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16話 次期公爵の裏の顔

 マミア様が授業参観してくれたおかげなのか、その後の授業はいつも以上に活気に満ちていた。もっとも、この子たちはスイッチさえ入れば真面目に授業を受けてくれる。

 ただし——優秀すぎるがゆえに、わざと難問をぶつけてきて、教師が答えられないと「ほらな」とばかりに騒ぎ出す。一瞬でも隙を見せれば、すぐ弱みを握られる。それで鬱になり退職した教師が多々いるらしい


「穂香、俺は一旦職員室に寄っていく。姉上と一緒に先に政務室へ行ってくれないか?」

「はい、分かりました」

「穂香ちゃん、よろしくね」


 エルヴィスさんに頼まれ、元気よく返事をすると、マミア様は嬉しそうに抱きついてきた。

 さっきまでの威厳はどこへやら。


 ……オンとオフの切り替えがすごい人だな。



 エルヴィスさんと別れ、マミア様と並んで廊下を歩く。

 聞きたいことはいくらでもあるけれど、相手は次期公爵——つまり本物の貴族だ。

 無自覚で失礼なことを言ったら、首が飛ぶかもしれない。

 あれエルヴィスさんも貴族だから、これからは態度を改めるべき? 今さらだからそこはいいか。


「穂香ちゃん、あの子の昔話、聞きたい?」

「はいっ、ぜひ!!」


 マミア様が自ら話を振ってくれて、思わず二つ返事。

 心の中でガッツポーズを決める。ずっと聞きたかった話だ。


「エルは四人姉弟の末っ子なの。私たち三姉妹とは歳が離れていてね、そりゃもう目に入れても痛くないほど可愛かったわ。性格も純粋無垢で好奇心旺盛の優しい子だった。だから私は全寮制なのに、どうしても一緒にいたくて特例で通学にしてたくらい」


 ……うん、これは聞いちゃいけないやつだった。


 さっきまでの凜々しい公爵令嬢が、一瞬でブラコン姉モードに大変身。

 マシンガンのように飛び出す幼少期エピソード。最初は「ほうほう」と聞いていたけど、途中からもうお腹いっぱいになった。

 ただ、家族から愛されて育ったのはよく分かった。

 ……もしかして、その愛たちが重荷に感じて、あの性格になったんじゃ……?


「でもね、あまりにも世間知らずの箱入り息子だったから、寮生活でようやく醜い部分の現実と人を知って、そのショックからなのか本当に信頼出来る人以外とは、だんだんと距離を取るようになったのよ。でも今日の授業を見て安心した。生徒には、ほんの少しだけど心を開いてるみたいだから」


 悲しげな表情で過去を語るマミア様の顔が、最後にふっと柔らかくほころぶ。


 ……やっぱり、弟が何歳になっても可愛いものなんだな。

 私にも弟がいるから、その気持ちはよく分かる。


「よかったですね。ここだけの話ですが、生徒たちからはそれなりに慕われてますよ。親衛隊までいますし」

「まぁ、そうなの? なら穂香ちゃんに向けられてる視線は、親衛隊の子ね」

「え、まぁ……」


 励ますつもりが、余計なことを言ったらしい。マミア様の鋭い視線が、あっという間に痛い視線の主をロックオン。

 主は逃げようとしたけど、すぐ捕まった。


 え、あれ……ルル先生? 

 まさか、親衛隊って教師までいるの!?


「まぁ、あなたはエルの元・許嫁のルルちゃんじゃない?」

「は、元?」

「ごきげんよう、マミア様。お言葉ですが、“元”ではありません」


 マミア様も面識があるらしく、目を丸くしている。


 え、え? 元許嫁ってどういうこと!?


「でもエルは五年前、婚姻の意思がないと断言したから、両家で話し合いの末、白紙になったはずよ?」

「そんなもの、私は認めておりません。もしエルヴィス様が一生独身を貫くなら、陰ながら見守ろうと思っていました。ですが! どこの馬の骨とも知れぬ女と付き逢うなど言語道断!」

「はぁ!? 私はただの弟子です! それ以上でも以下でもありません!」


 初めて見る本物の“生ストーカー”に、ある意味で感心する。

 とはいえ誤解はしっかり否定しないとややっこしくなるだけ。


「言い訳は結構です。では決闘しましょう。あなたが負けたら——エルヴィス様の弟子をやめ、姿を消しなさい!」

「ふふ、面白いわね。エルのお気に入りであるあなたの実力、見せてもらおうじゃない。

ただし、勝ったほうが“エルと一日デート”の権利にしましょう?」


 マミア様、なんでそこで嬉しそうに乗るの!?

 しかもエルヴィスさんと一日デートって、それ本当にいいわけ?

 本人に許可取ってないよね?


 この分だとおそらくマミア様は、私が異世界人って知らないんだ。

 だから言葉通り私を普通の弟子だと思ったから、実力を見たくなった。

 うん、まあそうなるよね。


「け、決闘なんて無理です! ルル先生に勝てるはずありません! あ、そうだ! 辞退するので、勝手にエルヴィスさんとデートしてください!」


 必死で断り頭を下げて、逃げようとした——その瞬間、


 ゴテン


 何かにつまずいて派手に転んだ。

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