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#04 赤い大地の邂逅 


初任務でフィールドへ行った翌日――


今日の訓練は、昨日とは打って変わって退屈だった。

屋内でのディスク・アーツ基礎練習——俺にとっては何の意味もない時間だった。

周囲では候補生たちが一斉にディスクを展開し、手慣れた動作で戦技を操っている。

教官からは

「集中を切らすな!」「発動を安定させろ!」と指導が入り、各々が問題点と向き合う。


……俺はその輪に入れない。


いくらコマンドを口にしても、チップが起動する気配はなかった。

ただ立っているだけで、時間の方が俺を追い越していく。


「シンクレア、君は資料整理に行ってくれ」


突然教官に声をかけられた。

戦技の使えない俺にできるのは、訓練より雑務の方が向いている、か。

――自嘲しながらも、命じられるまま図書室へ向かった。


そこは薄暗く、壁一面に古びたファイルと端末が並んでいた。

他の候補生の掛け声やディスクの起動音が遠くに聞こえる。

俺は一人、机に向かい、昨日収集したデータの分類作業を始めた。


スクリーンに映し出された記録群は、どれも意味深な単語の羅列だった。

「適合率」「実験体」「統合計画」……。

俺は何度も眉をひそめ、気づけば指先が机を叩いていた。


その時、図書室のドアが開いた。


「レイ?」


柔らかな声に振り返ると、そこにアヤが立っていた。


「練習は?」


「休憩時間よ。……昨日の事も気になってね」


アヤは静かに近づき、俺の机の横に立った。

画面に並ぶ文字列に目を留め、わずかに息を呑む。


「昨日のデータでしょ?」


「ああ。……いくつか気になる点がある」


俺は画面を指差した。


「ここ、『特殊個体の社会統合実験』って記録。

 その内の一つが開始日が俺の生年月日とほぼ一致してる」


アヤの表情が変わった。

わずかに視線を逸らし、口元が固く結ばれる。


「それは……ただの偶然でしょ」


「本当にそう思うか?」


俺はアヤの目を見つめた。

その奥に一瞬、戸惑いと恐れが混じった光が走った気がする。

まるで、真実を知っているのに口にできない人間のように。


「アヤ、君は……“不適合者”について、何か知ってるんじゃないか?」


長い沈黙が落ちた。

外の訓練場の声すら聞こえなくなるほど、重い沈黙だった。


「……私が知ってるのは」ついにアヤが口を開いた。

「あなたが“特別”だということだけ」


「特別?」


「ディスク・アーツが使えないということは、マイクロチップに依存していないということ。

 ……それは」


彼女は唇を噛み、言葉を選ぶように俯いた。


「それは?」


「……もしかすると、あなたは私たちよりも“自由”なのかもしれないわ」


自由。その響きが胸を深く揺さぶった。

だが同時に、漠然とした言葉すぎて掴みどころがなかった。


「自由って、どういう意味で?」


アヤは首を横に振った。


「わからない。ただの推測よ。でも……」


「でも?」


「もし本当にあなたが特別な存在なら、きっと何か成すべき事があるのかもしれない」


育ての親の言葉と似たそれは、俺の心に深く響いた。

俺はそれ以上問い詰められなかった。


---


その日の午後。

俺は単独での資料調査任務を命じられた。


「フィールド南西部の旧観測所で不審な信号が報告されている。現地での機器点検を頼む」


教官の説明は簡潔だった。


「単独任務?なぜ俺が……」


「君の昨日の成果を評価しての判断だ。あの周辺は安全が確認されている。

 技術的な調査であれば、戦闘能力は必要ない」


評価……なのか、それとも皮肉か。俺の胸に複雑な感情が生まれる。

認められた喜びと、「戦えないからこそ選ばれたのだ」という痛みが交錯する。


「緊急時の通信機器は必ず携帯しろ。それと……」


教官が小型デバイスを渡してきた。


「これは?」


「新型の環境分析器だ。昨日の君の報告を見て、技術部が試作器を用意してくれた」


「……俺のために?」


「勘違いするな。性能を試す必要があるから丁度いい機会だそうだ。

 実地でデータも集めろ」


言葉は冷たいが、俺にも出来る事があるのだと、胸の中には微かな誇りが芽生えていた。


---


準備を終えた俺は、一人フィールド南西部へ向かう。


居住区から離れるにつれて、景色は荒涼としていった。

フィールドは昨日と変わらず、赤い大地がどこまでも広がり、錆びた金属の残骸が風に軋む。

時折、巨大な骨のような白い何かが地面から突き出しており、それが一体なんなのか判別はできない。


丘の上に旧観測所が見えた。

小さな建物に対して、背後のパラボラアンテナだけが異様に大きい。

だが一部は崩壊し、空に向けられたはずの皿は半分折れていた。


俺は分析器を起動し、付近一帯をスキャンした。

生体反応はほとんどない。

だが、微弱な電磁波の残滓が点滅するように検出される。


「……電源は生きてるが、ノイズが酷いな」


配線を調べると、アンテナの回路の一部が断線していた。

修理すれば機能を取り戻せそうだった。


作業を始めて30分ほど経った頃、背筋を這い上がるような妙な気配を感じた。

俺は手を止めて周囲に注意を向けた。風の音、遠くで鳴く正体不明の生物の声。

そして、足音が近づいてきていた。


振り返ると、崖の影から誰かがこちらを窺っているのが見えた。


「誰だ!」


俺が声をかけると、その人物はゆっくりと姿を現した。


中年の男性で、長い髪を後ろで束ね、風化したコートを羽織っている。

顔には深く刻まれた皺があり、鋭い眼光が印象的だった。

更に圧倒されたのは、その立ち姿だった。まるで周囲の荒野と一体化しているような、野生の風格を感じさせた。


「君は...エージェント候補生か?」


男の声は低く、落ち着いていた。だが、俺は警戒心を抱いた。

フィールドに一人でいる民間人など、普通は存在しないからだ。


「あなたは何者ですか?なぜこんな場所に?」


「オルフェン・ダルカス」


男は名を名乗った。


「かつてはハンターをしていた。今は...放浪者といったところかな」


「ハンター?」


ハンターとは、政府に雇われずフィールドで活動する傭兵のような存在だ。

モンスター討伐や資源回収を生業としているが、中には危険な連中もいると聞いていた。


俺は彼を様子を見ても武器らしきものは見当たらない。

ただ、コートの下に何かを隠している可能性はある。


「君、得意なディスク・アーツは?」


オルフェンの唐突な質問に、俺は身構えた。


「...なぜそんなことを?」


「いや、単純な興味だ。最近の若いエージェントがどの程度のレベルなのか、知りたくてな」


俺は答えに窮した。正直に「使えない」と言えば、どんな反応をされるかわからない。

だが、オルフェンは俺の沈黙を見て、何かを察したようだった。


「...そうか。君は不適合者なのだな」


俺の心臓が跳ね上がった。なぜこの男には、それがわかるのだろうか?


「どうして...」


「君の立ち方、雰囲気、そして今の反応。ディスク・アーツに頼れない者の特徴だ」


オルフェンは俺に近づいてきた。

俺は反射的に通信機に手をかけたが、相手に敵意はないようだった。


「安心しろ。害を加えるつもりはない。むしろ...興味深いな」


「興味深い?」


「不適合者がエージェント候補生として活動している。珍しいことだ」


オルフェンは俺の装備を眺めた。


「しかしまともな武器も無く、フィールドに出るとは…勇気があるのか、ただ無謀なのか..」


その時だった。

分析器からアラームが鳴り響いた。


「ガルルルル...」


低い唸り声が聞こえる。

振り返ると、崖の下から大型のモンスターが這い上がってくるのが見えた。


アーマードウルフ——金属の装甲を纏った狼型のモンスターだ。

体長は2メートル近くあり、スクラップビーストよりもはるかに危険な相手だった。

その銀色の装甲は陽光を反射し、鋭い爪と牙が殺気を放っている。


「まずいな」


オルフェンが呟く。

俺は慌てて通信機に手を伸ばしたが、モンスターの動きの方が早かった。


「ガウッ!」


アーマードウルフが飛びかかってくる。

俺は咄嗟に横に転がって回避したが、次の攻撃をかわせる自信はなかった。


その時——


「下がっていろ」


オルフェンが俺の前に躍り出た。

だが、彼の手には何もない。素手でモンスターと対峙していた。


「危険です!何か武器を!」


俺が叫んだが、オルフェンは振り返らずに答えた。


「武器など要らん」


次の瞬間、信じられない光景が俺の目に飛び込んできた。


オルフェンが右手を前に突き出すと、そこから青白い光の波動が放射された。

それはディスク・アーツとは明らかに違う、もっと原始的で力強いエネルギーだった。


アーマードウルフはその波動に弾き飛ばされて、後退し苦しそうに唸った。


「この戦技は、一体…」


俺が呟くと、オルフェンが初めて振り返った。


「これはプラナ・アーツという。ディスクもチップも使わない、生命力を直接操作する技だ」


「プラナ・アーツ?」


「お前のような不適合者だけが使える、真の戦技だ」


オルフェンの言葉に、俺の心は大きく揺れた。不適合者だけが使える戦技?


「俺にも...使えるのか?」


「可能性はある。だが...」


オルフェンは再びモンスターに向き直った。


「まずはこいつを片付けてからだ」


アーマードウルフが再び襲いかかろうとした時、オルフェンは両手を胸の前で組み合わせた。

まるで祈りを捧げるような、神秘的な動作だった。


「ストリーム!」


そのまま両手を突き出すと、今度は先ほどよりも強力な光の奔流がモンスターを襲った。

青白いエネルギーは螺旋を描きながらアーマードウルフを包み込み、その装甲を貫通して吹き飛ばす。


モンスターは地面に叩きつけられ、痙攣を起こした後、そのまま動かなくなった。


「す、すごい...」


俺は茫然と立ち尽くしていた。

ディスク・アーツでも見たことがないような圧倒的な力を目の当たりにして。


「君に質問がある」


オルフェンが俺に向き直った。


「パルス・ギアを使えない君は。エージェントになって本当は何がしたい?

 ただ自分の可能性が知りたいだけか?」


俺は考えた。

劣等感にまみれている俺は、周囲に認められたい一心で候補生を続けていた。

だが、今日見たこの力は...


「俺は...強くなりたい。誰かを守れるように…パルス・ギアに頼らない、本当の強さが欲しい」


オルフェンの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「いい答えだ。では、君に選択肢を与えよう」


「選択肢?」


「このままエージェントの道を歩み続けるか、それとも俺と共に来て、プラナ・アーツを学ぶか」


俺の心は激しく動揺した。

プラナ・アーツを学べば、ディスク・アーツが使えない劣等感から解放されるかもしれない。

だが、それは同時に今の生活を捨てることを意味していた。


候補生としての立場も、アヤとの関係も、全てを失うことになりかねない。


「...考える時間をください」


「もちろんだ。だが、長くは待てない」


オルフェンの表情が厳しくなった。


「この技術を求める者は、君以外にもいる。そして彼らは、必ずしも君の味方とは限らない」


「彼らって?」


「マザーに反抗する者たちがいる。彼らは『レジスタンス』と呼ばれている」


レジスタンス。俺は初めて聞く言葉だった。


「マザーに反抗?」


「君はまだ若い。この世界の真実を知らない」


オルフェンの目が遠くを見つめた。


「マザーは人類を見守っていると言われているが、果たして本当にそうだろうか?」


「どういう意味ですか?」


「君のマイクロチップが機能しないのは、偶然ではない。君は『管理』から逃れた存在なのだ」


管理から逃れた存在。その言葉が俺の胸に深く刺さった。


「考えておくといい」


オルフェンは背を向けた。


「答えが出たら、ここに来るがいい。」


「待ってください!もっと詳しく教えて…...」


だが、オルフェンは何も答えずに崖の向こうに姿を消した。

まるで最初から存在しなかったかのように、辺りは静まり返っていた。


俺は一人、赤い大地に立ち尽くす。


プラナ・アーツ。レジスタンス。管理から逃れた存在。


初めて聞く言葉が、頭の中を渦巻く。

俺は、自分の人生が大きな分岐点に立たされていることを感じていた。


---


観測所の修理を終えて帰還した俺は、オルフェンとの出会いについて誰にも話さなかった。

プラナ・アーツのことも、彼から言われた言葉も。


だが、心の中では常にその光景が蘇っていた。


青白い光の波動。ディスクもチップも使わない純粋な力。

そして、俺にも使える可能性があるという言葉。


その夜、俺は窓の外のフィールドを眺めていた。

あの荒野のどこかに、オルフェンがいる。そして、俺の知らない世界の真実が隠されている。


育ての親が言っていた「お前にしかできないこと」。


それが、プラナ・アーツなのだろうか?


俺の心は、大きく揺れ続けていた。



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