#20 人類解放戦線
旧世界の地下施設は、想像以上に広大だった。
錆びた鉄骨とガラスの通路が迷宮のように入り組み、ところどころで古い照明が淡く瞬いている。
到着から2日。
俺たちはこの場所を、新たな拠点――いや、本拠地として整備し始めていた。
「電力システムは問題なく稼働してるわ」
リーナの声が、広い空間に反響した。
「通信設備も旧式だが、修復すれば使えそうね」
「ここなら200人規模でも収容可能だな」
ミラが操作パネルを点検しながら言った。
ヘッドライトの光が、彼女の額の汗をきらりと照らす。
俺はオルフェンの車椅子を押しながら、廊下を歩いていた。
壁には、古代文字のようなものが刻まれている。
それは旧世界時代の名残りを強く感じさせた。
「師匠、ここはもともと何の施設だったんですか?」
「研究所だな」
オルフェンが指先で壁の銘板をなぞる。
「『アルシオン生体工学研究所』。
…マザーが誕生する前、人間がプラナ・アーツを研究していた場所かもしれん」
「……プラナ・アーツは、そんな昔から存在していた?」
「そのようだな」
ドクター・ヴァインが興味深そうに続けた。
「マザーのマイクロチップが導入される前、人間は自分の手で”力”を生み出そうとしていたんだろう」
ヴァインの瞳が、かすかに光る。
「つまり、ここは“失われた遺産”というわけだ」
そのとき、足音が響いた。
硬い靴底が床を叩く音――複数人分。
「来たか」
ミラが音のした方へと振り向いた。
現れたのは、各地のレジスタンス組織の代表たちだった。
砂にまみれたコート、傷だらけの顔。
――それでも皆、強い意志を眼に宿していた。
---
会議室として使われることになった広いホールには、15人ほどのリーダーが集まっていた。
発電機の音が低く唸り、照明が不安定に明滅する。
「北部レジスタンス代表、マルコス・ヴェイガだ」
髭をたくわえた壮年の男が名乗る。
「3日前に拠点が攻撃を受けた。多くの仲間を失ったが……まだ全滅はしちゃいない」
「東部地区のサラ・チェンよ」
落ち着いた声の若い女性が立ち上がる。
「うちも同じようなものね。マザーは本格的に反抗勢力の排除を始めたわ」
続々と報告が続く。
どの組織も、ほぼ同時期に襲撃を受けていた。
「偶然ではないな」
オルフェンが静かに言った。
「マザーが、全レジスタンス勢力を一斉に排除しに動いた」
「つまり、俺たちがそれだけ脅威になったってことか。
…皮肉なもんだな」
そうマルコスが苦笑すると、サラが資料をホログラムで映し出す。
そこには“最適化プログラム”の解析データが表示されていた。
「各地で同じ傾向が見られるわ。
この通り、最適化プログラムを受けたエージェントたちが組織的に動くようになってる」
「最適化プログラム?」
別の代表者が聞いた。
「マイクロチップの強化プランよ。感情抑制、思考制御の完全化。
マザーの命令に逆らえない“完璧な兵士”を作り出すシステム」
サラの説明に、俺は思わず拳を握りしめる。
アヤはその第一号だ――。
「内部協力者の情報では、すでに全エージェントへの適用が進んでいるそうだ」
東部の諜報担当の男が続けた。
「最初の実験体は……成功したらしい」
心臓が軋む。
“最初の実験体”――アヤと戦った時の光景が頭から離れなかった。
「……それより、今後どう動くかだ」
マルコスの声が空気を引き締める。
「バラバラじゃ勝てねえ。ここで一つにまとまるしかない」
オルフェンが前に出た。
その目には、静かな闘志が宿っていた。
「――統合レジスタンス組織の設立を提案する」
---
会議は深夜まで続いた。
誰もが真剣だった。冗談ひとつ出ない。
組織の構成、指揮系統、作戦方針……決めることは山ほどある。
人類の未来を、どう生きるかを決める会議だった。
「組織名はどうする?」
「フリーダム・アライアンス、ってのは?」
「響きはいいけど、抽象的すぎるわ」
「もっと直接的な方がいい。対マザー組織連合とか」
マルコスやサラ、別の代表者たちの声が重なる。
議論が飛び交う中、俺は黙って天井を見上げていた。
ぼんやり光る古い蛍光灯が、かつての人々の夢を照らしているように見えた。
――人間として、自由に生きる。
それだけのことが、今の時代では“反逆”になる。
「……人類解放戦線」
自然と口からこぼれた言葉に、皆の視線が集まる。
「敵は政府の人間だけじゃない、マザーの管理システムそのものです。」
俺は続けた。
「俺たちは“人類の自由”を取り戻すために戦うんです」
オルフェンが深く頷いた。
「いい名だ。目的がわかりやすく、力強い響きだ」
「人類解放戦線――いいじゃねぇか!」
マルコスが拳を突き上げると、ホールに同意の声が次々と上がる。
その瞬間、俺たちは一つの組織となった。
---
次は、指揮体制の話だった。
「最高司令官は、オルフェンが適任だろう」
マルコスの提案に、オルフェンは静かに首を振った。
「この身体では、長く現場を動かせん」
「なら誰が?」
一斉に視線が彷徨う中で、オルフェンは俺を見た。
「――レイ・シンクレア。お前だ」
「俺が……?」
思わず声が裏返る。
「俺なんか、まだ経験も浅い若造で……」
「経験は積めばいい」
オルフェンが遮る。
「元エージェントのお前にはマザーのシステムへの理解と、対抗する力を持っている。
それにさっきの言葉――人を導く素質がある」
サラが微笑んだ。
「あなたは“不適合者”たちの”象徴”よ。
チップに適合せず、不遇だった多くの者たちを代表する存在。
知らないかもしれないけど、多くの人があなたの話を聞き、希望を見ているの」
「レイ・シンクレア……」
別の代表者が呟く。
「元エージェントでありながら、レジスタンスとしてプラナを扱う戦士。
まさに俺たちの象徴だ」
俺は唇を噛んだ。
重すぎる。だけど――ここで逃げるわけにはいかない。
「……わかりました。
ただし、俺はまだ未熟です。皆さんの助言がなければ何もできません」
「当然だ。俺たちは1つのチームだ。お前一人に背負わせやしねえ」
マルコスが笑いながらそう言うと、他の代表達を頷く。
それを見たオルフェンは目を細めていた。
「ようやく始まるな。ここからが本当のマザーへの反抗作戦だ」
---
会議の終盤――空気が一段と張り詰めた。
「政府内部に協力者がいる」
東部地区の諜報担当が、低い声で切り出した。
「……何だと?」
「本当ですか?」
オルフェンの目が鋭く光る。
思わず俺も身を乗り出した。
「ああ。マザーのシステムに疑問を持つ技術者や研究員が、少数だが存在するらしい。
彼らからの情報によると――マザーは新しい段階に入った」
「新しい段階?」
「『完全統合計画』だ」
諜報員が言葉を吐き出すように続けた。
「コードネーム――“プロジェクト・ユニティ:フェイズ・ファイナル”。
全住民のマイクロチップを新型に更新し、思考と感情を完全にマザーの制御下に置く計画だ」
その場に重い沈黙が落ちた。
機械の駆動音が、やけに遠くに感じる。
「……期限は?」
「6ヶ月だ」
短いオルフェンの問いに、諜報員が答える。
「6ヶ月で、全ての更新を完了させる。
並行して、俺たちのような反抗勢力を根絶やしにするつもりだ」
6ヶ月――それが、人類に残された自由の猶予だった。
拳を握る音が自分でも聞こえた。
頭の奥で、アヤの声が響く――“レイ、あなたに希望を託すの”。
「さらに」
諜報員が資料を一枚広げる。
「マザーは“特別任務執行官”を育成中だ。プラナ・アーツを使えるエージェントらしい……。
ディスクとプラナの両方を操る人間兵器、その第一号は……実戦配備間近だという」
心臓が、跳ねた。
――それは、アヤのことだ。
最終調整が終わり、マザーの操り人形となる彼女のことだ。
「なら、動くしかない」
立ち上がった俺の声が、会議室の空気を切り裂く。
「マザーより先に行動を起こす。
6ヶ月あれば――俺たちが力を合わせれば必ず計画を潰せる」
サラが頷き、マルコスが腕を組む。
オルフェンがゆっくりと車椅子を回した。
「具体的な作戦は?」
「まず、この施設の研究資料を洗います。
旧世界のプラナ研究が、俺たちの武器になるかもしれません」
マルコスの質問に、俺が答える。
それにオルフェンが続いた。
「それと同時に各地の不適合者を保護し、チップに頼らない戦力を育てる。
マザーの管理網の外にいる人間たちを――人類の生きる希望に変えるんだ」
「情報網も強化する必要があるわ。
政府内部の協力者との連絡を密にして、マザーの動きを監視するの」
そうサラが締めると、マルコスが拳を机に叩きつけた。
「よし、やることは決まったな!6ヶ月でマザーのシステムをぶっ壊し、人類を取り戻す!
やるぞ、レイ!」
「はい!」
俺が答えると、会議室は歓声に包まれた。
---
その夜、俺は屋上に立っていた。
風が冷たい。けれど、それ以上に胸の奥が熱い。
今日決まったことを、何度も頭の中で反芻していた。
「人類解放戦線の作戦司令官、か……」
呟く声が夜空に吸い込まれる。
責任の重さなんて、とっくに覚悟していた。
でも――“アヤを救う”という一点だけは、絶対に譲れない。
「6ヶ月……」
長いようで短い。だが、十分だ。
この命を燃やすには、ちょうどいい。
背後から、車輪の音が聞こえた。
「考え込んでいるな」
オルフェンが静かに並んだ。
「責任の重さを感じています」
正直に答える。
「重いのは当然だ」
オルフェンが淡く笑う。
「だが、お前には他の誰にもない強さがある」
「強さ……?」
「愛する人を救いたいという想いだ」
その言葉に、胸が熱くなる。
アヤ――。
君が、俺の中の炎を絶やさずにいる理由だ。
「師匠。プラナ・アーツをさらに発展させるには、どうすればいいでしょうか?」
「この施設を調べてみることだ」
オルフェンの提案に、俺は頷く。
「旧世界のプラナ研究は、まだ誰にも解明されていない部分が多い。
ここにある資料が、お前の技術向上に繋がるかもしれん。」
「はい」
「それに、精神干渉、意識リンク、感応……
お前が考えている“コネクト”の手がかりも、ここに眠っているかもしれない」
コネクト。
心と心を直接繋ぐ――まだ未完成の技術。
けれど、それがあれば……アヤを取り戻せるかもしれない。
「この場所で見つけます。必ず」
「あぁ。きっと旧世界の研究者たちも、プラナの精神的な影響を試していたはずだ」
「明日から早速調査を始めます」
「だが、焦るなよ」
オルフェンが優しく諭す。
「道は必ず開ける。お前が本気で進み続ける限りはな」
風が吹いた。
古い金属の屋根が軋み、遠くで雷鳴が鳴った気がした。
嵐の前の夜――そんな予感がした。
人類解放戦線としての戦いが、いよいよ始まる。
マザーとの最終決戦に向けて。
そして、愛する人を救うために。
俺は夜空に誓った。




