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#36 コネクトの深化

 政府の監視が強化されてから、1週間が過ぎた。

 毎日が張り詰めた空気の中で、俺はドクター・ヴァインと息を潜めるように研究を続けていた。旧生体工学研究所の実験室――鉄と油の匂いが染みついた、冷たい空間。ここには、まだ「希望」が眠っていた。

 ヴァインが白衣の袖をまくり、金属片を慎重に組み合わせていた。装置の中心で、青白く光るプラナ結晶が、まるで呼吸をしているように明滅している。


「ついに完成だ」

 彼の声は、満足そうに震えていた。


 作業台の上に置かれたそれは、手首に装着できるくらい小型のバングル型だった。古い金属の質感と、流線的なフォルム。表面には幾何学的な文様が走り、その中央に埋め込まれたプラナ結晶が淡く脈動している。――まるで、生命そのものが宿っているようだった。


「これで、プラナの出力を3倍まで増幅できる」


「副作用は?」


 俺が念のため確認すると、彼はデータを見て答えた。


「使用時間を15分以内に限定すれば、深刻な問題はないだろう。

 ただ、その後は数時間の休息が必要だ。

 身体がプラナの過負荷に耐えきれなくなる恐れがある」


 俺はうなずき、装置を腕に装着した。金属が肌に触れる瞬間、微かな振動が伝わってくる。重さはほとんど感じない。――だが、結晶の放つ波動に、背筋がぞくりとした。


「試してみるんだ」


 ヴァインの言葉に、俺は息を吸い込み、プラナを流す――その瞬間、装置が淡い光を放つ。体内を駆け抜ける力が、いつもより遥かに膨れ上がっていくのが分かる。指先が熱を帯び、視界が冴え渡る。すべての感覚が研ぎ澄まされていく。


「……すごい。確かに、出力が跳ね上がってる」


「これで、コネクトの出力も大幅に強化されるはずだ」

 ヴァインの目が期待に光った。


「それに量産化できれば、戦力の底上げにもなる」


---


 午後、俺はオルフェンと共に実践訓練を行った。地下ドームの訓練場、その人工照明の下に、砂埃が立ち上る。


「装置の性能は十分だ」

 オルフェンが腕を組んで言った。


「だが、問題は制御だな」


「分かってます」


 俺はプラナ増幅装置を起動し、集中した。


「ウェイクアップ」


 意識が鋭く研ぎ澄まされて、世界の色が変わる。空気中の粒子の動きまで感じられそうなほどに感覚が拡張され――


「コネクト」


 オルフェンの精神領域へ、意識が滑り込む。圧倒的な力が流れ込み、これまでよりも深く、広く繋がる感覚。まるで自分が相手と一体化していくようだった。


『出力は申し分ないな』

 精神空間に、オルフェンの声が響く。


『だが、制御が難しそうだな。

 こちらにも負荷を感じるくらいだ』


「……分かってます。だけど、この出力の方が早く――」


『いや、実戦ではこの“荒々しさ”が致命傷になるかもしれん。

 お前の集中が切れれば力が暴走し、お互いの精神に致命的な損傷を与える危険すらある』


 俺は無言でうなずいた。

 アヤのチップを解除する為には、彼女の精神に深く潜る必要がある。だが、強化後の彼女がどれほど強い抵抗を示すか、想像もつかない。そのとき、チップの反撃を受けてもコネクトを維持できるだけの精密な制御力が必要だ。


「……結局は、制御訓練をするしかないか」


『ああ。その先にお前の望むものがある』


 オルフェンの声が少しだけ柔らかくなる。俺は苦笑した。――そうだ。結局、やるしかない。


---


 訓練を終えたその夜、基地に緊急の呼び出しが入った。各地のレジスタンス代表が一堂に会する、特別会議。部屋に入ると、空気は重く、誰もが険しい表情をしていた。


「状況は極めて深刻だ」

 北部地区の代表マルコスが口を開いた。


「政府の監視網が、全地区で同時に強化されているわ」

 東部代表サラの報告に、ざわめきが広がる。


「南部では、レジスタンス基地の一つが摘発されました」

 南部代表のエリナ・ケージが硬い声で言った。


「15名が拘束され、消息は途絶えています」


「……再教育か」


 俺のつぶやきを聞いた瞬間、全員が息を飲む。マイクロチップによる記憶改変――人格すら書き換えられる、最悪の処置。あれを受ければ、次に会う時は敵となる。


「他の基地はどうなってる?」

 オルフェンが低い声で問う。


「全拠点で避難を開始していますが……敵の追跡が早い。時間の問題です」


 オルフェンは腕を組み、短く息を吐いた。


「マザーめ…監視対象から殲滅に方針を変えたか」


「対抗策は?」

 オルフェンに尋ねるミラの声は固かった。


「選択肢は2つだ。完全に地下へ潜ってやり過ごすか、こちらから先に動くか、だ」


「……先制攻撃を仕掛けるんですか?」

 カイが目を細める。


「そうだ。マザーの中枢――セントラルタワーへの直接攻撃だ」


 静寂が落ちた。誰もがその言葉の重みを理解していた。正面から挑めば、全滅もあり得る。


「しかし、セントラルタワーの防御は極めて厳重です」

 

「確かに困難だ。だが、このまま各個撃破されるよりかは、勝ち目がある」


 リーナが緊張した表情でそう指摘するが、オルフェンの意思か堅い――沈黙が訪れた。


「……俺のコネクト技術が、使えるかもしれません」


 俺がその沈黙を破ると、全員の視線が集まった。


「EE計画の対象者――政府側の強化エージェントに、コネクトを試みます。

 もしうまく繋がって、意識を戻せれば、敵の戦力を削げます」


「そんなことが可能なのですか?」

 エリナが眉をひそめる。


「プラナ増幅装置を併用すれば……理論上は可能なはずです」


 オルフェンがじっと俺を見た。


「成功すれば、状況を一変させられる。だが、失敗すれば――」


「命を落とす、ですね」


 静かな空気の中、俺はうなずいた。――分かってる。それでも、やらなきゃならない。


---


 会議は、深夜まで続いた。議題は1つ。今後、どう生き延び、どう戦うか。沈黙が何度も流れ、そのたびに重い空気が積み重なっていく。やがて、オルフェンが結論を下した。     


「作戦を2段階に分ける」


 壁のスクリーンに作戦図が映し出される。

 第1段階:EE計画対象者への個別コネクト作戦。政府戦力の削減を図る。

 第2段階:マザー中枢への直接攻撃。完全統合計画の阻止を目指す。


「第1段階は、レイが単独で実施する」


 一瞬、空気が止まった。俺は思わず聞き返す。


「単独ですか?」


「EE計画の対象者は極めて危険だ」

 オルフェンの声は低く重い。


「大人数で動けば、確実に発見される。生きて帰れる保証はない」


……その言葉の重みを、俺は痛いほど理解していた。


「分かりました」


 短く、しかし覚悟を決めて俺は答える。


「ただし、完全な単独作戦ではない」

 オルフェンが説明を続ける。


「遠距離からの支援は行う。

 カイとルナが後方支援を担当し、お前の脱出ルートを確保する。

 ミラの主導で臨機応変に動け。

 リーナはドクター・ヴァインと共に通信と技術的支援を担当だ」


「いつ実行しますか?」


「準備が整い次第だ。遅くとも来週中には開始したい」


---


 翌日から、俺はひたすらコネクトの訓練に没頭した。プラナ増幅装置を使った深層意識への接続、抵抗する相手への強制侵入。そして精神層の奥に潜るための繊細な感覚操作。どれも、失敗すればお互いの精神を崩壊させかねない危険な訓練だ。汗が床に落ちるたびに、精神が少しずつ削られていくのが分かる。――だが、それでもやめられなかった。


「調子はどうだ?」

 訓練場の奥から、オルフェンが現れた。


「技術的には問題ありません。ただ……精神的な負担が想像以上です」


「どういう意味だ?」


「コネクトの深度を上げるほど、相手の思考や感情が流れ込んでくるんです。

 自分の境界が曖昧になって、誰の感情なのか分からなくなる」


 実際、オルフェンと訓練で繋いだ時――俺は一瞬、彼の記憶を見た。戦場の匂い。仲間を失った叫び。あの重い痛みが、俺の胸にも残っている。


「特に、強い感情を持つ記憶は、自分の精神にも影響を与えます」


 オルフェンが腕を組む。

「アヤの場合、どんな影響が出ると思う?」


「……彼女の苦痛や混乱を、直接感じることになるでしょう」

 俺は迷わず答えた。


「それでも、耐えなければならない。彼女を取り戻すためには」


 オルフェンがゆっくりと近づき、俺の肩に手を置いた。その手は力強く、なにより温かかった。


「無理をするな。お前が倒れては、全てが水の泡になる」


「分かっています。でも――これは俺が決めたことです」


---


 夜。訓練を終えた俺は、作業台の上でプラナ・ブレードの手入れをしていた。刀身に映るのは、明らかに緊張している自分の顔。だがその目には、確かに“覚悟の光”が宿ってた。


「緊張してるの?」


 声の主はカイだった。工具を片付けながら、彼はいつもの軽い笑みを浮かべている。


「正直、少しだけ」

 俺は苦笑する。


「当然ね。相手はEE計画が産んだ化け物だから」

 カイは隣に腰を下ろし、俺のブレードを覗き込んだ。


「でも、レイなら大丈夫」


「……根拠は?」


「前にも言ったでしょ」


「最後まで諦めないってやつか」


「そう、それに」

 カイは小さく笑いながら言った。


「今は“皆をマザーから解放したい”って気持ちもある」


 胸の奥がじんと熱くなった。単に力だけでも技術だけでもない。――俺自身の核にある、根本的な気持ち。


「確かに、アヤを、皆を救いたい気持ちは誰にも負けない」


「それで十分。

 強い意志は、時に技術を超えるわ

 だってそれがプラナの源なんだから」


 彼女の何気ない言葉が、妙に心に響いた。この戦いに必要なのは、理論や戦術だけじゃない。最後の切り札は、意志の強さなのかもしれない――そう思えた。


---


 翌朝。薄い光が差し込む管制室で、俺は装備の最終チェックを行った。プラナ増幅装置。プラナ・ブレード。通信機、緊急時の脱出用装備、そして応急用の医療パック。どれも完璧な状態だ。


「準備完了です」


 オルフェンが振り向き、静かに頷いた。


「作戦開始は明日の夜だ」


「標的は?」


「政府の内部情報によると、強化済みのEE計画対象者が、居住区東部の研究施設の警備に当たっている」


 ――ついに来たか。心臓の鼓動が一拍早くなる。


「作戦の目的は?」


「2つある」

 オルフェンの声は冷静だった。


「第1は、EE計画の実態――特に強化手順とマイクロチップの改良データを持ち帰ること。

 そして第2は、コネクトを実戦で検証することだ」


「つまり……実際に、対象者と接触する必要がある」


「そうだ。ただし、戦闘は目的ではない。」

 オルフェンは机に両手を置き、静かに言う。


「接触はあくまで限定的にだ。

 実戦でのコネクトの発動経験と、強化チップの干渉耐性を調べるのが狙いだ。

 救出はまだ早い。無理をすれば、双方を失うことになる」


「……了解しました」


 俺は深呼吸をした――理屈では分かっている。だが、相手が“アヤと同じ処理を受けた者”かもしれないと思うと、妙に胸の奥がざわついた。


「無謀な行動は厳禁。お前の安全が最優先だ」

 オルフェンの視線がわずかに柔らぐ。


「だが……必要だと思ったなら、恐れるな。

 お前の判断を信じている」


 師匠の信頼に、俺は小さく頷き返した。



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