#44 図書館攻防戦
いよいよ市民撲滅作戦実行の日となった
――政府が「真実を語る者たち」を一掃するために仕掛けた、最終弾圧の日。
夜明け前、図書館の屋上から見下ろす街は、静まり返っていた。
しかし、その沈黙の奥には、確実に迫る“暴力の気配”があった。
「政府軍の動きは?」
俺が通信機でジンに問いかける。
『予定通り、午前8時に一斉行動開始される。
図書館には予定通り約50名エージェント。うち10名は強化型』
続いてカイに通信を切り替えた。
「マリアさんと市民たちは?」
『すでに館内に避難済みです。
80名ほどが、最後の『真実の集会』を開いています』
俺は拳を握った。
彼らは――分かっていて、逃げなかった。
たとえ命を落としても、真実を掲げ続けることを選んだ。
『避難を勧めましたが、マリアさんは『逃げることは真実を捨てることだ』と……』
「分かった。なら、俺たちが守ればいいだけだ。
装置の準備は?」
『完了している。出力は最大でいいんだな?』
「はい」
ドクター・ヴァインが無線で応答した。
俺は、体内のオルフェンのプラナを探ると、残りわずかだと感じとれる。
師匠の遺したこの力、今日、市民を救うために使う。
「各チーム、最終確認」
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午前7時45分。
ジンから報告が入った。
「粛清部隊、到着した。図書館への包囲を開始」
視界の先では、黒い制服の部隊が図書館を完全に取り囲んでいた。
今回は精鋭部隊のようで、装備も通常より強化させているようだった。
「指揮官は?」
俺が尋ねる。
「キャプテン・ドレイク。ヴァンス大佐直属の男で冷酷で有名だ。
奴自身も強化エージェントで、プラナ耐性チップを搭載している」
「……なるほど。つまり、こっちは一発勝負ってわけか」
空気が張り詰めていく。
政府軍の隊列を見ると、やけに広範囲に広がっていた。
もしかしたらプラナ・ウェーブへの対策のつもりのかもしれない。
「作戦開始5分前。
ただ、こちらの存在を感づかれてるかも」
カイの警告は静かに答える。
「構わない。
市民を守る。それが最優先だ」
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午前8時。
無線から冷たい声が響く。
『図書館を完全包囲。逃亡経路を封鎖せよ。反抗する者は即座に制圧せよ』
キャプテン・ドレイクが前に出て、拡声器を構える。
鋭い金属音が、静寂を裂いた。
「これより不法集会の参加者を拘束する。抵抗は無意味だ」
図書館の中から、マリアの声が返る。
「私たちは真実を求めているだけです!」
「市民には、知る権利があります!」
ドレイクが薄く笑った。
「“知る権利”? ――マザー様が与える情報以外、知る必要はない」
冷たい一言とともに、彼は右腕を上げた。
「突入開始」
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「今だ!」
俺は装置に手をかざし、深く息を吸い込んだ。
「プラナ・ウェーブ、強化・広域無効化モード――発動!」
瞬間、視界が白く染まる。
オルフェンのプラナと俺のプラナが共鳴し、巨大な波動が図書館周辺を覆った。
師匠との記憶が、脳裏に浮かぶ。あの温もり、優しさ、そして――信念。
次の瞬間、エージェントたちが一斉に動きを止めた。
「制御が……切れた……?」
「私は……何をしようと……?」
混乱と戸惑いが広がる。
彼らの中で、本来の人格が目を覚まし始めていた。
――成功だ。
だが、すべてのエージェントが止まったわけじゃない。
「チッ、やはり……!」
俺はドレイクの方を見た。
彼は膝をつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。
その背後にいた4名の強化エージェントも、同様に耐えていた。
「プラナ耐性チップ、正常作動中。制御機能維持」
ドレイクが機械のような声で呟く。
その瞳は光を失い、まるでライアン・ハリスのような無機質になった。
「目標確認――プラナ・ウェーブ発生源を破壊する」
「来るぞッ!」
俺が叫ぶと同時に、敵は動いた。
ドレイクたちは一斉に地面を蹴り、超高速で突進してくる。
地面がえぐれ、砂煙が巻き上がった。
「ミラ、ルナ、装置を守れ!」
「了解」
「任せな!」
ルナが前に出て「シールド」を展開し、ミラが援護射撃を放つ。
しかし――。
「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」
ドレイクの武器から放たれた雷撃が、轟音とともにルナの防壁を打ち砕いた。
閃光が弾け、地面が焼け焦げる。
「ぐっ……!なんて威力」
ルナが歯を食いしばる。
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「俺たちも戦う!」
ジンが叫び声が響くと、その後ろには4名のエージェントの姿があった。
「再教育施設は!?」
「こっちが先だ!動けるヤツを連れてきた!!」
銃声と怒号が入り混じる中、他の離反エージェントたちも武器を構えた。
「ダブル・アーツ《スラッシュ》《スラッシュ》!」
ジンの詠唱と共に空気が裂け、閃光が走る。
かつて共に訓練を受けた仲間たち同士の、悲しい戦いが始まった。
しかし、他の離反者たちの動きには戸惑いがあった。
動きは鈍く。刃先が止まる。
彼らの躊躇が、目に見えるほど伝わってくる。
「迷うな!相手はチップに制御されている。
手加減はしてくれないぞ!」
「分かってる……けど!」
躊躇した1人に対して、ジンの叫びが響く。
その一瞬の迷い――それが、命取りになった。
「ディスク・アーツ《メテオフォール》」
強化エージェントの一撃が放たれ、空から無数の光球がジンたちへと向かう。
俺は咄嗟にその間に割って入った。
「プラナ・バースト!」
間に合ったが、爆風で3人まとめて吹き飛ばされた。
背中を打ち、肺の奥から息が漏れる。
「ジン!」
駆け寄ると、彼は血を流しながらも立ち上がっていた。
「……まだ、戦える」
震える手で剣を構え、前を見据える。
その瞳には、もう迷いはない。
――だが、戦況は最悪だった。
プラナ耐性チップを搭載した5名の強化エージェント――その力は凄まじい。
今は何とか戦えているが、このままでは犠牲が出るかもしれない。
「どうする……」
俺が歯を食いしばる。
その時――想定外のことが起きた。
プラナ・ウェーブで無力化していたエージェントたちの一部が、ゆっくりと立ち上がったのだ。
「俺たちは……一体何を?」
「無抵抗の市民を……攻撃してたのか?」
「マリアさんたちは、ただ真実を求めていただけなのに……」
15名ほどのエージェントが、動揺した表情でヘルメットを脱ぎ捨てる。
そして――俺たちの側に、立った。
「こんなのは間違っている。
俺たちエージェントの使命は……市民を守ることだったはずだ!」
「裏切り者、は……処分する」
ドレイクの武器に赤いエネルギーが集まる。
「ディスク・アーツ《ファイアショット》」
炎の弾丸が解放されたばかりの仲間たちに向かう。
「させるか!」
俺は咄嗟に「ブラスト」で対抗。
炎と光弾が衝突し、空中で炸裂した。
熱風の中、俺は叫ぶ。
「自由になった皆!
今こそ戦おう――真実のために!」
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その声に応えるように、図書館の中からマリアの声が響いた。
「皆さん、どうか聞いてください!」
その声は震えているのに、不思議と力強かった。
「彼らは私たちのために戦っています!真実を守るために、命を懸けてくれています!」
「真実を奪わせない!」
「私たちも、最後まで諦めません!」
その声援が、俺たちに力をくれた。
そして、覚醒したエージェントたちの瞳にも、確かな光が宿る。
「そうだ……俺たちは市民を守る!」
「もう、間違えない!!」
15名の覚醒者と、ジンたち5名の離反者の計20名が、一斉に武器を構えた。
対するは5名の強化エージェント――だが、戦力はむしろあっちが上だろう。
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「「ディスク・アーツ《サンダーストーム》」」
「「ディスク・アーツ《メテオフォール》」」
「「ディスク・アーツ《アーススピア》」」
ドレイクとその部下たちが、複数のアーツを同時に放った。
辺りを、土の槍が、無数の光弾や雷が飛び交う。
「防御を展開!ミラ、右側を!」
「任せろ!」
「ルナ、支援を!」
「了解!」
「シールド」「スプラッシュ」「ウォール」
三重防御で受け止めるが、それでも衝撃波が全身を焼く。
視界が白く飛び、覚醒者たちも次々と吹き飛ばされた。
「くそっ……このままじゃ……!」
俺の中で、オルフェンのプラナが警告のように脈打つ。
ここで使えば、あと一度分残るかどうか。
それでも――。
「みんな、下がれ!」
「レイ、まさか……!」
俺の叫びにミラが振り向く。
「オルフェンのプラナを……使う」
「それじゃセントラルタワーが――!」
「分かってる。でも、ここで市民を見殺しにはできない!」
俺は装置に手を当てた。
師匠――どうか、力を貸してくれ。
「プラナ・ウェーブ――集中照射モード、発動!」
世界が光に飲み込まれた。
オルフェンの記憶と意志が、俺の心に流れ込む。
『力は、守るためにある』――と師匠の声が聞こえた気がした。
エネルギー波が一直線にドレイクたちを包み込む。
強化エージェントの身体が震え、動きが鈍る。
「プラナ耐性……低下……システム異常……っ!」
「制御が……っ…私は!」
今度は5人全員が膝をついた。
完全無力化ではないが、もはや立つのがやっとだった。
「今だ!」
俺が叫ぶと同時に、ジンたち離反者と覚醒者たちが突撃する。
「武装解除しろ!」
「もう戦う必要はない!」
ドレイクたちが抵抗する間もなく、次々に取り押さえられた。
残るのは、焦げた大地と煙の臭い――戦いは終わった。
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戦いの後、図書館の周辺は嘘のように静かだった。
瓦礫の上を風が通り抜け、焼け焦げた匂いと、夜の冷気が混じり合う。
50名いたエージェントの全員が無力化された。
そのうち半数――25名が、すでに人間らしい表情を取り戻している。
残る者たちも混乱しながら、少しずつ“自我”を取り戻しつつあった。
やがて、図書館の扉が静かに開く。
中から、マリアを先頭に市民たち80名が現れた。
皆、疲労と恐怖の中に、それでも確かな希望の光を宿している。
「戦いは……終わったのですか?」
マリアが、震える声で尋ねた。
「この場所では。
けど、他の場所でもまだ同じような戦いが続いています」
俺は彼女に応えると、通信機を起動する。
――仲間たちの報告を確認しなければ。
「工場地区の状況は?」
『トムさんのグループは離反エージェントの協力で、政府軍を撤退させました。
被害は最小限に抑えています』
「教育施設は?」
『早期避難に成功。軽い衝突はありましたが、死者はゼロです』
「母親の会は?」
『エミリーさんたちが子ども全員を避難させました。……全員無事です』
「他の2箇所は?」
『商業区と医療施設も、離反エージェントの妨害で作戦が遅れています。
住民の大半が避難済みです』
リーナの報告に、俺は息を吐き出した。
長い戦いの中で、初めて“守り切れた”という実感があった。
だが同時に――、代償も痛いほど理解していた。
オルフェンのプラナは、あとわずか。
次も同じように使えるかは――
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マリアが俺の前に歩み出た。
「レイさん……人類解放戦線の方だったんですね」
「そうです。
……黙っていてすみません」
「いえ、おかげで大切なことに気づけました。
守ってくださって、本当にありがとうございました」
マリアは深く頭を下げた。
市民たちも次々と頭を垂れる。その姿に、胸が詰まる。
「感謝するのは俺たちの方です。
あなたたちの勇気があったから、今の状況がある」
マリアは顔を上げ、まっすぐ俺を見つめた。
「これから……どうされるのですか?」
「セントラルタワーへ向かいます。
マザーの支配を終わらせるために」
俺がその名を口にした瞬間、空気がわずかに凍りついた。
「……私たちにも、できることはありますか?」
「あります」
マリアが静かに問いかける。
俺は即座に答えた。
「明日、マザーによる“完全統合計画”が実行されます。
全市民のチップが一斉に更新され、思考と行動が完全に制御される」
ざわめきが起こる。
悲鳴、恐怖、混乱――だが、その中に怒りも混じっていた。
「それを阻止するために、俺たちはセントラルタワーへ侵入します。
だが、全員を守ることはできない」
「じゃあ……私たちはどうすれば?」
マリアが問いかけに、俺は正面から答えた。
「真実を広めてください。
今日ここで見たこと、起きたこと、すべてを伝えてほしい。
まだ知らない市民に」
マリアは拳を握り、しっかりと頷いた。
「ええ、やります。必ず伝えます」
「それと――明日の朝、可能な限り居住区の外へ避難を。
フィールドの旧世界遺跡の地下に避難場所を用意しました。
マザーの干渉が届かない領域まで、護衛を付けます」
「……もし、あなたたちが失敗したら?」
マリアの声は震えていた。
「その時は……少なくとも、避難した人々だけは自由のままでいられます」
短い沈黙。
やがて、マリアがゆっくりと頷いた。
「分かりました。市民ネットワークを通じて、すぐに伝達します」
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そこへ、覚醒したエージェントたちが集まってきた。
かつて敵として戦った者たち。その顔には、悔恨と決意が刻まれていた。
「俺たちも、セントラルタワーに同行させてください」
リーダー格の男が言う。
「危険ですよ」
「分かっています。でも、俺たちは償いたい。
これまで……市民を抑圧してきた罪を」
彼が真剣な表情でそう言うと、別の男が言葉を継いだ。
「それに、タワーの内部構造や警備の配置を知っています。俺たちの情報が役に立つはずです」
俺は一瞬だけ考え、頷いた。
「分かりました。ただ、命を無駄にはしないでください」
「了解です、隊長」
そういう彼らの瞳には、決意の色が見えた。
今度こそ誰かを守りたい、そんな光が宿っていた。
こうして、覚醒エージェント25名が人類解放戦線に合流した。
ジンたち離反エージェント5名を合わせ、合計30名――かつての敵が、今や同志となった。
「思わぬ戦力増強ですね」
カイが微笑む。
「ああ。……でも、それだけ次は厳しい戦いになる」
俺が息を漏らすと、ジンが近づいてきた。
「レイ、俺たちは再教育施設の仲間を救ってから合流する。
戦力は少しでも多い方がいいだろう?」
「手伝うか?」
「いや、お前たちは切り札だ。
少しでも突入に向けて休んでいてくれ。」
そういって、ジンたちはこの場を後にした。
---
夕暮れ。
俺は図書館の屋上で、街を見下ろしていた。
戦火の煙が薄れ、遠くの空にわずかな星が瞬き始めている。
今日守れた命の数を、指折り数えてみた。
それでも足りない。まだ足りない。
失ったものの重さは、決して消えない。
「……師匠」
風の中で呟く。
「俺は、正しい道を歩けているでしょうか」
胸の奥がわずかに温かくなる。
オルフェンのプラナが、静かに共鳴している。
まるで励ましていてくれているように。
その温もりと共に、俺は立ち上がった。
今度こそ、決着をつける。
――目指すは、セントラルタワーの最下層。




