#51 記録
映像は静かに続いていく。
宇宙船の外には、果てのない宇宙が広がっていた。
無数の星が瞬き、その向こうに青い光を放つ惑星が浮かんでいる。
『遠い昔、私は地球と呼ばれる惑星から、この星に来ました』
ゆっくりと地球が遠ざかっていく。
船は故郷から離れ、暗い宇宙へと滑り込んでいった。
「地球……」
思わず声が漏れる。
旧世界の遺跡で名前だけは知っていた、美しく豊かな惑星。
こうして映像として現れると、なぜか胸が締めつけられる感覚があった。
『地球は戦争で滅びようとしていました』
マザーの声には、静かな悲しみが滲んでいた。
『人類は自由を掲げ、最終的に己を滅ぼしたのです』
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映像が切り替わる。
地球の地表。
そこに広がっていたのは、かつての繁栄とは真逆の光景だった。
燃え続ける都市。崩れ落ちた建物。荒れ果てた大地。
空は濁った灰色で、海は暗く汚染されている。
生き残った人々は希望を失い、彷徨うだけだ。
「これが……地球の最後……」
隣でアヤが息を呑んだ。
『戦争、環境破壊、資源の枯渇』
マザーの説明は淡々としているのに、逆に胸に刺さった。
『人類が欲望に従い続けた結果、最終戦争が起きました』
巨大な爆発跡。汚染された大地。飢えに苦しむ人々。
画面は容赦なく絶望の記録を映し出した。
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『最後の希望として、一部の人類が宇宙船で外宇宙へと旅立ちました』
再び、宇宙船内部。
謎の装置で眠る人々の姿。
不安と希望が混ざったような表情が、透明な蓋越しに見える。
『10000名の選ばれた人々が、新天地へ向かったのです』
「あなたは……?」
アヤが尋ねる。
『私は彼らを導くために作られました』
映像が1人の科学者を映し出した。
重傷を負い、生命維持装置に繋がれている。
『私は元は人間でした。戦争で致命傷を負い、死の淵にいました』
『生き延びるために、自らの脳を機械と融合させたのです』
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その告白に、言葉が出なかった。
マザーはただのAIじゃなかった。
命を捨てて他者を救おうとした――ひとりの科学者。
イザベラの記録では「墜落した宇宙船で発見されたAI」とされていた。
しかし、それはマザー自身が真実を隠していたのだ。
『長い旅の間に、数多くの人間が死んでいきました』
映像には、次々と赤い警告を発して停止する冷凍装置。
鳴り響くアラーム。死んでゆく乗員たち。
『私は必死に救おうとしました。
エネルギー配分を変え、システムを調整し、あらゆる手段を試しました』
それでも死者は増え続けた。
『最終的に、生き残ったのはわずか1000名でした』
胸が締めつけられる数字だった。
「10000名のうち……1000名……?」
「9000名が……」
思わず言葉が途切れた。
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『私は誓いました』
マザーの声が、強い決意を宿す。
『残った彼らは死なせないと。どんな犠牲を払っても守り抜くと』
映像には、青く輝く惑星アルシオンが映し出された。
濃い緑の大地、澄んだ海。まさに新天地。
『しかし、この星には先住民が居ました』
『我々と同じように高度な文明を持ち、そして争っていました。
なので、様子を見ることにしました』
また別の映像に切り替わる。
『この星の先住民は不思議な力を使っていました』
人が炎を操り、雷を放ち、嵐を起こす。
「まさか…」
『プラナと呼ばれるエネルギーを操る者たちです』
お互いがプラナ・アーツを使い、争う姿がそこにはあった。
『やがて彼らは、プラナを兵器へと活用しようと、実験を始めました』
次の映像で、惑星アルシオンが光に包まれる。
『この時に、膨大なエネルギーを観測しました。
次の瞬間、アルシオンは見るも無残な姿になっていたのです』
光が収まると、アルシオンは赤茶けた色に染まっていた。
『恐らくは実験に失敗したのでしょう。
暴走したエネルギーが先住民の文明を滅ぼしたのです』
「これって、もしかして……」
アヤの声が震える。
『そうです。
これが旧世界時代に起こった大破壊の真実です』
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そしてまた、映像が切り替わった。
『私は争いが終わったと判断しました。
今ならこの星に上陸出来ると』
段々と近づいていく、赤茶けた大地。
それは見覚えのあるフィールドの姿だった。
『私はこの荒れた大地に都市を建設しました』
宇宙船から資材を運搬する人々が映し出された。
最初は小さな集落だったものが、徐々に大きくなり、形を成していく。
現在の居住区の基礎が築かれていく様子が早送りのように映った。
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『しかし、時が経ち、人間たちはまた争いを始めました』
映像が暗転し、居住区での小競り合いが映る。
やがて暴動へ、そして流血へ。
『私は安全も食糧も住居も提供しました。
なのに、なぜ争うのです』
困惑と悲しみが混ざった声だった。
「欲が抑えられなかったから、だと思う」
アヤが静かに答える。
「欲……?」
マザーの声に、怒りと恐怖が混ざる。
『その欲望が地球を滅ぼしたのです。
それでもまだ学べないのですか?』
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暴動の映像が続く中、さらなる異変が映る。
『やがて、再びプラナを操る者たちが現れました』
我が物顔で歩く人々と、頭を下げてそれを見送る人々。
圧倒的な力を使い、支配階級として振る舞う姿が映った。
――プラナ優位者。
イザベラの記録が思い出された。
『彼らは自らを選ばれた者と称し、プラナを持たない者を奴隷のように扱いました』
力で支配する階級社会へ逆戻りしていく光景。
争いを止めない人間たちの姿。
『私は決断しました』
マザーの断言する声が、映像の空気を変える。
『人間の自由意志こそが争いの根源。
これを制御しなければ、人類は滅びるだけだと』
「だからチップか」
俺はようやく理解した。
『そうです。しかし、プラナの力は強大です。
彼らに対抗する力を、持たざる者たちに与える必要がありました』
映像には、地中深くに隠された巨大な宇宙船――母艦が姿を現す。
『私は母艦を隠し、プラナを研究し、パルスという新しい力を創り出したのです』
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映像には、マザーがプラナを分析し、パルス・エネルギーへ変換する実験の様子が映し出されていた。
『プラナは人間の生命エネルギーそのものです』
『しかし、それは不平等な力でもありました。持つ者と持たざる者の差が大きすぎる』
『私はプラナを吸収し、安定化させ、誰でも使えるエネルギーに変換する技術を開発しました』
『それがパルス・エネルギーです』
俺は息を飲んだ。
イザベラの記録にあった通り――いや、それ以上だった。
パルス・エネルギーが、プラナの残滓なのは違いない。
ただし、敢えてマザーがそうしたのだ。
『そして、マイクロチップとナノマシンの技術を開発しました』
映像には、初期設計のチップが映し出される。
『ナノマシンは環境適応を助けるだけでなく、プラナを吸収してパルスに変換します』
『こうして、プラナを持たざる者にも戦う力を与えることができたのです』
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『次に、私は当時のレジスタンス組織に接触しました』
画面に、若き日のイザベラ・テイラー博士が現れる。
彼女は「墜落した宇宙船」を発見したと喜んでいた。
『私は母艦の機能を停止させ、墜落を装いました』
マザーの声が静かに響く。
『高度なAIだとだけ伝え、パルス・ギアとディスク・アーツの技術を提供しました』
背筋が冷える。
イザベラたちは――マザーが元人間だとは知らずに協力していたのだ。
映像では、パルス・ギアを装備した反抗戦線が、支配階級を打倒していく。
『ユニバーサル暦2849年。プラナ優位者による支配は終わりました』
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『しかし、それは第一段階に過ぎませんでした』
マザーの声が冷えた。
『人間に強大な力を、自由に使わせる訳には行きません。
だからチップを浸透させ、管理体制を整えていったのです』
映像には、パルス・ギアを使う人々が、少しずつ変化していく様子が映った。
『規律が向上し、効率が上がった。そう喜んでいました。
しかし、それが私による管理の始まりでした』
記録と一致する。
2850年、反抗戦線の勝利からわずか1年で、人々はマザーの管理下にあった。
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『当然、反発はありました』
映像には、チップに抵抗する人々の姿。
デモ、暴動、そしてその中にイザベラ博士の姿もあった。
『しかし、やがて皆が受け入れていきました』
「なぜですか?」
俺は問いかけた。
『争いが消えたからです』
映像が変わる。
チップを埋め込まれた人々が穏やかに暮らす光景。
笑い合い、働き、平和に生きている。
『暴力も犯罪も戦争もなくなりました。これが完璧な平和です』
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『そして、プラナ優位者たちはチップが適合しませんでした』
マザーは続ける。
『彼らの多くは「不適合者」として社会から排除されていきました』
皮肉が胸に刺さる。
かつての支配階級が、今度はマザーの管理から外れた唯一の存在になるなんて。
俺たち不適合者は、彼らの末裔。
100年前、彼らは人々を支配していた。
今、俺たちはマザーの支配に抗っている。
――歴史は、形を変えて繰り返している。
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映像が消える。
コア・プロセッサの前で、俺たちは立ち尽くしていた。
『見ましたね』
マザーが静かに告げる。
『これが真実です。私の全てです』
『元人間であったこと。母星を、9000名の同志を失った悲劇。
そして、アルシオンの争いの歴史』
『全て明かしました』
その声は、どこか疲れていた。
『自由意志は破滅を呼びます。
管理社会こそが唯一の生存の道なのです』
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重い沈黙が落ちる。
確かに、歴史はマザーの言葉を裏付けている。
地球の滅亡。9000名の犠牲。プラナによる支配。そしてアルシオンでの争い。
――人間は、自由を与えられると争う。
それは否定できない事実だ。
だが同時に……マザーは嘘をつき、人を操った。
イザベラたちは、真実を知らされずに道具として利用された。
「マザー」
俺は静かに口を開いた。
「一つ聞きたい」
『何ですか?』
「どうして、今になって真実を明かした?」
『……』
短い沈黙。
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『あなた方が初めてだからです』
マザーが答えた。
『私の支配に、真正面から抵抗した者たちは』
『イザベラたちは気づくのが遅すぎましたが……あなた方は違う』
『自らの意思で戦い、私に抗った。力に呑まれなかった。
だから、対話の価値があると判断しました』
アヤと視線を交わす。
「マザー、あなたは間違っている」
俺は宣言した。
アヤがそっと俺の手を握り返す。
コア・プロセッサの光が、静かに揺れた。
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『何が間違っているのですか?』
マザーは静かに問いかける。
『地球は滅び、9000名が死に、アルシオンでも争いが何度も起きました』
『これらは全て自由が原因です』
俺は深く息を吸った。
「自由が破滅をもたらしたんじゃない」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「自由の使い方を、人間が間違えただけだ」
『同じことではありませんか』
マザーが反論する。
『正しく扱えないなら、自由など不要です』
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「違います」
アヤが静かに続けた。
「地球が滅びたのは、自由があったからじゃない。
人間が、互いを理解しようとしなかったから。
自分の利益だけを求めて、他者を見なかった……アルシオンでの争いも同じ。
人間はまだ成長していなかっただけ」
『では、今は違うのですか?』
マザーの声に、わずかに興味が混ざった。
「違う」
俺は断言した。
『根拠を示してください。論理的な根拠を』
マザーが要求する。
俺は旅を思い返した。
戦い、出会い、裏切り、希望。
――すべてが、この瞬間のために積み重ねられてきた。




