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50/53

#50 最後の試練


「最後のテスト?」


俺はわずかに身構えながら問い返した。

アヤの手を握る指先に、無意識のうちに力がこもる。


『私と対話する前に、あなた方の力を試させていただきます』


マザーの声が、冷ややかに辺りに響き渡っていく。


『完全統合計画を中止するだけの価値があるのか』


その瞬間、空気が凍りついたように温度が落ちた。

わずかな振動。床の下で何かが蠢くような気配。


『その力が、本当に人類を導くに足るものなのか』


俺とアヤは同時に視線を走らせる。


金属が軋む音が、静まり返った空間に不気味なほど響いた。


「これは……」


アヤが息を呑む。

俺も言葉を失った。


---


床のプレートが円形に割れ、その裂け目から無数の“人影”がせり上がってきた。


人影――そう人間ではない。


途中で戦った戦闘アンドロイド。

あれとは比べものにならないくらい人間と見分けがつかなかった。

しかし、その瞳はあまりに無機質で、暗い。


1体、2体……5体……10体……

数はどんどん増え、最終的には50体を優に超えるアンドロイドが整列した。


『これこそが真のゼロ・ガード』


マザーはどこか誇らしげだった。


『私の最高傑作。

 生体兵器「バイオロイド」部隊です』


バイオロイドたちは、ずらりと同じ角度で顎を上げる。

一糸乱れぬ動きで、それぞれの高出力のパルス・ギアを構えた。


蒼白い刃は、まるで心臓を鷲掴みするかように冷たく光る。


『各ユニットは通常の強化エージェントの3倍の戦闘能力を持ちます。

 そして完璧な連携能力――一つの意識の元で動く50の身体。

 その脅威は言うまでもないでしょう』


「……それは厄介だな」


苦笑が漏れた。

アヤが俺の背に軽く触れ、小さく頷く。


「レイ、行くわよ」


「ああ。背中は任せた」


互いに息を整え、自然と背中合わせになる。

敵は50体。しかも全員が化け物じみた性能。


けれど――怖くはなかった。

アヤが隣にいるだけで、何でも出来る気がしていた。


バイオロイドたちが動く。

床板が微かにきしみ、全員が一斉に踏み出した。


---


「「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」」


10体が同時に雷撃を放ってきた。

避けることすら計算して封じる、完全な包囲網。


だが。


「リフレクト」


俺は反射壁を展開して前に出た。

次の瞬間、10本の雷が一斉に壁に叩きつけられ――そのままバイオロイド達に跳ね返す。


「…アイスランス!」


コネクトで俺のプラナと繋がった影響だろうか。

隙をついたアヤがプラナで氷の槍を産み出していた。

放たれた槍は5体のアンドロイドの急所へ正確に刺さった。


悲鳴にも聞こえる異音を立て、膝が崩れ落ちる。


「ナイスだ」


「まだ5体だけよ」


アヤの声が冷静すぎて笑えてくる。


---


次の瞬間、左右から炎の弾丸が豪雨のように降り注いだ。


「「ディスク・アーツ《ファイアショット》」」


20体のアンドロイドが、無数の弾丸を連射していた。


「ミスト!」


俺は霧を生み出し、炎の弾丸を包み込む。

霧は一瞬で蒸発し、高温の地獄へ変わった。


水蒸気が視界を遮るが、バイオロイド達には問題がないようだ。

恐らく、熱源感知も出来るのだろう。


白いモヤを抜け出した個体が俺たちに迫る。


「ディスク・アーツ《メテオストライク》」


至近距離から巨大な熱塊が落ちてきた。

避ける余裕はない――今までの俺なら。


「リアライズ」


再び全身が光る。

全てを置き去りにするかのように、思考が加速する。

俺はアヤの体を抱えて横へ飛んだ。

熱塊が床を粉砕し、破片が嵐のように襲いかかる。


「ストリーム!」


アヤの放つ光の螺旋が、爆風と破片をすべて押し返す。


「ありがとう」


「こちらこそ」


視界が晴れた時には、バイオロイドたちは俺たちを包囲するように隊列を組んでいた。


前方15、左右に10、後方が10、か。


退路はない。

相手からはまるで勝誇ったかのような雰囲気が漂う。


――だが、足りない。


「行けるな?」


「当然よ」


---


「ストリーム!」


俺の放った巨大な光の螺旋が前方の15体を飲み込み、轟音と共に吹き飛ばした。

10体が破壊され、残り5体はその隙に盾を展開して耐え切った。


アヤも反撃に入る。


「ライトニング!」


後方の10体に、雷撃が轟く。

バイオロイドが焼け焦げ、そのうち7体が沈黙する。


「右、3体!」


俺が叫ぶと同時に、3体のバイオロイドが高速で飛び込んできた。


「甘いッ!」


三方向から同時にパルス・ギアが振り下ろされるが――


「シールド!」


障壁を展開して、跳ね返す。


「アイスランス!」


横からアヤの氷槍が2体の頭部を貫き、破壊する。


残った1体が俺に迫った。


「…プラナ・ブレード!」


プラナの刀身を産み出し、そのまま薙ぎ払った。

バイオロイドが真っ二つに切り裂かれ、内部の生体組織と配線が露出する。

そのまま火花を散らしながら崩れ落ちた。


息をつく暇もなく、バイオロイドの猛攻が迫る。


「「ディスク・アーツ《エクスプロード》」」

「「ディスク・アーツ《ファイアショット》」」

「「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」」


残った28体が、三種類のアーツを隙間のないくらいに叩き込んできた。


「俺がやる」


「後は任せて!」


俺はアヤの一歩前に出る。


「リフレクト」


巨大な反射壁を展開し、三重の攻撃を全て跳ね返した。

バイオロイドたち自身の攻撃が直撃し、隊列が一瞬だけ崩れる。


「喰らいなさい!」


アヤが全力でプラナを練り上げた。


「ブレイズノヴァ!」


巨大な爆発が敵陣へと放たれ、10体が爆散した。


---


5分後。

部屋に煙が漂い、砕けたバイオロイドの残骸が転がる。


残り15体。


息が上がってきた。

長時間のリアライズにはまだ慣れていない。

さすがにアヤも肩で息をしていた。


「さすがに……しんどいな……」


「ええ……でも、まだ油断はできなそうね」


アヤの声が震えているのは、疲労のせいだけではない。

彼女の直感が何かを警告している。


その予感は、すぐに現実になった。


突然、コア・プロセッサの奥の壁が音を立てて左右に開く。

するとそこには巨大な装置が現れた。


その装置は青白い光を放ち、前方のハッチが開く。


『トランスポート・システム起動。

 次の段階に移行します』


そのハッチの中で光が弾け、“巨大な影”が浮かび上がった。


「……嘘だろ」


俺は目を見開いた。


それは、以前フィールドで見たモンスターの姿。

だが明らかに普通の個体とは雰囲気が違う。


四肢には金属フレーム、背中にはエネルギータンク。

生体組織と機械が融合した、まるで悪魔の実験の産物。


「モンスター……しかも改造されてる……」


アヤが震えた声で呟く。


そしてハッチから、さらに影が現れる。


1体……2体……3体……

どんどん増えていく。


『これも、テストの一部です』


マザーの声は、氷のように冷たく響いた。

今までのような無機質な響きではない。

そこには何かしらの意思が感じられた。


『人類は、害獣とも戦わなければなりません。

 様々な敵に対処できる能力が必要です』


転送光の輝きが強まり、床に刻まれた魔法陣のような紋様が脈動を始める。

装置から青白い光が立ち上がり、その中から無数と獣の影がゆっくり形を作る。


---


その影が実体化した瞬間、空気が殺気で満たされた。


体長5メートル。四足歩行。

”ニードルライガー”。

だが背中には機械装甲のフレームが埋め込まれ、筋肉の収縮に合わせて軋む金属音を立てている。


鋭い牙は光沢を放ち、爪はまるで刃のように長く研ぎ澄まされていた。


5体の獣型が、低く唸りながら俺たちを包囲する。


次いで、光る装置から影が飛び出した。


翼を広げる音が、爆風のように空気を裂く。


翼竜型モンスター“ワイバーン”。8体。

翼長8メートル。

くちばしは金属で補強され、翼が空気を裂く度に紫電が散る。


天井近くを弧を描きながら旋回し、獲物を狙う目で俺たちを見下ろしていた。


最後に姿を現したのは――重戦車のような巨体。


亀型モンスター。”グランドタートル”。7体。


その甲羅は丸ごと金属フレームで覆われていた。

歩くたびに床が沈む。

明らかに防御特化の改造がされていた。


---


そして、まだ残っている15体のバイオロイド。


合計35体。


「さすがに……厳しいかしら……」


アヤが呟く。

お互いまだ余裕はありそうだが、先を考えれば短期決戦が望ましい。


俺は、アヤに一歩近づく。


「レイ?」


「アヤ、手を」


「どうしたの?」


「……オルフェン師匠の技を借りる」


「それって……」


俺の言葉を受けて、アヤは息を呑んだ。

恐らく、あの時に報告は受けていたのだろう。


2人のプラナを共鳴させて、爆発的に高める合体技。

下手をすれば、命の危険もあるが――リアライズを使えば問題はないと確信していた。


「アヤ、俺に合わせてくれ」


アヤが俺の手を握った。

その手は小さいのに、どこまでも強くて温かい。


「ええ……任せるわ」


「行くぞ。

 ……リアライズ」


俺の身体がプラナの光と化した。


獣型が吠え、5体が同時に跳躍する。

翼竜が急降下し、鋭い金属くちばしが空気を裂く。

亀型は床を踏み抜く勢いで突進し、バイオロイドが火力を集中してきた。


四方八方。

逃げ場はゼロ。


「アヤ、見えるか?」


「ええ。全部わかった」


コネクトで、あの時の感覚をアヤと共有する。 

――世界がゆっくりと動く。


俺とアヤのプラナが共鳴を始めた。


俺は目を閉じる。


アヤのプラナが流れ込んでくる。

清流――まるで透明な水が静かに満ちていく感覚。


だが俺のプラナは、激流だ。

落差の大きい滝のように荒々しく、膨大で、ぶつければ全てを飲み込む力。


この二つの流れを同調させる――。


「ゆっくり…………」

「…焦るな」


アヤの指先が俺の手を軽く叩き、リズムを刻む。

心臓の鼓動が、次第にアヤの鼓動と一致していく。


呼吸が重なり、プラナの流れが呼応し――


――世界が震えた。


「これって……!」


2つのプラナが、ひとつの巨大な何かに組み上がっていく。

まるで、体の中心に第2の心臓が生まれたようだった。


「いくぞ、アヤ!」

「ええ」


「「リンケージ――《ヴォルテックス》!!」」


---


閃光。

俺たちの足元から青白い螺旋が生まれ、瞬く間に巨大な渦となって天井まで伸びる。


それは師匠との時より凄まじいものだった。

渦の直径は5メートル……10メートル……

どんどん大きくなっていく。

床板がめくれ上がり、金属製の柱が軋んだ。


「すごい……これが……リンケージ……」


アヤが震えた声で呟く。

いや、俺も同じ気持ちだ。


これだけの力は、軽々しく扱っていいものじゃない。


だがもう、止まらない。


ニードルライガーたちは風に吹かれた落ち葉のように宙へ舞い上がった。

鋭い爪が虚空を裂くが、渦の内部で肉体が軋み、金属が剥がれ――

最後は粉となって消えた。


ワイバーンたちは空中で無理やり翼が折りたたまれ、

全てが引きずり込まれるように渦へ吸い込まれていく。

金属くちばしも、強化翼も、

圧縮されたプラナの螺旋には耐えられなかった。


グランドタートルほどの超重量の防御モンスターでさえ、渦の前では無力だった。


「ギギギ……!」


悲鳴のような金属音を立てながら空中に持ち上がり、強化装甲ごと甲羅が剥離していく。


最後には、その巨体ごと渦に吸われて消滅した。


15体のバイオロイドは連携して踏ん張ろうとしたが――


「無駄だ……!」


渦がうねり、強制的に隊列を崩していく。


そして、全てが渦へと吸い込まれ、

金属と生体組織の残骸が青白い光の中で砕け散った。


---


たった10秒ほどの出来事だった。


渦が消えると同時に、全ての敵が跡形もなくなっていた。


床には細かな破片だけが散らばっている。


俺とアヤは、中央に立っていた。


「やった……な……」


息が漏れる。

足が震え、膝が床に落ちた。


アヤも同じように倒れ込む。


「ええ……でも……キツいわね、これ」


「もう一度は……無理だな……」


ただ、小さく笑い合った。


俺たちは限界を超えて、マザーの試練に勝ったのだ。


---


そのとき。

マザーの声が、初めて温かみを帯びて聞こえてきた。


『見事です』


驚きと、わずかな賞賛。

それは想像以上に“熱”のある声だった。


『あなた方は証明しました。

 人間の絆が、いかに強大な力となることを』


その時、奥の方にあった壁が開いて通路が現れた。


『どうぞ、お進みください。

 私と対話する資格を、あなた方は得ました』


アヤが立ち上がり、俺に手を差し出す。


「行きましょう、レイ」


「……ああ。終わらせよう」


俺たちは手を繋ぎ、通路を歩いていく。


その先には、コア・プロセッサがあった。

先ほどの部屋で見たものとまったく同じ――


「…さっきのはダミーか」


「そうみたいね」


すると壁面の装置が反応し、青白い光が放射される。


その光が空中に映像を投影し始めた。


巨大な宇宙船が、星々の間を航行している。


宇宙船の中には、無数の冷凍睡眠装置が並んでいた。

それぞれの装置には、1人ずつ人間が眠っている。


『まずはこちらを観てください。

 …これは私の記録』


マザーの声は静かだった。


『はるか遠い昔の、旅立ちの記録です』



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