#23 焦りと修練
モンスター生産施設を発見してから、ちょうど2日が経った。
俺は旧生体工学研究所の広大な訓練場で、ひたすらウェイクアップの訓練に取り組んでいた。体内のプラナを極限まで活性化させ、精神と肉体を限界まで高める。
オルフェンが車椅子に座り、冷静な目で俺の修行の進捗を見守っていた。
「ウェイクアップ――!」
俺が声を出すと、体内のプラナが炎のように燃え上がり、全身を駆け巡る。周囲の空気までが張り詰めたように感じられ、世界の細部までが鮮明に見える。影の揺れ、床の微細なほこり、壁に映る光の反射――すべてが異常なほど鮮明だった。
「今回は、1分30秒か。順調に延びているな」
オルフェンが時計を指でなぞりながら呟く。
膝をつき、息を整える。だが、内心焦っていた。コネクトを試すには、この時間では心もとないのだ。
「焦るな」
オルフェンの声には、穏やかさと厳しさが混じっていた。
「コネクトはその性質上、極めて危険度が高い。焦って失敗すれば、相応の反動が返ってくるだろう。
まずはウェイクアップを安定させろ」
俺は頷きつつも、胸の奥では焦燥感ががじわじわと広がっていた。
アヤが連れ戻されてからかなりの日数が経っている。マザーの完全統合計画を阻止まで、残された時間も明確ではない。
――正直言って不安でいっぱいだった。
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その日の午後、基地に各地のレジスタンス組織から代表者たちが集まった。人類解放戦線設立以来、初めてとなる大規模な作戦会議。各地で散発的に活動していた俺たちが、一堂に会して作戦を討議するのは初めてのことだった。
「モンスターの件、聞いたぞ。とんでもねぇ事になってやがるな」
北部代表のマルコスが開口一番、憎々し気に吐き捨てた。東部代表であるサラは厳しい表情で報告書のデータを見ている。
「まさか、マザー自らがモンスターを生み出していたなんてね……」
「だが、これは好機でもある。
モンスターが人工的に造られた存在なら、その製造システムを破壊すればいい」
オルフェンは資料を指で叩いた。
「つまり、我々には明確な攻撃目標ができたということだ」
なるほど、と俺は思った。確かに、奴らが自然発生した生物ではなく、マザーが造り出した兵器だとすれば――
生産を止めれば、外の脅威は激減する。だが同時に、そんな施設がいくつ存在するのか分からない。
「問題は場所」
ルナがモニターに地図を広げた。
「衛星データの分析結果を見る限り、同様のエネルギー反応が少なくとも五箇所ある。
だが、どれが中枢かは特定できていない」
「それも調査が必要だろう。…さて、各地の報告を聞きたい。
西部地区の状況はどうなっている?」
ミラが資料を手に、マルコスに問いかける。
「政府軍の攻撃が激化してやがるな。
不適合者に対する弾圧も、これまでにないほど厳しくなった」
「東部も同様ね」
そう続くサラの表情は暗い。
「まるで一斉に摘発するように、各地区が同時に標的にされているわ」
俺たちは互いに顔を見合わせた。
マザーは本格的に俺たちの動きに対処し始めた――そんな気配が軍の動きから見て取れたからだ。
「情報の共有を密にしなければな」
オルフェンの、低く落ち着いた声が響く。
「各地の状況を正確に把握しなければ、適切な対策は立てられん」
リーナが通信機器を手際よく操作しながら提案した。
「定期的な情報交換のネットワークを構築しましょう。
週に一度、各地の状況を報告し合う機会を作れるように」
「賛成だ」
西部地区の代表であるチェスターが力強く頷く。
「個々に動いていては、マザーに各個撃破されるだけだからな」
会議を聞きながら、俺は人類解放戦線が、ようやく1つの組織として機能し始めたことを実感した。バラバラだった力が、少しずつ結集しつつある。
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会議が終わると、俺は再び1人で修行を続けた。
今回のウェイクアップは、これまでで最も長く持続出来た。床に膝をつき、額から流れる汗を拭いながら、心の中で時間を刻む。2分近く維持できたが、コネクトを試すにはまだ心許ない。
「調子はどうだ?」
振り返ると、オルフェンが車椅子でゆっくりと近づいてきた。俺は息を整えつつ口を開く。
「少しずつですが、確実に進歩しています」
「お前の成長速度は驚異的だが、無理は禁物だ。
ウェイクアップは身体に相当の負担がかかる。あまり根を詰めるな」
俺は躊躇したが、正直な気持ちを口にすることにした。
「でも……アヤのことが心配で仕方ないんです。
彼女の状況を考えると、どうしても焦ってしまう」
それを聞いたオルフェンの表情がわずかに柔らかくなる。
「お前の気持ちは理解できるが、焦って失敗すれば、彼女を救うことはできない。
まずは己を鍛えることが、最優先だ」
「はい……」
「それに」
オルフェンは車椅子を静かに動かしながら続けた。
「お前が成長すれば、アヤだけでなく、多くの人を救うことも可能になるかもしれない」
俺は師匠の言葉を噛み締めた。個人的な感情を超えて、俺のコネクトがこれから多くの人生を左右する――
そんな使命を帯び始めていた。
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翌日、基地に重要な来客があった。ハンター協会のジャック・ハリソンと、数名の精鋭ハンターたちだ。
「君たちに提案がある」
ジャックは入り口で足を止めると、真っ直ぐ俺たちを見据え、口を開いた。
「どんな提案だ?」
「情報交換と相互協力関係を結びたい」
ミラが身を乗り出すと、ジャックはそう告げた。その声は低く、決意に満ちていた。
「モンスター製造施設の件で、協会内部でも議論が起きている」
「どういう議論が?」
「俺たちは長年、マザー自ら作った敵と戦わされてきた。
……その事実に対して、協会内部でマザーに疑問の声が上がっている」
俺が尋ねると、ジャックは言葉を選ぶように続けた。
「それを知った今、真実を共有し、協力できる相手とは協力すべきだと判断した」
俺の胸に希望が芽生えた。ハンターたちとの連携が実現すれば、戦力は飛躍的に増強される。
「具体的には?」
「フィールドでの情報提供、必要に応じた戦闘支援だ。
…ただし、まだ表立って政府に反抗することはできない」
オルフェンの問いかけに、ジャックは冷静に説明する。
「つまり――秘密の協力関係、ですね」
「そういうことだ。俺たちも真実を知りたい。
……だが、慎重に動く必要がある」
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ジャックたちとの会談は予想以上に有意義だった。ハンター協会の一部が、人類解放戦線に協力的であることが分かったのだ。彼らは長年、危険なフィールドで活動してきた経験を持つ精鋭たち。地形やモンスターの動き、政府軍のパターンに至るまで、膨大な情報を有していた。
「これで戦況が少しは変わるかもしれない」
カイが興奮気味に拳を握る。その目の奥には戦意の光が満ちていた。だが、ミラは慎重だった。資料を手にしながら、低く注意を促す。
「ただし、油断は禁物だ。ハンター協会全体が協力的とは限らない。
……中には、政府寄りの者もいる」
オルフェンが静かに口を開いた。
「それでも、これは重要な一歩だ。
長年マザーに戦わされてきた者たちが、ようやく真実に目覚め始めている。
協力の芽が出たということだ」
俺はジャックの言葉を反芻していた。
『俺たちも真実を知りたい』
マザーの支配に疑問を抱く人々が確実に増えている。それはまだ微かな光かもしれないが、希望の兆しだった。
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その夜、俺は再びウェイクアップの訓練をしていた。静まり返った訓練場の空気は、昼間とは異なる緊張感を帯びている。どこからか外の空気が流れ込み、髪を揺らす。
俺は深呼吸し、体内にプラナを巡らせた。
「ウェイクアップ――」
意識が極限まで研ぎ澄まされる。この状態を維持しながら、更にプラナを練った。
「くっ…」
今回の持続時間は2分15秒――確実に進歩はしているが、俺の心は落ち着かない。実戦でコネクトを試すには、この時間ではまだ不安が残る。
「2分を超えたか……そろそろ、一度コネクトを試してみるか?」
だが、俺の内心をよそに、そうオルフェンは穏やかに提案してきた。それを聞いた俺の心臓は跳ね、手が微かに震える。
「本当ですか……?」
「ただし、安全第一だ。俺の精神への軽い接触のみ。なにか異常があれば即座に中止しろ」
俺は大きく息を吸い、覚悟を決めた。ついに、コネクトを試す瞬間が来たのだ。
「ウェイクアップ」
体中のプラナが奔流のように駆け巡り、意識が波のように広がった。
すべての感覚が研ぎ澄まされる。この空間全体が、そしてオルフェンの存在が、空気の揺らぎまでもが手に取るように感じられる。
「コネクト――」
俺の意識はゆっくりと拡張し始め、思念の波がオルフェンの精神領域に触れようと彼の方へと流れていく。
しかし、触れられない――何かが俺の意識の進行を阻んでいる。
「ダメだ、うまくいかない……」
「初回としては上出来だ」
俺は息を荒くしながら、意識を戻した。それを見ていたオルフェンが静かに評価を下す。
「少なくとも、コネクト自体は発動している」
「でも……心に触れる事ができませんでした」
悔しさと苛立ちが胸に広がった。そんな俺をオルフェンは穏やかに諭す。
「それは経験不足のせいだろう。コネクトは、未知の領域の技で、俺にも助言は出来ん。
だが、相手の精神と同調するコツを掴めば、成功するはずだ。」
俺は小さく頷く。
ここまで来たことに希望の光を感じていた。少なくとも、コネクトの入り口に立てたのだ。ここから先は、己の意志と技術次第だ。
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翌日、各地のレジスタンス組織から続々と情報が届いた。
「南部地区で新しいモンスター製造施設が発見されました」
「東部では政府軍の動きが活発化しています」
リーナが資料を整理し、淡々と情報の分析をしている。
「明らかに、マザーは計画を加速させています」
「完全統合計画の準備が本格化している、ということか」
俺の言葉にオルフェンが深刻な表情で頷いた。
「時間がますます限られてきたな。だが、俺たちも着実に力をつけている」
「各地のレジスタンスとの連携も強化されて、ハンターとの秘密の協力関係も始まりました」
会話に加わってきたカイの表情は明るい。
「ああ。さらに、レイのコネクトも進歩している」
オルフェンが俺を見据える。
「楽観視はできないが、まだ時間はある」
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その夜、俺はひとり星空を見上げていた。無数の星が静かに輝く。
――遥か昔の研究者たちも同じ星空を見上げていたのだろう。
ウェイクアップの持続時間は確実に伸び、コネクトを発動することも出来た。各地のレジスタンスとの連携も強化され、新たな協力者も現れた。
だが、同時にマザーも本格的に動き出している。世界の運命を賭けた戦いは、これから激化していくだろう。
「まだだ、まだこれからだ……」
俺は小さく呟いた。
――大丈夫だ。一歩一歩、着実に前進している。
アヤを救うために。人類の自由を取り戻すために。俺たちの戦いは、確実に新たな段階へと進もうとしていた。




