#32 青白き刃
居住区の潜入調査が一段落したある日。俺は例の武器の件でドクター・ヴァインの研究室に呼び出された。興奮を押し隠してドアを開けると、独特の薬品の匂いと金属の焦げた匂いが鼻を刺す。
「試作品だが……とりあえず形にはなったぞ」
ヴァインが無骨な手で作業台を叩いた。そこに横たわっていたのは、一振りの剣。刀身には精密な文様が刻まれ、柄に埋め込まれたプラナ結晶が淡く鼓動を打つ。まるで呼吸をしているかのように思えた。
「……見事ですね」
俺はそっと剣を手に取った。ずしりとした重量感が掌に伝わる。けれど、その重みが心地いい。握った瞬間、身体の奥で何かが共鳴するのを感じた。
「試してみろ」
ヴァインの声に促され、俺は深く息を吸い込む。集中し、意識を一点に絞る――プラナを流す。その瞬間、刃が眩く光を放った。青白いエネルギーが刃の周囲を包み、空気が震える。室内の温度が一瞬で変わり、金属の香りが焦げたように濃くなる。
「これは……!」
「プラナ増幅率は約3倍だ。通常のプラナ・アーツを遥かに超える威力を出せる。だが――」
その先は言われるまでもなく分かった。数秒しか経っていないのに、体の奥から熱が抜けていく。まるで生命そのものを吸い取られている感覚だった。
「……持続時間に問題がありますね」
「その通り。現状では5分が限界だろう。実戦では更に短くなる可能性がある」
博士が腕を組む。試作品の性能に納得いっていないのだろう。眉間には皺が浮かんでいた。
「実戦……」
「一度試してみる必要があるな」
背後から低い声がした。振り返ると――オルフェンが現れた。まだ車椅子生活のままだが、それにも関わらず衰えた様子はない。背筋が伸びていて、威圧感がある。
「ちょうどいい機会だ」
オルフェンが端末で地図を広げた。
「北東の荒野に電鉱石の採掘ポイントがある。
テストと資源採取を兼ねて行ってくれ」
「分かりました」
「ただし――」
その目が鋭くなる。
「目的は武器のデータ収集だ。無理をするな。危険を感じたらすぐ撤退しろ」
「了解です」
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正午過ぎ。俺は出発の準備を整え、基地のゲート前に立っていた。腰にはプラナ・ブレード、背中には採掘用装備。見送りに来たカイが、腕を組みながら苦笑していた。
「1人で行くの?」
「ああ。性能テストですし、どこまでやれるか試したい」
「まあ、そう言うと思ったけど」
カイは肩をすくめ、軽く拳を突き出した。
「でも、何かあったらすぐ連絡してね。
私たちもオルフェンから指導を受けて戦えるようになってるから」
「それは頼もしいな」
「万が一の時はルナと一緒に、手助けに向かうわ」
「ありがとう」
拳を軽くぶつけ、俺は振り返らずに歩き出した。
扉が閉まる音が背中に響く。外の空気は冷たく乾いていた。
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赤い大地がどこまでも続いている。風が砂塵を巻き上げ、遠くの地平に薄く霞を作る。居住区のどこか息詰まる雰囲気とは違う――ここでは”生”を実感していた。
「……いつの間にか、こっちの空気の方が落ち着くようになったな」
俺は地図を確認し、北東へ向かって歩き出した。岩場を越え、乾いた谷を下り、割れた川床を渡る。途中、小型モンスターの影が視界の端に動いたが、プラナで気配を抑えてやり過ごした。
1時間ほど歩いたころ、遠くに緑色に光る岩肌が見えた。電鉱石の塊――目的地だ。
「……あれか」
近づくにつれ、空気がピリつく。鉱石から僅かながらに放出されるエネルギーが、周囲の磁場に干渉している。空気が震え、耳鳴りのような共鳴音が響いていた。
俺は採掘ツールを取り出し、慎重に作業を始めた。金属音が静かな荒野に響く。だが、30分ほど経ったとき――。
「……振動?」
足元が、かすかに揺れた。耳を澄ますと、風の音の裏で、低い唸り声が混じる。
――近い。
プラナの気配を探ると、複数の生命反応が周囲を取り囲んでいた。
「来たか……」
岩陰から姿を現したのは、赤黒い毛並みの獣―ブラッディウルフだった。その牙は鋭く、体長は2メートル近い。血のような赤い瞳が俺を捉え、牙をむいた。
「4体……包囲されたな」
逃げ道は塞がれていた。
――でも、これ以上ない実験台だ。
俺は静かにプラナ・ブレードの柄を握った。風が一瞬止む。世界が研ぎ澄まされる。
「……ウェイクアップ」
意識が極限まで集中され、時間の流れが遅く感じた。モンスターたちの筋肉の動き、呼吸のリズム。すべてが見える。
プラナを流すと、刃が再び光を帯びる。青白い炎のようなエネルギーが刀身を包み、風を切り裂いた。
「行くぞ」
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最初の1体が飛びかかってくる。牙が閃くより早く、俺は踏み込み、斜めに剣を振り抜いた。
「――ッ!」
青の閃光。刃が空気を裂き、モンスターの身体を音もなく両断した。血が噴き出すより早く、身体が崩れ落ちる。
「これが……プラナ・ブレードの力……!」
残り3体。2体目が右側から突進してくるが、俺は腰を捻り、横薙ぎに一閃。刃が弧を描き、衝撃波が地面を抉った。その勢いでモンスターの体が吹き飛ぶ。
背後からの気配。3体目が跳躍――振り向きざま、刃を突き出すと、青い閃光が一直線に貫く。肉を裂く手応えがあり、モンスターが絶叫とともに崩れ落ちた。
「残り1体」
最後の1匹は、仲間の死を見て怯んだのか、後退した。しかし俺は一歩、二歩、三歩と距離を詰める。砂塵が舞う中、俺は一気に駆け出す。
――刃が閃き、モンスターの首が宙を舞った。
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戦闘が終わり、俺は息を荒げながら、剣に宿していたプラナを解除した。青白く輝いていた刃がゆっくりと光を失い、静かに沈黙する。
「……はぁ、はぁ……」
荒い呼吸が止まらない。全身の筋肉が軋むように痛む。体の奥――プラナの流れが枯渇しかけているのが分かった。
「くそ……想像以上に、消耗が激しい……」
わずか数分の戦闘だった。それでも、体力の半分以上が持っていかれた感覚がした。この感覚は、単なる疲労じゃない。身体の奥にある命そのものを削られていくような――そんな感覚だった。
俺はその場に膝をつき、荒い呼吸を整える。地面の砂が掌に触れ、ざらりとした感触が現実へと引き戻した。
プラナ・ブレードは確かに強力だ。中型モンスターを、一撃で、それも、何の抵抗も感じなかった。だが――代償もあまりに大きい。
「これじゃ……長期戦は無理だな」
口の中が乾いて、声が掠れる。戦闘は終わったはずなのに、まだ鼓動は激しく鳴っていた。そして――。
地面が、再び震えた。
「……は?」
わずかな振動だった。だが、その大きさはさっきの群れとのものとは明らかに違う。俺は瞬時に立ち上がり、感覚を研ぎ澄ませる。風の流れ、空気の震え――大きなプラナを感じた。それらすべてが、警鐘を鳴らしている。
岩場の向こう――黒い影が、ゆっくりと姿を現した。
「……嘘だろ」
それは、明らかに異常な存在だった。全長5メートルを超える巨体。獣のような四肢に、背中から突き出した無数の棘。皮膚は鉱石のように硬質化しており、薄い赤光が内部から漏れ出している。
「ニードルライガー……」
俺の喉がひくりと動いた。大型モンスターがこのあたりで出現する可能性は、限りなく低いはずだった。それなのに、何故。
――いや、もしかして。さっき倒したモンスターたちの親玉なのか。
ニードルライガーが、俺を見据える。その瞳には、先ほどまでの獣とは違う光。人間の怒りにも似た、冷たい炎が宿っていた。
「やばいな……」
次の瞬間、モンスターは咆哮を上げる。
「――ッ!!!」
それは音というより、もはや衝撃波だった。空気が爆ぜ、岩肌が崩れ、鼓膜が軋む。その圧だけで、俺の体は二歩後退した。
「クソッ、来るか!」
巨体が地を蹴った瞬間、大地が沈んだ。そして突進してくる。それはまるで弾丸のような速度だった。
「シールド!!」
反射的にプラナ障壁を展開する。透明な光壁が俺の前に現れた――だが、
「ッぐぅ!」
瞬時に軋み、砕けた。鈍い衝撃が体を貫き、足元の地面が陥没する。獣の爪が肩を掠め、熱い痛みが走った。視界が一瞬白く染まる。
「がっ……あああッ!」
だが、致命傷は避けた。左肩から血が流れ、服を赤く染めていく。
「っ……まだだ、まだ倒れるわけにはいかない!」
俺は距離を取り、プラナ・ブレードを再び構えた。呼吸を整える暇もない。だが――ここで逃げたら、次はない。
モンスターが再度突進してくる。地面をえぐるような勢い。
「ブラスト!」
俺は右手をかざし、プラナの光弾を連射した。3発、4発――そのうち1発が命中し、爆炎が上がる。だが、モンスターは煙を何事もなかったように突き抜けてきた。
「効いて……ない!?」
筋肉が分厚すぎるし、外殻はまるで装甲のようだ。通常のプラナ・アーツ程度では、貫通しないのか。
「なら――これしかない」
俺は剣に再びプラナを流し込んだ。青白い光が刀身を覆い、熱を帯びる。指先が痺れるほどのエネルギーが集まっていく。
「今度こそ、一撃で――」
モンスターが吠え、地を蹴った。巨体が風を裂き、地面を砕く勢いで突進してくる。だが、俺はその瞬間を待ち構えていた。
「……来い!」
3メートル、2メートル――俺は地面を蹴り上げ、懐に飛び込んだ。
「これで――終わりだッ!!!」
青白い光が閃く。
――一瞬の静寂。
手応えはあった。重く、深く、確実にヤツに届いた。
「ガアアアアアアッ!!!」
絶叫とともに、モンスターの首が切り離される。巨体が地面を揺らし、砂煙が巻き上がった。
そして――沈黙。
「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は剣を支えに、立っていた。膝が震え、呼吸がうまくできない。肩の傷がずきりと痛み、視界が霞む。
「勝った……か……」
倒れたモンスターを見つめながら、呟く。確かに動いていない。だが、その勝利は、薄氷の上のように不安定だった。
「これが……プラナ・ブレードの性能か……」
確かに強力だ。だが、持久性はゼロに近い。一撃で決められなければ、命を落とす。
「もしアヤが相手なら……使えるのか……」
そう呟いた瞬間、体の力が抜けた。俺はその場に座り込み、血の滲む肩を押さえる。俺は応急処置を施し、深呼吸をした。
「……帰るか」
通信機を取り出し、カイに連絡を入れる。
「こちらレイ。テスト完了。だが……負傷した。救援を頼む」
『了解。すぐに行くわ』
カイの声が聞こえた瞬間、安堵が胸に広がった。ほんのわずかに、意識が緩む。
――気づけば、空が赤く染まり始めていた。
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1時間後、カイとルナが現場に到着した。
「レイ!大丈夫?」
「……なんとか」
「無茶しすぎ!」
カイが慌てて包帯を巻きながら怒鳴る。
「ニードルライガーとやり合うなんて、正気じゃないわ!」
「いや、たまたま……出くわしただけだ」
「たまたま、ねぇ」
カイが呆れたようにため息をつく。その隣でルナは倒れているモンスターを見て、目を見開いていた。
「嘘……これを1人で?」
「プラナ・ブレードの力だ」
「いや、そうだとしても……すごい」
俺は素直に頷けなかった。確かに勝った。それは事実だ。だが、それは紙一重の勝利だった。
「帰ろう。ドクター・ヴァインに報告だ」
ルナの言葉に頷き、俺たちは基地へ戻った。
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夜、研究棟。
「ブラッディ・ウルフ4体と、ニードルライガー1体か……ふむ、上出来だ」
ヴァインが記録を確認しながら、満足げに頷く。
「ですが、持続時間は5分が限界でした。それ以上は……身体が持たない」
「予想通りだな」
「改良の余地は?」
「やってはみるが、難しいな…」
彼は腕を組む。
「出力を抑えれば時間は稼げるが、威力は落ちる。
逆に威力を保てば、消費は激増する。要は、両立できん」
「つまり……短期決戦専用」
「そういうことだ」
報告を聞いていたオルフェンが口を開く。
「アヤとの戦いは、長引けばお前が不利になる。
一撃で動きを止め、“コネクト”で彼女を取り戻すのが最善の策だろう」
「……はい」
俺は拳を握りしめる。確かに扱いにくい武器だ。だが――それでも、この剣は俺にとって希望となる。アヤを救うためのチカラ。
「必ず使いこなしてみせる……」
俺は刀身を見つめる。それはまるで俺の決意を映すように――青く、強く、輝いていた。




