12話 独身晩酌セットで宴会
「そういえば、リュックの存在をすっかり忘れてたけど……何が入ってたっけ?」
今さらすぎる独り言をこぼしながら、約二週間ぶりに目に入った通勤リュックを手に取る。
クレアさんがテーブルに置いてくれていたはずなのに、今は部屋の片隅に追いやられていた。
たしか、会社のノートパソコンに社用スマホ、私用スマホ。
筆記用具と社員証、財布は確実。……あとは、なんだっけ?
自分のことなのに他人事みたいに思いながら、チャックを開ける。
社会人セットは、再びリュックに封印。
残りを机に並べていく。
アニメ雑誌、新作ゲームソフト、レトルトカレー四食分、ポテトチップス。
お徳用チョコレート、乾き物バラエティセット、カップ酒に焼酎瓶。
……なにこの、生々しい独身セット。
そうだ、あの日は金曜日で新作ゲームを買った帰りだった。
夕食は乾き物でいいやって、思ってたんだっけ。
「……うん。エルヴィスさんを誘って宴会しよう」
これ以上思い出すと惨めになるので、思い切って部屋を出る。
エルヴィスさんはお酒好きだから、たまに晩酌に付き合ってくれている。
「エルヴィスさん、異世界のお酒があったので屋上で宴会しましょう!」
「…………」
ドアをノックしても返事なし。
いない?
さっきほぼ同時に部屋に入ったはずなのに。
夜更けてるのに、出かけた……とか?
「エルヴィスさん?」
もう一度呼びかけても、沈黙。
「開けますよー?」
罪悪感もなくそう言って、ためらいなくドアを開けた。
開いたってことは、出かけてない証拠。
壁一面の本棚、机の上にも本が山積み。
けれど整頓は完璧で、足の踏み場もある。
……私の家とは大違い。
「穂香、どうかしたか?」
奥から聞き慣れた声がした。
「私の世界のお酒とおつまみがあったので、宴会しましょう?」
「今ごろ? 腐ってないんだろうな」
「腐ってません!」
あからさまに怪しむ声。
まぁ、一ヶ月以上も放置してたら当然か。
でも、腐った食べ物をすすめるほど無神経じゃない。
「冗談だ。……こっちでやろう」
冗談かい。
「はい」
言いたいことは飲み込み、エルヴィスさんのもとへ。
バスローブ姿に、普段は掛けない良すぎる視力を抑える眼鏡。
分厚い本を読みながら、ロッキングチェアにゆったり座っている。
テーブルの上には水割りセット。すでに一杯やっているようだ。
ウイスキー片手に読書。
いつ見ても、ほんと絵になる。
最初にこの姿を見たときは、色気にやられて鼻血出そうだったけど……
人間、見慣れるもんだね。
今ではただの目の保養として見ていられる。
ソファーにどんと腰を下ろし、カップ酒の蓋を開けて差し出す。
「はい。これは日本酒と言う、お米から作ったお酒です。このままグイッとどうぞ」
「ありがとう。お前はいいのか?」
「私はこっちの芋焼酎を水割りで。お芋のお酒です」
「そうか。では……いただこう」
エルヴィスさんは一口飲んで、ふっと目を細める。
どうやら気に入ってくれたみたい。
満足して、私も芋焼酎を口に含む。
乾き物をテーブルの上に並べる――ポテトチップス、さきいか、カルパス、すこんぶ、そしてチョコレート。
最高のおつまみセット、ここに爆誕。
「なめらかで飲みやすいな。……そっちはどんな味だ?」
「ちょっと癖があって、匂いも強いけど……それがまたいいんです。はい、どうぞ」
芋焼酎を手渡すと、エルヴィスさんはグイッと飲み、満足げにうなずいた。
二時間後。
二人の宴会は地上最強に盛り上がり、もう何がなんだか。
水割りで飲んでた40度の芋焼酎は、空っぽ。
つまみも、きれいに消滅。
「エルヴィスさ〜ん、どうでしたぁ? いせかいのお酒ぁ〜!」
「いも……しょうちゅう? がっ……けつべつ、だった……もっとのま、せろぉ〜」
「む〜り〜ですってぇ。異世界行かないと、ないんですよぉ? エルヴィスさぁん、しっかりぃ〜」
「しっかりしてるぅ! 俺は……教師、だぞ……!」
「せんせぇ〜、ろれつ回ってません〜」
「おまえもだろ……ほのかぁ〜」
「えへへ〜、そうかもぉ〜。でも今日は楽しいから、いーんですぅ〜」
二人ともすでにろれつが回ってなく、とてもじゃないけど第三者には見せられない状況。 酔っ払いのなれの果て
頭の中はフワフワして来て、なんか見える物が歪んでくるくる回りそう。
でもとにかく、気持ちがいい。
「……もういっぱい……異世界の、いも……」
「空ですよぉ〜、ほら〜……あ、エルヴィスさんがまわってる〜」
「お前も……まわってるぞ……」
「え〜? 私も〜?」
ぐでんぐでんのまま、仲良くベッドにごろん。
エルヴィスさんはそのまま寝息を立て、私はチョコを口に入れたまま眠りに落ちた。




