#25 西部基地の戦火
西部基地までまもなくという地点で、俺は戦闘の音を聞いた。
遠くから響く爆発音と、パルス・ギアの発射音。
そして時折聞こえる、プラナ・アーツの独特な音。
「まだ戦闘は続いている」
俺は安堵して、更に速度を上げる。
俺は最後の岩場を駆け上がり、西部基地を見下ろせる丘の上に到達した。
眼下に広がる光景は、予想以上に深刻だった。
西部基地の外壁は既に突破され、政府軍が基地内部に侵入している。
レジスタンスの戦士たちは必死に抵抗しているが、明らかに劣勢だった。
そして俺は彼女を見つけた。
アヤが基地の中央広場で、複数のレジスタンスと交戦していた。
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彼女の動きは、俺の知っているアヤとはまるで別人だった。
「ディスク・アーツ――《サンダーボルト》」
右手のパルス・ギアから雷光が奔る。
空気を切り裂くような音と共に、雷撃が相手に直撃し、一瞬で装備をショートさせた。
その直後、左手の掌からプラナが迸る。
「ブラスト」
圧縮された光弾が地面を抉り、もう1人を吹き飛ばす。
パルス・ギアとプラナ・アーツ――まるで異なる2つの技術を同時に制御していた。
その動作に一切の無駄がない。
「……最適化プログラム、か」
息を呑む。あれが、マザーの“調整”の結果。
感情を削ぎ落とし、ただの兵器として組み上げられた戦闘体。
アヤはかつて、誰かを傷つけることを何よりも恐れていた。
それなのに今は――無表情で効率よく敵を倒す事だけを計算している。
「ストリーム」
アヤの足元から光の奔流が走り、3人の戦士をまとめて薙ぎ払った。
爆風が広場を覆う。
砂煙の中で彼女だけが、静かに立っていた。
勝敗は一瞬だった。
そこにいたレジスタンス戦士たちは、全員が無力化されていた。
……だが、誰一人、致命傷は負っていない。
「……殺してない?」
それは、マザーの命令か。
それとも、まだ彼女の中に“アヤ”が残っている証なのか。
――俺には分からなかった。
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丘を駆け下りる。
基地の側面から侵入し、できるだけ政府軍に気づかれないよう移動する。
幸い、大部分の政府軍は基地の正面攻撃に集中していた。
基地内部は混乱状態だった。
負傷した仲間たちが避難路を求めて移動しており、所々で小規模な戦闘が続いている。
俺は1人の負傷した戦士を見つけた。
「君は...?」
負傷者が俺を見上げた。
「人類解放戦線のレイです。応援に来ました」
「レイ?…噂には聞いています」
戦士の目に希望が宿った。
「しかし、もう遅すぎます。あの女は化け物です」
「アヤのことですね」
「ええ。私たちの最強の戦士3人がかりでも、全く歯が立ちませんでした」
俺は戦士に簡単な応急手当をしながら聞いた。
「基地のリーダーは?」
「地下シェルターに避難しています。でも、基地の陥落も時間の問題でしょう」
「分かりました。あなたは安全な場所に避難してください」
俺は戦士を避難路に向かわせ、中央広場へ向かった。
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中央広場に着いた時、風の音すら止んでいた。
アヤは、戦場の真ん中に静かに立っていた。
白い軍装は煤け、しかし姿勢は一点の乱れもない。
その周囲には仲間たちが倒れているが、誰一人として命を落としてはいなかった。
――まだ、どこかに“彼女”が残っているのか。
「アヤ……!」
その名を呼ぶと、アヤがゆっくりと振り向いた。
金色の瞳が、無機質な光を放って俺を見据える。
「レイ・シンクレア」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が凍る。
その声は確かにアヤのものだった。だが、響き方が全く違う。
――以前よりも更に温度が感じられなかった。
「予想通りの行動だ」
アヤの言葉は冷たい。
「君がここに来る確率は、87.3%と算出されていた」
「算出……?」
その言葉の意味を理解するのに、一瞬かかった。
「君の行動パターンはすでにマザーによって分析されている。
“感情による衝動的行動”――不適合者の典型だ」
俺の背中を冷たい汗が伝う。
この口調、この分析の仕方――もう、彼女は“アヤ”じゃないのか?
「君は……本当に、アヤなのか?」
「アヤ・クリムゾン。政府エージェント。階級:特別任務執行官」
淡々と言葉を発する彼女の姿に、胸が締めつけられる。
それはまるで、誰かに言わされているような声だった。
だが――目の奥が、一瞬だけ揺れた気がした。
「……本当に、君の感情は全部消されたのか?」
俺が一歩近づくと、アヤの動作がぴたりと止まる。
「接近はさせない。君を無力化する命令が出ている」
「無力化……つまり、殺すのか?」
「殺害は最終手段。可能なら捕獲し、研究対象として搬送する」
「……マザーの“サンプル”として、か」
アヤは何も答えなかった。
代わりに、風が吹き抜けて、髪が光を反射する。
その一瞬だけ、彼女の中に“迷い”のようなものを見た。
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「アヤ。君は利用されてるだけだ」
俺は声を張り上げた。
「マザーは支配のために君を作り替えた。
感情を奪って、都合のいい兵器にしたんだ!」
「マザーは人類の最適統治者だ」
アヤが淡々と答える。
「私の判断は修正され、無駄が削除された。
結果、戦闘効率は23%向上した」
「それで満足なのか? 感情を失って……何が“最適”だ!」
沈黙。
アヤの視線が、ほんの一瞬だけ俺から逸れる。
そのわずかな間に、揺らぎが見えた。
だがすぐに、冷たい声が響く。
「感情という概念は不要だ」
俺は息を吐き、拳を握った。
説得では届かない。だが、諦めるわけにはいかない。
「……なら、俺が君の感情を取り戻してやる」
「興味深い発言だ」
アヤが構えを取る。
「しかし不可能だ。削除された感情は、再構築不能だ」
右手にパルス・ギア。左手に、プラナの光。
空気が震え、砂塵が舞う。
戦場が、ふたたび息を吹き返すように唸った。
「――ウェイクアップ」
俺の中で何かが開く。
意識が研ぎ澄まされ、世界の輪郭が鮮明になる。
アヤの動きの予兆が感じ取れた。
「戦闘開始」
アヤの声と同時に、光が炸裂した。
俺たちの戦いが、始まった。
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「ディスク・アーツ《ファイアショット》」
「ブラスト」
アヤが両手それぞれのアーツを同時に発動した。
炎弾と光弾が完璧なタイミングで俺に向かって飛んでくる。
2つの弾道が交差するように、回避しにくい軌道を描く。
俺は咄嗟に横に跳んだ。
炎弾を回避したが、光弾が俺の肩をかすめた。
「ぐっ!」
熱い痛みが走る。
――かすっただけでこの威力。
直撃していたら間違いなく戦闘不能になっていた。
だが、アヤの攻撃は止まらない。
「シールド」
俺は急いでプラナの防壁を展開する。青白い障壁が俺の周囲を覆った。
「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」
「ストリーム」
今度は雷撃とプラナの奔流だった。2つの攻撃が同時に俺のシールドを襲う。
バチバチと電撃の音が響き、シールドが激しく揺れる。
プラナの奔流がシールドを削り、雷撃が貫通しようとする。
「くそっ、このままじゃ...」
俺はシールドを二重に展開した。
だが、アヤの攻撃の威力は想像以上だった。
「同時攻撃の精度が異常だ」
アヤの戦闘スタイルは、俺の常識を超えていた。
パルス・ギアとプラナ・アーツを完璧に連携させ、途切れることなく攻撃を続けている。
しかも、それぞれの攻撃が互いに補完し合っている。
ディスク・アーツで俺の動きを制限し、プラナ・アーツで確実にダメージを与える。
完璧な戦術だった。
だが、このままただやられている訳にはいかない――俺は反撃を試みる。
「ブラスト」
俺の光弾がアヤに向かう。だが、彼女は最小限の動きで回避し、同時に反撃してきた。
「ディスク・アーツ《アイスランス》」
「ミスト」
氷の槍が3本、空中に形成される。
そしてプラナの霧が広がり、俺の視界を奪う。
「視界が...」
俺は「シールド」で防御態勢を取った。
霧の中から氷槍が飛来し、シールドに激突する。
1本目は防いだ。2本目も防いだ。
だが、3本目がシールドを突破し、俺の左足を貫いた。
「ぐあっ!」
激しい痛みが走る。氷の槍が俺の太腿に突き刺さり、血が流れる。
その瞬間、アヤが霧の中から突撃してきた。
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アヤの接近戦の技術も、遠距離戦と同様に圧倒的だった。
彼女は俺の目の前に現れると、素早く連続攻撃を繰り出してくる。
アヤの右拳が俺の顔面を狙ってくる。
それを頭を傾けて回避したが、次の瞬間、左膝が俺の腹部に叩き込まれた。
「ぐはっ!」
俺の身体が浮き、後方に吹き飛ばされる。
地面に転がり、必死に立ち上がる。
「格闘術も...完璧か」
アヤは無駄のない動きで俺に迫る。
その動きは流麗で、まるで舞うように美しい。
しかも、その一撃一撃に致命的な威力がある。
彼女は格闘術とプラナ・アーツを組み合わせ、俺に隙を与えない。
拳にプラナを込めた打撃。
足払いと同時に放つブラスト。
掴みかかると見せかけてのストリーム。
すべてが計算され尽くしている。
俺は防御に回らざるを得なかった。
「シールドォォッ!」
連続でプラナの障壁を展開するが、アヤの攻撃がそれを次々と破壊していく。
「なぜ抵抗する?」
アヤが攻撃の手を緩めずに口を開く。
「君の戦闘能力では勝利は不可能だ」
「勝つためじゃない」
必死に攻撃を捌きながら俺は答えた。
「君を救うためだ」
「私を救出するという概念は理解できない」
アヤの拳が俺の頬を掠めた。
プラナを込めた攻撃で、威力は俺の想像以上だった。
俺の頬が裂け、血が流れる。視界が揺れ、意識が遠のきそうになる。
「まだ...諦めない」
俺は必死に踏ん張った。足の傷も痛むが、立ち続ける。
「君の記憶を思い出せ」
俺が必死に呼びかけた。
「俺たちが一緒に訓練した日々を」
アヤの動きが一瞬だけ止まった。
「記憶...?」
「そうだ」
俺が続けた。
「あの訓練所で、君は俺に言った。『レイ、あなたは特別よ』って」
「...そのような記録は存在しない」
だが、アヤの声に微かな動揺があった。
彼女の目が、わずかに揺れている。
俺は確信した。記憶は完全に消されてはいない。ただ封印されているだけだ。
「君は覚えてるはずだ」
俺が一歩近づいた。
「やめろ」
アヤの声が震えた。
「そんな記憶は...ない」
アヤの声に感情が混じった。ほんの少しだが、確実に。
「君が俺に言った。『いつかこの世界を変えてくれる』って」
彼女の目から一筋の涙が流れた。
「やめろ!」
そしてアヤは激しく叫びながら、俺に向かって突進してきた。
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