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#41 運命の夜


運命の夜が訪れた。

空は雲一つない。だがその静けさは、嵐の前の静寂のようだった。


俺は旧世界遺跡の外縁に立ち、冷たい風を感じながら装置の最終確認をしていた。

――プラナ・ウェーブ発生装置、その改良型。5分割構成の実戦仕様。

今夜、ついにそのテストを行う。


ミラが地形スキャンを終えて報告する。

「政府調査チームの陣形を確認。技術者20名、護衛エージェント10名。予定通りの規模ね」


カイが双眼鏡を見つめながら続けた。

「エージェントの内訳は、通常8名、強化型2名。

 そのうち1人――プラナ耐性チップ搭載の可能性があります」


「……やはりか」

俺の手が、無意識に拳を握る。

あの時のライアンを思い出す。無力だった自分、仲間を救えなかった悔しさ。

もう二度と、同じ失敗は繰り返さない。


「プラナ・ウェーブ装置、動作確認」


技術者のデビッドが報告した。

結晶部が淡く発光し、周囲の空気が微かに震えた。

その光を見た瞬間、胸の奥に宿る不安が、ほんの少しだけ和らぐ。


「集中照射モードのテストも並行して行う。

 プラナ耐性持ちが確認された場合は即切り替えだ」

俺の声に、チーム全員が頷く。


「了解。――始めよう」

ミラの目が鋭く光る。


「作戦開始」


俺の合図と同時に、全てが動き出した。


---


政府調査チームの宿営地は、遺跡から約200メートル離れた平地にあった。

整然と並ぶテント群。中央に通信設備。

無機質な音と光が、夜の静寂を支配していた。


「距離120メートル。大半がプラナ・ウェーブの射程内です」


「技術者も範囲に含まれてるな?」


俺の報告に、ミラが確認を入れた。


「大部分はカバーできる。ただし外周の警備3名が範囲外だ」


「その3人は私とカイで対処する」

ルナの言葉に、カイが頷く。


俺は頷き、深呼吸した。

心臓の鼓動が、まるでカウントダウンのように響く。


これまで積み重ねてきた訓練と改良の全てが、今この瞬間に試される。


「プラナ・ウェーブ――広域無効化モード、発動」


装置を起動した瞬間、空気が震えた。

目には見えない波が、風よりも速く地を這い、宿営地全体へと広がっていく。


---


最初に異変が起きたのは、宿営地中央だった。


「システムに異常発生……制御機能が……」


通信兵が叫び、立ち上がったエージェントたちの動作が次々と乱れていく。

チップの同期が崩れ、指示を失い混乱していた。


「任務は……ここは、俺は……?」


その光景を見ながら、俺は拳を握り締めた。

――効いてる。理論は正しかった。


だが、1人だけ違う動きをする影があった。


「プラナ・ウェーブの波長を確認。プラナ耐性チップ、正常作動」


低く落ち着いた声。

その男は、ただ1人平然と立っていた。

灰色の戦闘スーツ、無機質な瞳――完全な強化個体。


「こちら調査チーム。未知の干渉攻撃を受けている。支援を――」


「やはり耐性持ちか……」


「レイ、集中照射モードに切り替えろ!」


俺が思わず呟くと、ミラの指示が鋭く飛んだ。


「了解」


---


装置の設定を切り替えて、プラナの流れを一点に収束させた。


「プラナ・ウェーブ、集中照射モード」


空気が唸った。

音も光もないのに、空間が軋むような感覚。


エネルギー波が一直線に走り、強化エージェントに直撃する。


「システム……干渉値……制御不能――」


彼の身体がよろめき、通信機が手から滑り落ちた。


「成功だ!」

デビッドが興奮しながらデータを取る。


「集中照射モード、耐性チップにも有効を確認!」


ミラが手元の端末を睨む。

「ただし消費プラナ量が大幅に上昇。維持時間は通常の半分以下だな」


「構わないさ。結果は上々だ」


俺は額の汗を拭った。

身体の芯からプラナが削られるような疲労感――だが、それでも笑みが浮かんでいた。


ルナとカイは外周の3名を無力化。

宿営地は完全制圧された。


---


「持続時間を測ろう」


デビッドの提案に俺たちは同意した。

距離を取り、干渉後の回復を観察する。


10分後。通常エージェントが徐々に動き始めた。

だがその目は虚ろで、完全には制御を取り戻していない。


12分後。非耐性チップの強化エージェントが復帰した。

しかし動作にはぎこちなさが残っている。

まるで、命令が上手く伝わっていない部隊のように。


15分後。最後に耐性チップ搭載の男が立ち上がった。

呼吸は荒く、目の焦点も定まらない。


「……予想以上の効果だ」

デビッドが震える声で記録を取った。


「プラナ耐性チップですら、一時的に制御不能状態に追い込める。これは大きい」


「加えて、回復後も異常が残っている」

ミラが指摘する。


「チップの制御機能自体に干渉しているのかもしれないな」


俺は静かに頷いた。

それは、単なる装置の性能確認以上の意味を持っていた。

――これは、チップの支配を断ち切る鍵になる。


「データは十分だ。撤収しよう」


俺の言葉に全員が動き出した。

装置の分解は早かった。

だが、その時――


「増援反応、接近中!」

カイが警告を発した。


「規模は?」


「50名。通常兵とエージェントの混成だ!」


「距離3キロ、20分で到達する!」


「くそ、通信が部分的に成功していたか……!」


俺たちはすぐに撤退の準備に掛かった。

デビッドたちが装置を素早く分割、収納ケースに固定していく。


「全ユニット確保、撤退開始!」


俺たちは闇を裂くように遺跡を後にした。

背後では、増援部隊のライトが夜を切り裂くように近づいていた。


---


基地に戻った頃には、日付が変わっていた。

全員、泥のように疲れ切っていたが――その表情は明るかった。


「よく戻った」

迎えに出たオルフェンが、珍しく微笑んでいた。


「実戦テスト、成功しました」

俺が報告すると、彼の目がわずかに細まった。


「詳細を聞かせてくれ」


会議室に集まり、データを投影する。

青いホログラムに、数値が次々と浮かび上がる。


「通常エージェントには完全無効化。強化個体にも有効。

 集中照射モードでは、プラナ耐性チップさえ抑制可能でした」


俺の説明に、デビッドが補足をする。


「完全停止とまでは行きませんが、動作への影響は大きいです」


「さらに、回復後も残留干渉が確認された。

 チップの制御構造に恒久的な変化を与えている可能性がある」


ミラの報告を聞いたオルフェンは腕を組んだまま、しばらく沈黙していた。

やがて、低く呟く。


「……つまり、一度ウェーブを浴びた者は、完全には元に戻らないということか」


「はい。その可能性が高いです」


「……大きな成果だ。これでセントラルタワー攻略の鍵が見えた」


俺は安堵の息をついた。

テストは成功。技術は証明された。

この力なら、マザーの支配に風穴を開けられる――そう確信できた。


だが同時に、オルフェンの表情には影があった。


「ただし、政府側にも情報が漏れたはずだ」


「ええ。耐性個体の通信が、一部成功しています」


「ならば……対抗技術の開発が始まるだろう」


カイが苦い顔で呟いた。

「プラナ耐性チップの量産化、加速しますね」


オルフェンは低く頷いた。

「時間との戦いだ。――セントラルタワー攻略を、予定より早める」


静かな決意が、その場に広がった。

だがその時、警報が鳴り響く。


「政府軍の大部隊が基地に接近中!」


俺たちは思わず顔を見合わせた。

冷たい金属の壁に警報音が反響し、基地全体が緊迫した空気に包まれる。


「規模は?」

オルフェンの声が低く響く。


「およそ100名。エージェント、通常兵、そして装甲車両三両を確認!」


偵察班の報告に、全員の表情が固まった。


「くそっ……何故ここがバレたの」

ルナが舌打ちする。


「おそらく実戦テストで政府の監視網に引っかかったものと思われます。

 調査チームの通信で、基地の位置を割り出されたようです」

モニターを見るリーナの声は震えていた。


思わず壁に拳を叩きつける。

――作戦は成功した。

でも、その代償がこれか。


「到達まで、あと30分です!」


オルフェンが一瞬だけ目を閉じ、次の瞬間には何かを決意したような顔をしていた。


「……基地放棄を開始する。重要装備と人員を優先的に避難させろ!」


その号令と同時に、全員が一斉に動き出した。


---


通路を走り抜ける仲間たち。

機材の駆動音、書類を束ねる音、焦げた鉄の匂い――すべてが崩壊の前触れのようだった。


「プラナ・ウェーブ装置の分割を急げ!」

俺はデビッドに指示を飛ばす。


「了解!」


ヴァイン博士も資料を抱えて走っている。

「最重要データだけは死守しろ!残りは消去!」


俺は装備を整えながら、オルフェンの姿を探した。

杖をついた師匠は、静かに通路の奥に立っていた。


「師匠、避難の準備を!」

俺が駆け寄ると、オルフェンはゆっくり首を振った。


「……レイ。俺はここに残る」


一瞬、時が止まったようだった。


「な、何を言ってるんですか!?」


「誰かが時間を稼がねば、全員の撤退は不可能だ」


「そんな……他の方法だって――!」


「ない」

オルフェンの声は穏やかで、しかし揺るぎなかった。


「俺の体はもう限界だ。早くは動けないが、時間稼ぎくらいは出来る」

俺は唇を噛んだ。

そんな顔を、させたくなかった。


「俺も残ります」


「だめだ」


師匠の俺を見る目は優しかった。


「お前には、まだやるべきことがある」


「でも――!」


「これは命令だ、レイ!」

杖を床に叩きつける音が、心臓を貫いた。


「プラナ・ウェーブ装置を守れ。仲間を導け。そして――アヤを救え」


俺の目に、熱いものが込み上げた。


「……師匠」


「泣くな」

オルフェンが微笑んだ。


「お前は立派な戦士になった。俺は誇りに思っている」


---


「オルフェン!」

ミラとルナ、そしてカイが駆けつけた。


「一緒に避難しましょう!」

カイが叫ぶ。


「無理だ。俺の足では全員の足を引っ張るだけだ」


「そんなの関係ない!」

ルナの目には涙が溢れていた。


「カイ、ルナ」

オルフェンが視線を向ける。


「レイを頼む。……奴は時に突っ走る。お前たちが支えてやれ」


「はい」カイが、唇を噛みしめながら答える。

「わかった」ルナも涙が止まらなかった。


「ミラ」


「……はい」


「お前の冷静な分析は、この組織の支柱だ。これからも皆を導け」


オルフェンは全員を見渡した。

その瞳には恐れはなかった。ただ、静かな誇りだけが宿っていた。


「ありがとう。……お前たちは俺の家族でもあり、誇りだ」


---


避難命令が下る。


「全員、撤退開始!」


俺は師匠の前に立ち、深く頭を下げた。


「……今まで、本当にありがとうございました」


「こちらこそ。お前に出会えて良かった。

 最後に餞別だ」


オルフェンが俺の手を取った。

突然、師匠の手から温かいエネルギーが俺に流れ込んできた。プラナだった。


「これは?」


「俺の身体に残ったプラナを、お前に託す」


俺の体内に、師匠のプラナが融合していくのを感じた。

それは単なるエネルギーではなく、オルフェンのこれまでの経験、技術、そして想いが込められていた。


「师匠のプラナが...」


「お前の技術と組み合わせれば、きっと新たな可能性が開ける」


俺は師匠の最後の贈り物を深く心に刻んだ。


「必ず、有効に使わせていただきます」


「そして、人類の自由を取り戻せ」


「約束します」


オルフェンが俺の肩を叩いた。


「行け。振り返るな」


その言葉を胸に刻み、俺は仲間たちと共に走り出した。


---


避難を開始してしばらくの後、背後から閃光が走った。

振り返れば轟音とともに、基地の一部が爆発していた。

遠くまで空気が震え、熱波がかすかに頬を打つ。


「……師匠」


オルフェンと政府軍の戦闘が始まったのだろう。

迎撃用の罠を作動させたのかもしれない。


あたりに爆炎が広がり、政府軍の進軍が止まっていた。


「師匠……!」

カイが泣き崩れそうになる。


「立て、カイ!」

ミラが叫んだ。


「オルフェンの犠牲を無駄にするな!」


俺は涙を拭った。

師匠が残した最後の炎が、俺たちの道を照らしているように見えた。


「……行こう。師匠の意思を継ぐんだ」


俺たちは二度と振り返らず、夜の闇へと消えていった。


---


夜明け前。

旧世界遺跡の奥深く――新たな隠れ家に辿り着いた俺たちは、ようやく息をついた。


「プラナ・ウェーブ装置、無事です」

デビッドの報告に、まずは誰もが小さく安堵した。


「オルフェンの犠牲で、俺たちは生き延びられた」

戦友との別れにヴァイン博士の声が震える。


沈黙が満ちる。

それでも、誰の顔にも絶望はなかった。


ミラが立ち上がる。


「……オルフェンは最後まで、私たちの師だった。その遺志を継ぐのが、私たちの使命だ」


「そう」

ルナが涙を拭いながら頷いた。


「師匠から貰った命、無駄にできない」


俺はゆっくり立ち上がり、仲間を見渡した。


「師匠の最後の命令を実行する。

 プラナ・ウェーブ装置の実戦テストは成功した。

 集中照射モードは、耐性チップを突破できた」


皆が息を呑む。


「これで、セントラルタワー攻略の道が開けた」


「でも……時間がない」

カイが呟く。


「分かってる。完全統合計画まで、あと10日――

 市民覚醒ネットワークに伝達。準備を始めろ」


「了解」


俺の指示に、リーナが頷く。


「トンネル掘削チームは?」


「あと5日で完成予定です」

デビッドが答える。


「よし、トンネル完成と同時に決行する」


---


俺は目を閉じた。

胸の奥に、オルフェンのプラナが脈動している。


――師匠の命が、今も俺の中に生きている。


『行け。振り返るな』


その声が、確かに聞こえた気がした。


「師匠、必ず成功させます」


ミラが俺の隣に並ぶ。


「最後まで戦うぞ」

「はい」


俺はうなずいた。


夜明けの光が、遺跡の入り口から差し込む。

闇の中で、その光は――希望のように見えた。


「師匠の遺志を継いで。俺たちは、必ず勝つ」


いよいよ最後の戦いが始まる。



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