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#09 救出作戦

夕闇に紛れた俺とリーナは、静まり返った基地の裏門から外へ出た。


 空には薄い雲が流れ、霞んだ月がぼんやりと地表を照らしている。

冷たい風が砂を巻き上げて頬を叩く中、俺たちの影が地面を這うように進んでいく。


 EMP発生器を背負った俺と、サポートセットを身に着けたリーナ。たった2人の救出作戦だ。

俺たちはモンスターに見つからないように慎重に居住区へと向かっていたが、その気配はない。

まるで世界に2人だけしかいないように思える程、辺りは静まり返っていた。


「緊張してる?」


「少しな」

  

 リーナが小さく笑いながら口を開くが、その声には硬さが混じっていた。

 かくいう俺も、居住区に近づくにつれて緊張は増していたので、素直に答える。


「でも、やるしかない。ここで動かなきゃ、もう何も変わらない」


「……そうね」

 リーナが小さく息を吐いた。そしてゆっくりと空を見上げる。


「正直、こんな危険な任務は久しぶり。

 最近は研究ばかりだったし…生きて帰れるかどうか、半々ってところかしら」


「……無理に付き合わなくてもいいぞ」


 短い沈黙のあと、2人の視線が交わる。

 リーナの瞳は揺れているのは、きっと恐怖と闘っているせいだろう。

それでも覚悟を決めようとしてくれているのが分かった。


 風が強くなり、遠くの瓦礫が転がる音がした。

遠くから獣の咆哮が聞こえ、夜の空気が一層冷たく張りつめる。


「目的地はどこ?」


「居住区の北東。エージェント候補生専用の建物だ。

 警備は厳重だが、俺の身分証なら……中には入れるはずだ」


「“はず”?」

 リーナが少し眉をひそめる。


「失踪…いや、脱走している身だからな。でも、それしか手はない。

 ダメならダメで考えるさ」


「……あなたって大胆と言うか、無謀と言うか。」


 リーナが苦笑するのを見て、俺もつられて笑ってしまった。

 無言で頷き合って、再び歩みを進める。


 居住区へ近づくにつれ、段々と緊張が増していった。

月明かりに照らされた瓦礫の影が揺れ、まるで何かが潜んでいるように見える。


「誰かに見られてる気がする」

 

「錯覚じゃないかもしれないな。

 …ドローンの索敵範囲が広がってる気がする」


「……怖いわね。昔は何が飛んでいても気にもしなかったのに」


「そうだな。子供の頃は、空を見上げても“監視されてる”なんて思わなかった」


 リーナは一瞬だけ空を見上げ、目を細めた。


「レイ。あなた、もしアヤを助けられたら……その先、どうするの?」


「……考えてない」

 俺は短く答えた。


「今はただ、助けることしか考えられない」


「じゃあ、どうやって皆に謝るか考えておきましょ。

 …私も手伝ってあげるわ」


 その軽い調子の裏には、自らを奮い立たせるような響きがあった。

俺は小さく笑い返すと、リーナに頷き返した。


---


 数時間後。居住区の外周に辿り着いた時、俺たちは言葉を失った。


 巨大な防壁――ウォールの警戒態勢が厳しくなっていたからだ。

つい先日までより多くの警備灯が一定の間隔で点滅し、そのリズムはまるで侵入者を阻む門番の心拍のようだ。


「まるで要塞ね。……どこから入るの?」


「今は使われていない通行ゲートが、確か北側にあったはずだ」


「…わかったわ、行ってみましょう」


 俺たちは防壁沿いを這うように進んだ。

服の布地が擦れる音さえ、耳障りに思う。

僅かな音でも、見つかってしまうような緊張感を嫌でも感じていた。


「……止まって」


 リーナが囁き、手を上げる。

 ドローンの赤い光が一瞬、頭上を横切った。

 息を止め、数秒――やがて光が遠ざかる。


「今だ」


 俺たちは再び動き出した。何度かドローンをやり過ごし、ゲートの前にたどり着く。

 北の通用ゲートは人ひとり通れるくらいの小さなゲートだった。

大きさの問題で非効率だという事で使われなくなったと記憶している。

 俺はカードキーを取り出し、震える指先で読み取り口に差し込むと、認証音が低く唸る。

数秒後、電子音が鳴り、ゲートがわずかに開いた。


「…通った」


「第一関門突破ね」


 思わず安堵の息を漏らす。だが、それも束の間。

俺たちはお互いに頷き合うと、滑るようにゲートの中へと入っていった。


---


 居住区内部は、深夜にも関わらず騒がしかった。


 大通りを、軍用車がエンジン音を立てて走り去る。

無機質な街灯の下で、時折白衣や軍服の者たちが移動している姿も見られた。


「どうして……こんな時間に?」


「おそらく明日の“最適化プログラム”の準備だろう。マザーが、候補生たちを一斉に処理するつもりなんだ」


「処理……」

 その言葉に、リーナの顔がこわばる。


 俺たちは建物の影から影へと移動した。息を殺し、視線を交わし、ただ慎重に歩みを進める。

 しかし、寮の前に辿り着いた瞬間、俺の足が止まった。


「……これは……」


 目の前の建物は、もはや俺の知っている寮の雰囲気ではなかった。

高出力のライトが周囲を照らし、警備ドローンが空中を旋回している。地上には完全武装のエージェントたちが二人一組で巡回しており、入口には赤外線ゲートが張られていた。


「……想像以上の警備体制ね。これは……」

 

 リーナが息を呑む。

 俺が寮を見上げると。3階の窓の一つがわずかに光っているのに気づく。確か女子の部屋は3階だったはずだ。…あれがアヤの部屋かもしれない。


「どうするつもり?」


「……他に道はない。警備を掻い潜って侵入する」


「無謀よ」


「それでも、行く」


「捕まったら?」


「その時は……その時だ」


「……考えても仕方ないか」


 リーナとの短いやりとり。

 彼女は沈黙のあと、ゆっくりと頷いた。


 風が吹き抜け、月が雲の向こうに隠れた。

一瞬、闇が濃くなる。その闇の中で、俺たちは互いに小さく息を整えた。


「行こう」


「ええ」


 そして俺たちは、静かに要塞化した寮へと歩み出した。


---


 俺たちは、闇に紛れて警備の隙を突くように進む。

街灯の届かない裏通路を滑るように進み、廃ビルの影を縫う。耳に届くのは、遠くで回る監視ドローンの低い羽音だけ。風が吹くたび、古びたフェンスが軋む音が辺りに響き渡る。


「センサーの反応、今は死角。行けるわ」

 リーナが小型のデバイスで確認しながら小声で囁く。


 俺は頷き、呼吸を浅くする。

一歩、また一歩。地面を踏むたびに靴底が砂利を噛み、わずかな音を立てた。

呼吸さえも敵に感知されそうで、神経を皮膚の隅々まで尖らせる。


 寮の裏口に何とかたどり着く。窓には電子ロックが掛かっていたが、リーナは腰から開錠ツールを取り出すと、ロックの信号を解析し始める。わずか数秒で「カチリ」と音を立てて外れた。


「……入るわよ」


 俺たちは息を合わせ、窓を押し上げて中へ滑り込む。

冷気が頬を撫で――瞬間、肌に鳥肌が立った。

 

 中は、異様なほど静かだった。照明は落とされ、非常灯の明かりだけが床を淡く照らす。その光が埃の粒を浮かび上がらせ、まるで時間そのものが止まっているようだった。


「……誰もいない?」

 リーナが辺りを見回す。


「おかしい。…外はあんなに騒がしいのに」


 俺は小さく息を吐き、空気を吸い込んだ。鼻の奥に、わずかに金属の匂いが混じる。鉄、錆、そして機械油。

 だが、生物の気配はなかった。まるでこの場所が、人間の匂いを忘れてしまったかのようだ。


「…考えてる時間はないな、急ごう」


 物音を立てないように注意しながら階段へと向かう。

一歩進むたびに、胸の鼓動が一つ跳ね上がる。


 そして――2階へ差しかかった瞬間、俺は思わず足を止めた。


「これは……」


 目の前の光景に、俺は言葉を失ってしまう。


 廊下の両側に、候補生たちがずらりと整列していた。蛍光灯に照らされて、全員同じ姿勢で微動だにせず立っている。――まるで人形の群れのようだった。


「何よ……」

 リーナが息を呑む。


 その声の響きにも、誰一人反応しない。その不自然さが、かえって恐怖を増幅させた。


 一歩踏み出すと、全員が同時に、首だけをこちらへ向けた。

その動きもまた、完璧に同調していた。まるでひとつの機械が、複数の体を操っているように――


「私は、エージェント候補生ID-7742。命令があるまで待機する」


 その声が群れの中から響いた。

 俺は反射的に視線を向ける。そこに立っていたのは――見覚えのある顔。


「ジン……?」


 彼は表情を失い、焦点の合わない瞳でまっすぐ前を見つめていた。

あの勝ち気で、プライドの塊のようだったジンが、ただ1つの歯車に変わり果てていた。


「個人的な思想は不要。マザーのために効率的に行動する」


 ジンの声が再び響く。同時に、他の候補生たちが一斉に同じ言葉を繰り返した。


「マザーのために行動する。マザーのために行動する」


 廊下が、同じ声で満たされる。

人の声なのに、人間ではない。冷たい音の振動が、胸の奥にまで押し寄せてくる。


――胸が苦しい。


「レイ、急ぎましょう」


「……あぁ」


 リーナが俺の肩を押す。

 俺たちはこの異様な光景を振り切るように、3階へと向かった。


---


 階段を上がった処に部屋割りの表があったので、アヤの部屋の位置はすぐに判明した。部屋の前に到達すると、俺は深く息を吸った。

…ここに、もう一度会いたかった彼女がいる。しかし、まだ俺の知ってる「アヤ」と呼べる存在なのか──その恐怖が胸を締め付ける。


 俺は拳を握りしめ、ノックした。


「アヤ……俺だ」


 沈黙。

 時間が凍ったような静寂の中で、内部の電子錠がわずかに作動する音が聞こえた。数秒の後、ドアがゆっくりと開いた。


「……レイ?なぜここに……」


 白い照明の下に立つアヤは、どこかやつれているように見えた。

無造作に揃えられた金髪はどこか色褪せているように見え、その表情は硬い。だがその瞳の奥には、まだ「彼女らしさ」が残っていた。


「君を救いに来た」


 俺の声は自分でも驚くほど震えていた。


「救うって……そんなの、無理よ」


 アヤは静かに首を振る。その動作は、まるでプログラムされているように見えた。


「諦めるな」

 俺は背中からEMP発生器を取り出して、彼女に見せた。


「これで、一時的にマイクロチップを停止させられる。

 君を“マザー”の管理から解放できる」


 アヤの瞳が揺れる。そのわずかな反応が、俺にとっては希望の証だった。


「それは……危険すぎるわ。」


「このまま、ここに居る方が危険だ」


…ここまできて、躊躇う必要などなかった。


 俺は装置のスイッチを入れる。低い駆動音とともに、装置のコアが青白く脈打ち始めた。空気が震え、肌の上を静電気が走る。次の瞬間──目に見えない波が、アヤの身体を包み込んだ。


「……っ」


 アヤの身体がわずかに仰け反って硬直し、瞳が揺らめいた。

髪がふわりと浮き、そのまま硬直が解ける。数秒の後、彼女は大きく息を吐いた。


「……なんだか……頭が……すっきりする……」


 その声色には、先程より確かに感情が宿っていた。


「チップが停止したんだ。今なら自由に動ける」


「レイ……随分と無茶なことを」


 俺を見つめるアヤの目には、久しぶりに本来の輝きが戻る。


 だが、喜びは束の間だった。


 警報が鳴り響き、赤い光が天井に点滅する。耳をつんざく程のサイレンが建物全体を震わせて、あたりの空気が一瞬で騒然となった。


「侵入者発見! 三階東棟!」


「……まずい、見つかったわ!」


 通路の向こうから聞こえる声に、リーナが息を呑む。


 足元の床が震え、階段を駆け上がる音が近づいてくる。

何十人ものブーツが床を打ち鳴らす。その足音は、まるで巨大な心臓の鼓動のように響く。


「逃げよう!」

 俺はアヤの手を取った。


 その手はまだ温かかったが、わずかに震えていた。

だが、俺たちが動き出す前に廊下の先で、声が響いた。


「レイ・シンクレア」


 そこに立っていたのはハリス中佐だった。

訓練中と変わらぬ隙のない整った姿勢、だがその瞳は氷のように冷たかった。彼の背後には、完全武装のエージェントたちが十数人。銃口が一斉にこちらを狙っている。


「君には失望したよ」


 中佐の声は静かだった。だが、その静けさが逆に恐ろしい。


「感情に流され、任務を放棄し、敵対行為に走るとはな」


「こんなの間違ってる…俺たちは人間だ! 

 マザーの道具じゃない!」


「その“人間”が自由意志を持った結果、どれだけの被害が出たと思っている?」


 ハリスの声が鋭くなる。銃の安全装置が外れる音が、次々と重なった。


「観念しろ。抵抗すれば、君の友人にも危害が及ぶ」


「……レイ、私のことはいいから、逃げて」


 アヤが空いてる手で、彼女の手を握る俺の掌に触れると、そのまま俺の手を振り解いた。


「そんな事出来るか!」


 俺はリーナを見る。彼女もすでに武器を構えているが、表情には焦りが滲んでいた。

…この人数を相手にするのは、どう考えても普通では無理だ。


――俺の心に一つの決意が浮かぶ。


「リーナ、アヤを頼む」


「……レイ?」


「動けば、撃つ」


 ハリスの警告が飛ぶが、無視をした。

 俺は深呼吸をし、全身のプラナを一点に集中させる。

──まだ未熟だが、オルフェンに教わった技を使うしか道はない。


「──シールド!」


 瞬間、青白い光が俺の身体を包み、透明な障壁が展開した。空気が揺らぎ、髪が逆立つ。


「構わん、撃て!」


 ハリスの号令の元に銃弾が放たれ――無数の火花が壁と障壁の間で弾けた。


「リーナ!窓から!」


「でも、レイは──!」

「行くわよ!」


 戸惑うアヤの手をリーナが取り、窓に向かって走る。

3階から飛び降りるのは危険だが、他に選択肢はなかった。


 止まない銃撃の嵐に、俺のシールドは一瞬で限界を迎えつつあった。

プラナの消耗が激しく、体の奥が焼けるように熱い。…視界が滲み、耳鳴りがした。


「──ブラスト!」


 最後の力を振り絞り、俺は掌から光弾を放つ。

轟音が響き、先頭のエージェントが吹き飛んで、何人かを巻き込むが、すぐに別の銃弾が飛ぶ。


 一発が、俺の胸に命中した。


「麻酔弾、着弾確認!」


 世界がスローモーションになる。視界が揺れ、音が遠のき、重力さえ曖昧になる。


「レイっ!」


 アヤの叫び声が、かすかに聞こえた。

 最後に見たのは、外に何かを投げた後に窓から飛び出していく、彼女とリーナの姿。

 

 2人が夜の闇に消えていく。


──それでいい。


 意識が深い海の底に沈むように遠ざかる中、最後に耳に残ったのは、ハリスの冷たい声だった。


「……愚か者め」



 そして、闇がすべてを呑み込んだ。



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