#38 プラナ・ウェーブ
研究施設への潜入から、3日が経った。
旧生体工学研究所の地下工房では、プラナ・ウェーブ発生装置の建造が本格的に開始されていた。
各地のレジスタンス組織から派遣された技術者たちが、昼夜を問わず作業を続けている。
薄暗い照明の中、無数のケーブルが床を走り、コンソールのモニターには常に数値が流れ続けている。
「材料の調達は順調です」
北部地区から来たエンジニア、デビッド・スミスが報告した。
顔には疲労の色が見えるが、その声は誇りに満ちていた。
「プラナ結晶の配列調整も完了しています」
南部チームのセシリア・ジョーンズが続ける。
彼女の手は油と粉塵で汚れていたが、その目はまっすぐに輝いていた。
俺はドクター・ヴァインと並び、中央テーブルに投影された設計図を見つめていた。
立体ホログラムに映る装置は、まるで巨大な心臓のように見える。
「この装置は、特定の周波数帯のプラナ・ウェーブを広範囲に放射する」
「どんな効果が…?」
説明をするヴァインに、俺は尋ねた。
「マイクロチップの電子回路を一時的に麻痺させることができる。
影響範囲は――半径約100メートルだ」
「100メートル……か」
思わず息を呑んだ。
単体の強化兵を無力化できるだけでなく、小隊単位の敵すら一掃できる距離だ。
「効果時間は?」
「10分から15分。その間、チップの制御機能は完全に停止する」
「つまり、その時間内なら、相手に“直接”コネクトできる」
「その通りだ」
ヴァインがわずかに笑みを浮かべる。
「チップによる防御システムが働かないため、対象者の本来の人格領域にアクセスできる」
――これならアヤも救えるかもしれない。
胸の奥に、淡い光が灯った気がした。
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その日の午後。
基地全体に緊急招集のアラートが鳴り響いた。
「政府内部から新しい情報が入った」
オルフェンが管制室の中央で会議を開いた。声には重みがある。
「トレント副局長からですか?」
「いや、別ルートだ。
政府研究施設に所属していた技術者――マーカス・ブラウン。
EE計画の実態に嫌気がさして、我々に接触してきた」
俺が聞くと、オルフェンは端末を操作しながら応えた。
「内部告発、か」
ミラが低くつぶやく。
オルフェンの表情は険しく、声が一段と低くなった。
「彼からの報告によると、深刻な事態が発生した。
……西部地区のレジスタンス基地が、政府に発見された」
一瞬、部屋の空気が凍りついた。
西部基地――俺たちと情報共有を行っていた重要な拠点の1つだ。
「メンバーはどうなってる?」
ルナが尋ねる。
「12名、全員捕獲された。現在は居住区北部の拘置施設に収容されている」
「なぜ発見されたんです?」
カイが不安そうに声を上げる。
「新型の追跡システムによるものらしい」
オルフェンがマーカスの報告書を読み上げた。
「プラナ反応を探知する装置……政府が新たに開発した技術だそうだ」
――プラナ反応を追跡?
俺の背筋に冷たいものが走る。
それはつまり、プラナを使うたびに位置が特定されるということだ。
「じゃあ……俺たちの基地も――」
「ああ、発見される可能性が高い」
オルフェンが重くうなずく。
「だが、問題はそれだけではない。
…もう1つ、重要な情報がある」
オルフェンが別の資料を開いた。
「EE計画の最終段階が、すでに動き出している」
「まだ続いてるんですか……?」
俺が思わず言葉を漏らす。
「ああ。最後の2名の強化処置が、今週木曜日に予定されている」
「対象者は?」
「1人はライアン・ハリス。元エリートエージェントだ」
オルフェンが端末に映る顔写真を指した。
「もう一人の詳細は……不明だ」
胸の奥がざわついた。
――まさか、アヤ。
「アヤの情報は?」
俺が問うと、オルフェンはしばらく沈黙した。
「彼女は……通常のEE計画とは異なる処置を受けているようだ」
「異なる……?」
「“特別強化プログラム”。マザーが直接監督しているそうだ」
オルフェンの声が静かに落ちる。
俺の心臓が激しく打った。
マザーが――直接?
しかも通常とは異なる処置とは何を意味するのか。
「いつ完了するんです?」
「7日から10日後だ。その後、完全統合計画の中核を担うエージェントとして投入される」
アヤが――敵の中枢と化す。
頭が真っ白になった。
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「更に極めつけは、完全統合計画の実施方法だ」
「どうやって……全住民を制御するんだ?」
ミラが訊いた。
「居住区全域に特殊な電波を発信し、マイクロチップを一斉に更新する」
一瞬、誰も言葉を発せなかった。
リーナが震える声で質問する。
「物理的な接触なしに、遠隔で全員を支配するってこと……?」
「その通りだ。発信源は、セントラルタワー。居住区の中心にそびえる、あの塔だ」
「セントラルタワー……」
俺は思わず呟いた。
居住区の象徴のようにそびえる建造物。
まさか、最初からそれが目的で――
「タワーの状況は?」
「地上50階、地下10階。最下層にマザーのコア・プロセッサがあるのは変わらない。
ただ警備は以前より強化され想像を絶する厳重さとなったそうだ。
通常エージェント、強化エージェント、そして自動防御ドローン……三重の防衛ラインがある」
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「電波発信を阻止する方法は2つ。
タワーの電源システムを破壊するか、発信装置そのものを無効化する必要がある」
「……どっちも簡単じゃないわね」
ドクター・ヴァインの説明に、ミラが唇を噛んだ。
「そこで、プラナ・ウェーブ発生装置の出番だ。
強化エージェントのチップを同時に無力化できれば、タワー侵入の突破口が開ける」
オルフェンの戦略を聞き、俺は理解する。
――装置の完成こそ、全計画の鍵だ。
だが、オルフェンはさらに険しい顔で言葉を続けた。
「しかし政府はすでに、対策技術の開発を始めているらしい」
「対策……?」
俺が聞き返す。
「特殊なチップだ。どうやらアヤがコネクトを受けた事で、その対策に設計されたものらしい。
精神干渉の遮断する為、プラナ・ウェーブにも耐性を示す可能性がある」
「つまり偶然にしても、我々の計画には邪魔になりそうだな」
ヴァインが吐き捨てると、オルフェンも頷いた。
「すでに試作品が完成し、一部の強化エージェントに適用されているそうだ」
一瞬で空気が張り詰めた。
せっかくの希望が、打ち消されるような感覚。
「どの程度の数が?」
カイが問う。
「現時点では少数だ。おそらく10名程度だろう。
……だが、量産が始まれば状況は一変する」
――時間がない。
アヤの強化が完了する前に。
対策チップが量産される前に。
プラナ・ウェーブ装置を完成させなければならない。
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翌日。
旧生体工学研究所の地下工房は、まるで別世界のような熱気に包まれていた。
プラナ・ウェーブ発生装置の建造は順調に進んでいた。
組み立てられた各パーツが連結される。
内部のエネルギー回路には大型の封印型プラナ結晶が埋め込まれていた。
俺はヴァイン博士と並んで、ホログラムに映し出された理論図を確認していた。
「なるほど。
……プラナ・ウェーブの制御は、通常のコネクトより単純です」
俺が言うと、ヴァインは手元の端末を操作しながら視線を上げた。
「具体的には?」
「特定の周波数を維持するだけでいい。コネクトのような精神同調や記憶同期は不要です。
ただし、放射範囲が広い分だけ、消費するプラナは膨大になります」
「消費量の見積もりは?」
「15分程度の起動を保つには……俺のプラナの7割前後を消費するかと」
ヴァインの目が一瞬だけ鋭く光った。
「1度使えば、その日はもう戦えない、ということだな」
「ええ。ただ、体への負担は小さい。一晩休めば、完全に回復できると思います」
「……それでも十分だ」
ヴァインは静かに頷いた。
「これが成功すれば、戦況は一変する。
レイ、君の力が鍵になる」
俺は小さく息を吐いた。
この装置が完成すれば、アヤの奪還だけでなく――人類そのものの解放にも繋がる。
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その夜。
作業の音が途切れた静寂の中、通信端末の警告音が鳴り響いた。
オルフェンが急ぎ端末を操作すると、それはマーカス・ブラウンからの緊急連絡だった。
「状況が変わりました」
スピーカー越しの声には、明らかな焦りが滲んでいた。
「何が起きた?」
オルフェンが問う。
「西部基地のメンバーに対する尋問が始まっています。
このままでは、数日以内にあなた方の位置も特定される可能性が高い」
「……時間がないな」
オルフェンの低い声が、管制室の空気をさらに重くした。
「もう1つ伝えたいことがあります」
マーカスが一度息を呑み、続けた。
「EE計画の最終処置が前倒しされました。予定より2日早く――明日の午後に実施されます」
「明日……だと?」
俺は思わず声を上げた。
「対象はライアン・ハリス。
政府最強のエージェントの1人であり、対プラナ耐性チップの初期搭載者になる予定です」
ミラが腕を組み、険しい表情になった。
「つまり、プラナ・ウェーブが通用しない強化個体が誕生する、ってことか」
「その通りです」
マーカスが答えた。
「このままでは、政府側が我々の対抗策を上回る可能性があります」
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通信が途絶えた瞬間、オルフェンが立ち上がった。
「緊急作戦会議を開く」
会議室にはすぐ全員が集められた。
壁のモニターには、セントラル居住区の地図と複数の施設データが表示されている。
「装置の完成はいつだ?」
オルフェンがヴァインに問う。
「48時間後には稼働可能だ。ただし、対策チップに関する対抗手段は確立してない」
「構わん。まずは標準型を完成させる」
オルフェンは即答した。
「対策個体への対応は、その後で考える」
俺は頷いた。
焦りはあるが、今の段階で無理をすれば逆にすべてを失う。
「西部基地が陥落した以上、ここが発見されるのも時間の問題だ」
オルフェンが言葉を続けた。
「よって、装置完成後、2つの作戦を同時に実行する」
「2つ?」
俺の問いに答えるオルフェンの声には、決意が感じられた。
「まず一つは、西部基地メンバーの救出だ。
彼らは居住区北部の拘置施設に収容されている。
そこには強化エージェント3名が警備を担当している」
ヴァインが腕を組み、静かに言った。
「実戦テストには最適だな。プラナ・ウェーブの有効性を確認できる」
「その通りだ。装置の稼働テストと仲間の救出――どちらも成功させる」
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ミラが手を挙げた。
「もう一つの作戦は?」
オルフェンの視線がモニターの中央――セントラルタワーに移った。
「完全統合計画の中枢を叩く。
マザーのメインシステムであるコア・プロセッサを破壊する」
カイが眉をひそめた。
「でも、あそこは鉄壁の守りですよ。侵入なんて――」
「容易ではない」
オルフェンがうなずいた。
「だが、プラナ・ウェーブ装置があれば状況は変わる。
強化エージェントが無力化されれば、わずかでも突破口が生まれる」
「ただし。対策チップ搭載者には通用しない可能性がある。
彼らの存在が最大の障害になる」
ヴァインが補足するも、重苦しい沈黙が落ちた。
だが、その沈黙の奥で、全員がやるしかないという事だけは理解していた。
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会議は深夜まで続いた。
拘置施設の構造、セキュリティの更新周期、監視システムの盲点――。
あらゆる情報を照合し、成功率を限界まで引き上げる。
最終的に、オルフェンが結論を下した。
「まずは救出作戦を最優先にする。装置完成後、48時間以内に決行する」
全員が頷いた。
俺はその中で、ひときわ強く拳を握った。
この任務で――俺たちの未来が決まる。
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翌朝、装置建造は最終工程に入っていた。
技術者たちは目の下にクマを作りながらも、手を止めることなく作業を続けている。
「電力供給ライン、安定しています」
「プラナ結晶の共鳴率、目標値を突破しました!」
デビットの報告にセシリアの声が重なる。
俺は装置の前に立った。
円筒形の本体には無数の文様が刻まれ、中央のプラナ結晶が淡く青白く光を放っている。
まるで、鼓動を持つ生き物のように。
「この装置が――俺たちの希望になる」
「そうだ」
オルフェンが隣に立ち、静かに言った。
「だが、これは始まりに過ぎない。今は行動の時だ」
「……わかっています」
オルフェンは頷き、肩に手を置いた。
「アヤのことも、だ。まずは実戦テストを成功させる」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
「はい。…そして、アヤも救ってみせます」
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その夜。
俺は1人で訓練場にいた。
プラナ・ブレードの刃を起動し、静かに息を整える。
「ウェイクアップ」
俺の精神が研ぎ澄まされ、全身の神経が一つの線で繋がる感覚――。
周囲のプラナの流れも、以前よりもはるかに鮮明に感じられた。
コネクトも、確実に安定してきている。
「アヤ……もうすぐだ」
小さく呟き、目を閉じる。
48時間後、装置が完成する。
そして俺たちは、新たな戦場へ向かう。
西部基地の救出。
プラナ・ウェーブ装置の初実戦。
そして、その先にある――アヤの奪還と、セントラルタワー攻略。
俺はブレードを構え直し、再び振り抜いた。
音もなく、青い軌跡が闇の中を走る。
――時間との勝負が明日、始まる。




