#28 古代武器の修復
西部基地から戻って1週間が経った。
冷たい朝の空気の中、研究棟の照明だけが白く瞬いている。俺はその光の中で、ヴァイン博士と共に黙々と作業を続けていた。旧生体工学研究所の研究室――そこは金属と消毒液の匂いが混じる、無機質な空間だ。そこにある机の上で、砕けたプラナ・ブレードの破片が淡く青く光っていた。その光を見ていると、不思議と胸の奥が疼く。
「損傷箇所の修復は……予想以上に手間がかかりそうだ」
ドクター・ヴァインが工具を動かしながら、ため息まじりに呟いた。
「修復は可能なんですか?」
俺が尋ねると、彼は顎に手を当てた。
「時間はかかるが、何とかなるだろう。
ただ、完全な復元は難しいかもしれない」
プラナ・ブレードは古風な美しさを持つ武器だった。刀身には繊細な文様が彫り込まれ、柄には透明な結晶が埋め込まれている。
「この武器の仕組みを教えてください」
俺が聞くと、ヴァインは作業の手を止め、説明を始めた。
「基本的には、使用者のプラナを刀身に流し込んで、エネルギー刃を形成する仕組みのようだ。
通常のプラナ・アーツより遥かに効率的で、威力も数倍になる」
「それは……頼もしいですね」
「あぁ。…ただし、プラナの消費量も比例して増加するようで、使用者の体への負担も大きい。
特に、精神との同調がうまくいかない場合は、反動で意識を失う可能性すらあるそうだ」
俺は頷いた。強力だが諸刃の剣。…まるで、アヤのような剣だと思った。
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午後、俺は研究棟の一角でコネクトに関係しそうな資料を読み漁っていた。旧世界の論文――そこには失われた精神通信理論が詰まっている。膨大な数式と暗号のような記述の中に、ある一文が目に止まった。
『精神領域への侵入時、強引に領域を侵犯するのではなく、浸透させるように自然に透過させる方が抵抗が少ないようだ。』
「……なるほどな」
俺は小さく呟いた。
アヤの心に接続を試みたとき、俺はチップの防御機構を強引に突破しようとしていた。
だがこのアプロ―チなら、すみやかに彼女の記憶に触れられるかもしれない。
「レイ、何か見つけたのか?」
「はい。精神接続に関する方法論です」
扉の向こうから現れたオルフェンに資料を見せた。師匠が内容を一瞥し、わずかに口元を上げる。
「浸透させるように、か。確かに理にかなっている。
無理に押し入るより、お互いに同調しやすくなりそうだ」
「実際に試してみたいんですが、いいですか?」
「そうだな。まずは俺を相手に試してみろ。いきなり実戦で使うのは危険すぎるからな」
「分かりました」
前回、アヤとのコネクトは何とか成功したが、その抵抗は激しかった。抵抗が少なくなれば、アヤへの負担も減るかもしれない。
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夕方、重い扉の音と共に、基地に訪問者が現れた。ジャック・ハリソン――ハンター協会の協力者だ。今日は単独での来訪。いつもより緊張した面持ちだった。
「重要な情報を持ってきた」
彼は開口一番にそう言った。主だったメンバーに声をかけ、俺たちはすぐに会議室へ集まった。
「どんな情報だ?」
全員が揃うのを待ったミラがジャックへと尋ねる。
「政府の新しい計画で『エンハンスド・エージェント・プロジェクト』と呼ばれるものだ」
その単語を聞いた瞬間、空気が一変した。オルフェンの眉がわずかに動き、ヴァイン博士の手が止まる。
「エンハンスド……強化されたエージェント?」
「選ばれた一部のエージェントに、肉体・精神両面の強化処置を施しているらしい。
新しい戦闘技術の習得に加え、超人的な反応速度や感情の制御をされているようだ。」
感情の制御。…ジャックの説明を受けて、俺の喉が凍りついた。
「他に何か分かることはありますか?」
俺がジャックに尋ねると、彼は重々しく頷いた。
「対象者は少数精鋭のようだ。全エージェントの中でも、最も優秀な者だけが選ばれている」
「つまり……アヤも、その1人ということですね」
「おそらくそうだろう」
ジャックの声には、確信にも似た重さがあった。
「金髪の女性エージェントについては、特に高い評価を受けているという話を聞いている」
その言葉を聞いた瞬間、心臓がぎゅっと掴まれた。思い出すのは、かつての不器用だけど柔らかい笑顔。普段は冷静だが、ふと笑った瞬間、照れたように目を逸らしていた彼女の姿。先日コネクトを受けた際、一瞬だけ戻ったあの瞳を思い出すと、胸が苦しくなった。
「このプロジェクト、いつから動いている?」
ミラが尋ねた。
「正確な時期は不明だが、数ヶ月前からのようだ」
「数ヶ月前……」
俺の声はかすれていた。それは、アヤが“最適化プログラム”を受けた時期と重なっている。この前の戦った時に、あれほどアヤが強くなっていたのは、このプロジェクトの一環なのだろう。つまり――あの時から、すべて仕組まれていたということだ。
「マザーが、本格的に人間の強化実験を行っているということか」
「そういうことになるな」
オルフェンの怒りの滲んだ声に、ジャックが重く頷く。
「対象者の数は?」
「10名程度と聞いている。
いずれも政府の中核を担う精鋭部隊だ」
沈黙が落ちた。
俺たちの前に立ち塞がるであろう部隊の情報を前に、誰もが息を呑んでいた。それほどまでに、今の言葉は重かった。
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ジャックが去ったあとも、会議室にはしばらく沈黙が続いた。照明の音と、電子機器の低い唸りだけが響く。
「……エンハンスド・エージェントが完成すれば、我々の脅威は桁違いに増す」
ヴァインが冷静に口を開く。
「アヤ1人でさえあの強さだ。あのレベルのエージェントが10人……想像したくもないな」
「だからこそ、こちらも力をつけなければならない」
ミラが苦々しい表情で吐き出す声に、オルフェンが重く応える。その声には確かな決意が感じられた。
「プラナ・ブレードの修復を急ぎましょう」
俺の提案に、ヴァインが頷いた。
「ああ。それに、コネクト技術の研究も急ぐ必要があるな。
その結果次第で、アヤを解放できる可能性が上がる」
「……解放、か」
その言葉に、俺の胸が少しだけ熱くなった。アヤを救うこと。それはもう俺の個人的な願いだけではなく、この世界の均衡を取り戻すための、核心になりつつあった――
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その夜、訓練場は静まり返っていた。壁の照明が淡く灯り、俺の影を床に落としている。
「ウェイクアップ」
俺は目を閉じ、意識を深く沈める。世界が遠のき、音が消え、ただ精神だけが鋭く研ぎ澄まされていく。
「……コネクト」
精神の波を、オルフェンの意識に向けて伸ばした。だが今回は正面から直接的に飛ばすのではなく、じわじわ周囲をなぞるように、ゆっくりと、相手の領域に馴染ませ進入経路を探る。
闇の中を歩くような感覚。やがて、柔らかな光の揺らめきの中から声が響く。
「興味深いな」
オルフェンの声――精神空間では現実よりとは違い、直接心に触れてくる。
「うまくいってますか?」
「ああ。以前より違和感がない。警戒心を与えずに染み込んでくるようだ……理想的だろう」
俺は小さく安堵の息を吐いた。この技術を極めれば、アヤのチップに感知されずに“彼女”へ届くかもしれない。封印された記憶に静かに触れることができれば、きっとアヤへの負担も減るだろう。
「ただし、以前より時間がかかりそうだな。実戦では長時間の接続を維持するのは難しいだろう」
「それでも、成功率は上がるはずです」
「そうだな。…だが焦るな、レイ。お前は着実に前へ進んでいる」
オルフェンの声に、胸の奥が少し温かくなった。
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翌朝。朝靄の中、訓練場に立つ。冷たい空気が肺に入るたびに、意識が研ぎ澄まされていく。
「ブラスト!」
俺の掌から光弾が放たれ、岩盤を爆ぜさせた。以前よりも明らかに威力が増している。プラナの流れをつかめるようになり、収束速度も上がってきた。
「シールド!」
光の膜が展開し、薄く震えながら周囲を包み込む。3分……いや、3分半。持続時間も延びている。
「……まだまだだな」
呟きながら拳を握りしめた。アヤの姿が脳裏に浮かぶ。あの無機質な瞳。感情を削ぎ落とされた声。彼女の戦闘能力が俺を遥かに上回っている以上、まずは動きを止めなければコネクトは試せない。
けれど俺は知っている――心の奥底には、確かに彼女の“意志”が残っている。その意志に、もう一度触れたい。
「ストリーム!」
プラナの奔流が地を裂き、衝撃波が砂を巻き上げた。軌道はまだ不安定だが、力の流れを掴みつつある。地道な訓練の一つ一つが、確実に俺を変えていく。
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午後、基地に緊急通信が入った。
「こちら南部レジスタンス基地。至急、報告がある!」
映像に映ったのは、疲労の色を浮かべた代表者だった。
「政府の研究施設で、大規模な実験が行われています」
「実験?」
オルフェンの目が細くなる。
「はい。複数のエージェントが集められています。
詳細は不明ですが……おそらく“エンハンスド・エージェント・プロジェクト”に関連するものです」
息を呑んだ。アヤも――そこにいるのか。
「場所は?」
「居住区東部の重警備施設で、接近は困難です」
「監視を継続しろ。何か動きがあれば即時報告を」
オルフェンの指示の後、通信は切れた。室内には重苦しい沈黙が落ちる。
「状況が……急速に動いている」
「マザーの計画が、本格的に動き始めたということだ」
ミラの呟きに応えるオルフェンの声は重い。
俺は拳を握りしめた。
――アヤを、もうこれ以上変えさせたくはない。
胸の奥で、焦りと決意がせめぎ合っていた。
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夜になった。研究棟の灯りの下、俺はヴァイン博士と共にプラナ・ブレードの修復作業を進めていた。金属の匂いと、結晶の光が混ざり合う。
「あと1週間ほどで、形にはなりそうだ」
ヴァインが作業をしながらそう言った。
「ありがとうございます。これが完成すれば、ようやく……」
「ただし気をつけろ。プラナの増幅率が高すぎる。
制御を誤れば、この剣は君の身体を蝕む」
「……分かっています」
俺は刃の断片を見つめた。淡く輝く結晶の奥で、まるで微かな鼓動が脈打っているように見えた。俺はヴァインの指示で作業を続けながら、アヤのことを考えていた。彼女が計画によって、これ以上どうなってしまうのかと不安が募る。だが、今は俺にできることをするしかない。
「必ず君を救い出す」
心の中で静かに誓う。
そのために俺は、今日も剣を磨き、技を磨き、心を鍛える。
たとえ道の果てが闇に続いていようとも――俺はもう、立ち止まらない。




