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46/53

#46 誇りと共に


レイが奥へと駆け抜けていく。

すぐさま、背後に残された空気がわずかに震えた。

静寂の中、ジンがゆっくりと顔を上げる。

覚悟を決めた表情だった。


「全員、配置につけ」


低い声が響いた途端、緊張の糸が張り詰める。

ジンの指揮下には、ジェイコブとイクス、そして離反者となった元政府エージェント20名。

誰もが鍛え抜かれた精鋭だったはずだが、今の彼らは疲弊し、傷だらけだった。


対する敵は――戦闘アンドロイド10体。

そして、その中心に立つヴァンス大佐。


そこには圧倒的な戦力差があった。


「俺たちの役割は一つだけだ」


「ええ。

 …レイさんがコア・プロセッサに到達するまで、時間を稼ぐ」


ジンの迷いのない宣言に、ジェイコブが答える。

イクスも頷き、命令を出した。


「わかった。どんな犠牲を払っても、ここで食い止めるぞ」


「了解だ」


彼の部下たちと共に、離反者たちは武器を構える。

全員の目には、すでに恐怖を通り越し――覚悟の光が浮かんでいた。


---


ヴァンス大佐が一歩前に出た。

彼女の動きは戦場なのに、美しくて……残酷だった。


「命令よ。侵入者の完全排除。実行開始」


その瞬間、戦闘人形が全身の駆動音を一斉に響かせ、殺到してくる。


「「ディスク・アーツ《メテオフォール》《サンダーストーム》《フレイムバースト》」」


大気が振動し、三重のアーツが放たれる。

豪炎、雷撃、無数の光弾――通常のエージェントが耐えられる威力じゃなかった。


「散開ッ!」


ジンの叫びと同時に、各々が四方に跳ぶ。

間一髪で直撃は避けたが、爆風の余波だけで3名が吹き飛ばされた。


「バックス!リザ!ザップ!」


ジェイコブが絶叫する。

3人は壁に叩きつけられ、そのまま動かない。

息はある。だが戦闘続行は不可能だ。


「構うな。戦闘を続行しろ」


イクスが感情を殺して命令を下す。


「ディスク・アーツ《エクスプロード》!」


ジンから放たれた炸裂の光がヴァンス大佐へ飛ぶ。

だが、彼女に届く前に戦闘アンドロイドが滑り込むように割り込み、防御した。


「くっ……普通のアーツじゃ話にならないな」


ジンの表情に焦りが浮かぶ。

その時、ヴァンス大佐がゆっくり動いた。


「私もお相手しましょう」


彼女が優雅な動きで武器を構えた。

その見た目とは裏腹に、隙は見えない。


「ダブル・アーツ《フレイムウィップ》《アイスニードル》」


紅蓮の鞭と無数の氷の針が空を裂き、ジンたちを襲う。

離反者の一人が咄嗟に防御を試みたが――


「ディスク・ワード《バリア》!」


障壁は砕け散り、彼の身体が宙に投げ出さた。

そのまま床に崩れ落ちる。


「デイビッド!」


叫びが響く。

だが無情にも、戦列からすでに4名脱落となった。


さらに追い打ちのように、アンドロイド5体が同時攻撃を開始する。


その連携は……まるでひとつの個体のようだ。

予備動作すら読みづらく、対処に苦戦していた。


「このままでは全滅するな」

イクスが冷静に言った。


「ジン、作戦を変更しよう」


「どうする?」


「俺たちがアンドロイドを引き受ける。

 お前たちはヴァンス大佐を」


ジェイコブがうなずく。

周囲の離反者たちも、息を呑みながら覚悟を決めていた。


ジンはほんの一瞬だけ迷ったが――すぐ頷いた。


「頼む。ここは任せる」


---


ジェイコブとイクス、そして残り10名が戦闘アンドロイドへ突撃する。


「「ディスク・アーツ《ファイアショット》!」」

「「ディスク・アーツ《エクスプロード》!」」


炎が爆ぜ、アンドロイドの装甲を焦がす。

しかし、相手は機械。痛みも恐怖もない。


「連携パターンを読め。よく見ればそれ程多くはない。

 攻撃の間隔は一定だ」


イクスが次々と指示を飛ばす。


「右肩ユニットの動きに注目。次は左だ!」


離反者たちは苦戦しながらも徐々に対応し始めた。

だが――その戦力差は絶望的だった。


アンドロイドの一撃を受け、離反者の1人が壁に叩きつけられた。


「くそっ……!」

彼はそのまま動かなくなる。


「エリック!」


誰かの叫び声が響くたびに、戦力が削れ、心が削られる。

――それでも、誰一人逃げようとしない。


誰もが全員が理解していた。

この戦いは、勝つためじゃない。

レイが辿り着くまでの――時間稼ぎだと。


命を賭けた、たった一つの役割。


この戦場に立った全員が、それを胸に戦っていた。


---


一方その頃。

薄暗い補助灯だけが点滅する隔壁前の廊下で、ジンは残り6人となった離反エージェント──コリン、レベッカ、カイル、イアン、ミシェル、そして重火器担当のグレッグ──と肩を並べていた。


空気は重く、焦げた金属の匂いが漂う。

すでに十数回の小爆発が起きたかのように壁面は黒く焼け焦げていた。


その中心に立つヴァンス大佐だけが、まるで嵐の中心のように一歩も動かない。

冷徹な眼差しでこちらを静かに見据えていた。


ジンは喉を鳴らし、小さく息を吐いた。


「あの威力……大佐も相当に強化してやがるな」


ジンの背中には冷や汗が滲んでいた。

だが、彼も自分の役割を分かっていた。恐れを振り切り、ヴァンスを睨みつける。


コリンが隣で銃を構え直しながら低く問う。


「どうする、ジン。正面突破は無理だ」


「恐らくガードも尋常じゃなく堅いだろう。

 まともに撃ち合っても押し切られる……」


ジンは一瞬だけ思考を巡らせる。

今までの戦況を分析し、そして答えが出した。


「……四方から仕掛ける。プランBだ」


「了解」

「任せろ」

「死ぬ気でやるしかねぇな」


仲間たちが一斉に頷いた瞬間、ジンはパルス・ソードを下段に構え、声を張り上げた。


「ああ、行くぞ!

 ――合わせろ!!」


その気迫が、狭い廊下の空気を震わせた。


ヴァンス大佐の瞳がわずかに揺れる。


「無意味です。

 戦術レベルE-03。あなた方の動きはすべて解析済み」


冷淡な声が静かに響く。

その言葉だけには、全員の背筋が寒くなるような圧力があった。


「ヴァンス大佐――お前を止める!」


ジンが叫んだ。


「不可能です」


その回答と同時に、彼女の手元に浮かび上がった複数の光円が回転を始めた。


「ダブル・アーツ――《サンダースネーク》《フレイムウィップ》」


直後、蛇のような雷撃と灼熱の鞭が放たれた。

変幻自在な攻撃が、ジンたちへ襲いかかる。

廊下全体を灼熱が舐め尽くし、天井が揺れるほどの雷撃の音が炸裂した。


「ダブル・ワード《バリアフィールド》《ダブル》!!」


ジンが即座に二重の障壁を展開。

なんとか炎の奔流を受け止めたが、衝撃の圧力は骨に響き、足が床にめり込むほどだった。


(くっ……おいおい、本当に同じ人間かよ……!)


彼の胃の奥に熱いものが込み上げた。

だが、ここで後退すれば仲間が死ぬ。


「例え、強化されていようとも……やりようはあるッ!」


ジンは吠え、障壁の爆散と同時に前へ飛び込む。

爆煙を突き抜ける瞬間、視界が一瞬だけ真っ白に染まった。


その勢いのままパルス・ソードを上段に構え――


「ディスク・アーツ《スラッシュ》!!」


蒼白の斬撃が縦一閃に走った。

だが──


ヴァンス大佐は微動だにせず、その剣閃を髪一筋ほどの差で躱した。


「そんなもの、当たりませんよ」


彼女の声が冷酷に事実を述べる。


「……わかってる、さ!」


ジンは叫んだ瞬間、床に転がっていた瓦礫を蹴り飛ばす。


「なっ……?」


ヴァンスの注意が一瞬逸れた、その一瞬。


「ダブル・ワード《クイック》《ダブル》ッ!!」


速度を強化したジンの視界が弾け飛ぶように流れていく。

その加速に足がギリギリと痛んでいた。

あたりの空気が震えるほどの速さで、ジンは大佐の死角へ回り込んだ。


「行くぞ……ッ!!」


蒼い軌跡が、三重に重なる。


「トリプル・アーツ《《《スラッシュ》》》!!」


激しい斬撃の雨がヴァンス大佐を襲い、装甲を焦がし、衝撃が彼女の身体を揺らした。


だが──


「損害軽微……解析完了」


彼女の足元に雷紋が広がった。


「受けなさい。

 トリプル・アーツ《《《サンダースネーク》》》」


逃げ場など存在しなかった。

無数の雷の蛇が絡みつき、ジンの全身へと突き刺さる。


「ぐっ──あああああ!!」


雷撃で肺の空気が全て吹き飛び、視界が白く染まる。

身体は宙に浮き、床へ叩きつけられた。


胸が焼け、指一本すら動かせない。

それでも、彼の眼の光だけは消えていなかった。


---


「ジン!」


血相を変えて叫んだのはジェイコブだった。

息も絶え絶えな彼もまた、瓦礫を背にしていた。

目の前の戦闘アンドロイド数体を相手にするのがやっとで、ジンのもとへ駆け寄る余裕などない。


金属が軋む耳障りな音と、青白い火花。

彼の周囲では、イクスが率いていた離反者たちが次々と倒れていく。

気づけば立っているのはたったの3人だけだった。


「くそ……もう、限界か……」


膝をついたジェイコブの額から汗が滴り、乾いた床に吸い込まれる。

虚ろな視界の先で、アンドロイドがゆっくりと接近してきた。

その姿はまるで死刑執行人のように、彼は感じていた。


そのときだった。


焼け焦げた匂いの中で──ジンが、ゆっくりと立ち上がった。


「……まだ、終わらない……」


掠れた声。血が流れ続ける傷を押さえながらも、彼は武器を構えた。

足元はふらついている。

そこにあるのは、戦える体力などではなく、ただの意志だけだ。


「レイが…着くまでは……絶対に……倒れられねえ……」


そう言い切ると同時に、ジンの眼に再び火が灯る。

彼は残った最後の力を振り絞り、ヴァンス大佐に向かった。


「ディスク・アーツ《メテオフォール》!!」


その叫びは、魂を燃やしつくすような熱があった。

ジンの身体から白い何かが立ち昇る。

レイがいたら、それがプラナの輝きだとわかるだろう。

彼の頭上には通常より多くの光弾が生まれ、赤く輝きながら一直線にヴァンスへ迫った。


だが、彼女は冷静だった。

顔色ひとつ変えることなく、すぐさま反撃の構えに入る。


「トリプル・アーツ《アイスニードル》《サンダースネーク》《ファイアウィップ》」


三種の轟音が重なる。

光と炎と雷が混じり合い、ジンの光球を飲み込む。

その勢いのままで、ジンを襲った。


「う、あああああッ!!」


爆音と共にジンの体が吹き飛ぶ。

壁に叩きつけられた瞬間、血飛沫が散り、彼の意識は白く混濁した。


もう、立ち上がれない。


「ジン……!」


絶望に染まったイクスの声が漏れる。

彼は歯を食いしばっていた。

仲間の骸のように転がるジンを見下ろすヴァンス大佐が、冷えた声で言い放つ。


「終わりです。あなた方の抵抗は、全て無意味でした」


その宣告は、死刑執行の合図のように冷酷で、誰の心にも容赦なく突き刺さる。

しかし──


その時。

床に伏したジンの唇が、微かに動いた。


「……無意味……じゃない……」


朦朧とした視界の中で、ジンは通信機を手探りで探し、ちらりと見た。

そこには、「レイ到着」という文字が光っていた。


「……レイが……コアに……到達した……」


血で濡れた唇から、かすれた息と共に言葉が漏れる。


「俺たちの……役割は……果たし……」


安堵の笑みを浮かべると、そのままそっと目を閉じた。

意識の底へと沈んでいくその姿は、使命を全うした戦士の達成感に満ちていた。


---


「ジンの犠牲を……無駄にはしない……」


イクスの声には震えがあった。

だがそこにあったのは単なる恐怖ではなく、ある覚悟だった。


「そうです……」


ジェイコブもそれを受けて立ち上がった。

2人はここで命をかける覚悟をした。


レイの元に、この集団を行かせる訳にはいかないからだ。

決死の覚悟で武器を構える。


「仲間たちが……命を賭けて稼いだ時間だ……

 無駄には……できない……」


「ああ、やるぞ」


2人の気迫が刹那、戦場の空気を支配する。

しかし──


「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」


先に動いたのはヴァンス大佐だった。

雷撃が2人を貫き、彼らは声もなく崩れ落ちた。


こうして──戦いは終わった。


ジン、ジェイコブ、イクス、そして離反者たち。

全員が倒れ、戦場には静寂だけが残った。


だが、その犠牲は確かに未来を切り拓いていた。


---


『レイ・シンクレアが、コア・プロセッサに到達しました』


戦闘アンドロイドの機械音声が響く。


『追跡しますか?』


ヴァンス大佐は倒れた離反者たちの顔を静かに見つめた。

そこにあるのは皆、誇りに満ちた表情だった。


「……いいえ。もう遅いでしょう」


彼女はわずかに目を伏せた。


「レイ・シンクレアとアヤ・クリムゾンの戦いが、すでに始まっています。

 ここで待機し……勝者を見届けます」


そして──倒れたジンに視線を落とす。


「あなたは誇り高き戦士でした、ジン・マーシャル。

 あなた方の意志は、確かにレイ・シンクレアへ届きました」


暗闇の中——

ジンはその声を確かに聞いた気がした。


(……レイ……頼んだぞ……)


(人類を……自由に……)


その祈りのような言葉を最後に、彼の意識は静かに、穏やかに沈んでいった。


だが、悔いはない。


仲間のために、未来のために。

自らを燃やし尽くした戦士に訪れた──安らかな眠りだった。



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