第5話:『五人の絆』古代遺跡の守護者と、知識の英霊の過剰な献身
奈落の深淵、仮設拠点。古代の知識と魔術が刻まれた分厚い古書が、テーブル代わりに広げられていた。
「マスター。解析が完了しました。『転移ゲートの鍵』は、この深淵のさらに下層に眠る『古代ウル・マギナ遺跡』の最奥で、強大な守護者によって守られています」
リリは眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、クロノの隣で身を乗り出す。彼女の吐息がクロノの首筋にかかるほど近く、その知的で熱狂的な探求心は、周囲の英霊たちを刺激した。
「ふふ、さすがリリ。私の『雑用』では得られなかった至高の情報です」シヅクが微笑むが、その手はリリの背中に回り、クロノに近づきすぎないよう静かに牽制している。
「待て!知識は得た。ならば、あとは力尽くで斬り開けば良い!マスターの道は、我の剣が切り拓く!」アステラが甲冑を軋ませながら立ち上がり、剣の柄を握る。
「駄目です、アステラ」イージスはクロノの膝元に座り、まるで猫のように膝に顔を押し付けながら冷たく言った。「マスターの温もりを、無駄な戦闘で浪費させるわけにはいきません。私の『盾』が守るためには、最小限のリスクでなければ」
四人の英霊は、それぞれの役割と過剰な忠誠心に基づき、激しい議論を交わす。しかし、その中心にあるのは、常にクロノの安寧と、彼の意志だった。
クロノは英霊たちの熱気に気圧されながらも、冷静に作戦を立てた。
「みんな、ありがとう。リリ、鍵の守護者の情報は?」
「はい、マスター」リリはクロノの耳元で、知識を共有するように囁いた。「守護者は『古代ゴーレム・レギオン』。古代の錬金術と魔法によって作られた、無属性の障壁を持つ存在です。剣も魔術も効きにくい、極めて厄介な『盾』の頂点に立つ存在と言えますわ」
「『盾』の頂点だと?」イージスが珍しく、静かに立ち上がった。その瞳に、静かな闘志が宿る。
「私の『盾の役割』が、試されるわけですね」
リリの精密な情報とシヅクの完璧な『雑用』(隠蔽魔術とトラップ解除)により、一行は古代遺跡の最奥へと難なく到達した。
そこは、重厚な石造りの広間。中央には、七色の光を放つ「転移ゲートの鍵」が、台座に収まっている。
クロノが鍵に手を伸ばそうとした、その瞬間。
ゴオオオオオオオオオオオ!!
広間の床が、激しい振動と共に隆起した。出現したのは、全長二十メートルにも及ぶ、巨大な鉄と魔力で構成された古代ゴーレム・レギオン。その全身は、不可視の障壁に覆われ、魔力の流れを完全に遮断している。
「侵入者……排除……マスターの領域を穢す者……」
ゴーレムは、古代語で呻きながら、巨大な拳を振り上げた。
「マスター、後方へ!」
イージスが叫び、クロノの目の前に飛び出した。彼女は、自身と同じく『盾の役割』の頂点に立つゴーレムの攻撃を、自らの重装甲の盾で受け止める。
ガアアアアアアン!!
奈落の深淵全体が轟くほどの激しい衝突音。イージスの身体は僅かに沈み込んだが、彼女の盾は傷一つない。
「ふん……『盾』の役割を全うするならば、私の愛の盾には敵いません!」イージスは叫んだ。
「リリ!奴の弱点は!?」クロノが焦りながら叫ぶ。
「解析中……!奴の障壁は無属性。物理、魔術の全てを99%遮断しています!しかし、障壁の維持には膨大な魔力が必要……その供給源は、奴の胸部に埋め込まれた『マギ・コア』!しかし、位置が深すぎます!」
リリは眼鏡のフレームを上げながら、一瞬で結論を弾き出す。
「99%カットでも、我の剣なら!」アステラが流星剣で切りかかるが、シャキン!と、魔力障壁に弾かれ、剣が通らない。
「無駄です、アステラ!」シヅクが冷静に指示を出す。「リリ、ゴーレムの魔力供給ラインの情報を!アステラ、イージスを援護し、ゴーレムの動きを拘束してください!」
リリは瞬時に、ゴーレムの四肢とコアを繋ぐ、魔力のパイプラインの情報をシヅクに送る。
「私の『雑用』の出番です。『精密拘束』!」
シヅクは両手の指を複雑に動かし、空間に極細の魔力ワイヤーを無数に編み出した。そのワイヤーは、リリが特定したゴーレムの四肢の魔力供給ラインに、寸分の狂いもなく食い込む。
キィィィィン……!
ゴーレムの動きが一瞬止まった。
「今です!アステラ!」クロノが叫ぶ。
「承知!マスターの道のために!」
アステラは、極限まで威力を一点に集中させた剣気を、一気にコアへ向けて放つ。
ドシュウウウウウウ!!
障壁の僅か1%の隙間を貫き、シヅクの拘束で歪んだ魔力ラインを伝って、流星剣がゴーレムのコアへ突き刺さる。
ガシャン、バリバリ……!
ゴーレムは動きを止め、その巨体は、中から亀裂が走るように崩壊した。四人の英霊による、完璧な役割分担の勝利だった。
クロノが台座から「転移ゲートの鍵」を手に取ると、四人の英霊は一斉に彼に駆け寄った。
「マスター!貴方の指示こそ、最も完璧な作戦でした!貴方は我々の真の支配者!」シヅクがクロノの背中に抱きつき、勝利の余韻に酔いしれる。
「ふん!貴様らのちんけな魔術や知識では、我の剣が無ければ勝てなかった!」アステラはそう言うが、その顔は真っ赤で、クロノの目の前で、興奮したように剣を納刀した。そして、クロノの腕を強く掴む。
「マスター、我の献身が報われました!今、我の流星剣が通った場所を、貴方の口づけで褒めてください!」アステラは、自分の剣が触れた場所(クロノの腕)を差し出し、熱い視線で迫る。
「イ、イケマセン!アステラ!」イージスはクロノの足元から立ち上がり、鎧越しにクロノの身体を抱きしめた。「勝利の報奨は、絶対的な守りです!私のこの鎧の冷たさが、マスターの身体の火照りを鎮めます!」
「マスター、知識の伝達も報奨の一つですわ」リリはクロノの顔に自分の顔を近づけ、そっと耳元に囁いた。
「貴方が地上に戻ることで、あのレオンたちがどれほど惨めになるか……その詳細な情報を、私の唇から、貴方に教えて差し上げます……ふふ」
四人の英霊による、過剰で熱狂的な報奨の儀式に、クロノは喜びと、少々の危機感を覚えた。
しかし、彼の手に握られた鍵は、地上への道を開いたことを示している。
「行くぞ、みんな!僕たちの物語は、ここからが本番だ。僕を捨てた世界に、僕たちの本当の価値を証明するんだ!」
クロノの強い決意に、英霊たちの忠誠はさらに深まった。
最強の英霊ハーレムを率いるクロノ・アークライトは、奈落の深淵を後にし、地上への逆襲を開始するのだった。
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