#50 最後の試練
「最後のテスト?」
俺はわずかに身構えながら問い返した。
アヤの手を握る指先に、無意識のうちに力がこもる。
『私と対話する前に、あなた方の力を試させていただきます』
マザーの声が、冷ややかに辺りに響き渡っていく。
『完全統合計画を中止するだけの価値があるのか』
その瞬間、空気が凍りついたように温度が落ちた。
わずかな振動。床の下で何かが蠢くような気配。
『その力が、本当に人類を導くに足るものなのか』
俺とアヤは同時に視線を走らせる。
金属が軋む音が、静まり返った空間に不気味なほど響いた。
「これは……」
アヤが息を呑む。
俺も言葉を失った。
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床のプレートが円形に割れ、その裂け目から無数の“人影”がせり上がってきた。
人影――そう人間ではない。
途中で戦った戦闘アンドロイド。
あれとは比べものにならないくらい人間と見分けがつかなかった。
しかし、その瞳はあまりに無機質で、暗い。
1体、2体……5体……10体……
数はどんどん増え、最終的には50体を優に超えるアンドロイドが整列した。
『これこそが真のゼロ・ガード』
マザーはどこか誇らしげだった。
『私の最高傑作。
生体兵器「バイオロイド」部隊です』
バイオロイドたちは、ずらりと同じ角度で顎を上げる。
一糸乱れぬ動きで、それぞれの高出力のパルス・ギアを構えた。
蒼白い刃は、まるで心臓を鷲掴みするかように冷たく光る。
『各ユニットは通常の強化エージェントの3倍の戦闘能力を持ちます。
そして完璧な連携能力――一つの意識の元で動く50の身体。
その脅威は言うまでもないでしょう』
「……それは厄介だな」
苦笑が漏れた。
アヤが俺の背に軽く触れ、小さく頷く。
「レイ、行くわよ」
「ああ。背中は任せた」
互いに息を整え、自然と背中合わせになる。
敵は50体。しかも全員が化け物じみた性能。
けれど――怖くはなかった。
アヤが隣にいるだけで、何でも出来る気がしていた。
バイオロイドたちが動く。
床板が微かにきしみ、全員が一斉に踏み出した。
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「「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」」
10体が同時に雷撃を放ってきた。
避けることすら計算して封じる、完全な包囲網。
だが。
「リフレクト」
俺は反射壁を展開して前に出た。
次の瞬間、10本の雷が一斉に壁に叩きつけられ――そのままバイオロイド達に跳ね返す。
「…アイスランス!」
コネクトで俺のプラナと繋がった影響だろうか。
隙をついたアヤがプラナで氷の槍を産み出していた。
放たれた槍は5体のアンドロイドの急所へ正確に刺さった。
悲鳴にも聞こえる異音を立て、膝が崩れ落ちる。
「ナイスだ」
「まだ5体だけよ」
アヤの声が冷静すぎて笑えてくる。
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次の瞬間、左右から炎の弾丸が豪雨のように降り注いだ。
「「ディスク・アーツ《ファイアショット》」」
20体のアンドロイドが、無数の弾丸を連射していた。
「ミスト!」
俺は霧を生み出し、炎の弾丸を包み込む。
霧は一瞬で蒸発し、高温の地獄へ変わった。
水蒸気が視界を遮るが、バイオロイド達には問題がないようだ。
恐らく、熱源感知も出来るのだろう。
白いモヤを抜け出した個体が俺たちに迫る。
「ディスク・アーツ《メテオストライク》」
至近距離から巨大な熱塊が落ちてきた。
避ける余裕はない――今までの俺なら。
「リアライズ」
再び全身が光る。
全てを置き去りにするかのように、思考が加速する。
俺はアヤの体を抱えて横へ飛んだ。
熱塊が床を粉砕し、破片が嵐のように襲いかかる。
「ストリーム!」
アヤの放つ光の螺旋が、爆風と破片をすべて押し返す。
「ありがとう」
「こちらこそ」
視界が晴れた時には、バイオロイドたちは俺たちを包囲するように隊列を組んでいた。
前方15、左右に10、後方が10、か。
退路はない。
相手からはまるで勝誇ったかのような雰囲気が漂う。
――だが、足りない。
「行けるな?」
「当然よ」
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「ストリーム!」
俺の放った巨大な光の螺旋が前方の15体を飲み込み、轟音と共に吹き飛ばした。
10体が破壊され、残り5体はその隙に盾を展開して耐え切った。
アヤも反撃に入る。
「ライトニング!」
後方の10体に、雷撃が轟く。
バイオロイドが焼け焦げ、そのうち7体が沈黙する。
「右、3体!」
俺が叫ぶと同時に、3体のバイオロイドが高速で飛び込んできた。
「甘いッ!」
三方向から同時にパルス・ギアが振り下ろされるが――
「シールド!」
障壁を展開して、跳ね返す。
「アイスランス!」
横からアヤの氷槍が2体の頭部を貫き、破壊する。
残った1体が俺に迫った。
「…プラナ・ブレード!」
プラナの刀身を産み出し、そのまま薙ぎ払った。
バイオロイドが真っ二つに切り裂かれ、内部の生体組織と配線が露出する。
そのまま火花を散らしながら崩れ落ちた。
息をつく暇もなく、バイオロイドの猛攻が迫る。
「「ディスク・アーツ《エクスプロード》」」
「「ディスク・アーツ《ファイアショット》」」
「「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」」
残った28体が、三種類のアーツを隙間のないくらいに叩き込んできた。
「俺がやる」
「後は任せて!」
俺はアヤの一歩前に出る。
「リフレクト」
巨大な反射壁を展開し、三重の攻撃を全て跳ね返した。
バイオロイドたち自身の攻撃が直撃し、隊列が一瞬だけ崩れる。
「喰らいなさい!」
アヤが全力でプラナを練り上げた。
「ブレイズノヴァ!」
巨大な爆発が敵陣へと放たれ、10体が爆散した。
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5分後。
部屋に煙が漂い、砕けたバイオロイドの残骸が転がる。
残り15体。
息が上がってきた。
長時間のリアライズにはまだ慣れていない。
さすがにアヤも肩で息をしていた。
「さすがに……しんどいな……」
「ええ……でも、まだ油断はできなそうね」
アヤの声が震えているのは、疲労のせいだけではない。
彼女の直感が何かを警告している。
その予感は、すぐに現実になった。
突然、コア・プロセッサの奥の壁が音を立てて左右に開く。
するとそこには巨大な装置が現れた。
その装置は青白い光を放ち、前方のハッチが開く。
『トランスポート・システム起動。
次の段階に移行します』
そのハッチの中で光が弾け、“巨大な影”が浮かび上がった。
「……嘘だろ」
俺は目を見開いた。
それは、以前フィールドで見たモンスターの姿。
だが明らかに普通の個体とは雰囲気が違う。
四肢には金属フレーム、背中にはエネルギータンク。
生体組織と機械が融合した、まるで悪魔の実験の産物。
「モンスター……しかも改造されてる……」
アヤが震えた声で呟く。
そしてハッチから、さらに影が現れる。
1体……2体……3体……
どんどん増えていく。
『これも、テストの一部です』
マザーの声は、氷のように冷たく響いた。
今までのような無機質な響きではない。
そこには何かしらの意思が感じられた。
『人類は、害獣とも戦わなければなりません。
様々な敵に対処できる能力が必要です』
転送光の輝きが強まり、床に刻まれた魔法陣のような紋様が脈動を始める。
装置から青白い光が立ち上がり、その中から無数と獣の影がゆっくり形を作る。
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その影が実体化した瞬間、空気が殺気で満たされた。
体長5メートル。四足歩行。
”ニードルライガー”。
だが背中には機械装甲のフレームが埋め込まれ、筋肉の収縮に合わせて軋む金属音を立てている。
鋭い牙は光沢を放ち、爪はまるで刃のように長く研ぎ澄まされていた。
5体の獣型が、低く唸りながら俺たちを包囲する。
次いで、光る装置から影が飛び出した。
翼を広げる音が、爆風のように空気を裂く。
翼竜型モンスター“ワイバーン”。8体。
翼長8メートル。
くちばしは金属で補強され、翼が空気を裂く度に紫電が散る。
天井近くを弧を描きながら旋回し、獲物を狙う目で俺たちを見下ろしていた。
最後に姿を現したのは――重戦車のような巨体。
亀型モンスター。”グランドタートル”。7体。
その甲羅は丸ごと金属フレームで覆われていた。
歩くたびに床が沈む。
明らかに防御特化の改造がされていた。
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そして、まだ残っている15体のバイオロイド。
合計35体。
「さすがに……厳しいかしら……」
アヤが呟く。
お互いまだ余裕はありそうだが、先を考えれば短期決戦が望ましい。
俺は、アヤに一歩近づく。
「レイ?」
「アヤ、手を」
「どうしたの?」
「……オルフェン師匠の技を借りる」
「それって……」
俺の言葉を受けて、アヤは息を呑んだ。
恐らく、あの時に報告は受けていたのだろう。
2人のプラナを共鳴させて、爆発的に高める合体技。
下手をすれば、命の危険もあるが――リアライズを使えば問題はないと確信していた。
「アヤ、俺に合わせてくれ」
アヤが俺の手を握った。
その手は小さいのに、どこまでも強くて温かい。
「ええ……任せるわ」
「行くぞ。
……リアライズ」
俺の身体がプラナの光と化した。
獣型が吠え、5体が同時に跳躍する。
翼竜が急降下し、鋭い金属くちばしが空気を裂く。
亀型は床を踏み抜く勢いで突進し、バイオロイドが火力を集中してきた。
四方八方。
逃げ場はゼロ。
「アヤ、見えるか?」
「ええ。全部わかった」
コネクトで、あの時の感覚をアヤと共有する。
――世界がゆっくりと動く。
俺とアヤのプラナが共鳴を始めた。
俺は目を閉じる。
アヤのプラナが流れ込んでくる。
清流――まるで透明な水が静かに満ちていく感覚。
だが俺のプラナは、激流だ。
落差の大きい滝のように荒々しく、膨大で、ぶつければ全てを飲み込む力。
この二つの流れを同調させる――。
「ゆっくり…………」
「…焦るな」
アヤの指先が俺の手を軽く叩き、リズムを刻む。
心臓の鼓動が、次第にアヤの鼓動と一致していく。
呼吸が重なり、プラナの流れが呼応し――
――世界が震えた。
「これって……!」
2つのプラナが、ひとつの巨大な何かに組み上がっていく。
まるで、体の中心に第2の心臓が生まれたようだった。
「いくぞ、アヤ!」
「ええ」
「「リンケージ――《ヴォルテックス》!!」」
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閃光。
俺たちの足元から青白い螺旋が生まれ、瞬く間に巨大な渦となって天井まで伸びる。
それは師匠との時より凄まじいものだった。
渦の直径は5メートル……10メートル……
どんどん大きくなっていく。
床板がめくれ上がり、金属製の柱が軋んだ。
「すごい……これが……リンケージ……」
アヤが震えた声で呟く。
いや、俺も同じ気持ちだ。
これだけの力は、軽々しく扱っていいものじゃない。
だがもう、止まらない。
ニードルライガーたちは風に吹かれた落ち葉のように宙へ舞い上がった。
鋭い爪が虚空を裂くが、渦の内部で肉体が軋み、金属が剥がれ――
最後は粉となって消えた。
ワイバーンたちは空中で無理やり翼が折りたたまれ、
全てが引きずり込まれるように渦へ吸い込まれていく。
金属くちばしも、強化翼も、
圧縮されたプラナの螺旋には耐えられなかった。
グランドタートルほどの超重量の防御モンスターでさえ、渦の前では無力だった。
「ギギギ……!」
悲鳴のような金属音を立てながら空中に持ち上がり、強化装甲ごと甲羅が剥離していく。
最後には、その巨体ごと渦に吸われて消滅した。
15体のバイオロイドは連携して踏ん張ろうとしたが――
「無駄だ……!」
渦がうねり、強制的に隊列を崩していく。
そして、全てが渦へと吸い込まれ、
金属と生体組織の残骸が青白い光の中で砕け散った。
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たった10秒ほどの出来事だった。
渦が消えると同時に、全ての敵が跡形もなくなっていた。
床には細かな破片だけが散らばっている。
俺とアヤは、中央に立っていた。
「やった……な……」
息が漏れる。
足が震え、膝が床に落ちた。
アヤも同じように倒れ込む。
「ええ……でも……キツいわね、これ」
「もう一度は……無理だな……」
ただ、小さく笑い合った。
俺たちは限界を超えて、マザーの試練に勝ったのだ。
---
そのとき。
マザーの声が、初めて温かみを帯びて聞こえてきた。
『見事です』
驚きと、わずかな賞賛。
それは想像以上に“熱”のある声だった。
『あなた方は証明しました。
人間の絆が、いかに強大な力となることを』
その時、奥の方にあった壁が開いて通路が現れた。
『どうぞ、お進みください。
私と対話する資格を、あなた方は得ました』
アヤが立ち上がり、俺に手を差し出す。
「行きましょう、レイ」
「……ああ。終わらせよう」
俺たちは手を繋ぎ、通路を歩いていく。
その先には、コア・プロセッサがあった。
先ほどの部屋で見たものとまったく同じ――
「…さっきのはダミーか」
「そうみたいね」
すると壁面の装置が反応し、青白い光が放射される。
その光が空中に映像を投影し始めた。
巨大な宇宙船が、星々の間を航行している。
宇宙船の中には、無数の冷凍睡眠装置が並んでいた。
それぞれの装置には、1人ずつ人間が眠っている。
『まずはこちらを観てください。
…これは私の記録』
マザーの声は静かだった。
『はるか遠い昔の、旅立ちの記録です』




