発ね? どんなものなの?」
事情が分かると興味津々に変わる二人。
「これです」
「幸運増加アイテム……エルにピッタリじゃない?」
言わなくても誰の贈り物なのかすぐに分かってしまい、二人してニヤリと笑う。
私が片思いをしていると知っているのだから、当然なのかも知れないけれど。
「というかこれ、かなりのレアものよ? 学園長もずいぶん太っ腹ね」
「そうかしら? 事件の損害賠償代わりなら、むしろ安いと思うわ」
不思議がるリーサさんに、マミア様は不服らしく愚痴り出す。
あなたは、テレパシーの加護でも持っています?
「確かに」
「え……これってどれくらいの価値なんですか?」
「半年は暮らせるくらい?」
「!!!」
ひえっ。
すごい価値に、開いた口が塞がらない。
私にはそんな価値はありません。




