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第1話:奈落への追放と、最弱スキルが呼び出した『影の執事』

重苦しい空気と、カビと鉄錆が混じったような臭いが、クロノ・アークライトの肺を満たした。

世界最高難度のダンジョン『混沌の回廊』。その最深部、人の手が一切入らない二十七層。


クロノは、目の前の光景に立ち尽くしていた。


「……もう行くぞ、クロノ」


リーダーのレオンが、冷たく言い放った。彼の言葉は、クロノにとっては死刑宣告に等しかった。

レオンは、勇者候補の名にふさわしい、鍛え抜かれた肉体と黄金の剣を持つ男だ。その隣には、天才魔導士のセレスと、光の神官リアが立っている。彼らはクロノが幼い頃から共に育ち、夢を追いかけた、信じていた仲間だった。


「待ってくれ、レオン!どういうことだ!?僕を、ここに置いていくのか!?」

クロノの声は震えていた。


「どういうこと、だと?」セレスが鼻で笑った。彼女の薄紫の瞳に、哀れみや戸惑いは一切ない。あるのは、純粋な軽蔑だけだった。

「聞いて呆れるわ。クロノ、貴方のスキルは《雑用召喚》。呼び出せるのは箒と鍋と、せいぜい荷物持ちのスライム程度。Sランクを目指す私達にとって、貴方は足手まとい以外の何物でもないのよ」


「でも、道中の荷物運びも、食料の調達も、罠の解除も……僕が!」


「うるさい!」レオンが怒鳴った。その迫力に、クロノは思わず一歩後ずさる。

「お前の存在そのものが、俺たちの汚点だったんだ!今日、俺たちはこのダンジョンを攻略し、歴史に名を刻む。その栄光に、ゴミスキルのお前を連れていく義理はない!」


リアが、心底嫌そうな顔で、クロノの首から下げていた最低限の回復ポーションのポーチを引ったくった。

「せめてこれくらいは、私達が有効活用するわ。感謝しなさい、最後まで役立たずの雑用として機能できて」


三人は、クロノの絶望に満ちた顔を一瞥し、奥へと進む通路へ足を踏み入れた。

彼らが去り際に残したのは、魔物避けの結界を解除する音と、クロノが持つ唯一の武器――折れた短剣だった。


残されたクロノの背後から、巨大な地響きが迫ってきた。

それはこの深層を縄張りにする、恐るべき魔物「奈落の看守」の咆哮だ。


「……嘘だ。レオン、セレス、リア……」


クロノの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

全身から冷や汗が噴き出し、視界が歪む。恐怖ではない。心が、魂が、信じていた絆に裏切られた痛みに、悲鳴を上げているのだ。


(ああ、僕は、本当に……必要とされていなかったんだ)


奈落の看守が、巨大な影となってクロノに迫る。その魔物の持つ異臭と、殺意に満ちた咆哮が、クロノの鼓膜を打ち破った。


『雑用召喚』。

幼い頃に発現したこのスキルを、クロノは懸命に使いこなそうとした。せめて誰かの役に立ちたいと、料理を覚え、応急処置を学び、戦闘スキルがない代わりに、できる限りの雑用を完璧にこなした。全ては、パーティに僕の「居場所」があるように。


その努力も、想いも、全て「足手まとい」の一言で切り捨てられた。


(僕は死ぬのか。この、誰も知らない、暗い場所で)


諦めが、全身を支配する。その時、胸の奥底から、ドス黒いマグマのような感情が噴出した。


――冗談じゃない。死んでたまるか。

――こんな、役立たずのまま、終わってたまるか!!


「誰か……!いや、何かを呼べ!今こそ、この『雑用召喚』で、役立たずじゃない……何かを召喚してみろ!!」


クロノは慟哭し、渾身の魔力を、最弱のスキルへと注ぎ込んだ。

スキルが、光でも闇でもない、奇妙な螺旋状のオーラを放ち始める。スキルウィンドウが激しく点滅し、文字が書き換えられていく。


《雑用召喚(F)》→《英霊喚び(SSS)》


そして、クロノの目の前の空間に、漆黒の亀裂が走った。


亀裂から、一人の女性が現れた。


黒髪を綺麗に結い上げ、優雅なメイド服を纏った、透き通るような肌の美少女。年齢はクロノと変わらないように見えるが、その瞳は遥か遠い過去の叡智を宿しているかのようだ。彼女は、クロノを殺そうと振り下ろされた看守の巨腕の下に、音もなく、優雅に立っていた。


「お呼び立て、誠にありがとうございます、マスター」


彼女は深々と頭を下げた。その時、看守の巨腕が彼女を押し潰そうと地面に激突する。

ドォンッ!!


しかし、メイド服の少女の周囲だけ、空間が歪んでいた。彼女は片手で紅茶のカップを持っているかのように、悠然と立っている。


「私の役割は、『全てを完璧にこなす雑用』。つまり、『マスターの平穏を乱すゴミの排除』も、私の最も重要な雑用です」


シヅク――英霊『影の執事』は、クロノに顔を向けた。その瞳は、クロノの全てを映し出し、狂おしいほどの愛と崇拝に満ちていた。


「この看守は、マスターの平穏を乱した。よって、不要なゴミと判断いたします」


シヅクは、メイド服のポケットに手を入れた。取り出したのは、一本の銀色のテーブルナイフ。彼女はゆっくりと歩み寄り、看守の巨体をまるでバターを切るように切り裂いた。看守は、痛みを感じる暇もなく、内部から崩壊し、静かに塵となった。


静寂が訪れた。クロノは呆然と立ち尽くす。


シヅクは看守が消えた後の空間を、丁寧に手のひらで払った。そして、クロノに向き直り、優雅に微笑んだ。


「お見苦しいものをお見せいたしました。ですが、もうご安心ください、クロノ様」


彼女はクロノの手を取り、熱い吐息を吹きかけるように、囁いた。


「私のマスター。貴方が選んだ役割は、この世界で最も難しい『雑用』。すなわち、『誰も解決できない困難を解決する、真の英雄の座』です」


クロノは、目の前の少女が放つ、桁外れの魔力と力に圧倒されながらも、心が満たされていくのを感じた。


「あの者たちは、貴方の価値を見誤った。ですが、私だけは違います。私は、貴方という至高の存在のために召喚された英霊。故に、マスターがこの世界で最も輝けるよう、この命を懸けて、お仕えいたします」


その言葉には、嘘も偽りも、蔑みもなかった。ただ純粋な、狂信的なまでの愛と忠誠があった。


(ああ、僕は、初めて……本当に、必要とされた)


クロノの瞳から、一筋の熱い涙が流れ落ちた。それは裏切りの痛みではなく、ようやく見つけた「居場所」の安堵の涙だった。


「さあ、マスター。あのおぞましい『ゴミ』たちへの、復讐の準備を始めましょうか。私の英霊の力は、貴方だけのものです」


シヅクは、優しく、しかし有無を言わせない力強さで、クロノを奈落のさらに奥へと誘った。


最弱スキルが呼び出した、最強の「影の執事」と共に、クロノの伝説が、今、深淵の底から始まった。

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