#43 離反
――翌日。
報告が相次いだ。
「昨夜の出来事が、市民の間で噂になっています」
リーナの声は明るい。
「“政府軍が撤退した”“エージェントが市民を見逃した”……そして、“奇跡が起きた”と」
「政府は?」
「沈黙です。完全に隠蔽に走っています」
俺は苦笑した。
だが、リーナの表情はむしろ希望に満ちていた。
「隠そうとするほど、市民の疑問は膨らんでいます。
“なぜ政府は説明しない?”“何を隠している?”――声が上がっています」
皮肉なものだ。
政府の沈黙が、かえって市民の覚醒を促している。
さらに、驚くべき続報があった。
「昨夜のエージェント50名のうち、20名が任務に復帰していません」
「……拒否してる?」
「はい。再教育施設に送られていますが、内部で“抵抗”が続いていると」
「ジェイコブ・サンドは?」
「彼もそこに。しかも、“自由”について語っているそうです」
胸が熱くなった。
ジェイコブ……あなたは、約束を守ってくれたんだな。
ルナが冷静にまとめる。
「つまり、プラナ・ウェーブを受けた者の多くが、政府への忠誠を失っている」
「そうだ。心が戻った者たちは、もう以前のようには戦えない」
だが、リーナの次の言葉が場を引き締めた。
「マーカスの情報によると政府が、プラナ・ウェーブへの対策を始めたそうです」
「……対策?」
「“プラナ耐性チップ”の量産です。セントラルタワー防衛部隊への配備が予定されています」
俺は息を呑んだ。時間がない。
「配備はいつ?」
「完全統合計画の実施日――2日後の予定です」
つまり――
明日の夜に動けば、間に合う。
「……決まりだな」
俺は言った。
「明日の夜、セントラルタワーへ侵入する。
アヤを取り戻し――マザーを止める」
---
その日の昼――
俺が訓練をしていると、リーナが焦った様子で訓練場に駆け込んできた。
「レイ、政府軍の内部から接触がありました!」
「……政府軍?」
俺は思わず顔を上げた。
「わかった。皆を集めてくれ」
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既に会議室には皆が揃っていた。
「それで、接触があったというのは」
「はい。工場でプラナ・ウェーブを受けたエージェントの1人です。
コードネームは――ファルコン」
「ファルコン……?」
その名が、何かを告げるように空気を震わせた。
「“真実を知った。接触を希望する。
同じ思いの者が他にもいる”――そう通信が入りました」
「……罠かもしれないな」
ミラは警戒しているようだ。
「それでも無視はできない。
プラナ・ウェーブを受けたというなら、本当に覚醒した可能性もある」
俺が答えるとドクター・ヴァインが静かに続けた。
「オルフェンのプラナは、ただのチップの無効化するだけではない。
根本的な制御を断ち、意識の深層に己の意思を呼び戻す。
それが今のプラナ・ウェーブの本質だ」
「つまり、マザーの洗脳を超えて……“人間の心”を取り戻したってことですか?」
カイが息をのむ。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「会いに行こう。だが――油断はするな」
---
夜、指定された旧倉庫街。
冷たい風が鉄骨を鳴らし、ネオンの残光が地面に滲んでいた。
俺とミラが物陰から出ると、一つの影が現れた。
政府軍の制服。
フードで顔を隠してはいるが、その奥にある瞳は、確かに意思の光が宿っていた。
「……ひさしぶりだな」
――まさかこの声は。
かつて、屋上で警告をされた記憶が蘇る。
「お前は……ジン!?」
「ああ。そうだ」
彼はフードをとった。
かつて、最適化プログラムで感情を無くした男がそこにはいた。
「なぜ、俺たちに?」
問いに、彼はかすかに震えた声で答えた。
「工場での作戦中、あの光を浴びた。
全身が痺れ……そして、全てを思い出した。自分が何をしていたのかも」
「……ジン」
「命令のままに、俺は守るべき市民を――無抵抗の人たちを攻撃していたんだ!」
彼の声は震え、拳がわなないた。
「それまでは、マザー様の命令が正義だと信じていた。
でも違った。あれはただの支配だ。恐怖で縛られた偽りの秩序だった」
沈黙の中、ジンの目に光が滲んだ。
「今まで縛られていた自分は何だったのか……今は後悔しかない」
胸の奥が締めつけられた。
――プラナ・ウェーブは、彼の“心”を呼び戻した。
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「他にも同じような者が?」
ミラの問いかけに、ジンははっきりと答えた。
「いる。50名のうち20名が、マザーに疑問を持ちはじめている」
「20名……?」
想像以上の数字だった。
「彼らは今、再教育施設に隔離されている。
疑問を持つ者は“精神異常者”として扱われ、記憶の書き換えを受ける」
「記憶の書き換え……」
その言葉だけで、背筋が寒くなる。
「だが、その効果は完全ではない。あの光を受けた者は、チップの制御に耐性を持つようだ。
俺も処置を受けたが、マザーへの疑問は消えていない…むしろ、強くなった。
…だが俺は、制御を受けているフリをしている。
――もう操られたくはないからな。似たような仲間が何人かいる」
俺は思わず息をのんだ。
オルフェンのプラナが、確実にマザーの支配の影響を与えている。
「ジンは、何を望んでいる?」
問いかけると、彼の瞳に強い光が宿った。
「協力したい。真実を知った以上はもう目を背けることはできないからな。
政府内部の情報を提供する。
……代わりに可能なら再教育施設に残された仲間を助けたい。」
「分かった。条件はひとつだ。
……ジン、お前も、この戦いに加わってほしい」
ジンは一瞬驚き、それから――静かに笑った。
「当然だ」
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彼は制服の内ポケットから、小さなデータ端末を差し出した。
画面には、信じがたい文字列が並んでいた。
《市民覚醒運動撲滅作戦》
「……これは?」
「明日、実行される予定だ。
完全統合計画の前日――反抗的な市民を一掃するそうだ」
俺は端末を握る手に力を込めた。
「対象は?」
「500名以上。主要人物として最優先されているのが、トム、マリア、エミリーだ。
特に――政府はマリアの“真実の図書展”を危険視している」
「マリアが……!」
「作戦は、居住区の6箇所で同時に行われる。
図書館、工場地区、教育施設、母親の会の集会場、商業区、医療施設。
動員は200名。そのうち強化エージェントは40名」
「6箇所同時か……全てにプラナ・ウェーブは使えないな」
「プラナ・ウェーブ?」
「ジンたちを解放した光の事だ。
だが強力な分、回数に制限がある」
「そうか……」
ジンは何やら考え込んでいた。
この救出作戦で、おそらく師匠のプラナはあと1、2回しか残らないだろう――
「最も重要な拠点は?」
「図書館だ。
政府は、マリアを捕らえれば市民運動が崩壊すると見ている」
「部隊の規模は?」
「粛清部隊50名中、強化エージェントが10名」
「……なら、決まりだ。
図書館を最優先で守る。他の場所には避難警告を発する」
「了解だ」
俺は決断にミラが即座に反応する。
「なら再教育施設の仲間は俺がどうにかしよう」
ジンの声には決意が秘められていた。
「大丈夫なのか?」
「回数制限があるんだろう?市民を最優先にしてくれ。
仲間たちもそれを望むはずだ。
こっちは内部から働きかけてなんとかしてみるさ」
ジンは俺の問いかけに力強く頷いた。
市民を優先する彼の姿に、胸が熱くなる。
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「分かった。図書館防衛にプラナ・ウェーブを一度使用する。そして――」
深呼吸をして一度気持ちを落ち着けて、俺は次の戦略を描く。
そしてリーナに通信を開いた
「リーナ、トンネル掘削の進捗は?」
「予定通り、今夜中に完了予定よ」
「つまり、明日の夜にはセントラルタワーに侵入できるな」
「そうね」
「なら決まりだ。…時間がない。
市民撲滅作戦を阻止した直後、セントラルタワーの攻略に移る」
「完全統合計画の実施まで……あと1日。それしかないか」
ミラの言葉に俺は頷いた。
「ああ。だからこそ、明日全てを終わらせる」
「レイ……どうか、市民を頼む――」
ジンの言葉は静かだった。
しかし、その声には熱意が籠っていた。
「約束する。そして、お前たちも解放する。必ずだ」
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基地に戻ると、ヴァイン博士がホログラムを展開していた。
「状況を整理しよう。……明日、政府は“市民撲滅作戦”を実施。
6拠点同時攻撃。総勢200名。図書館が最重要標的。マリアが捕獲対象」
「トンネルは今夜完成。完全統合計画は明後日実施予定」
「プラナ・ウェーブの残存は1、2回」
ミラが戦略を提示する。
「図書館防衛で1回。50名のエージェントを無力化。
その間に他の5拠点には避難を促す。
…作戦終了後、即座にトンネル経由でセントラルタワーへ。
最下層で最後の1回を使い、アヤを救い、マザーと対峙する」
……おそらくこのプランしかないだろう。
だが、失敗は一度も許されない。
「その作戦で行こう」
俺が決断すると、リーナが端末に向かう。
そして市民ネットワークへ警告文を送った。
『トム、マリア、エミリー各グループに警告を発信。
“明日、政府が大規模制圧作戦を予定。集会は中止し、避難を”』
「マリアさんには追加で伝えてくれ。
“図書館は俺たちが守る。ただし、極秘資料は避難させておいてくれ”」
「了解よ」
「明日、全てに決着をつける」




