#27 基地への帰還
西部基地での戦闘から、3日が経った。
荒野を乾いた風が吹き抜けていく。
視界の端に、旧世界の崩れた構造物が見える。
かつての文明の残骸。
その隙間から、砂塵と共に淡い光粒が舞っていた。
プラナの微弱な残滓だ。
「……まだ体が重いな」
呟いた声が、自分でも驚くほど掠れていた。
プラナ・ブースターの反動は予想以上に深く、体の奥底までしびれが残っている。
けれど、体の痛みよりも、心の奥に残る熱の方がずっと強かった。
――あの瞬間、確かに見た。
アヤの涙。揺れる瞳。
戸惑いながらも、ほんの一瞬だけ戻った温かな眼差し。
あれは、プログラムされたものではない。
彼女の心の奥底――封じられた“アヤ”本人の感情だ。
俺は確信していた。
彼女は、まだ“そこ”にいる。
胸ポケットから通信機を取り出し、ドクター・ヴァインに連絡を入れた。
「こちらレイ。あと15分ほどで帰還します」
『お疲れ様。西部基地での件、報告を受けている』
低く落ち着いた声が返る。
ヴァイン博士の声には、どこか安堵の色があった。
『何やら進展があったようだな』
「ええ。詳しいことは、戻ってから話します」
『分かった。オルフェンも待っている。
君の帰還を楽しみにしている』
通信が切れる。
風の中でノイズが消え、再び静寂が戻った。
俺は、深く息を吐いて歩き出した。
――アヤ。お前を取り戻してみせる。
---
生体工学研究所のゲートをくぐると、仲間たちが出迎えてくれた。
その顔には、安堵の色が浮かんでいる。
「レイ、お帰り!」
カイが駆け寄ってくる。
「ああ、ただいま。
西部基地は……なんとか、持ちこたえたよ」
「ほんとによかったです……!」
リーナが胸を撫でおろす。
「レイが戻らなかったらどうしようかと思いました」
その隣で、ミラが腕を組んでいた。
「で、どうだった?
例のエージェント――アヤとの再戦は」
俺は少しだけ視線を落とした。
「……厳しかった。
正直、命がいくつあっても足りないと思った」
「そう…それはヤバい」
ルナが驚きの声を上げた。
俺たちは歩きながら、研究所の奥の会議室へと向かう。
そこには、車椅子に座ったオルフェンが待っていた。
「戻ったか、レイ」
その声は相変わらず穏やかで、しかしどこか誇らしげでもあった。
「お疲れ様だった。まずは、お前の見たことを話してくれ」
俺は深呼吸をして、すべてを報告した。
アヤの圧倒的な戦闘能力。パルス・ギアとプラナ・アーツを融合させた異常な戦闘スタイル。
そして、コネクトによって垣間見た――彼女の本当の心。
オルフェンが静かに頷いた。
「つまり、実戦でコネクトは成功したということか」
「はい。アヤの心に繋がる事が出来ました。
彼女の感情の核に触れられた気がします。
愛情、不安、希望……そして――俺への想いも」
カイが息を呑んだ。
「そんなに深く……?
それ、本当にすごいことだよ!」
「けど、同時にチップには防衛機構がある事も確認できました」俺は続けた。
「俺の侵入を検知して、強制的に彼女を“元の状態”に戻そうとしてた。でも、完全には戻らなかった」
「どういうことだ?」
ミラが訝し気に尋ねてくる。
「彼女の目に……ほんのわずかだけど、迷いがあった。
感情が、残ってたんだ」
室内に、沈黙が落ちた。
ヴァイン博士が、その沈黙を破るように口を開く。
「……やはり、彼女の人格は完全には消去されていないようだ」
「はい。どちらかというと、思い出せないように奥底に封印されているみたいでした」
俺の言葉に、オルフェンが低く呟く。
「お前のコネクト技術は確実に向上している。
…しかし、彼女を元には戻せなかったのなら、あと一歩何かが足りない」
「次は……もっと深くまで接続してみせます」
俺が応えると、オルフェンは穏やかなに遮る。
「焦るな、レイ。コネクトは魂の共鳴だ。
強引に踏み込めば、お互いの心が壊れるだろう」
ヴァイン博士が端末を操作しながら言った。
「今回の経験を解析してみよう。どの部分で接続が成功したのか、あるいは抵抗が激しかったのか。
成功と失敗の境界を見つければ、改良の糸口が掴めるはずだ」
「お願いします」
俺が頷くと、カイが手を挙げた。
「そういえば、プラナ増幅装置の開発はどうなっているの?」
ヴァインが苦笑いで口を開く。
「…順調ではあるが、想定以上に難航しているな。
小型化には最低でも3ヶ月。出力の上昇などの更なる改良を目指すなら、半年は必要だろう」
「3ヶ月か……」
俺は少し息を吐いた。
コネクトは成功した事により以前よりも焦りは無くなったが、チップの抵抗力を考えれば、増幅器はおそらく必要になる。
出来れば堅実に行きたい。
---
午後。
訓練区画の奥、ひび割れた床の上に、俺は1人立っていた。
「ウェイクアップ」
意識の集中――いや、もっと細く一点に収束させる。
世界が音を失い、視界が光の粒で満たされる。
今回の持続時間は4分23秒。前回よりも30秒伸びた。
「……悪くない」
俺はさらに呼吸を整え、「コネクト」と呟いた。
空の標的に向かって、精神の波を広げる。
自分の精神領域が、どう広がっていくのかを確かめる為だ。
「調子はどうだ?」
いつから見ていたのか、オルフェンが扉の向こうから声をかけてきた。
「少しずつですが、手応えがあります」
俺は彼に向き合う。
「西部基地での実戦が、かなり大きかった」
「そうだな。実戦で掴んだ感覚は、何よりも大事だ。
訓練では得られないからな。」
オルフェンが俺の言葉に頷いた。
「それにしても……目の色が変わったな。
覚悟を決めた顔だ」
俺は苦笑する。
「正直、怖いですよ。でも――アヤを救いたい気持ちの方が強いです」
「……それでいい」
オルフェンが静かに笑った。
「だが、焦るな。お前のペースでいい」
「師匠。コネクトを完全に習得するには、どれくらいかかると思います?」
俺の問いに、オルフェンは少し考え込む。
「お前の才能と集中力を考えれば……半年から1年、というところだろう」
「……そんなにですか」
「魂と魂を繋げる技術だ。
…何度も言うが、焦って失敗すれば、お互いが崩壊する」
その言葉に、俺は言葉を失った。
確かに。
無理に踏み込めば、アヤの心を取り戻すどころか――永遠に失うことになる。
拳を握りしめ、俺は静かに頷いた。
「分かりました。次は……焦らず、確実に行きます」
オルフェンが微笑む。
「そうだ。それがお前の強さだ」
訓練区画の天井越しに、沈みゆく夕陽が射し込んでいた。
その光の中で、俺は静かに誓った。
――もう二度と、彼女を泣き顔のままにはしない。
---
夕方、各地のレジスタンスから定期報告が届いた。
「東部地区の状況はいかがですか?」
リーナが通信端末を操作しながら問いかける。
『政府軍の動きは依然として活発ですが、大規模な戦闘は確認されていません』
『南部も同様です。ただ……新しいモンスター製造施設の建設が進んでいるようです』
報告を受けながら、俺たちは作戦室のホログラム地図を見つめた。
マザーの支配網は日に日に広がっている。
それでも、まだ決定打は打ってこない。
「……完全統合計画、か」
オルフェンが低く呟く。
「マザーの最終目的、だよね」
カイが資料をめくりながら眉を寄せた。
「おそらくそうだ。ただし、まだ核心には届いていない」
ルナが静かに答える。
「情報収集を強化しよう」
ミラの言葉に、俺も頷いた。
今は焦る時期じゃない。動く前に、知ることが何よりの武器になる。
---
夜。
俺は研究棟で資料の整理をしていた。
古代文字で記された分厚い論文が、机の上に山積みになっている。
「この資料は興味深いな」
ドクター・ヴァインが、淡い光を放つデータシートを見せてくれた。
「精神接続技術……コネクトの理論ですか?」
「ああ。旧世界でも、似た概念の研究が行われていたようだ」
俺は思わず前のめりになった。
紙の端には「神経同調」「意識波共鳴」など、見覚えのある単語が並んでいる。
「……つまり、コネクトは昔から開発されていた技術ってことか」
「そうだな。人と人が“完全に繋がる”という発想は、どの時代にも存在した」
ヴァインは微笑んだ。
「君が使っている技術は、その理論の完成形に近い。
誇っていい、レイ」
俺は無言で頷いた。誇りよりも――責任を感じていた。
アヤを救う。そのためにこの力を磨く。
その想いが、心の中で確かに燃えていた。
---
翌日。
西部基地から通信が入った。
『レイさん、改めて感謝します。あなたのおかげで、基地の復旧が進みました』
「いえ、こちらこそ。無事で何よりです」
『あと……例の女性エージェントのことですが』
声が少し沈んだ。
「アヤのことか」
『はい。撤退の直前、彼女……何かに戸惑っているようでした。まるで、自分の中で何かが揺れているような……』
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
やはり、届いている。
アヤの中の“本当の彼女”に、確かに俺の声が。
「……ありがとう。貴重な情報です」
通信が途切れたあとも、俺はしばらく端末を見つめていた。
あの瞳にもう一度、本当の光を取り戻させる――必ず。
---
午後、設備の点検で未調査区画へ向かった。
厚い金属扉を開くと、そこには旧世界の武器研究室が広がっていた。
埃を被ったラックの上に、パルス・ギアのような剣が並んでいる。
「これは……資料にあったプラナ・ブレードか!」
ヴァインが興奮したように駆け寄る。
「まだ使えるのか?」
「完全ではないが、修復すれば使えるだろう」
俺は柄を手に取った。ひんやりとした金属の奥に、かすかな鼓動のような震えを感じる。
「修復をお願いします」
「承知した。完成すれば――君の力になるはずだ」
ヴァインの目が静かに燃えていた。
---
夜、外に出ると、星空が驚くほど澄んでいた。
基地の灯りを背に、俺は静かに空を仰ぐ。
西部での戦いから、もう数日。
ようやく冷静に、全体を見渡せるようになってきた。
アヤを救うことは、決して夢物語じゃない。
時間をかけて、技術を磨き、仲間と力を合わせれば、必ず届く。
「焦らず、進もう」
夜風が髪を揺らした。
あの時のアヤの涙が、今も胸に残っている。
あれは絶望じゃない。――救いを求める“声”だ。
俺は答える。何度でも。
どんな闇に呑まれても、俺が引き戻す。
彼女を。
この世界を。
そして、俺たち自身を。
星が流れた。
その瞬間、ほんの一瞬だけ、アヤの笑顔が脳裏に浮かんだ気がした。
「……もう少しだけ、待っててくれ」
夜空に向かって、俺は小さく呟いた。
その声は、風に溶けて消えた。
けれど――心の奥で確かに、何かが応えた気がした。




