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#42 市民の覚悟


オルフェンの犠牲から3日が経った。


居住区南部の廃工場――。

そこが、今の俺たちの新しい拠点だった。

錆びた鉄骨の影に、仮設の管制卓と通信端末。

壁際には、青白く光を放つ《プラナ・ウェーブ装置》の改良型。

師匠が命を懸けて守った技術が、今もここで息をしている。


「各地のネットワークから報告が入っています」

リーナが暗号通信端末を操作しながら言った。


「トムのグループは?」

俺は声をかける。


「3日前の基地襲撃以降、動揺が広がっています。

『なぜレジスタンスを攻撃するのか』『政府は何を隠しているのか』

 ――そう訴える労働者が急増中です」


「人数は?」


「80名から120名に増えました。わずか3日で」


俺は息をのむ。

オルフェンの犠牲が、確かに“人々の心”を揺さぶっていた。


「図書館のマリアからも報告があるわ」

リーナが次の報告書を開いた。


「知識層の間で情報統制に対する不満が爆発寸前です。

 基地攻撃の報道が一切ないことに多くの人が疑問を持ち始めました。

 ――情報管理局のやり方に気づき始めています」


「……ついに、来たか」


「サラさんの親の会も、180名を超えました。

 母親たちの間で、“子どもを守るために立ち上がる”という動きが広がってます」


リーナは興奮していた。

その報告を聞き、俺の胸も熱くなる。


「合計で約350名。全員が、真実を知って動き始めている」


「政府も察知しているみたい」

ルナが端末を見ながら言った。


「監視カメラの増設と、エージェントの巡回頻度が倍になってる」


「だが完全統合計画まであと7日だ。

 急がなきゃ、間に合わない」


静かに告げるミラに、俺は頷く。

7日後、人類の自由は完全に奪われる。

だが――オルフェンの死を無駄にする訳にはいかない。


---


午後。

俺は拠点裏の訓練場で、新しい技術の調整を続けていた。


「……コネクト」


呼吸を整え、意識を集中させる。

その瞬間、体内に残る《オルフェンのプラナ》が共鳴した。

柔らかく、深く、確かな力。

それは俺のプラナを包み込み、まるで師匠の手が導いてくれるようだった。


「どう、調子は?」

ミラがやってきた。


「驚くほど安定しています。コネクトの精度が上がっただけじゃない。

 持続時間も3割は伸びた。……今なら、もっと深くチップに干渉できる」


「……なるほど。オルフェンのプラナが、お前の技術を補ってるわけか」


「ええ。…俺の中で、師匠が生きている」


「プラナ・ウェーブ装置との組み合わせは?」


「まだテストしてないが、この感覚ならより効果が期待できそうです」


俺は新たな可能性を感じていた。


---


翌日。

市民覚醒ネットワークに行動開始の連絡を送ると、次々に返答が届いた。


「トムさんのグループ、今夜工場で大規模な集会を開くらしいです」


リーナの報告に俺たちは騒めいた。


「マリアさんは“真実の図書展”を開催するそうです。

 閲覧禁止の書物を、堂々と公開するつもりです!」


「それって……完全に政府への挑戦でしょ」

カイは驚きを隠せなかった。


「サラさんたちは“子供の心を守る会”を公式に発足させるそうです。

 子供らしく育てるためにチップの感情抑制に反対すると」


リーナの報告は続く。


――そうか。

皆、動き始めたんだな。


俺は胸の奥に熱が灯るのを感じた。

これこそが“希望”の形だ。


「他にも、各地で同様の動きが報告されている」


ルナが続けた。


「どの程度の規模ですか?」


「正確な数字は把握できないが、少なくとも400名以上の市民が関わっているみたい」


「政府の対応は?」


「監視を強化していますが、まだ直接的な弾圧はありません。

 おそらく、完全統合計画が実施されれば、すべての反抗は消えると考えているのでしょう」


---


さらに翌日、市民覚醒ネットワークの報告が入ると、俺は驚いた。

状況は――想像以上に速く、広がっていた。


「北部地区で新しい集会が開かれました」

報告書を抱えたリーナが言う。


「参加者は約80名。工場労働者が中心ですが、教師や医療従事者も加わっています」


「トムさんのグループの影響だな」


リーナがうなずいた。

「ええ。昨夜トムさんが“考える力を取り戻せ”って演説したらしく、

 あちこちで連鎖的に動きが出始めたそうです」


「東部は?」


「図書館を拠点にした集会が大成功です。

 “真実の図書展”が話題になって、参加者は150名を超えました」


その報告を聞いて、俺は思わず笑みをこぼした。

あの静かなマリアが、ついに声を上げたんだ。


「エミリーさんの“子供の心を守る会”は?」


「200名突破です。母親たちの連携が始まっています」


……想像していたよりずっと早い。

人々は“疑問”の種を蒔かれた瞬間から、自分たちの意思で芽を出し始めていた。


「合計で500人以上……いや、把握できてる範囲だけで、です」

リーナの笑顔が弾ける。


「本当は、もっと多いはずです」


俺は報告書を閉じて、息を整えた。

――この流れは、もう誰にも止められない。


「トンネルの進捗は?」


「3日後の夜に完成します。セントラルタワーの基底部まで、あと50メートル」

デビッドが答えた。


「よし。完全統合の前日に、突入開始だな」


「そのつもりです」


俺たちの作戦が、確実に最終段階へ進んでいる


――そう思ったその時、警報が鳴り響いた。


「政府軍が居住区に展開中!」


報告の声が、拠点中に緊張を走らせる。


「規模は!?」

ミラが叫ぶ。


「300名!主要拠点に分散して配置、標的は……市民集会です!」


リーナの報告に、ルナが顔を強張らせる。


「図書館、トムさんの工場、そして“母親の会”の集会所……」


「狙いは明白ですね」


カイが震える声で言う。

「トムさんたち、今夜も大規模な集会を予定しています」


「マリアたちも展示会を開催する予定です」


「エミリーさんのグループも同じです」


俺は歯を食いしばった。

――政府が、ついに動いたか。


「市民に警告を!」


「もう伝えました。でも……中止は間に合いません」

リーナの声が震える。


「トムさんは“真実を奪われるわけにはいかない”って……」


……わかってる。

それが、彼らの覚悟だ。


「どうします?」


カイの問いかけに俺は、決断した。


「プラナ・ウェーブ装置の第2次実戦テストを実施しよう」


「オルフェンのプラナと組み合わせる気か?」

ミラが目を細めた。


「ああ。――市民を守るために使う。

 師匠の意思を繋げるためにも」


俺の決意を受けてヴァインが頷く。


「市民を見殺しにはできない。

 それにデータを取る必要がある、か…いいだろう」


---


夕方、俺たちは工場地帯へ向かった。

トムが開催する労働者集会――政府が最初に狙うとしたら、そこだ。


「周囲にエージェント50名。うち10名が強化型、2名が耐性チップ持ち」

カイが双眼鏡を覗きながら報告する。


「集会参加者は?」


「100名ほど。トムさんが演説中です。“真実を語れ”って」


――あの声が、また響いているのか。

胸の奥が熱くなる。


「エージェントの動きは?」


「包囲完了。まだ突入命令は出てない」


ルナが通信を受け取る。


嵐の前の静けさ――嫌な予感しかしなかった。


---


「装置、準備開始」


ヴァイン主導の元、改良型プラナ・ウェーブ装置を展開した。


「装置、起動準備完了!」


俺は、両手を装置に添える。

――感じる。オルフェンのプラナを。

師匠の鼓動が、今も俺の中に生きている。


その瞬間、遠くから怒号が響いた。


「政府軍だ! 包囲されてる!」

「出口が塞がれた!」


集会参加者の声が、混乱の波のように広がっていく。


「トムさんは?」


「まだ中にいます。皆を落ち着かせてるようです」


カイが答えた。


……さすがだな、トム。

最後まで、仲間を守るつもりか。


---


「これより、不法集会の参加者を拘束する」


政府軍の指揮官の声が拡声器越しに響いた。


「抵抗する者は処罰する」


エージェントたちが動き出す。武装した黒い影が、夜の工場に迫る。


――今だ。


「プラナ・ウェーブ、発動」


俺は目を閉じ、全力でプラナを解放した。

オルフェンのプラナと、俺自身のプラナが混ざり合い、燃えるような光が身体を包む。


「強化・広域無効化モード――出力、最大!」


轟音とともに、眩い波動が世界を塗り替えた。


---


空気が震えた。

光が、夜を裂いた。


その瞬間――突入寸前だった50名のエージェントが、動きを止めた。


「制御不能……ここは」

「どこだ……いや、俺は誰だ……」

「私は……何を……?」


次々と声が上がり、混乱が広がる。

プラナ耐性チップを持つ強化エージェントでさえ、ふらつきながら膝をついた。


「すごい……!」

ミラが息を呑む。


「集中照射してないのに、ここまで効くなんて!」


「オルフェンのプラナが、波形を増幅しているのか!

 出力は……2倍以上だと!?」


データを取るヴァインは興奮を隠せないようだ。


---


工場の中でも、異変に気づいた人々がざわめき出す。


「エージェントが……止まった?」

「何が起きた?」

「奇跡か……?」


トムが沈着な声で指示を飛ばしていた。


「落ち着け。今のうちに避難だ!」


俺は工場の窓の外から叫んだ。

「安全な場所へ! 急げ!」


トムがこちらを見て、一瞬だけ目が合った気がした。


「誰だ……?」


「説明はあとだ!今は逃げろ!」


「分散して撤退する!命を守れ!」


トムが頷き、叫ぶと人々が次々に動き出した。

恐怖ではなく――希望の顔で。


---


やがて、周囲は静まり返った。

無力化されたエージェントたちが、途方に暮れたように立ち尽くしている。


「30分経過……まだ回復の兆候はない、か」

ヴァイン博士が記録を取る。


「出力も安定している。これは……前回を超えているな」


「見ろ」

ミラが指さした。


エージェントたちの表情が、変わっていた。

硬直した無表情が、少しずつ“人間”に戻っていく。


「……俺たちは、何をしていた?」

「市民を攻撃する? なぜそんな命令を……?」

「家族がいる……俺にも、妻と娘が……」


ひとり、またひとりと、戸惑いと涙が広がっていく。


ミラが小さく呟いた。

「これが……覚醒の第一波か」


俺は拳を握った。

師匠の力が、確かにこの瞬間に生きている。


「……ありがとう、師匠」


---


さらに――信じられないことが起こった。


無力化されたはずのエージェントの1人が、ふらりと立ち上がり、こちらへ歩いてきたのだ。

その足取りはおぼつかない。だが、確かにその顔には意志が宿っていた。


「……あなたたちが、助けてくれたのか?」


「ええ、そうです」


「ありがとう……俺は、ジェイコブ・サンド。

 元は……居住区北部の教師だった」


「教師……?」

思わず声が漏れた。


「3ヶ月前、優秀な市民として選抜され、エージェントになった」


ジェイコブは苦しそうに息を整えながら続けた。

「その時からだ。チップの制御が強化され……自分の意思がほとんどなくなった」


「今は……自分の意思で話してるんですか?」


「ああ……3ヶ月ぶりに、自分で考え、自分で喋ってる……!」


彼の瞳が震えた。そこに、涙が光った。


「家族のことを……思い出した。

 妻のダイアナに娘……シェリーはもう12歳になってるはずだ」


俺は、胸が熱くなった。

これこそが師匠が望んでいた事だった


「他のエージェントたちも同じ状態なんですか?」


俺は慎重に尋ねた。

ジェイコブは周囲を見回し、ゆっくり頷く。


「ああ、皆……混乱している。だが、同時に何かを取り戻してるんだ」


「……お願いがあります」

俺は一歩前に出た。


「あなたたちが体験したことを、他の人たちに伝えてください。

 チップの支配から、解放されることはできる――って」


ジェイコブの表情が変わった。教師の顔になった。

「分かった。……俺は教師だ。人に伝えるのが、俺の仕事だった」


「でも、政府はあなたたちを再教育しようとするはずです」


「覚悟してる」

彼はまっすぐ俺を見据え、決然と口にした。


「だが、一度“自由”を知った者は、もう元には戻れない」


……その言葉に、俺は確信した。

プラナ・ウェーブは――希望そのものだ。


---


基地に戻ると、ドクター・ヴァインがデータを解析しながら、目を輝かせていた。


「プラナ・ウェーブの効果が、予想を大幅に上回っている!」


「どういうことですか?」


「単なる一時的な無効化ではない。

 思考回路に、永続的な変化をもたらしているようだ」


「……人格を、呼び戻している……ってことですか?」


「その通りだ」

ヴァインは手元のホログラムを指差した。


「一度呼び起こされた人格は、チップによる再抑制を受けにくくなっている。

 つまり――意識が“目覚めた”状態です」


カイが息をのんだ。

「それってつまり、敵の兵を削ぐどころか……味方にできる、ってこと?」


「可能性は、極めて高い」


俺は思わず拳を握る。

敵が味方になるなら心強い事だ。

だが――


「ただ、師匠のプラナは残りわずかです。今回で相当量を消費しました」


「残りは……?」


「たぶん、2回が限界だ」


室内の空気が張りつめた。


「つまり、セントラルタワー突入時に使えるのは一度きり、ということだな」


「そうです。もう1回分は、緊急時のために残しておきたい」


ミラの確認に、俺はそう答える。

その時――胸の奥で、オルフェンの声が聞こえた気がした。

『ここぞの時は迷わず使え』と……まるで、俺たちを見守っているように。


ルナが静かに言った。

「最後の1回は、最も重要な局面……おそらく、マザーとの対決直前が適切」


「……アヤと対峙する時、だな」


俺はルナの言葉に深く頷いた。

――ついに、待ち望んだ時が来る。



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