28話 恋愛初心者マーク
エルヴィスさんは夕方前に帰ってきた。
「今、帰った」と聞いた瞬間、胸が舞い上がるように嬉しくて、
顔を見たら、目に映るものすべてがキラキラ輝きだす。
自分でも何が起きているのか分からず、困惑してしまう。
――これが、恋に落ちた乙女というやつなのだろうか?
「エルヴィスさん、私が魔術を使えない理由って分かりましたか?」
「ああ。どうやら異世界人の魔力導線は特殊らしい。最初はうまく魔術を扱えないそうだ。古文書を辿り、メシアたちに渡したと言われている正常化する装具を再現した。右手を出してみろ」
「はい、どうぞ」
ティータイムの最中、何気なく聞いたつもりが――すでに対策まで練ってくれていた。
“何をくれるんだろう”なんて軽い気持ちで手を差し出したら、
優しく裏返され、右手の薬指に指輪がはめられる。
百合の中心に薄桜色の宝石が埋め込まれ、シルバーリングには繊細な細工が施されている。
――右手の薬指?
この世界ではその意味が違うのだろうか?
胸の鼓動が、破裂しそうなほど速くなる。
理由がどうあれ私のために作ってくれた。
そう思うだけで涙が出そうなくらい嬉しくて、どうにかなってしまいそう。
この指輪は、一生の宝物だ。
片想いでもこんなに幸せでいられるなんて――おかしいのかな?
今の所、全然つらくない。
「そんなに嬉しいのか?」
「当たり前じゃないですか。私のためにありがとうございます。これでもう暴走することはないですね!」
尋常じゃない私の喜び方に戸惑うエルヴィスさんだったけれど、気にせずありったけの笑顔でお礼を言う。
「それならよかった。明日から練習を再開しよう」
「はい、よろしくお願いします」
ドン引きされたらどうしようと思ったけど、表情が少し柔らかくなった気がする。
恋愛フィルターが何重にもかかっているだけで、実は第三者が見たら普通なのかもしれない。
この部屋には私たちだけしかいないから、真相は闇の中だ。
「任せておけ。それから明日から学園に復帰しないか? 完治するまでは翻訳の仕事だけでいい」
「わかりました。ご迷惑をかけないように頑張ります」
まさかの本人からの提案に驚きつつも、何かあるのだと思い張り切る。
職場復帰なんて例の事件もあるから、もっと先の話だと思っていたのに。
「迷惑どころか、すごく助かっている。お前は無能で役立たずだと言っているが、少なくとも俺にとっては最高の助手だ」
「!!?」
何が起きてるの!?
恋愛フィルター、バグってない!?
その言葉と、すこぶる優しい笑顔に、私の理性は死にかける。
これ以上は、本当に危ない。
「穂香?」
「わ、私、クレアさんのお手伝いに行ってきます!」
気持ちを押し殺し、車椅子を勢いよく走らせて退場!
慣れていないから転けそうにもなったけど、今はそれどころじゃない。
――俺にとっては最高の助手だ。
そんなの、嘘でしょう?
迷惑しかかけてないのに、なんでそんなこと言うの?
翻訳のことを指していたとしても、言いすぎだよ。
私バカだから鵜呑みにして……
勢いあまって告白しちゃったらどうするの?
「そんなつもりじゃなかった」
って冷めた表情で拒絶されたら、私、物理的にも心理的にも死にます!!
だから告白なんて、何があったとしてもしたらいけない。
したら、この幸せが壊れちゃう。
過呼吸寸前の呼吸を、懸命に整えようと努力する。
荒ぶる心臓は放置。これはもうどうしようもない。
上手く付き合っていくしかない。
二人きりになるのを避けたほうが良いのかもしれないけど――
そんなの無理だし、したくない。
恋って、難しいね……?
「穂香さん、ちょうどよかった。生徒さんたちがお見舞いに来てくれましたよ」
「生徒さんたち?」
玄関から戻ってきたクレアさんに声をかけられ、顔を上げて首をかしげる。
ナイスタイミング……なのかな?




