22話 騒がしい朝
小鳥のさえずりで目が覚めた。
カーテンの隙間から陽射しが差し込み。まるで絵に描いたような清々しい朝。
「穂香、おはよう。気分はどうだ?」
「おはようございます。とっても……!!」
背後から、あの低くて優しい声。
反射的に後を振り向き答えを返すが、一瞬で凍りつく。
そこには肘枕をしたエルヴィスさんが、優しい瞳で私を見つめていた。
……え?
我に返った途端パニックになり、心臓を吐き出しそうになった。
な、なんでエルヴィスさんが私のベッドに……?
――あ、そっか。
私、昨日“添い寝してもらってた”んだ。しかも夜中、私……。
胸元でわんわん泣いて、弱音を吐きまくって、抱きしめられて……あれはもう、完全にやらかしてるよね!?
呪詛のせいとはいえ、恥ずかしすぎる。
「穂香?」
「す、すみません、昨日は……その……迷惑をかけて、本当にすみませんでした!」
もう謝るしかない。土下座でもしたい。
「あれは呪詛の影響だ。お前のせいじゃない。だがその様子なら、本当に大丈夫そうだな。昨日よりすごく顔色がいい」
いつも通りの落ち着いた声で、頭をぽんと撫でられる。
完全に“子供扱い”。うん、今も私は患者のままなんだ。
だったら、私が変に意識しなければ、夜中のアレも……なかったことにできる……よね?
「お、お陰さまで。あの……お腹すきましたね」
なんとか話題を変えようとしたその瞬間。
「そうだな。なら――」
「え?」
エルヴィスさんが身体を起こし、次の瞬間、私はふわりと宙に浮いた。
お姫様抱っこ。
お姫様抱っこ……!?
ちょっと待って心臓が死ぬ。
なんであなたは何かある度、お姫様抱っこするのですか?
「まだ立てないだろう?」
「あっ、そうでした……」
完全に忘れてた。まだ骨折は治ってないから、歩けないんだった。
「だからこれが一番早い」
「……よろしくお願いします」
とても拒否できる空気じゃなく、大人しく腕の中に収まるしかなかった。
それにしても、この人、本当にお姫様抱っこなれてない?
前もだけど、歩いても全然揺れないし、安定感が騎士そのもの。
紳士のたしなみなんだろうか?
階段を降りると、マミア様似の女性が二人いた。
目が合った途端、ニヤリと笑う。
……あ。エルヴィスさんの残りのお姉さまたちだ。
「エルちゃん、おはよう」
修胸の長さぐらいのウェーブヘアーで道院服のおっとり系――この人が次女のリーサさん?
「へぇ~、なるほど、なるほど」
ショートカットで、宝塚の男役みたいなカッコイイ女性――この人が三女?
「二人とも、どうして?」
エルヴィスさんも驚いていた。完全に予告なしの来訪らしい。
「そりゃあ。エルが“女性を囲ってる”って聞いたら、行くに決まってるだろう?」
「私は、その子の呪詛を浄化してほしいってお姉さまに頼まれたの。本当は昼過ぎに来る予定だったけど、ローズちゃんが『一刻も早く!』って呼びに来たから」
二人して、じろじろと、嬉しそうに私を観察してくる。
……マミア様、何て説明したんですか?
余計なこと言ってないよね!? ね!?
エルヴィスさんは明らかにうんざりした顔でため息をついた。
「まったく……来るなら連絡をください」
「だってさ、彼女と同居してるなんて聞いてなかったし。しかも朝っぱらからお姫様抱っこ……それで二人は、どこまで進んでるんだ?」
やめてーーー!!!
そんなストレートに聞かないで~~!!
この人バカなの? 阿呆なの?
ローズさんの問いが信じられなくって、声にならない悲鳴をあげる。
自由に動けないから、頭の中でじたばたする。
「は、姉上から聞いていませんか? 彼女は異世界人です。俺が保護しているだけです。これは彼女が怪我をして、歩けないからで。――後でリーサ姉上、呪詛の浄化を頼みます」
「ええ、それはもちろん」
エルヴィスさんのあまりにも通常運転で当然の説明に、ローズさんがつまんなそうに舌打ち。これにはリーサさんはオロオロして、私の様子を伺っている。
「なんだ、つまんねぇ。……なぁクレア、私たちの朝食もお願いできる?」
興味を完全になくしたローズさんはそう言いながら、さっさと奥にあるダイニングへと消えていった。
……しくしく。
完全に私は“そういう対象”として意識されてない。
知っていたけれど、まさかここまでだったとは……。




