表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/53

#48 対峙


巨大な扉が、重く振動しながら開いた瞬間――

俺は息を飲むしかなかった。


青白い光が溢れ、視界が一瞬で白く染まる。


中央に鎮座するそれは、まるで心臓のようだった。


巨大な球体。

網のように張り巡らされたケーブル。

一定のリズムで青白く波打つライト。


そして――球体の中心部には、

人間の脳に酷似した器官が、透明の液体に沈んでいた。


半分は機械。

半分は生物。

生きているように脈動し、膨張と収縮を繰り返している。


「……これが、マザー」


声が震えた。

理解が追いつかないほど異様で、しかし何処か敬いたくなるような光景だった。


天井は暗闇へと溶け、壁は発光パネル一面に覆われている。

空間には機械の稼働音だけが響く。静かだが、耳が痛い。


――そして。


その中心。

コア・プロセッサの前に、人影があった。


金色の髪が、まるで光そのもののように揺れている。

整った顔立ち。背筋の伸びた立ち姿。


俺が憧れ、

俺が愛し、

俺を救ってくれた――あの人が。


「アヤ……」


胸の奥が大きく震えた。

だが再会の喜びは、次の瞬間に砕かれる。


彼女の瞳は、氷のように冷たかった。


感情の欠片もない。

魂を抜かれたような虚無の色。


見たことのない装備を身に着けていた。

両腕にあるガントレットや身に着けたプロテクターには、幾何学模様が刻まれていた。

背中には青い光が漏れ続けている何かを背負っている。

――恐らく増幅装置なのだろう。

装備の模様と連動して青白く光っていた。


「レイ・シンクレア」


アヤが無機質な声で俺の名を呼ぶ。

その声は、以前の温もりを完全に失っていた。


「よくここまで来ましたね」


「アヤ……俺だ。レイだ。

 俺のこと、覚えてないのか?」


「記憶確認……対象:レイ・シンクレア。

 元同僚。現在は敵対勢力。脅威レベル――最高」


「違う」


その言葉が刺さった。

思わず拳が震える。


「お前は……俺の仲間だった。俺を守ってくれた。

 俺も、お前を……守りたいと思っていたんだ」


「記憶を検索中……該当データ、なし」


冷徹な声が、俺の希望を一刀両断する。


「嘘だ!お前の心の奥には……絶対、残っているはずだ!」


「私は、アヤ・クリムゾン。精鋭部隊ゼロ・ガード隊長です。

 マザーの指示により1度だけ勧告します。

 ……レイ・シンクレア。投降しなさい。」


彼女は至って冷静に、俺の叫びを受け流した。


「そんなのは、本当のお前じゃない!」


俺は一歩踏み出した。


「止まりなさい」


冷たい声。

アヤが瞬時に右腕を構え、ガントレットが展開する。


重金属の唸り。

青い光を帯びた砲口が、正確に俺の額を捉えた。


「これ以上の接近は許可できません。攻撃行動に移行します」


「思い出してくれ!!」


俺が思わず一歩踏み出す。


「敵性行動を確認。対象を排除します」


「アヤぁッ!」


叫んだところで――遅かった。

彼女は動く。


「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」


銃口から光が爆ぜた。

通常のものより、遥かに太い雷撃が空間を切り裂く。


「シールド!」


障壁を張ったが、瞬間、全身を巨大な衝撃が貫いた。

足が浮き、壁に叩きつけられる。


「がっ……!」


呼吸が止まり、視界が白く染まる。

立て直す前に、アヤが消えた。


いや――速すぎて見えなかっただけだ。


「速……」


気付けば、目の前にアヤがいた。


「ディスク・アーツ《ソニックブロー》」


腹部に衝撃が奔る。

見た目とは違うその威力に、俺は吹き飛ばれた。


身体が壁に埋まり、折れた骨が内側で軋む。


「っ……くそ……!」


痛みに歯を食いしばる俺を無視して、アヤは追撃してくる。


「ディスク・アーツ《ファイアショット》」


炎弾が連射され、空気ごと焼き切られる。


「ミスト!」


霧で視界を奪い、ギリギリで爆炎を躱す。

だが、熱波だけで皮膚が焼けそうだ。


プラナで身体強化を施し、霧を抜けて反撃する。


「ブラストッ!」


「シールド展開」


アヤのガントレットが障壁を展開し、俺の光弾を無傷で跳ね返した。


「防御も完璧か…」


あまりに冷静でスムーズな反応。

俺に絶望を突きつけるかのように。


---


霧が晴れた瞬間――アヤは頭上で両手を重ねていた。

ガントレットが変形し巨大な砲身を形成する。


「ディスク・アーツ《メガキャノン》」


「嘘だろ……!」


眩い光が収束し、空間が震えた。


俺は全力で横に飛ぶ。


直後、巨大な光線が射出された。

床をえぐり、壁を溶かし、部屋に直径3メートルの穴を開けた。


「あれを食らったら………」


冷たい汗が背筋を伝う。


アヤは砲身を俺に追尾させながら、光線をなぎ払う。

回避し続けなければ即死亡。

床が焼け、ケーブルが断線し、火花が散る。


「アヤ!

 マザーまで破壊する気か!」


「対象排除が最優先。損害は許容範囲」


論理が狂っている。

いや……狂わされているというべきか。


ついに攻撃の余波が、コア・プロセッサへと向かった。

だが、手前で青白い光の障壁が完全に受け止めていた。


「…あっちも完璧って訳か」


---


メガキャノンの発射が止むと、ガントレットから蒸気が噴き出した。

形が元に戻る。


「冷却中……3秒」


一瞬の隙。

――傷つけたくはないが、このままでは話も出来ない。

俺は反撃に転じた。


「ストリーム!」


光の螺旋がアヤを襲う――だが。


「無駄です」


軽い身のこなしで避けられ、反撃してくる。


「ディスク・アーツ《アイスランス》」


10本近い氷槍が連射され、俺は避けきれずに1本が肩に突き刺さる。


「うぁっ……!」


血と冷気が同時に溢れ、肩が麻痺する。


「対象の損傷を確認。排除続行」


冷徹な声が胸に刺さる。


「ディスク・アーツ《エクスプロード》」


無数の爆発が連鎖し、俺は爆風で転がされ、壁に叩きつけられた。


全身が痛い。

左肩は動かない。

肋骨も折れている。


呼吸が苦しい。

視界が揺れる。


(このままじゃ……死ぬ……)


アヤが無表情で歩み寄ってくる。


「戦闘能力70%低下。排除確率98%」


「アヤ……頼む。思い出してくれ……!」


声が掠れながらも、必死に訴える。


「お前は……俺に言っただろ……

 “あなたは特別だ”って……」


「該当記憶…データにありません」


「“不適合者だからこそ、誰よりも自由かもしれない”って……」


「該当記憶…データにありません」


以前とは違い、俺の言葉はアヤに届かない。

ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。


――マザー自ら施した処置は、これほどまでに強いのか。


説得が出来ないのなら、コネクトを使うしかない。


俺はふらふらと立ち上がった。

それを見たアヤも立ち止まる。


足は震えていた。

左肩は焼けるように痛み、肋骨は悲鳴を上げていた。


「お前は俺の可能性を信じてくれたんだ」


声が震え、呼吸も浅くなっていく。


「だから俺も、お前を信じてる」


俺は手を伸ばし、アヤの肩に触れようと一歩踏み出した。

だが――


「接触は許可しません。ライトニング」


アヤのプラナが雷を産んだ。

至近距離。避けようがない。

雷撃が俺を貫いた瞬間、視界が裏返ったように白く染まる。


「うっ、あああああぁッ!」


全身に電流が走った。

筋肉が勝手に跳ね、指が痙攣し、呼吸さえ奪われていく。

床に叩きつけられ、視界が揺れた。


意識が遠ざかっていく。

霞んだ視界の向こうで、アヤが小さく呟いた。


「……レイ?」


その声は、先ほどまでとは違った。


かつて俺の名を呼んでくれた、あの優しい声だった。


---


「なんで……私は……」


アヤは震える指で、右手を見つめる。

雷撃を放った姿勢のまま、その手は震えていた。


「こんな……私は……こんなこと……」


彼女の目に、涙が浮かぶ。

ここで再会してから、初めて見るアヤの“感情”だった。


「レイ……あなたの言葉……聞こえ……」


その声が震えた瞬間——冷たい音声が割り込んだ。


「緊急警告。感情動揺レベル危険域。緊急制御プロトコル発動」


アヤの瞳から涙は消え、代わりに青白く光る。

美しくも残酷な戦士の顔に戻っていった。


「対象は無力化されました。……止めを刺します」


両手のガントレットが再び合体し、巨大な砲身へと変形する。

青白い光が螺旋を描いて収束していく。


「ディスク・ワード《チャージ》」

「ディスク・アーツ《メガキャノン》」

「チャージ開始」


先程より激しい光が、砲身へと集まっていった。

アヤの全身が直視できないほどの”青”に包まれる。


「嘘だろ……」


俺は立ち上がることもできなかった。

指一本動かせない。

プラナもほぼ尽きていた。


——ここで終わるのか?


仲間たちの顔が脳裏を過ぎる。

ミラの笑顔、ルナの声。カイの涙。


みんな俺に託して道を開いてくれたのに。

俺は、その想いを繋げないのか。


「……いや……諦めるな……」


自分の声かどうかさえ、曖昧だった。


その時だった。


体内の奥底で、何かが脈動した。

燃え尽きたはずの火種が、再び息を吹き返すように。


オルフェンのプラナだ。

師匠が最期に託してくれた、魂の欠片。


『まだ終わりではない』


はっきりと聞こえた。

幻聴なんかじゃない。

師匠の声だ。


『お前にはまだ、眠っている力がある』


「師匠……」


---


残っていたのは、ごくわずかな師匠のプラナ。

しかし、そこには確かなぬくもりがあった。


「ウェイクアップ」


プラナが全身を点火するように広がり、傷ついた身体が再び力を取り戻す。


立ち上がる。

折れた肋骨が軋んでも、構わなかった。


アヤの必殺の一撃が迫る。

巨大な光線がまさに発射されようとしていた。


「まだ……終わらない!!」


俺はプラナ・ブレードを上段に構え、刀身にプラナを流し込む。

――次の瞬間、裁きの光が解き放たれた。


「切り裂けえぇぇぇッッ!!」


振り下ろした刀身から光の刃が放たれる。

黄金の刃と青白い光線が衝突した。


だが、金の光が押され始める。

青い光が床を砕きながら俺に近づいてきた。


「うおおおおおあああああッ!!」


全身のプラナを燃やして刀身へと注ぎ込む。

光は一進一退の攻防の繰り返し――

プラナ・ブレードが折れるのと同時に、光が止んだ。


——耐えきれた。

オルフェンのプラナが、俺の背中を押し続けてくれた。


だが次の瞬間には俺は膝をつき、息を荒げていた。

生きているのが奇跡だった。


「対象……まだ、生存……?ありえない……」


アヤが困惑した声を漏らす。

そのわずかな揺らぎが、俺に最後の勇気を与えた。


「アヤ……俺は……諦めない……」


「あの攻撃に耐えられる可能性は0%…理解不能」


「お前を……必ず……取り戻す……!」


震える声で叫びながら、俺は最後の力を振り絞る。

そして、困惑するアヤに手を伸ばした。


「——コネクト」


アヤの精神へ、俺の意識が飛び込んだ。


---


暗闇。

底なしの闇が広がっていた。


以前より遥かに深く、重く、冷たい。


『ここまで……』


精神世界でさえ、息が苦しい。

強化チップの制御機能が膨大な闇の檻となって、彼女の心を閉じ込めている。


黒い結晶の檻。

触れただけで精神を切り裂かれる、鋭利な冷たさがあった。


『アヤ!聞こえるか!』


返事はない。

返ってくるのはチップが出しているであろう冷たい信号。


『任務遂行。対象排除。任務遂行……』


命令だけが延々と繰り返される。


『アヤ……俺だ!レイだ!』


『認識:レイ・シンクレア。敵対勢力。——排除対象』


……違う。


感じる。

檻の外。

その下に、もっと奥に、

かすかな光がある。


檻の向こうで揺らぐ、小さな灯火。


アヤの心だ。


『アヤ!待ってろ!今助ける!』


拳で檻を叩き、プラナで砕こうとする。


ヒビが入る。

だが、すぐに黒い液体が流れ込んで修復される。


強化チップの防衛機構が、あまりにも強すぎた。

それでも諦めずに、檻を叩き続ける。


『レイ……?』


檻の向こうから、小さな声が聞こえた。


『アヤ!聞こえてるんだな!』


『……レイ……暗い……寒い……助けて……』


「必ず……助ける!」


全力のプラナを込めて、檻を叩き割ろうとした。


---


だが、現実世界で異変が起きた。


「異常信号検知。緊急排除プロトコル発動」


アヤの身体が光を放った瞬間——

精神世界の俺に、衝撃が伝播した。


『ッっあああああああああ!!』


脳が直接焼けるような痛み。

あまりの激しさにコネクトが強制的に切断される。


気づけば俺は現実世界で倒れていた。

頭が割れそうに痛い。

視界がぼやけ、血が目を伝う。


「対象の精神攻撃を確認しました」

アヤの冷たい声が降る。


「しかし、強化チップの防衛反応により——無効化を完了」


アヤは俺の正面に立った。


「これで終わりです」


そう宣言して、両手を上げる。


「クアドロ・アーツ《メテオインパクト》《ブレイズノヴァ》《プラズマキャノン》《ブリザードレイン》」


アヤがその手を振り下ろすと、四重の大技が、同時に俺に向けて放たれた。


熱塊。極炎。雷光。氷雪。

逃げ場など、一つもない。


「もう……駄目か……」


目を閉じる。

仲間たちの顔が浮かぶ。


「すまない……みんな……」


---


だが、その瞬間。


爆発の中心にいるはずの俺の身体が、内側から光を噴き上げた。


オルフェンのプラナが——

最期の一滴が——

俺の全身を駆け巡った。


『諦めるな、レイ』


師匠の声がはっきり聞こえた。


『プラナとは命の輝きだ。

 お前次第で可能性は無限に広がる……常識に囚われるな』


「可能性…」


『プラナを使うのではない。

 ——お前自身が、プラナになるのだ』


「俺が……プラナ……に……?」


『ウェイクアップの先。それは“融合”だ。

 不適合者のお前なら、その境地に辿り着ける』


『さあ、行け。レイ。お前の全てを——解き放て』


身体が光に変わる。

いや、光が俺そのものになっていくようだった。


星が崩れ落ちそうなほどのエネルギーが、俺に迫ってくる。


それでも——

恐怖は一切なかった。


「そうか……これが……」


すべてを理解した。


ウェイクアップは“目覚め”。

――プラナを活性化させる。

ならばこの領域は——まさに“覚醒”。

――プラナと己との融合。


俺は静かに息を吸い、

――浮かんだ言葉を紡いだ。


「リアライズ」


その瞬間、世界が完全に変わった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ