18話 傷ついた彼女
いつしか夜になり、明かりをつけないまま、真っ暗な穂香の部屋にエルヴィスとマミアはいた。
先ほど、学園の使者から事件の調査結果第一報が届いた。
フィールドの結界の一部が損傷しており、その影響で雷の威力が制御されなかったこと。 直撃を免れたのは、穂香自身の加護のおかげであること。そしてルルには呪詛が仕込まれており、穂香への憎悪が増幅。無意識のうちに雷の威力を増大させ、発動させてしまったこと――。
ルルと関わっていた親衛隊は拘束され、現在取り調べ中だという。
「姉上、あなたがいながら……どうしてこんなことになったんですか。穂香は、もう少しで死んでいたかもしれないんですよ」
「本当にごめんなさい。エルのお気に入りの弟子だって聞いていたから……少し実力を見てみたいだけだったの。こんな事態になるなんて、思ってもみなかったのよ」
怒りを抑え切れず、エルヴィスは姉を責め立てた。こんなこと間違っていると分かっていても、口をつぐむことができなかった。
だが責めれば責めるほど、自分の中に苛立ちが増していく。ここまで感情的になる自分に、彼は戸惑いを隠せなかった。
マミアもまた、弟の怒りを静かに受け止め、自身の責任の重さを痛感していた。もしかしたら弟の怒りの矛先になることで――少しでも償おうとしているのかもしれない。
その傍らで穂香は、いまだ目を覚まさずときおり悪夢にうなされていた。
何もしてやれないもどかしさに、エルヴィスの胸は締めつけられる。
複数の骨折、火傷、打撲、捻挫――。命に別状こそなかったが、これだけの怪我を負えば重体だ。
魔法医の診断は全治一か月。最低でも五日間は絶対安静だという。魔法のある世界でも、癒しきれない痛みはある。
「こうなる前に、きちんと話しておくべきでした。……穂香は異世界人です」
「え? じゃあメシア様? でも、召喚の儀なんて聞いてないわよ」
思いがけない事実に、マミアは驚き、穂香の顔を見つめる。
「違います。穂香はメシアでも、護りし戦士でもありません。ただの異世界人です。……俺が見つけたんです。弟子というのは、ていのいい口実で」
「……そう。だから、彼女に執心だったのね」
マミアは静かに微笑んだ。
幼いころから弟は、はぐれた動物を拾ってきては、最後まで責任を持って面倒を見ていた。優しいところは昔のままだ。
――でも、それだけなのかしら?
真相を聞くのは簡単だが、今ではない。そこは分かっている。
そのとき。
「……エルヴィスさん?」
弱々しい声が、静寂を破った。
エルヴィスが顔を向けると、穂香がかすかに目を開けていた。起き上がろうとして痛みに顔をゆがめ、布団に沈む。
「無理をするな」
「はい。でも……話すくらいなら、大丈夫です」
穂香のいつもの穏やかな笑顔に、エルヴィスの胸の奥がじんわり温かくなる。
収まりきらなかった怒りが、すっと溶けていく。
――この笑顔を、ずっと見ていたい。隣で歩いていきたい。
好奇心で拾った存在が、いつしか自分の命より大切になっていた。
それが何なのか、彼は理解しようとしなかった。理解してしまったら、彼女を傷つけてしまう可能性がある。
「よかった……だが五日間は絶対安静だ。明日になれば痛みはいくらか和らぐはずだが、しばらく外出は禁止だ」
「そんなに重症なんだ、私……。ごめんなさい」
「なぜ謝る? 悪いのはおまえじゃない」
穂香は悲しげに目を伏せ、再び謝ろうとする。
「私……弟子なのに魔術は未だに使えないですし、それも含めいつも迷惑ばかりかけてます。しかも頼ってばかり……」
「弟子というのはただの口実だろう? おまえは――」
肩を震わせ涙をこぼす彼女を見た瞬間、エルヴィスの身体が勝手に動きそうになる。抱きしめてしまいそうになり、手を伸ばし――
「穂香ちゃ~ん!! 本当にごめんなさい!!」
マミアが勢いよくエルヴィスを押しのけ、泣きながら穂香に抱きついた。
穂香は驚いて涙を止め、ぽかんとする。
押し出されたエルヴィスは壁際に追いやられ、我に返る。
――俺はいま、何をしようとしたんだ?
「え、マミア様?」
「私が全部悪いの。だから穂香ちゃんは罪悪感なんて持たなくていいわ。それにエルはね、きっと“ありのままの穂香ちゃん”がいいと思っているのはずよ」
「え、あ、は……はい?」
反省しつつも、弟の恋の行方が心配になり、敢えてそんなことを言って反応を見る。
穂香は真っ赤になって布団をかぶり、壁際のエルヴィスは平静を装いながらも頬が赤い。
――二人して恋愛初心者っぽい。これは長い道のりになりそうね。
マミアはすべてを悟ったかのように、そっとため息をついた。




