#49 覚醒
「リアライズ」
その瞬間、世界が完全に変わった。
光が俺の内側から噴き上がる。
血液が熱を帯び、細胞が歌い出す。
全身を流れる何かが――完全に「俺」そのものへと書き換わっていく。
──これがウェイクアップの先。
──プラナと自分の存在を完全同調させる、もう一つの目覚め。
人の真なる”覚醒”。
感覚が一気に開けた。
視界は円環のように広がり、雷鳴が色として見え、空気が皮膚の内側を流れていく。
すべてがゆっくりだ……時間が止まったかのように。
迫る4つの大技。
《メテオインパクト》の熱塊。
《ブレイズノヴァ》の極炎。
《プラズマキャノン》の雷光。
《ブリザードレイン》の氷雪。
その全てが、手のひらの上にあるかのようだった。
「……見える、全てが」
俺は動いた。
身体が軽い。重さというものが一切感じられなかった。
考える前に、身体が反応していた。
《メテオストライク》が落下――俺は、一歩横へずれる。
俺を圧し潰すはずの熱塊は空を切り、床を粉砕した。
雷光が縦横無尽に迫る。
だが、その全てが俺を捉えられない。
俺の身体は、考えるより先に反応していた。
「これが……リアライズの力」
極炎が視界を埋めた瞬間、俺は右手を突き出した。
そのまま弾き飛ばすと、炎は壁に当たって砕けた。
「っ……!」
その直後に飛来する極小の氷刃の嵐。
俺は、ただ手を振った。
氷は音もなく砕け散る。
――拳に触れてすらいない。
俺の意志だけで、ただ掻き消した。
部屋中が焦げ、砕け、凍りついていく中で――俺は無傷で立っている。
アヤが、初めて後退した。
「対象の戦力、測定不能……攻撃、全て無効化……これは……」
その瞳に明確な恐怖の色が宿る。
チップの制御力以上にアヤの感情は揺れているのだろう。
俺は静かに息を吐いた。
全身から光が漏れ、視界の端では空間が揺らぐ。
オルフェンのプラナが、俺をここまで導いてくれた。
師匠が託してくれた遺志が“覚醒”させてくれたんだ――
「ありがとうございます、師匠」
そして、俺はアヤを見た。
「アヤ。今度こそ、お前を取り戻す」
俺は一歩踏み出した。
次の瞬間、俺の姿が消えた。
残像すら残さない。
まるで最初からそこに居たかのように、アヤの背後に俺がいた。
――リアライズが可能にした、瞬間移動に限りなく近い現象。
「速い……!」
アヤが振り返るより速く、俺は既に別の位置へ。
強化チップの制御は、俺の動きを一切捉えられていない。
「ダブル・アーツ《サンダーボルト》《ファイアショット》!」
雷と炎が交差する。
だが、俺には最初から軌道が見えている。
半歩右へ、そして半歩左へ。
炎と雷は空を切った。
アヤの攻撃は、すべて俺を避けていく。
俺は掌を向けた。
「ブラスト」
軽く放った一撃が、アヤの足元で爆ぜた。
衝撃で彼女の体が揺れ、システムが警告を吠える。
「衝撃波により……システム、エラー……」
アヤが膝をつく。
俺は近づいて、アヤの前に屈み込んだ。
「アヤ、覚えてるか。訓練生だった頃のこと」
「訓練……?」
その声に……揺らぎがあった。
「落ちこぼれの俺を、最初に庇ってくれたのはお前だ」
「私は……」
強化チップの制御の檻が、少しずつ崩れていく。
「同期に絡まれていた俺を助けてくれた。
その後『単に見苦しかっただけよ』って、少しだけ照れくさそうにしていた」
アヤの手が震えた。
だが強化チップが強制制御を発動する。
「警告。不正な記憶アクセスを検知。
強制制御モード発動」
アヤの瞳がゆっくりと無機質な青に戻っていく。
だが、もう以前ほどの支配力は感じられない。
「ディスク・アーツ《メテオストライク》」
巨大な熱塊が落ちてくる。
俺はそれを避けて、言葉を続けた。
「初任務の時、お前は言ってくれた」
床は砕け、破片が飛び散る。
だが俺はそれを掻き消した。
「『俺には俺の役割がある』って」
「……やめて」
明確な拒否。
感情の籠った人間らしい声。
攻撃が乱れ始める。
チップの制御が追いついていない。
「その一言が、どれほど救いだったか」
「やめて……やめて……!」
アヤが頭を押さえる。
炎が、氷が、雷が。
攻撃が同時に飛んでくるが、狙いが定まっていなかった。
俺は全て回避し、そっと彼女に近づいた。
「覚えてるだろ。お前は俺に言った」
「やめて……お願い……」
涙を堪えるような声。
「『あなたなら、いつかこの世界を変えてくれるかもしれないって』」
「世界を……」
彼女の震えが強くなる。
「『レイ、私はあなたを……信じてる』って」
そして、アヤは膝から崩れた。
ガントレットからカラン、と音が響く。
「そう言ってくれたのは……お前だ」
俺はそっと彼女の肩に触れた。
「だから、俺も信じてる。アヤ――お前なら帰ってこられる」
「レイ……助けて……頭が……!」
「一人で戦うな。俺がいる」
彼女の前に膝をつき、そっと額に手を伸ばす。
「今、お前を自由にする」
俺は息を吸う。
「――コネクト」
そう呟いた俺は、指先でアヤの額に触れた。
世界が白く染まる。
---
リアライズ状態でのコネクト。
――これまでとは、まるで次元が違った。
俺の精神が光になったように、一瞬でアヤの心に入り込む。
抵抗は一切なかった。
全ての障壁が、俺の意志の前に溶けていく。
そして、さっきまでいたアヤの精神世界が再び姿を現した。
圧倒的な闇の檻。
その遥か向こうに、アヤの心はある。
だが、今の俺には、その完璧な構造がすべて見えていた。
チップの制御機構。
その結晶の継ぎ目。パルス・エネルギーの流れ。
そして、その奥に隠れた無数の微細な穴。
度重なる心の揺らぎで出来た、闇の檻の綻び。
「……見えた」
俺は檻へと駆けだした。
『侵入者検知。排除プロトコル発動』
黒い触手が檻から無数に伸び、俺へ襲いくる。
その一本一本にある刃が、俺の精神を斬り裂こうとしていた。
だが――。
「遅い」
今の俺には、触手の軌道がスローモーションのように見える。
全てを回避した俺は、そのまま檻に触れた。
「砕けろ」
檻の綻びに拳を叩きつける。
檻にヒビが入った。
そしてまた別の綻びへ向かい、拳を振るう。
『損傷率3%……5%……10%……緊急修復プログラム起動』
前回のようにチップが檻の修復を始めた。
黒い液体が、亀裂を埋めていく。
「――させるか!」
俺は全力で綻びを砕き続けた。
1つの綻びを砕いては、また次へ。
亀裂が爆発的に増殖し、修復が追いつかなくなっていく。
『損傷率30%……50%……70%……』
ついに檻が崩れ始めた。
その向こう側の光が、わずかに見える。
(アヤ……!)
「終わりだ!」
渾身の一撃が、ついに檻を砕く。
目の前には穴が出来ていた。
俺は迷わず飛び込む。
――その瞬間、景色が変わった。
檻の向こうは、闇ではなかった。
柔らかく淡い光に包まれた空間。
しかしその光は弱々しく、今にも消えそうだった。
その中心に、ひとつの光の玉が浮かんでいる。
人の頭くらいの大きさ。
でも、その輝きはとても弱い。
――これが……アヤの“魂の欠片”
「アヤ」
呼びかけた瞬間、光が反応した。
震えるように、俺に近づいてくる。
『……レイ?』
かすかな声。
いつものアヤの声が、掠れながらも確かに届く。
『本当に……レイなの……?』
「ああ。迎えに来た」
俺は両手を広げた。
光がそっと触れてくる。
『暗闇の中で……ずっと待ってた……』
「ごめん、遅くなった」
『違うの……来てくれただけで……』
光が俺の手のひらに降りた。
――温かい。
「一緒に帰ろう」
『……でも、私は……レイを傷つけた……』
「それはお前の意志じゃない」
『でも……レイは血を流して……』
「全部治った。痛みなんて残ってない」
光がわずかに明るくなる。
『本当に……?』
「ああ、本当だ」
――次の瞬間、アヤの声が心に直接響いてきた。
『やめてって……言い続けてたの……』
『レイを傷つけたくなくて……でも体が勝手に動いて……』
『見ているだけしかできなくて……』
「分かってるよ。全部な」
俺は光を抱き締めた。
『レイ……怖かった……』
『自分が消えていくのが……』
『でもね……レイのことだけは……絶対に忘れたくなかった……』
「俺もだ。アヤを忘れたことなんて一度もない」
光が胸の中で、やわらかな太陽みたいに温度を増す。
――そのときだった。
空間全体が揺れた。
『最終措置発動。人格を完全消去します』
黒い巨大な波が四方から押し寄せてきた。
精神世界そのものを飲み込み、アヤを完全に“消す”ための最終手段。
「アヤ!!」
俺は光を守るように抱き締めた。
『レイ、逃げて……あなただけでも…!』
「逃げるかよ」
全身からプラナを放出する。
リアライズの力で自分の存在そのものを盾に変える。
「俺はもう、お前を離さない!!」
黒い波が襲いかかり、灼けるような痛みに染まった。
精神と共に肉体が引き裂かれるような錯覚。
全身が消えていくような激痛。
それでも――アヤだけは、絶対に守る!!
「お前を失うくらいなら……俺も一緒に消える!!」
『レイ……そんな……』
アヤの光が、俺の言葉に反応した。
震え、揺れ、次第に膨らんで――。
強く、あまりにも強く輝き始めた。
『私は……』
『私は、レイと一緒にいたい……!』
『自由になりたい……!』
『自分の意志で、生きたい……!』
『マザーの支配は……もういらない……!!』
光が太陽みたいに輝きを増す。
――そして、光が爆ぜた。
音もなく、この空間すべてを埋め尽くす。
まるで世界が反転するように。
アヤの魂が、長い封印を破って解放された瞬間だった。
その輝きは、黒い波を押し返していく。
闇の存在そのものが焼かれ、削られ、霧散していった。
『私は、アヤ・クリムゾン』
その声は、凛としていた。
精神世界全体に響き渡るほどの、強い“意志”が感じられる。
『政府の道具じゃない。マザーの奴隷でもない』
『私は……私自身のもの』
アヤの宣言と同時に、光はさらに膨張し、闇の残滓を完全に消滅させた。
精神世界が白い光に塗り替えられていく。
---
『レイ……ありがとう』
光が、俺を包み込んできた。
抱きしめられているように温かい。
優しく力強い光だった。
『もう大丈夫。私は戻ってこれた』
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
こみあげるものが堪えきれない。
「……おかえり、アヤ」
『ただいま……レイ』
光がゆっくりと俺の身体に溶け合けていく。
境界が消え、感情も記憶も、すべてが共有されていく。
アヤの恐怖、孤独、絶望。そして――俺への想い。
『ずっと……ずっとあなたことを想っていた……』
「俺もだ」
言葉はそれしか出てこなかった。
俺の身体も光となって、精神世界全体を照らした。
---
意識が現実へ戻る。
アヤの体から強烈な光が放たれた。
額から金属片が飛び出し、火花を散らして床に転がる。
マイクロ・チップだ。
完全に機能は停止している。
「アヤ――!」
彼女の体が崩れ落ちてくる。俺は慌てて抱きとめた。
――温かい。脈も呼吸も、正常だ。
ゆっくりと、アヤが目を開く。
その瞳は、強い意志の光が宿っていた。
「レイ……」
震える声。涙が滲む瞳。
俺の名前を呼ぶその響きが、懐かしすぎて胸が痛い。
「本当に……あなたなのね……」
「ああ、俺だ」
それだけで、アヤの目から大粒の涙が零れた。
「…ごめんなさい……私……ひどいことを……」
「謝るな」
俺は彼女を抱き寄せた。
「お前が何も悪くない。お前は、独りでずっと戦ってた」
アヤは俺の胸に顔を埋めて、堰を切ったように泣き始めた。
「怖かった……自分が消えていくのが……」
「もう大丈夫だ。お前は自由だ」
「……本当に? 私は……自由になれたの……?」
アヤが不安そうに顔を上げる。
「ああ。もうマザーに支配されない。お前はお前のものだ」
俺が頬に触れると、アヤは震える指で自分の手を見つめた。
ゆっくり握り、開き――。
「……動く……私の意志で……」
その瞬間、彼女の顔がくしゃっと崩れ、涙と笑顔が同時に溢れた。
「自由だ……本当に……!」
俺もつられて笑った。
長い戦いだったが、ようやくこの瞬間を迎えられた。
俺たちはただ抱きしめ合って、お互いの存在を感じていた。
---
やがて、アヤが落ち着いて周囲を見渡した。
「コア・プロセッサ……」
「お前はここで俺と戦っていた」
「……覚えてる。全部」
アヤの声がわずかに震える。
「ミラたちは……?」
「俺がここに来るまでの時間を稼いでくれた」
「無事なの?」
「……正直、わからない」
「……そう……私のせいで…」
「お前のせいじゃない」
すぐに俺はそう付け加えた。
「みんな、自由な未来のために戦ったんだ。自分の意志で」
「…レイ……」
「お前は操られていただけだ。罪はマザーにある」
アヤは唇を噛んだが、やがて力強く俺を見返した。
「……戦わなきゃね。今度こそ、私の意志で」
俺は頷き、そっと彼女の手を握った。
「ああ。一緒に終わらせよう」
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2人で歩み、コア・プロセッサに向かう。
巨大な脳のような生体機械。
結界の中で、ずっと脈動を続けていた。
そのとき、部屋全体に声が響いた。
『ようこそ、レイ・シンクレア、アヤ・クリムゾン』
マザーだ。
無機質なのにどこか優しげに感じる、何とも言えない不気味な声。
『アヤの救出、おめでとうございます』
「……マザー」
俺はコアを睨む。
『素晴らしい。
あなた方は人間の意志の強さを、絆の力を証明しました』
「だったらなんだ?
完全統合計画を中止してくれるのか?」
『いいえ――』
マザーの声色が変わる。
『最後のテストをしましょう』
その言葉に、俺の手を握るアヤの手がわずかに強張った。
戦いは、まだ終わらない。




