#47 激戦
俺たちは、ついに地下9階へ辿り着いた。
空気が重い。妙な緊張感が辺りに漂っている。
薄暗い廊下の奥から、2つの影が静かに、一定の歩幅で近づいてくる。
――予想はしていた。
当たってはほしくなかったが。
青白い非常灯が揺れ、強化スーツの黒が光を吸い込んだ。
「特殊強化型兵士001、ライアン・ハリス」
「特殊強化型兵士002、キャプテン・ドレイク」
かつて戦ったことがある2人。
だが以前の彼らとは纏う雰囲気が違っていた。
「我々がゼロ・ガード。
最後にして──最大の守護者」
無機質すぎる声。感情の欠片もない。それが逆に恐ろしい。
ライアンはプラナ耐性チップを持つ最強のエージェント。
以前ですら手を焼いた相手だ。
それに今は、二刀のパルス・ギアを携え、青白い光刃が空気を震わせていた。
だが、それ以上に──背筋を冷やしたのはドレイクだった。
あの時、師匠のプラナで強化されたウェーブを浴びたはず。
普通なら後遺症は残る。実際、他のエージェントは明らかに乱れがあった。
なのに。
ドレイクは、何事もなかったかのように、鋭い眼光で俺を見ていた。
巨大な剣を構えるその佇まいは、隣にいるライアンそっくりだった。
「……厄介だな」
俺は無意識に呟いた。声が震えそうになる。
ライアンは一歩前に出て告げる。
「よくここまで来た、レイ・シンクレア」
別に褒めている訳ではないだろう
単なる音の羅列。
「だが──ここで終わりだ」
ライアンが武器を構えた瞬間、空気が割れる音がした。
二刀のパルス・ギアが完全に起動し、青白い軌跡が残像を引く。
ドレイクもまた、巨大な剣を肩に担ぎ上げる。
その動きには、重さを感じられなかった。
殺意だけが静かに増していく。
出し惜しみをしている余裕はない。
俺が、プラナ・ブレードの柄を握ろうとしたその時――
ミラが俺の前に出た。
「レイ。先に行け」
「待ってください。あの2人は──」
「時間がない」
横からルナが言葉を継ぐ。彼女の瞳はいつになく真剣だった。
更にカイが続けた。
「完全統合計画を止められるのは、あなただけよ」
人類解放戦線のメンバーが次々に俺の横を通り過ぎ、前へ出る。
その表情は、足止めを買って出たジンたちと同じだった。
胸が熱くなる。
「行け。アヤを救うんだろ?」
マルコスがニヤリと笑う。
「ここは任せろ」
チェスターも笑っていた。
その笑顔が──逆に辛い。
彼らが命を賭ける覚悟を、俺は痛いほど理解しているから。
「……ありがとう。
必ず……必ず成功させる」
「行って」
ルナが震える声でそう言った瞬間、ミラたちは同時に動いた。
「ブラスト・ショット!」
「ストリーム!」
「フレアバースト!」
3つの攻撃が閃光となり、ライアンとドレイクへ突き刺さる。
「今だ、レイ!!」
マルコスが叫ぶ。
俺は仲間たちの背中を見た。
全員が俺のために剣を振るい、力を放ち、命を懸けている。
「……みんな、ありがとう」
プラナを練り、身体強化を一気に高める。
そして、駆けた。
仲間たちが作った時間を無駄には出来ない。
俺は前だけを見て走った。
---
背中に、激しい戦闘音が響く。
剣戟、炸裂、悲鳴、怒号──全てが混じり合った不快な音だった。
「ディスク・アーツ《メテオフォール》」
「ディスク・アーツ《サンダーストーム》」
「シールド!!」
「ストリーム!!」
響き渡る声。
――あの2人を相手にして、ただではいられないだろう。
振り返りたい。
だが振り返れば、戻ってしまう。
──絶対に戻れない。
俺は走り続けた。胸が苦しいのは走っているせいではない。
背後の仲間の叫びを聞くたび、心臓が締めつけられる。
「いや、今は前を向くんだ」
自分に言い聞かせる。
――そして、地下10階。
長い長い階段を降りていく。
ようやく降りきった先には巨大な装甲扉があった。
ここが、コア・プロセッサへの最終ゲート。
「ついに、ここまで……!」
深呼吸をする。
階段の上からは、まだ微かに戦闘音が聞こえている。
(……頼む。みんな、どうか)
焦る気持ちを落ち着け、俺は扉に手を置いた。
「……パルス」
意識が電子回路に接続され、脳内に膨大なデータが流れ込む。
扉の制御システムが、俺の精神を押し戻そうとする。
「開け」
脳内で命令をするが、抵抗は激しい。
頭がズキズキと痛む。
だが──
(諦めてたまるか)
仲間の顔が浮かぶ。
ミラ、ルナ、カイ、そしてレジスタンスの仲間たち。
そして師匠オルフェン。
戦って、守って、ここまで繋いでくれた。
「……みんなの想いを、無駄にはしないッ!!」
プラナが爆発するように輝き、俺は精神力で強引に制御システムを捻じ伏せた。
ギギギ……ッ!!
巨大な装甲扉が、ゆっくりと開き始める。
その時だった。
背後から聞こえていた戦闘音が、止まったような気がした。
胸が締めつけられた。
今にも戻りたくなるのを、堪える。
「みんな……死ぬなよ」
――そして最後の扉が開かれた。
---
ミラ、ルナ、カイ。
そしてマルコスたちレジスタンスメンバーが、ライアンとドレイクに立ち向かっていた。
「シールド!!」
カイが叫ぶ。
ライアンの二刀が縦横無尽に襲い、障壁に波打つほどの衝撃で叩きつけられた。
強化チップのおかげか、どんなに激しく動いても疲労の色が見えない。
「ストリーム──ッ!!」
ルナがドレイクへ攻撃を放つ。
しかし、ドレイクは巨大な剣を軽々と振るい、それを弾き返した。
図書館防衛戦で強化されたプラナ・ウェーブを浴びたのに、その痕跡すら感じられない。
「……再調整、ってやつか……くそっ」
ミラが舌打ちする。
レジスタンスメンバーの連携攻撃が次々に繰り出されるが──
ライアンも、ドレイクも、全てを最小の動きで紙一重に回避する。
「「ブラスト!!」」
「「ストリーム!!」」
「「フレア!!」」
複数の攻撃が同時に襲いかかる。
だが相手の2人は、それを当然のように避けていく。
「このままでは……!」
レジスタンスの1人が怯えた声を上げた瞬間。
ドレイクの剣が振り下ろされた。
「危ない!」
ミラが咄嗟に「シールド」で庇う。
しかし衝撃で彼女は数メートル吹き飛ばされ、床に転がった。
「ミラ!!」
ルナが叫ぶ。
「……大丈夫……まだ、戦える……ッ」
ミラは震える足で立ち上がる。
ルナもすでに限界に近い。
カイも、血を拭いながら構えを取り直した。
「時間を稼ぐだけ………それだけでいい……!」
ルナが言えば──
「……レイがコアを止めるまでだ。簡単だろ?」
ミラが笑う。
「その通りですね」
カイが頷く。
3人は──再び構えを取った。
相手がどんな怪物でも。
自分たちの命がどうなろうとも。
守るべきものの為なら、迷う理由などなかった。
---
「ダブル・アーツ《サンダーストーム》《エクスプロード》」
「ダブル・アーツ《パワースラッシュ》《パワースイング》」
ライアンの爆撃が、ドレイクの斬撃が。
壁と床をまるで紙のように抉っていく。
カイは息を荒げながら「ストリーム」を放ったが、出力は目に見えて落ちていた。
「くっ……もう、限界……」
「カイ、下がれ!」
ミラが叫び、身を投げ出すように盾を形成する。
次の瞬間、爆撃が直撃。
ミラは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ミラ!!」
カイが駆け寄ると、彼女は血を流しながら笑おうとした。
「だ……大丈夫……ちょっと痛いが、な……」
大丈夫なわけがなかった。
プラナはほぼ枯れ、動くだけでも精一杯。
だが、カイの方も消耗は酷かった。脚は震え、呼吸も乱れている。
2人とも、この激しい戦闘に加わるのは厳しかった。
それを悟ったレジスタンスの仲間たちが、互いに目配せをした。
一人、またひとり。
ミラの前に立って障壁を重ねる。
「ミラ……カイ……」
マルコスが、覚悟を滲ませた声で言った。
「ここは俺たちが食い止める」
「え……?」
「2人はもう戦えねぇ。だから逃げろ」
「大丈夫。私が――」
「ルナは護衛だ」
彼の言葉に同意しようとしたルナの言葉は遮られた。
ミラの目が見開かれる。
「待て……それは――」
「俺たちだけじゃ、奴らは倒せねぇ」
チェスターが真剣な表情で続ける。
「でも、もう少しくらい足止めはできる」
「あ前たちはレジスタンスの中心だ。
未来のために生き延びろ」
「でもそれじゃ皆が…」
「それは違います」
カイの言葉に別の青年が、弱く笑った。
震えながらも、確かな意思を宿した笑顔で。
「俺たちは無駄死にする訳じゃないです。
未来を繋ぐんです」
「…バーンズ」
カイも涙を浮かべていた。
ミラは決断に迷った。しかし、彼らの目を見て理解した。
これは彼らの自由意志による選択。
ミラたちが政府と戦ってきた理由そのものだった。
「分かった。
お前たちの想いは、必ず新しい社会に活かす」
「ありがとうございます」
ミラが頷く。
残ったマルコスたちが、ライアンとドレイクに突撃した。
「行くぞ?」
「「「フレア」」」
「「「ブラスト」」」
空気が震えた。
文字通り命を燃やしてプラナを高めた彼ら。
その攻撃が、ゼロ・ガードの2人に向かう。
「今!」
ルナの合図で、カイはミラの体を支えながら、階段へと駆け出した。
背後で、光が膨れ上がる。
「スプラッシュ!!」
ルナが振り向き様に、光に向かって水流を放つ。
そして――
「「フレアバースト」」
爆発。
轟音が世界を揺るがし、辺りが真っ白に染まった。
「く……そぉっ……!」
ミラの声は震えていた。
「こんなの……」
カイも泣いていた。
声にならない嗚咽が、階段を登るたびにこぼれ落ちる。
「今は行かなきゃ」
ルナの目にも光る雫があった。
だが3人は――止まらなかった。
---
階段を登り切り、地下8階に到達する。
だが、数歩歩いたところでカイが壁に手をついた。
「……ごめんなさい……みんな……」
ミラは肩で息をしながら、かすれた声で言った。
「未来のためにって言われた……なら……」
ミラは涙で濡れた目を拭った。
ルナが頷く。
「今は、……逃げないと」
その瞬間、通信機が震えた。
「ミラ……聞こえるか?」
ドクター・ヴァインの落ち着いた声。
「レイが、コア・プロセッサに到達した。
もう……十分だ。撤退しなさい」
ミラは歯を食いしばった。
「……ああ。撤退する」
「博士…みんなが……」
カイの言葉は続かなかった。
その泣き声に、ヴァインは状況を察していた。
「そうか……なら尚更生き延びろ。
これからの世界に……君たちの力は必要だ」
ルナは涙を拭った。
「博士……はい……!」
3人は焦燥感を胸に歩き出す。
足取りは重いが、一歩一歩、確実に。
そして、見つけてしまった。
ジンたちが無残な姿で倒れていた。
ルナが慌てて駆け寄る。
「まだ息がある人も……」
「救援を!」
「わかりました」
――彼女たちの戦いも、まだ終わらなかった。




