1話 アラサーOLは拾われる
会社から帰宅し、いつものようにドアを開けた――その瞬間、目の前に広がったのは青空と、どこか“遺跡っぽい場所”だった。
……は? なんで? 私の玄関、どこいった? ここはどこ?
あまりにも意味不明な状況に、とりあえずドアを閉めようとした。
けれど、ドアノブの感触がない。
まさかと思い振り向けば、そこには無情にも岩の壁。
――え、なにこの展開!?
「……誰だ、お前?」
低く落ち着いた声が響いた。
振り返ると、コバルトグリーンの長髪をなびかせた長身の男性が立っていた。
髪と同じ色の瞳。(一瞬右目は金色に光ったような)が、こちらを射抜くように見つめてくる。
「え? あ、えっと……ここって、どこ……?」
異空間+知らない男の登場というコンボに、頭が完全にショート。
反射的に出た言葉が、自分でもびっくりするほど間抜けだった。
「黒髪・黒い瞳……まさか、お前、異世界人か?」
「……い、異世界!?」
ちょ、待って。それ、ラノベとかでよくある異世界転生って言うやつ?
いやいや、まさかね。それは2次元の中での話。
……けどこの人、妙に真面目に考え込んでる。
「確かに人間族と魔族が対立している今、メシアが降臨してもおかしくは……ない。だが……歴代のメシアは皆、学生。お前は……明らかに成人しているだろう?」
「はぁ? まぁそうですけれど」
え、今さらっと失礼なこと言ったよね!?
メシア云々より、まずそこツッコむべきじゃない? アラサー女子にそれ言う?
思わずムッとして、今度はこちらが相手を観察する番。
褐色肌に手足は長く細身。堀の深い顔立ち目力が強すぎてイケメンなのに、怖いで圧倒される。服装はアラビアみたいな異国風。
……いや、これ本当に異世界っぽくない?
でもさ、ラノベのテンプレだと
その一、異世界人による召還。
魔法陣ドーン! 儀式バーン! 人間がザワザワ! みたいな感じの召喚の儀式。
なのにここはまぁ遺跡だけれど、魔方陣も儀式もない。辺りを見回しても、人はこの人だけ。会話からして男性は、召還士じゃないはず。
その二、神様あるいは女神様が、異世界転生を提案。
そんな人達と会話した記憶はございません。
そもそも、魔王退治とか私には絶対ムリ。どんなチートスキルが与えられらとしても、それだけは勘弁してほしい。
――うん、これは夢。
電車で運よく座れたから、きっと爆睡。それで夢を見て、異世界妄想ルートに突入。
夢なら、そのうち覚めるでしょ。
だったらこれ以上深く考えないで話に合わせて、楽しんじゃおう!!
「……まぁ、ラークに戻れば何かわかるかもしれん」
「えっ、調べてくれるの!?」
え、意外。てっきり置いてかれると思ってた。やっぱり夢補正?
「ちょうど遺跡の調査が終わったところだったからな。礼は――そうだな、異世界の話でも聞かせてくれればいい」
「ありがとうございます! なんでも話します!」
おお、展開がスムーズすぎる。夢、万歳。
「交渉成立だな。俺はエルヴィス・ウォーカー。考古学者をしている」
「私は藤原穂香。元の世界では事務職してました。よろしくお願いします」
定番の自己紹介と握手。
最初はひんやりしていた手が、少しずつ温かくなっていく。
……ツンデレ属性ですか?
「ああ。あっちに車がある。二時間もあれば着く」
「え、車? 魔法の世界じゃないの!?」
「馬鹿にしてるのか? エネルギー源は魔力だ。そっちの世界では違うのか?」
少し眉間にシワを寄せて、声が低くなる。
うわ、なんか怒らせた? 思わず一歩下がる。
「いやいや、バカにしていません。ただちょっと意外で……」
危ない危ない。異世界初日で地雷踏むところだった。
「私の世界では、魔法は空想の中の存在。車は、人間が作ったエネルギーで動いています」
よし、ナイス説明。オタク知識、発揮完了。
「ほう、それは興味深いな。こちらでは誰もが魔力を持っているため、動力を研究する者はほとんどいない」
「まぁ……そりゃそうなるよね」
魔法がエネルギー源として使えるなら、電力もガソリンも不要。
つまり、科学と魔法の融合世界――ってやつ?
どんな技術なんだろう。ちょっとワクワクしてきた。
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