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#22 生産施設

 旧世界の記録を発見してから、3日が経った。あの映像――イザベラ博士の言葉が、今も脳裏に焼きついて離れない。だが、立ち止まっている暇はない。俺たちはすでに“次の戦い”に向けて動き出していた。


「今回の調査地点はここだ」

 ミラがホログラム地図を展開し、指で一点を示す。


「北部のマルコスたちが旧世界の遺跡を発見した。

 けれど――問題がある。周囲にモンスターが異常発生している」


 青白く光る地図の上、赤いマーカーが瞬いていた。居住区からおよそ35キロ離れた、荒野の外縁部。風の通り道すら乾いた砂に呑まれる、不毛の地だ。


「どんな遺跡なんだ?」


 俺が尋ねると、リーナが端末を操作して報告書を開いた。


「構造はまだ解析中。でも、旧アルシオン期の施設らしいわ。

 だけど――生体反応の数が尋常じゃない」

 彼女の声にわずかな緊張が混じる。


「種類も数も、今までの記録にないレベル。

 放置すれば居住区が襲われる危険がある」


「どのくらいの数だ?」


「少なくとも50体以上」


「スクラップビースト、アーマドウルフ、バイオマンティス……あらゆる種が混ざってる。

 自然発生とは考えにくい」


 ミラが眉を寄せてそう告げると、あたりに重苦しい沈黙が落ちた。これまでモンスターは単独行動か、小規模の群れしか形成しなかった。それが“群れ”ではなく“集団”とは…そこには明確な意志を感じる。


「調査チームの編成は?」


「レイ、ルナ、そして技術担当としてヴァイン博士。

 最小限の人数で潜入。

 任務は“調査と帰還”、戦闘は想定外。…無理はしないこと」


 ミラの指示に俺は頷く。そのとき、車椅子の音が背後から近づいた。――オルフェンだ。まだ回復途上の身体でありながら、指揮官として現場を見守り続けてくれている。


「無茶はするなよ」

 穏やかだが、鋭さを失わない声。


「敵の数が多すぎると判断したら、即時撤退だ。

 生きて戻ることを最優先にしろ」


「わかってます」


 師匠の気遣いを有難く思いながら、俺は頷いた。


---


 2時間後。俺たちは装備を整え、荒野のフィールドへと踏み出していた。土埃の混じった赤茶けた風が吹き荒れ、ブーツの下で乾いた砂が砕ける。見渡す限りの荒野の中で、生命の気配は俺たちの足音だけだった。


「……おかしい」

 ルナが端末と見比べながら辺りを見回す。


「このエリア、いつもならスクラップビーストの巣がいくつかあるはず。

 なのに、反応がない」


「生体反応はあるが、すべて前方に集中しているな」

 ヴァインは分析器を覗き込んだままだ。


「どう考えても、集団行動をしている。自然の動きじゃない」


 地面には無数の足跡。大小さまざまな形が、まるで一本の流れのように同じ方向へ続いている。


「統制が取れすぎてる……」

 俺は屈み込み、足跡に触れた。まだ砂に温度が残っているように思える。


「まるで何かに呼び出されてるみたいだ」


 胸の奥に、不穏なざわめきが広がる。

更に1時間ほど歩いたころ、視界の先に影が見えた。


「あれ……見える?」

「遺跡……いや、施設か」


 ルナが目を細めて訪ねてきた。その指が指す方向を見て、思わず呟く。

 

 遠くの地平線に、巨大な構造物の一部が突き出ていた。半ば地中に埋まったドーム状の構造物で、金属の外壁は風化し、所々に亀裂が走っている。しかし、どこかただならぬ圧迫感があった。

 そして、その周囲には、確かに大量のモンスターたちがいた。それぞれの種類はバラバラなのに、互いに争う気配がない。ただ静かに――施設を見つめている。


「信じられない……」

 ルナが息を呑む。


「スクラップビーストとアシッドスライムが並んでるなんて……あり得ない」


「まるで“命令”を待ってる兵士みたいだな」

 ヴァインが感情のない声で低く呟く。


 その時、別の方向から人影が近づいてきた。砂煙を上げながら、十数人の集団が姿を現す。全員、武装している。


「おい、そっちの連中!」

 リーダーらしき男が声を張り上げた。


「何者だ?」


 俺たちは即座に警戒態勢を取る。だが、相手もこちらに銃口を向けたまま、動かない。

――お互いの間に緊張が張りつめる。


「民間の調査団よ!

 あなたたちは?」


 即座にルナがそう叫ぶと、男が応えた。


「こっちはハンター協会の緊急調査チームだ。

 この異常現象を調べに来た」


---


 しばらく情報を交換したあと、状況が見えてきた。


「3日前からだ」

 リーダーらしきが言った。


「モンスターどもが急に同じ方向に歩き始めた。

 最初は偶然かと思ったが、群れの規模が日に日に増えていってな。

 ……気づいたらこの有り様だ」


「協会でも問題視していると。

 …居住区に流れ込めば、被害は甚大」


 ルナの言葉に、彼は重く頷いた。


「その通りだ。……だが、数が多すぎて手が出せない。

 下手に刺激すれば、逆に暴走する可能性がある」


 俺は地面を見下ろしながら考えた。

“なぜ”奴らはここに集まっている?本当に“何か”に呼ばれているのか?


「……一緒に調査しませんか?

 人数が多い方が安全だし、情報共有もできる」


 俺の提案に彼は一瞬考え、頷いた。


「悪くない。俺たちも手詰まりだった。協力しよう」


「レイ・シンクレアだ。よろしく頼む」

「ジャック・ハリソン。一応ハンター稼業15年のベテランだ」


 俺が右手を差し出すと、力強い握手が交わされた。


---


 合同調査チームとなった俺たちは、慎重に施設へと接近した。距離を詰めるごとに、胸の鼓動が速くなる。モンスターたちは確かに俺たちを見ているが、襲ってこない。ヴァインの言った通り、まるで命令を待つ兵士のようにじっと動かなかった。


「本当に何かを待ってるみたいだな……」

 ジャックが息を呑む。


「でも、何を?」

 

 ルナが呟いたその瞬間――重い音が響いた。施設の入り口が、ゆっくりと開いていく。暗闇の奥から現れたのは、異様な存在だった。4メートルはあるその巨体は黒い鱗に覆われ、腕の先は刃のように鋭い。その姿を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「……親玉?」


 ルナが身構えるが、巨体は襲ってこない。

その代わりに、低い唸り声をあげる――すると周囲のモンスターたちが一斉に動き出した。整然とした列を作り、次々に施設の中へと入っていく。その動きはまるで行進のようだった。


「……どうなってるんだ?」

 ジャックの声がかすれる。


 俺は無意識に一歩、前へ出ていた。施設の奥から、かすかな機械音が聞こえる。金属が擦れ、歯車が回るような音。


「中で何かが動いてるな」

 ヴァインが分析器のディスプレイを確認した。


「大型機械……いや、生体反応も混じっている……?」


「入ってみよう」

 俺はさらに一歩前へ出た。


「危険すぎる!

 中に何があるかもわからないんだぞ!」


 ジャックが慌てて止めようとするが、俺は振り返らずに言った。


「でも、このままでは何もわからない。

 ……俺が先頭に立つ。何かあればすぐに撤退する。それでいいか?」


 砂塵の中、全員の視線が俺に集まる。しばしの沈黙の後――ジャックが短く息を吐いた。


「……わかった。

 だが、危ないと思ったら即時撤退だ」


 俺は頷き、暗闇へと一歩を踏み出した。

――その瞬間、空気の温度が一気に変わった気がした。


---


 施設の内部は、これまで見たどの場所とも異なっていた。

重い扉を抜けた瞬間、空気の匂いが変わる。鉄と油、それに――何かの腐敗臭が微かに混じっていた。

 通路の壁は旧世界時代のものなのに、ところどころに最新式の光導線が張り巡らされていた。まるで、過去と未来を無理やり縫い合わせたちぐはぐな空間。そして最も驚くべきことは、ここが稼働中の工場だった事だ。


「これは……」


 息を呑む俺たちの前に広がっていたのは――モンスターの製造ラインだった。

無数の培養槽が並び、濁った液体の中で不気味な影が蠢いている。管を通して生体組織が注入され、機械のアームが骨格を整え、筋繊維を接合していく。完成した“生物”は、ベルトコンベアのような機械によって外へと運ばれていった。


「モンスターが……人工的に作られてる?」


 ジャックが呆然と呟く。その声には動揺や怒り、恐怖の色などさまざまな感情が入り混じっていた。


「誰が、何のために……?」


 それを見たルナの声も震えている。その表情は、目の前の光景を明らかに拒んでいた。

 ヴァインがすぐに端末を取り出し、周囲の装置に接続する。


「この技術……旧世界のものじゃない。もっと新しい。

 パルス技術が使われている以上、マザーの管理が始まってからの設計なのは間違いない」


「じゃあ、誰かが――今も稼働させてるってことか」

 自分の言葉に背筋が冷たくなった。

 

 奥へ進むと、制御室のような空間にたどり着く。

そこでは、巨大なモニターに絶え間なくデータ表示が流れていた。


《生産効率:98%》

《品質管理:正常》

《出荷予定:居住区周辺配置用500体》


 モニターを見た瞬間、血が凍った。


「……“出荷予定”って……まさか、居住区を狙って…」


 ヴァインが操作盤を解析し、モニターに地図を呼び出す。そこには居住区の周囲に、無数の赤い点が円を描くように表示されている。それぞれが“配置予定地点”と記されていた。


「これは……モンスターの配置計画だ。

 …自然発生なんかじゃない。意図的に、居住区を囲むように“配置”されてる」


「誰がこんなことを……?」


 俺の言葉に、ジャックの顔色がみるみる青ざめていく。


 その瞬間、モニターの画面が自動で切り替わった。無機質な文字列が流れ始める。


《マザー・システム 生体防衛プロジェクト Phase3》

《目的:居住区住民の外部脱出防止》

《方法:生体兵器配置箇所をフィールド全域へ適用》


――沈黙が訪れた。

誰も、最初に声を出せなかった。


「……居住区は、マザーが人を守るために作った“檻”ってことか」


 俺の声が、自分でも驚くほど冷たく響いた。


「守る?これが守るって言えるのか!?」

 ジャックが怒鳴った。


「人々を囲って、防壁の外をあえて危険にして、自由を奪う……それが“保護”かよ!」


「マザーにとって、人間は家畜も同然なんだ。

 支配と保護の境界なんて、とうの昔に消えてる」


 俺は拳を握りしめて、壁に叩きつけた。端末を調べていたヴァインが顔を上げる。


「システムのログを見る限り、これは自動運転モードになってるな。

 おそらく何年も前に設定された命令が、今も続いている」


「つまり、俺たちハンターは……」

 ジャックが息を呑む。


「マザーの作った“敵”とわざわざ戦わされてたってことか……」


 その言葉に、誰も反論できなかった。

 

 その瞬間――施設全体に警報が鳴り響いた。


《侵入者を検知。セキュリティプロトコル発動》


 赤い警告灯が一斉に点灯し、空気が振動する。通路のシャッターが自動で閉まり始め、天井のスピーカーから低い機械音声が響いた。


「やばい、バレた!」

 ルナが叫ぶ。


 俺たちは制御室の中央に閉じ込められ、外からは何か巨大なものが這いずる音が近づいてくる。――新しく生産されたモンスターたちだ。


「脱出する!」

 俺は即座にシールドを展開した。青白い光の障壁が俺たちを包み込む。


「なっ……君、今のは何だ?」

 ジャックが目を見開く。


「後で説明します!今は逃げるのが先だ!」


 俺はプラナを集中し「ブラスト」を放った。

圧縮された光弾がドアを粉砕する。吹き抜ける風のように、俺たちは走り出した。背後からは咆哮と金属音、培養槽が割れる音が次々と響く。


――脱出は困難を極めた。


 新たに“生産”されたモンスターが群れをなして追ってくる。だが、ジャックたちのディスク・アーツが炸裂し、様々な光が敵を打ち砕く。ルナの銃と俺のプラナ・アーツで援護し、進路を確保する。


「君のその技は……何だ?」

 息を切らしながらジャックが問う。


「プラナ・アーツと言う旧世界時代の戦技です。これはマザーの影響を受けません」

「マザーの影響って…?」

「詳しくは後で」


 やがて出口の光が見えた。

俺たちは全力で飛び出し、赤い大地に倒れ込む。


 背後で施設の扉が自動的に閉まり、再び静寂が訪れた。熱い風が頬を撫でる。俺たちはそのまま安全な距離まで走り続けた。


「信じられない……」

 ジャックが荒い息を吐く。


「モンスターがマザーの造った兵器だったなんて……」


「これは重大な発見だよ。マザーの支配システムの一端が明らかになった」


 同じく息も絶え絶えなヴァインだが、興奮は隠せていなかった。


「……これが真実なら、人類は檻の中の鳥だ」


 俺が夕焼けを見上げそう呟くと、ルナが唇を噛みしめる。


「でも、真実を知った。それだけで一歩前進」


「ああ…基地へ戻ろう。これは皆で共有する必要がある」


---


 別れ際、ジャックは何かを決意した眼をしていた。


「君たちは……本当は何者なんだ?」


「…俺たちはレジスタンス。マザーの支配に抗う者たちです」


 俺が少し迷った末に答えると、ジャックはしばらく黙って――やがて苦笑を浮かべた。


「……なら、俺たちもそうかもな。知らず知らず、マザーの茶番に突き合わされていた。

 真実を知った今、俺たちも同じようなものだ」


「もしよければ、また会いませんか?

 お互いの情報を共有できれば、可能性が広がる」


 俺の提案にジャックは空を見上げ、短く息を吐いた。


「考えてみる。ただ、俺たちハンター協会にも事情がある。

 ……個人的には、あんたらの言葉、嘘には聞こえねぇがな」


 それだけ言い残し、彼らは夕陽の向こうへと去っていった。


---


 帰路の途中、俺は思考を巡らせていた。

マザーの生体兵器システム。モンスターという“檻”。そして――新たな協力者の存在。


「世界は俺たちが思ってるよりずっと歪んでるな」


「でも、今日で少しはその歪みの形が見えた。

 それは大きな前進」


 俺の呟きを拾ったルナが頷く。


 「そうだな」


 真実は痛みを伴う。けれど、それを知らずに戦うよりはずっといい。



 何処までがマザーの計画の一部なのか…そんな事を考えながら帰路に着いた。



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