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第2話:『剣の役割』が呼び出した、ツンデレの流星剣聖

奈落の深淵。二十七層で最も危険とされるエリアの一角に、奇妙なほど穏やかな空間が広がっていた。


空間を隔てるのは、シヅクが展開した精緻な魔術結界。外界の喧騒と殺意は、この結界の前では意味をなさなかった。結界の中では、シヅクが「雑用」として完璧に作り上げた仮設テントが設営され、テーブルには優雅なティーセットが並んでいる。


「マスター。奈落の看守の心臓部から採取した魔石を精製した紅茶でございます。疲労回復と魔力安定に効果がございます」


シヅクは優雅な所作で紅茶を注ぎ、クロノの前にそっと置いた。その動作一つ一つが、クロノに対する揺るぎない崇拝を物語っている。


クロノは紅茶を一口啜った。甘く深い香りが、追放された時のトラウマで張り詰めていた神経をゆっくりと解きほぐしていく。


「ありがとう、シヅク。本当に、君がいると助かるよ。君がいなかったら、僕はあの時、間違いなく死んでいた」


クロノが率直な感謝を口にすると、シヅクはパッと顔を輝かせた。彼女の美しい瞳が、喜びで濡れたように潤む。


「マスター。感謝など、とんでもございません。マスターの衣食住、そして心の平穏を守ることこそ、私の存在意義です。ましてや、マスターを『ゴミ』と評したあの卑しい者たちの手から、マスターを救い出すことなど、私にとっては最高の至上命題でしたから」


彼女はそっとクロノの頬に触れ、まるで宝物を扱うかのように優しく撫でた。


「マスターは弱くなどない。マスターのスキル《英霊喚び》は、役割の頂点を召喚する、この世界で最も尊いスキル。あとは、マスター自身がその器にふさわしい力を身につけるだけです。そして、その訓練を施すのも、私の『雑用』の一つ」


翌日から、シヅクの訓練が始まった。


それは、愛と崇拝に満ちているが、内容は容赦ないものだった。奈落の深淵に生息する、強力な魔物を相手取った実戦形式の回避訓練。


「マスター!油断は禁物です。その魔物の攻撃を三回回避できなければ、今日の夕食は私が作った特製『奈落の魔物煮込み』になります」


「ひぃっ!それは絶対嫌だ!昨日のは胃が奈落に落ちるかと思った!」


クロノは絶叫しながら、必死に回避行動を取る。彼の身体能力はまだ低いが、シヅクの正確無比な指示と、命の危険が迫るたびに発動するシヅクの「過保護な空間魔法によるサポート」のおかげで、徐々に動きが洗練されていった。


シヅクの愛は、ただ甘やかすだけではない。

彼女は、クロノが追放された痛みを乗り越え、自分自身を認められるように、厳しく鍛錬した。


休憩時間。クロノは地面に倒れ込み、荒い息をついた。シヅクが傍に跪き、冷たい水とタオルを差し出す。


「マスター。貴方は以前の数倍、強くなられています。たった一週間で、です。貴方には、努力する才能と、真の勇気がある。あの者たちは、貴方の持つ努力の輝きさえも認められなかった、愚か者です」


シヅクはクロノの汗を丁寧に拭き取りながら、深く、深く、その瞳でクロノを讃えた。


その瞬間、クロノは感じた。

(そうだ。僕は、こんなに頑張っていたのに、誰にも認めてもらえなかった。でも、シヅクは、僕の全てを肯定してくれる)


彼の心の中に、レオンたちへの憎しみではなく、自分を信じてくれるシヅクへの強い信頼が生まれた。


シヅクの訓練は、単にクロノを強くするだけでなく、クロノの魔力を効率よく使うためのものだった。


「マスター。そろそろ、次の役割の英霊を召喚する時です。今のマスターに必要なのは、防御ではなく、元パーティを打ち破るための絶対的な攻撃力」


シヅクは優雅に指示する。


「貴方の《英霊喚び》が認識できる最も強い『剣の役割』をイメージしてください。あらゆる敵を一撃で断ち切る、世界最強の剣を」


クロノは目を閉じ、レオンが持っていた黄金の剣よりも、セレスの魔法よりも、遥かに強く、速い「剣」を心に描いた。それは、自分を捨てたレオンを、後悔で打ちのめす一撃を放つ「剣」のイメージだ。


「……僕が望むのは、『流星のように速く、全てを断ち切る最強の剣』だ!」


クロノは叫び、全身の魔力を解放した。魔力の奔流がシヅクの結界を揺らし、奈落の空気に響き渡る。


「さすがマスター……!」シヅクは目を細め、歓喜に満ちた表情を浮かべた。


空間が、今度は青白く、鋭い光を放ちながら裂けた。亀裂から溢れ出すのは、稲妻のような金色の魔力。その光の中心から、一人の少女が飛び出してきた。


現れたのは、金色の髪をツインテールにした、華奢な少女だった。

彼女は、召喚された瞬間に、強烈な剣気を放った。その気迫は、奈落の深淵の魔物たちを一瞬で黙らせるほどだ。


少女は、腰に下げた宝剣に手をかけ、周囲を鋭く警戒した。


「ここが……新たな戦場か。そして、我を召喚した、弱き者……」


彼女はクロノに目を向けた。その剣士らしい、強気な碧眼が、クロノの姿を捉えた瞬間――


カチッ


まるで剣の切っ先が鞘に収まるような、音のない変化が起きた。彼女の全身を覆っていた鋭い殺気と剣気が、一瞬で消滅した。


アステラは、クロノの前まで駆け寄り、一瞬ためらった後、顔を真っ赤にして勢いよく跪いた。


「ハッ、ハジメマシテ!我こそは、剣の役割の頂点、流星の剣聖アステラ!我を召喚した、我らがマスターよ!」


強気だったはずの瞳は、今はクロノへの恥ずかしさと熱狂的な忠誠に揺れている。


「貴方がマスターで、我は、光栄の極み……!」アステラはクロノの足元に額をつけそうになりながら、頬を赤く染め、必死に剣士としての威厳を保とうとする。


そこに、シヅクが優雅に近づき、微笑みながらアステラの頭を上から押さえつけた。


「あら、新しい英霊さん。マスターの前で、頭が高いですわよ。貴方の役割は『剣』。私の『雑用』の一つである『マスターの保護』に反する行動は謹んで。マスターの平穏を乱すのは、たとえ同僚の英霊であっても許しません」


「なっ!離せ、メイド!我は剣の役割だぞ!マスターに謁見するのは、我の最優先事項だ!」


「いいえ。マスターの安息が最優先。それが私の役割です」


二人の最強の美少女英霊は、クロノの膝元で火花を散らし始めた。


クロノは、最強の英霊に崇拝され、溺愛されながら、自分が本当に英雄の器として選ばれたことを確信した。


「ま、待ってくれ!二人とも、喧嘩しないで!」


クロノの困惑した声が、奈落の深淵に響き渡った。この瞬間、最強の剣聖と完璧な執事という二人の美少女を従えた、クロノ・アークライトの新たな伝説が、本格的に始動したのだった。

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