#40 地下トンネル
西部基地メンバー救出作戦から、3日が経った。
俺は旧生体工学研究所の地下工房にいた。
湿った空気と機械油の匂いが混ざる中、各地のレジスタンスから集まった技術者たちが忙しなく動き回っている。
火花が散り、冷却装置の唸りが響く。
「プラナ・ウェーブ発生装置の改良が完了した」
ドクター・ヴァインは白衣の袖を払う。その表情には一仕事終えた達成感が見える。
「どのような改良ですか?」
「運搬性と組み立て効率の向上だ」
俺の問いかけると、彼は図面を指でなぞった。
「従来の3分割構造から5分割式に変更した。
小型化することで、発動までの時間が短縮される」
「組み立て時間は?」
「熟練した技術者なら10分で展開可能です。
以前より5分短縮されました」
補足するデビットの声にも熱意が感じられた。
「各パーツの重量も3割削減しています。
運搬車両がなくても、短距離なら人力で運べます」
俺は安堵して息を吐く。
この一つ一つの改良が、皆の生存率を上げるからだ。
作戦では、この数分の差が命を分けることもある。
「さらに耐性チップへの対策として、
プラナ・ウェーブの波動を一点に集中照射する事も可能になりました」
「テスト結果はどうでしたか?」
セシリアがデータシートを見せながら続けた。
「模擬チップを使用した実験では、約90%の機能低下が確認できました。
完全無効化まではいかないものの、行動制御を乱すには十分な出力です」
希望の光が、わずかに胸に灯る。
ライアン・ハリスのような特殊強化チップへの、対抗の糸口が出来た。
「ただし――集中照射モードのプラナ消費は通常の1.5倍。
稼働時間は10分が限界だ」
そう続けるヴァインの表情は固い。
オルフェンは端末を見ながら少し考え込んでいた。
「つまり、状況に応じて使い分けが必要というわけか」
「その通りだ」
ヴァインが眼鏡を押し上げた。
「安易に多用すれば、レイも装置も保たないだろう」
10数名の技術者たちが真剣な眼差しで議論を続ける。
皆の望む未来を創るために。
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「トンネル掘削の進捗は?」
デビッドが手元のホログラムを操作し、地下構造図を映し出した。
「順調です。居住区西部の旧世界遺跡からセントラルタワー地下まで約3キロ。
掘削中。現在、約6割まで掘削完了しています」
「6割……もうそこまで来たのか」
「旧世界の採掘技術を応用し、日当たり150メートルのペースで進んでいます」
セシリアの説明に、俺は無意識に息をのんだ。
昼夜交代で40人以上が、地上から20メートルの深さを黙々と掘り続けている。
地下でひっそりと活動していた我々が、その地下からマザーの足元を揺らがせる。
狂気の作戦といってもいい。
「完成予定は?」
「1週間以内に、セントラルタワー地下壁面へ到達予定です」
デビッドが言う。
「政府への発覚のリスクは?」
「レイのプロテクトを応用して音響抑制が可能になった。
そのおかげで振動が地上で感知されることはない。
…それに、名目上は“旧世界遺跡の学術調査”だ。
書類上も完璧に偽装してあるから大丈夫だろう」
即答するヴァイン博士の冷静さが、逆に心強かった。
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午後。
作業を終えた俺は、リーナのもとで市民覚醒ネットワークの報告を受けていた。
「トムさんから連絡です」
彼女の指が端末の暗号通信ログを操作する。
「労働者グループ。
引き続き政府監視下ですが、密かに情報共有を継続中。
いざという時は行動できる体制が整っています」
「人数は?」
「約80名に増えています」
「……倍以上か」
3週間前、たった30人だった彼らが、いまや80名。
マザーに管理された街の中で、それでも自由を望む者が増えている。
「図書館のマリアさんからも報告がありました。
知識層のネットワーク、約50名。
情報流通を担う役割を維持しています」
「親の会のエミリーさんは?」
「100名を突破しました。
子どもを守るためなら、彼女たちは迷わず動くでしょう」
リーナの目が強く光る。
「合計で……約230名か」
「はい。全員が普通の市民を装っていますが、然るべき時に行動を起こす準備は整っています」
「完全統合計画が実行された時、彼らの協力は得られそうか?」
「十分に期待できます」
リーナの言葉に迷いはない。
「セントラルタワー攻略時には、居住区内での避難誘導や情報撹乱などの後方支援が可能です」
オルフェンが腕を組み、静かにうなずいた。
「市民の覚醒こそが、我々の最大の切り札だ。
彼らが組織立って動けば、居住区は大混乱になる。
…あの塔を落とすのも、夢じゃない」
俺はその言葉を聞きながら、胸が熱くなる。
この希望を、絶対に途切れさせてはいけない。
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だがその夜、緊急の警報が鳴り響いた。
「政府の調査チームが旧世界遺跡周辺で活動を開始しました!」
偵察担当のカイの報告に緊張が走る。
「規模は?」
「技術者20名、護衛のエージェント10名。
うち2名は強化型の可能性があります」
オルフェンに答えるカイの声は固い。
――空気が一気に張りつめた。
「我々の掘削ルートが発覚したか?」
「断定はできませんが、調査名目は“地質調査”。ただし――座標があまりに近すぎます」
ミラが端末を見ながら考え込む。
「強化エージェントはおそらくプラナ耐性チップ搭載だな。慎重に動くべきか」
オルフェンの目が細くなった。
「偶然とは考えにくい。情報が漏れたかもしれん」
「作業を中止するか?」
ヴァインの問いに、オルフェンは揺るがなかった。
「いや、それでは逆に怪しまれる。表向きの学術調査を続けつつ、実作業は極限まで抑える」
「だが、発覚のリスクは――」
「わかっている。だからこそ先に動く」
オルフェンが立ち上がり、全員を見渡した。
「政府の調査チームを無力化する。改良型プラナ・ウェーブ装置の実戦テストを兼ねる」
静まり返った工房の空気が、一瞬で戦場のそれに変わった。
「いつ行動しますか?」
「明後日の夜。調査チームの宿営地を狙う」
カイがホログラム地図を展開する。
「宿営地は遺跡の北側。廃棄された研究施設を拠点にしています。
警備は常時4名、うち1名が強化型」
オルフェンが短く頷いた。
「ならば、装置の真価を見せてもらおう」
果たして強化型チップに改良した装置が通用するのか。
一抹の不安が過ぎるが、やるしかない。
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翌日――空気が重く張り詰めていた。
地下工房の通信端末が警告音を鳴らし、緊急通信チャンネルが自動で開かれた。
「完全統合計画の実施時期が、また変更されました」
画面の向こうで、マーカス・ブラウンの顔が蒼ざめていた。
彼の声には、今まで聞いたことのない焦りが滲んでいる。
「どのような変更です?」
オルフェンの声が硬い。
「実施時期が――1週間、前倒しされます」
一瞬、空気が止まった。
作業音も、呼吸の音さえも消える。
「……1週間?」
俺が思わずつぶやく。
「理由は?」
問いかけるオルフェンの声は重い。
「レジスタンスの活動が急速に活発化している。それを政府が危険視したんです。
マザーが“異常な予兆”を察知したとも言われています」
マーカスの声が微かに震えていた。
その表情には、恐怖と迷いが混じっている。
「我々の計画まで知られている可能性は?」
俺が尋ねた。
「そこまでは不明ですが、マザーの警戒度は上がっているようです。
市民の動き……つまり、あなたたちが撒いた“覚醒”の余波を感じ取っているようです」
オルフェンが短く唸る。
「つまり、トンネルの完成時期と“完全統合計画”の実施が重なる……最悪のタイミングというわけか」
「その通りです」
マーカスが答えた。
「猶予は、ほとんど残されていません。新しい実施予定日は――10日後」
室内に緊張が走った。
息を呑む音が、やけに鮮明に聞こえた。
予定より1週間早い。
それは、準備期間を根こそぎ奪われることを意味していた。
「……もう1つ、伝えておかなければならないことがあります」
マーカスの声がさらに低くなった。
――嫌な予感がする。
「アヤ・クリムゾンの……特別強化プログラムが完了しました」
その言葉が落ちた瞬間、俺の心臓が跳ねた。
「完了……」
思わず声がかすれる。
「はい。彼女は明日から実戦投入される予定です。
おそらく、レジスタンスの掃討作戦に投入されるでしょう」
マーカスの言葉が重く響く。
頭の中で警鐘が鳴った。
アヤが――俺たちの敵として、動き出す。
「…どんな強化を受けたんです?」
「詳細は極秘です。通常のEE計画ではありません。
マザーが直接監督した“別格の処置”だと聞いています」
「つまり……彼女は、これまでの強化エージェントとは比べものにならない存在になったということか」
オルフェンが苦々しく吐き捨てると、マーカスが頷いた。
「その可能性が高いです。マザーは“完璧な兵士”と呼んでいました」
俺の胸が締めつけられる。
それが意味するのは――アヤが、自我を失うほどに“改造された”ということだ。
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通信が切れた後、オルフェンが静かに息を吐いた。
「……状況は、最悪の形で動き始めたようだ」
緊急作戦会議が開かれ、全員が円卓を囲んだ。
モニターに映し出されたスケジュール表には、無情な数字が並んでいる。
「完全統合計画――10日後」
「アヤの実戦投入――明日」
「トンネル完成――7日後」
「政府調査チームの接近――現在進行中」
オルフェンが低く呟く。
「……つまり、全ての要素が同時進行している」
誰も、言葉を発せなかった。
「どう動きますか?」
カイが沈黙を破った。
「計画を加速させる」
オルフェンの声には、ためらいがなかった。
「掘削班を24時間体制に切り替える。追加の技術者はすでに招集済みだ。
トンネル完成を一刻でも早める」
「政府の調査チームへの対応は?」
「予定変更だ。明日の夜、プラナ・ウェーブ装置の実戦テストを兼ねて無力化する。
そして――トンネル完成次第、セントラルタワー攻略を開始する」
その場の全員が一瞬、息を呑んだ。
この瞬間、ついにマザーとの最終決戦へ突入することになったのだ。
「アヤが動き出す前に、決着をつけたかったが……」
俺の呟くと、オルフェンは肩を叩いた。
「おそらく彼女と対峙するのは、おそらくセントラルタワー内部になるだろう」
「その時までに、対策を整えておく必要があるな」
「ああ、プラナ・ウェーブの集中照射モードが有効かどうか、明日のテストで確認する」
ミラの言葉を受け、オルフェンが最終指示を下した。
「了解」
胸の奥が熱くなった。
――アヤの強化は完了してしまった。
焦りも恐怖もある。だがそれ以上に、希望があった。
装置のテスト結果次第で、皆を救える。
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翌朝、俺は技術班と共に最終調整を行っていた。
プラナ共振回路の安定化、集中照射モードの切り替え手順、非常時の再起動操作。
一つでも誤れば命に関わる。
「どうだ、調子は?」
オルフェンが背後から声をかけてきた。
「順調です」
俺は端末から目を離さず答えた。
「改良型は安定性が高い。操作も簡略化されています」
「実戦で注意すべき点は?」
「射程内の敵の数と位置を正確に把握すること。
無効化範囲外に敵が残れば、逆襲を受けるリスクがあります」
「それと……プラナ耐性チップへの対処だな」
「はい。集中照射モードを使えば、完全停止まではいかなくても、チップの制御性能は落とせるはず」
ミラたちの苦戦する姿に、歯がゆい思いをしていた。
でも、今なら手助けができるはずだ。
「明日のテスト、必ず成功させます」
オルフェンは満足げにうなずいた。
「期待している。お前の産み出したコネクトが、勝負の鍵となる」
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夜。
工房の明かりはもうとっくに落ちている。
俺は1人、夜風を浴びていた。
「ウェイクアップ」
プラナが脈打ち、意識が研ぎ澄まされていく。
西部基地での戦い以来、コネクトの制御精度は格段に上がっている。
強化エージェント2名を解放できた経験は、確かな自信に変わっていた。
「明日のテストを成功させて……チップの支配から、アヤを解放する」
星空を見上げると、遠い空に光が滲んでいた。
――あの時、彼女が言った言葉が、耳に残っている。
『レイ、私はあなたを……信じてる』
「そうだ……もう2度と、誰も失わせない」
俺は拳を握りしめた。
明後日の実戦テストは、ただの試験ではない。
未来を賭けた第一歩だ。
トンネルは刻一刻と完成に近づき、
市民覚醒ネットワークも、蜂起の準備を整えつつある。
トム、マリア、エミリー――そして、多くの人々が、解放の時を待っている。
「大丈夫だ……確実に前へ進んでいる」
俺は静かに目を閉じ、心の中で誓う。
落ちこぼれだった俺の戦いが。
仲間たちと共に築いた希望の光が、いま最後の決戦へと収束していく。
残された時間は10日。
完全統合計画が発動する前に、セントラルタワーを落とす。
その時――アヤを、必ず取り戻す。
最後の戦いの足音が、いよいよ近づいていた。




