21話 呪詛という物
気持ちの浮き沈みが激しいのは呪詛の影響——だから気にしないこと。
どうしても心が沈んで闇に落ちそうになったら、私かエルヴィスに言いなさい。浄化してあげるから。
そう言ってマミア様は、ぎゅっと抱きしめてくれた。
その瞬間、沈んでいた気持ちがふっと浮上して、気分が楽になっていくのが分かった。
ウォーカー家は代々、浄化の力の加護を持っているという。そう言えばエルヴィスも持っていた。
「まさか浄化って、抱きしめるのが必須なんですか?」
「ええ、そうよ。この機会にエルにギュッと——いえ、むしろ添い寝をしてもらいなさい」
「む、無理です!」
からかっているとしか思えないほど軽いノリで、マミア様は次々と無理難題を押しつけてくる。もはや定番のやり取りだ。
「でも私はエルが帰ってきたら帰らないといけないし、明日だって来られるのは午後。その時は聖職者の次女リーサを連れてくるわね。 完全に浄化してくれるわ」
さっきまで「看病すると言って聞かない」空気だったはずなのに、鮮やかな手のひら返しである。
忙しい中で無理して来ているわけではなく、完全に楽しんでいる表情だ。
「だったら……我慢します」
一晩と半日なら気合でなんとかなる。
ここで負けてたまるか。
「呪詛は夜が一番辛いのよ? 本当に大丈夫?」
待ってましたと言わんばかりの意地悪な一言に、泣きそうになった。
「添い寝をする。に決まってるだろう?」
エルヴィスさんが帰宅し、マミア様が事情を説明すると、彼の第一声はそれだった。
しかも真顔のまま。
その意味を理解しているんですか? と、問い詰めたい。
「む、無理です……!」
「呪詛を甘く見るな。何かあったらどうする」
抵抗した途端、真っ向から叱られてしまい、しゅんとなる。
確かに何かあったら困るのは私で、これ以上の迷惑をかけたくない。……でも添い寝だって十分迷惑をかけることになる。
どっちにしても今以上に迷惑をかけることになるんだ。
また気持ちが沈みかけて、闇に堕ちそうになるけれど、
「大丈夫だから。なにも心配するな」
静かに、深く、揺るぎのない声。
エルヴィスさんに抱きしめられ、闇へと引きずり込まれそうな心をぎりぎりで踏みとどまった。
あれ?
鼓動は爆発寸前なのに、苦しくない。むしろ心地よい。
このままでいたい——そう思ってしまう。
「それじゃぁ、私は帰るわね。おやすみなさーい」
何かを察し、にやにやと笑いながら、マミア様は手を振って部屋から出て行く。
明日確実に根掘り葉掘り聞かれるだろう。
「もう大丈夫です」
「駄目だ。俺は姉上より能力が劣る。もう少し時間が必要だ」
回復したかと思ったのに、エルヴィスさんは離してくれない。
マミア様より効果抜群だと思うんだけど……気のせい?
そう思いつつも、離れたくない気持ちが勝ってしまう。
「わかりました。終わったら言ってくださいね」
「ああ」
幸福感に包まれながら目を閉じる。
永遠にこの温もりが続けばいいななんて思っていたら、いつの間にか眠っていた。
怖い夢を見た。
平凡で幸せな日常が一瞬で崩れ、世界は闇に沈み、自分だけが取り残される。
どれだけ呼んでも誰も来ない。寒くて、苦しくて。
やがて化物たちが集まってきて、私を「悪魔」と呼び、追いかけ回され——。
「のか、穂香!」
「っ……エルヴィスさん……」
目を覚ますと、心配で声の震えるエルヴィスさんが覗き込んでいた。
普段の落ち着いた彼らしくない、不安の揺れを含んだ声音。
夢?
あれは全部夢で、今が現実?
「みんながいなくなって……独りぼっちになって……追いかけ回されて……」
言葉にした途端、恐怖が蘇り、涙が止まらなくなった。
これが呪詛の影響?
だとしたら到底気合いで乗り切るなんて無理。
エルヴィスさんの判断は正解だった。
「安心しろ。何があっても、俺はお前の傍にいる。護ってやる」
「……絶対ですよ」
「ああ、約束だ」
闇に飲まれないようにと、迷いなく言われた言葉。
それが心強くて嬉しくて、でも怖くて、悲しくて——
感情がごちゃごちゃになった私は、エルヴィスさんにしがみつく。子供のように声をあげて泣いて、弱音もたくさん吐いてしまった。
彼はそんな私を拒むことなく、強く優しく抱きしめてくれ、すべてを受け止めてくれた。
その間、胸の鼓動は穏やかで、優しい音色。少しも乱れていなかった。
やっぱり私のことなど女性として、見てくれてないんだね。しかもきっと今夜の私は、ただの患者にすぎない。
例えその言葉が偽りであっても嬉しかった。
「ありがとうございます……」
心が落ちついた私はそう呟き、エルヴィスさんの腕の中で再び目を閉じる。
恥ずかしくって寝られないと思っていたけれど、心安らかになる音と大好きな匂いに囲まれて眠れそう。
私にとってもこのエルヴィスさんは、呪詛を浄化してくれる人だから?




