#48 対峙
目の前の巨大な扉が、重く振動しながら開いた瞬間――俺は息を飲むしかなかった。
青白い光が溢れ、視界が一瞬で白く染まる。中央に鎮座するそれは、まるで心臓のようだった。巨大な球体。網のように張り巡らされたケーブル。一定のリズムで青白く波打つライト。そして――球体の中心部には、人間の脳に酷似した器官が、透明の液体に沈んでいた。
半分は機械。半分は生物。生きているように脈動し、膨張と収縮を繰り返している。
「……これが、マザー」
声が震えた。理解が追いつかないほど異様で、しかし何処か敬いたくなるような光景だった。天井は暗闇へと溶け、壁は発光パネル一面に覆われている。空間には機械の稼働音だけが響く。静かだが、耳が痛い。
――そして、その中心。コア・プロセッサの前に、人影があった。
金色の髪が、まるで光そのもののように揺れている。整った顔立ち。背筋の伸びた立ち姿。俺が憧れ、俺が愛し、俺を救ってくれた――あの人が。
「アヤ……」
胸の奥が大きく震えた。だが再会の喜びは、その表情を見た瞬間に砕かれる。彼女の瞳は、氷のように冷たかった。感情の欠片もない、魂を抜かれたような虚無の色。
彼女は見たことのない装備を身に着けていた。両腕にあるガントレットや身に着けたプロテクターには、幾何学模様が刻まれていた。背中には青い光が漏れ続けている何かを背負っている――恐らくプラナ増幅装置なのだろう。装備の模様と連動して青白く光っていた。
「レイ・シンクレア」
アヤが無機質な声で俺の名を呼ぶ。その声は、以前の温もりを完全に失っていた。
「よくここまで来ましたね」
「アヤ……俺だ。レイだ。
俺のこと、覚えてないのか?」
「記憶確認……対象:レイ・シンクレア。
元同僚。現在は敵対勢力。脅威レベル――最高」
「違う」
その言葉が胸に刺さった。思わず拳が震える。
「お前は……俺の仲間だった。俺を守ってくれた。
俺も、お前を……守りたいと思っていたんだ」
「記憶を検索中……該当データ、なし」
その冷徹な声が、俺の希望を一刀両断する。
「嘘だ!お前の心の奥には……絶対、残っているはずだ!」
「私は、アヤ・クリムゾン。精鋭部隊ゼロ・ガード隊長です。
マザーの指示により1度だけ勧告します。
……レイ・シンクレア。投降しなさい。」
彼女は至って冷静に、俺の叫びを受け流した。
「そんなのは、本当のお前じゃない!」
俺は一歩踏み出した。
「止まりなさい」
冷たい声が響く。アヤが瞬時に右腕を構え、ガントレットが展開する。重金属が唸りをあげ、青い光を帯びた砲口が、正確に俺の額を捉えた。
「これ以上の接近は許可できません。攻撃行動に移行します」
「頼む…思い出してくれ!!」
俺が思わず一歩踏み出す。
「敵性行動を確認。対象を排除します」
「アヤぁッ!」
叫んだところで――遅かった。彼女は動く。
「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」
銃口から光が爆ぜた。通常のものより、遥かに太い雷撃が空間を切り裂く。
「シールド!」
俺は障壁を張ったが、次の瞬間、全身を巨大な衝撃が貫いた。足が浮き、壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
呼吸が止まり、視界が白く染まる。立て直す前に、アヤが消えた。いや――速すぎて見えなかっただけだ。
「速……」
気付けば、目の前にアヤがいた。
「ディスク・アーツ《ソニックブロー》」
腹部に衝撃が奔る。見た目とは違うその威力に、俺は吹き飛ばれた。身体が壁に埋まり、折れた骨が内側で軋む。
「っ……くそ……!」
痛みに歯を食いしばる俺を無視して、アヤは追撃してくる。
「ディスク・アーツ《ファイアショット》」
炎弾が連射され、空気ごと焼き切られる。
「ミスト!」
霧で視界を奪い、ギリギリで爆炎を躱す。だが、熱波だけで皮膚が焼けそうだ。プラナで身体強化を施し、霧を抜けて反撃する。
「ブラストッ!」
「シールド展開」
アヤのガントレットが障壁を展開し、俺の光弾を無傷で跳ね返した。
「防御も完璧か…」
あまりに冷静でスムーズな反応だった。まるで俺に絶望を突きつけるかのように。
そして霧が晴れた瞬間――アヤは頭上で両手を重ねていた。ガントレットが変形し巨大な砲身を形成する。
「ディスク・アーツ《メガキャノン》」
「嘘だろ……!」
眩い光が砲身に収束し、その余波で空間が震えた。
危険を察知した俺は全力で横に飛ぶ。その直後、巨大な光線が射出された。床をえぐり、壁を溶かし、部屋に直径3メートルの穴を開けた。
「あれを食らったら………」
冷たい汗が背筋を伝う。
アヤは砲身を俺に追尾させながら、光線をなぎ払う。回避し続けなければ即死亡。床が焼け、ケーブルが断線し、火花が散る。
「アヤ!マザーまで破壊する気か!」
「対象排除が最優先。損害は許容範囲」
論理が狂っている。いや……狂わされているというべきか。
ついに攻撃の余波が、コア・プロセッサへと向かった。だが、手前で青白い光の障壁が完全に受け止めていた。
「…あっちの防御も完璧って訳か」
メガキャノンの発射が止むと、ガントレットから蒸気が噴き出した。形が元に戻る。
「冷却中……3秒」
一瞬の隙――傷つけたくはないが、このままでは話も出来ない。俺は反撃に転じた。
「ストリーム!」
光の螺旋がアヤを襲う――だが。
「無駄です」
軽い身のこなしで避けられ、反撃してくる。
「ディスク・アーツ《アイスランス》」
10本近い氷槍が連射され、俺は避けきれずに1本が肩に突き刺さる。
「うぁっ……!」
血と冷気が同時に溢れ、肩が麻痺する。
「対象の損傷を確認。排除続行」
冷徹な声が胸に刺さる。
「ディスク・アーツ《エクスプロード》」
無数の爆発が連鎖し、俺は爆風で転がされ、壁に叩きつけられた。
…全身が痛い。左肩は動かない。肋骨も折れている。呼吸が苦しい。視界が揺れる。
(このままじゃ……死ぬ……)
アヤが無表情で歩み寄ってくる。
「戦闘能力70%低下。排除確率98%」
「アヤ……頼む。思い出してくれ……!」
声が掠れながらも、必死に訴える。
「お前は……俺に言っただろ……
“あなたは特別だ”って……」
「該当記憶…データにありません」
「“不適合者だからこそ、誰よりも自由かもしれない”って……」
「該当記憶…データにありません」
以前とは違い、俺の言葉はアヤに一切届かない。ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。
――マザー自ら施した処置とは、これほどまでに強力なのか。
言葉で説得が出来ないのなら、コネクトを使うしかない。俺はふらふらと立ち上がった。それを見たアヤも立ち止まる。俺の足は震えていた。左肩は焼けるように痛み、肋骨は悲鳴を上げていた。
「お前は俺の可能性を信じてくれたんだ」
声が震え、呼吸も浅くなっていく。
「だから俺も、お前を信じてる」
俺は手を伸ばし、アヤの肩に触れようと一歩踏み出した。だが――
「接触は許可しません。ライトニング」
アヤのプラナが雷を産んだ。至近距離。避けようがない。雷撃が俺を貫いた瞬間、視界が裏返ったように白く染まる。
「うっ、あああああぁッ!」
全身に電流が走った。筋肉が勝手に跳ね、指が痙攣し、呼吸さえ奪われていく。床に叩きつけられ、視界が揺れた。意識が遠ざかっていく。霞んだ視界の向こうで、アヤが小さく呟いた。
「……レイ?」
その声は、先ほどまでとは違った。かつて俺の名を呼んでくれた、あの優しい声だった。
「なんで……私は……」
アヤは震える指で、右手を見つめる。雷撃を放った姿勢のまま、その手は震えていた。
「こんな……私は……こんなこと……」
彼女の目に、涙が浮かぶ。ここで再会してから、初めて見るアヤの“感情”だった。
「レイ……あなたの言葉……聞こえ……」
その声が震えた瞬間――彼女の口から冷たい音声が割り込んだ。
「緊急警告。感情動揺レベル危険域。緊急制御プロトコル発動」
アヤの瞳から涙は消え、代わりに青白く光る。そして美しくも残酷な戦士の顔に戻っていった。
「対象は無力化されました。……止めを刺します」
両手のガントレットが再び合体し、巨大な砲身へと変形すると、青白い光が螺旋を描いて収束していく。
「ディスク・ワード《チャージ》」
「ディスク・アーツ《メガキャノン》」
「チャージ開始」
先程より激しい光が、砲身へと集まっていった。アヤの全身が直視できないほどの”青”に包まれる。
「嘘だろ……」
俺は立ち上がることもできなかった。指一本動かせない。プラナもほぼ尽きていた。
――ここで終わるのか?
仲間たちの顔が脳裏を過ぎる。ミラの笑顔、ルナの声。カイの涙。みんな俺に託して道を開いてくれたのに。
俺は、その想いを繋げないのか。
「……いや……諦めるな……」
その呟きは自分の声かどうかさえ、曖昧だった。
――その時だった。体内の奥底で、何かが脈動した。燃え尽きたはずの火種が、再び息を吹き返すように。…オルフェンのプラナだ。師匠が最期に託してくれた、魂の欠片。
『まだ終わりではない』
はっきりと聞こえた。幻聴なんかじゃない、師匠の声だ。
『お前にはまだ、眠っている力がある』
「師匠……」
身体の奥に残っていた、ごくわずかな師匠のプラナ。しかし、そこには確かなぬくもりがあった。
「ウェイクアップ」
プラナが全身を点火するように広がり、傷ついた身体が再び力を取り戻す。
立ち上がる。折れた肋骨が軋んでも、構わなかった。
アヤの必殺の一撃が迫る。巨大な光線がまさに発射されようとしていた。
「まだ……終わらない!!」
俺はプラナ・ブレードを上段に構え、刀身にプラナを流し込む。――次の瞬間、裁きの光が解き放たれた。
「切り裂けえぇぇぇッッ!!」
振り下ろした刀身から光の刃が放たれる。黄金の刃と青白い光線が衝突した。だが、金の光が押され始める。青い光が床を砕きながら俺に近づいてきた。
「うおおおおおあああああッ!!」
全身のプラナを燃やして刀身へと注ぎ込む。光は一進一退の攻防の繰り返し――プラナ・ブレードが折れるのと同時に、光が止んだ。
――耐えきれた。オルフェンのプラナが、俺の背中を押し続けてくれた。
だが次の瞬間には俺は膝をつき、息を荒げていた。生きているのが奇跡だった。
「対象は……まだ、生存……?ありえない……」
アヤが困惑した声を漏らす。そのわずかな揺らぎが、俺に最後の勇気を与えた。
「アヤ……俺は……諦めない……」
「あの攻撃に耐えられる可能性は0%…理解不能」
「お前を……必ず……取り戻す……!」
震える声で叫びながら、俺は最後の力を振り絞る。そして、困惑するアヤに手を伸ばした。
「――コネクト」
アヤの精神へ、俺の意識が飛び込んだ。
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暗闇。底なしの闇が広がっていた。以前より遥かに深く、重く、冷たい。
『ここまで……』
精神世界の中でさえ、息が苦しい。強化チップの制御機能が膨大な闇の檻となって、彼女の心を閉じ込めている。黒い結晶の檻。触れただけで精神を切り裂かれる、鋭利な冷たさがあった。
『アヤ!聞こえるか!』
返事はない。返ってくるのはチップが出しているであろう冷たい信号。
『任務遂行。対象排除。任務遂行……』
命令だけが延々と繰り返される。
『アヤ……俺だ!レイだ!』
『認識:レイ・シンクレア。敵対勢力。――排除対象』
――違う。感じる…檻の外、その下に、もっと奥に、かすかな光がある。檻の向こうで揺らぐ、小さな灯火。アヤの心だ。
『アヤ!待ってろ!今助ける!』
拳で檻を叩き、プラナで無理やり砕こうとする。ヒビが入るが、すぐに黒い液体が流れ込んで修復される。強化チップの防衛機構が、あまりにも強すぎた。それでも諦めずに、檻を叩き続ける。
『レイ……?』
檻の向こうから、小さな声が聞こえた。
『アヤ!聞こえてるんだな!』
『……レイ……暗い……寒い……助けて……』
「必ず……助ける!」
全力のプラナを込めて、檻を叩き割ろうとした。
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だが、現実世界で異変が起きた。
「異常信号検知。緊急排除プロトコル発動」
アヤの身体が光を放った瞬間――精神世界の俺に、その衝撃が伝播した。
『ッっあああああああああ!!』
脳が直接焼けるような痛み。そのあまりの激しさにコネクトが強制的に切断される。
――気づけば俺は現実世界で倒れていた。頭が割れそうに痛い。視界がぼやけ、血が目を伝う。
「対象の精神攻撃を確認しました」
アヤの冷たい声が俺に降る。
「しかし、強化チップの防衛反応により——無効化を完了」
アヤは俺の正面に立った。
「これで終わりです」
そう宣言して、両手を上げる。
「クアドロ・アーツ《メテオインパクト》《ブレイズノヴァ》《プラズマキャノン》《ブリザードレイン》」
アヤがその手を振り下ろすと、四重の大技が、同時に俺に向けて放たれた。
熱塊。極炎。雷光。氷雪。
逃げ場など、一つもない。
「もう……駄目か……」
目を閉じると、瞼の裏に仲間たちの顔が浮かぶ。
「すまない……みんな……」
だが、その瞬間。爆発の中心にいるはずの俺の身体が、内側から光を噴き上げた。オルフェンのプラナが、その最期の一滴が――俺の全身を駆け巡った。
『諦めるな、レイ』
師匠の声がはっきり聞こえる。
『プラナとは命の輝きだ。
お前次第で可能性は無限に広がる……常識に囚われるな』
「可能性…」
『プラナを使うのではない。
――お前自身が、プラナになるのだ』
「俺が……プラナ……に……?」
『ウェイクアップの先。それは“プラナとの融合”だ。
強大なプラナを持って生まれたお前なら、その境地に辿り着ける』
『さあ、行け。レイ。お前の全てを――解き放て』
身体が光に変わる。…いや、光が俺そのものになっていくようだった。
目の前では星が破壊し尽くせそうなほどのエネルギーが、俺に迫ってくる。それでも――恐怖は一切なかった。
「そうか……これが……」
すべてを理解した。
ウェイクアップは“目覚め”――プラナを活性化させる。
ならばこの領域は、まさに“覚醒”――プラナと己との融合。
俺は静かに息を吸い――心に浮かんだ言葉を紡いだ。
「リアライズ」
その瞬間、世界が完全に変わった。




