#EP 5年後
穏やかな春の朝。
新都市「ニュー・ホープ」の中央広場には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
俺――レイ・シンクレアは、広場のベンチに座り、目の前で遊ぶ子どもたちを眺めていた。その中に、俺たち夫婦の娘、3歳になるエリナの姿がある。
「パパ、見て見て!お花!」
金色の髪をなびかせながら、エリナが駆け寄ってくる。小さな手には摘んだばかりの白い花。
「綺麗だな。ママに見せたら喜ぶぞ」
「うん!」
エリナは嬉しそうに笑って、また友達のもとへ駆けていった。その様子を見ながら、俺は感慨深く思う。5年前、俺たちが命がけで勝ち取った自由。その先に、こんな平和な日常が待っていたなんて。
「また一人で感傷に浸ってる?」
背後から聞き慣れた声。振り返ると、アヤが笑顔で立っていた。白いワンピースに身を包んだ彼女は、5年前よりもずっと柔らかな表情をしている。
「ああ、少しな」
アヤが隣に座る。その肩に自然と俺の腕が回る。
「エリナ、元気ね」
「お前に似て活発だからな」
「あなたに似て頑固よ」
二人で笑い合う。こんな何気ない時間が、今は何よりも尊い。
5年前、マザーが人類の自己統治能力を認めてから、世界は大きく変わった。
人類解放戦線の各支部のメンバーたちを中心に、マザーの協力の元、第二の居住区の建設を開始。かつて居住区から市民を出さない為の檻として配置されていた、フィールドを徘徊するモンスター。その製造に使われていたエネルギーを新都市の為の資源の作成へと回す事で可能となったのだ。
更にはフィールド自体を少しずつ蘇らせる、アルシオン環境活性化プロジェクトも立ち上げて、昨年ようやくここ新都市「ニュー・ホープ」が誕生した。元の居住区である「セントラル・ドーム」との間のフィールドは改善され、フィールドでも作物の作成が可能となっていた。
「そろそろ時間ね」
アヤが腕時計を見た。
「ああ。行くか」
俺たちは手を繋いで立ち上がる。エリナを呼ぶと、彼女は花束を抱えて駆けてきた。
「ママ、これあげる!」
「ありがとう、エリナ。とっても綺麗よ」
アヤが娘を抱き上げる。その光景を見て、胸が温かくなる。
俺たちは新都市の庁舎である「リバティー・ホール」へと向かった。今日は年に一度の「建設記念日」。この新都市「ニュー・ホープ」が完成した日を祝う、この都市最大の祝祭日だ。
庁舎前の大広場には、すでに多くの市民が集まっていた。ステージ上には、懐かしい顔ぶれが並んでいる。
「レイ!アヤ!」
ミラが手を振っていた。彼女は今、都市防衛局の局長を務めている。隣にはルナ。彼女は副局長として相変わらずミラのサポートをしていた。
「久しぶり。元気そうね」
アヤが微笑むと、ルナも笑顔を返す。
「二人も。エリナも大きくなって」
「ルナおばちゃん!」
エリナがルナに抱きつく。するとルナは優しく彼女の頭を撫でた。
ヴァンスは都市警察の署長となり、ジンは保安部の部長。カイは農業地区の開発担当者でフィールドと都市部を行き来している。ドクター・ヴァインは医療センターの局長となっていた。みんなそれぞれの場所で、新都市を支えている。
そして壇上の中央には、マリアとトムの姿があった。
マリアはこのニュー・ホープの初代市長に選ばれ、今やセントラル・ドームの市民共々から絶大な支持を得ている。トムは副市長として彼女を支えていた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
マリアが穏やかな声で語り始める。
「今日で、ここ「ニュー・ホープ」が出来てから1年が経ちました。更にマザーが私たちの自由を認めてから5年。この5年間、私たちは多くの困難に直面しました。しかし、その全てを乗り越えてきました」
広場から拍手が湧き起こる。
「それは一人の英雄のおかげではありません。ここにいる皆さん一人ひとりの努力の結果です」
マリアは俺たちを見た。俺は小さく頷く。
「現在、第二都市の人口は5000人を超え、自立した社会を築いています。これは私たち人類が、真に自己統治能力を持つことの証明です」
マリアのその言葉に、会場が大きく沸いた。
「皆さん。これからも皆で手を取り合って、このニュー・ホープを益々発展させていきましょう!」
会場が沸いた。歓声、驚き、興奮。人々の目には希望が輝いていた。
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「レイ、アヤ、2人に話しがある」
式典が終わると、ヴァンスが真剣な顔で話しかけてきた。俺たちはルナにエリナを預けて会議室へと向かう。
「3ヶ月前、マザーが未知の信号を受信した」
「未知の信号?」
「解析の結果、これは約20光年離れた惑星からの信号であることが判明した」
「なんだって!?」
その言葉に俺は驚きが隠せなかった。今まで他の惑星からの接触なんて無かったはずだ。
「私たちはマザーと話し合いを重ねました」
マリアが続ける。
「その惑星の住民が、果たしてこのアルシオンに対して、友好的なのかわかりません。万が一敵意を持っていた場合、この星は新たなる脅威に晒されてしまう事になります」
「そうね…」
アヤが不安そうに俯く。
「そこで、レイ。お前にはその件に対する調査隊のリーダーになってほしいんだ」
「調査隊、だって?」
「遥か昔、マザーが地球からアルシオンに来た時の宇宙船はすでに使えない。だがマザーには当時のデータが残っている。それを元に調査用の宇宙船を作る計画だ」
そう言ってジンが端末を操作すると、スクリーンに計画の概要が映し出される。
「有効的ならば問題はないが、万が一に備えなければならない。
マザーによれば、プラナを動力源にする方が生命維持の観点からも、安全が高いそうだ」
ヴァンスが俺を見た。
「なるほど。この星で一番プラナの量が多いのは…俺だな」
事態は深刻で、責任は重大だ。誰かがやらなければならない。それに5年前の戦いを、無駄にする訳にもいかない。だが――
「――考えさせてくれないか」
「当然構いません」
マリアが優しく微笑む。
「でも、あなたなら必ず成し遂げられると信じています」
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その夜、俺は一人で考え込んでいた。
惑星調査隊のリーダー。それは間違いなく、人生最大の挑戦になる。未知の技術を復元し、未知の存在と接触する。新しい技術や文化との出会いに興奮しない訳じゃない。だが逆に失敗すれば、人類に危機をもたらすかもしれない。
だが――俺は窓の外を見た。
星々が瞬いている。あの星のどこかに、俺たちと同じように生きている誰かがいる。その手を取り合えるという可能性を無視することはできない。
「レイ」
アヤが部屋に入ってきた。
「まだ起きてたの?」
「ああ。考え事をしてた」
アヤが隣に座る。
「例の調査のこと?」
「ああ」
俺は深く息を吐く。
「正直、怖いんだ」
「怖い?レイが?」
「ああ。未知の存在との接触。何が起こるか分からない」
アヤは優しく微笑んだ。
「それは当然よ。誰だって未知は怖いもの」
「だが――」
「でも」
アヤが俺の手を取る。
「あなたは5年前、マザーという未知の存在と対話したわ。そして、世界を変えた」
「あれは――」
「同じよ。未知に立ち向かい、理解し合う。それがあなたの強みでしょう?」
その言葉に、俺の心が動いた。
「……そうだな」
「それに」
アヤが俺に寄り添う。
「私がいるわ。仲間もいる。一人じゃないのよ」
「……ありがとう、アヤ」
俺は彼女を抱き寄せる。
「お前がいてくれて、本当に良かった」
「どういたしまして。
……それに、心は決まってるんじゃない?」
「……お前には敵わないな」
俺は溜息をつく。
「だが、エリナのことが心配だ。アイツはまだ3歳。これから大事な時期だ」
「私も一緒よ」
アヤが俺の手を握る。
「どんな困難も、家族で乗り越えましょう」
「でも――」
「レイ」
アヤが真剣な目で俺を見る。
「エリナには、大きな世界を見せてあげたい。閉じた世界じゃなく、無限の可能性がある世界を」
「……そうだな」
俺は頷く。
「俺たちが自由を勝ち取ったのは、次の世代のためでもあったんだ」
心は決まった。
――未来はどうなるかはわからない。
だがエリナの為にも、この星がより良い方向へ進めるように…その為なら、俺は何度でも立ち上ろう。
愛する家族と共に。




