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#02 赤茶けた大地


「今回の任務は、フィールドでの資源回収だ」


エージェント訓練所の任務ブリーフィング室で、俺たち候補生は初の実戦任務について説明を受けていた。

部屋は薄暗く、中央に設置された巨大なホログラフィ投影装置だけが青白い光を放っている。


冷たい蛍光の輝きが、候補生たちの顔を不安げに照らし出す。

誰もが硬い表情で、息を潜めて訓練官の言葉を待っていた。


「居住区から20キロ離れた旧通信施設の調査と、有用な部材の回収。

 ただし、フィールドには敵性生命体——モンスターが徘徊している」


訓練官のハリス中佐は、いつものように表情を変えることなく淡々と説明を続けた。

その落ち着きこそ、歴戦の勇士として数多の実戦を生き延びてきた証だった。

彼の左胸に輝く勲章群は、その経歴を雄弁に物語っている。候補生の中には、憧れと恐怖の入り混じった目で彼を見つめる者もいた。


ホログラフィに映し出されたのは、赤い大地に建つ錆びついた建造物群だった。

3階建ての施設は一見すると普通の建物に見えるが、外壁の至る所に不自然な亀裂や、まるで巨大な爪で引っ掻かれたような痕跡が見える。


映像のざらつきのせいか、建物全体が不気味に脈動しているように錯覚する。背筋に冷たい汗が流れた。


「この施設は、マザー・システム確立以前の旧世界通信ネットワークの中継拠点の一つだ。

 100年前の大戦時に放棄されたが、内部には現在でも利用可能な技術が眠っている可能性がある」


俺は手に汗を握っていた。――初めてのフィールド任務。

これまでは訓練所の中でのシミュレーションばかりだったが、ついに本物の荒野に出る。

防壁の外では、モンスターと遭遇する可能性も当然ある。

喉が渇き、唾を飲み込む音さえ大きく響いてしまうような錯覚に陥る。


周りを見回すと、同期の候補生たちも緊張した面持ちだった。

中にはアーツの訓練を熱心に復習している者もいれば、装備品のチェックに余念がない者もいる。


「初任務か…」


小声で漏らした誰かの言葉が空気を震わせ、その場の重圧をさらに強めた。


「候補生は3人1組のチーム編成で行動する。リーダーはランク上位者が担当。

 …シンクレア、君はクリムゾンとマーシャルのチームに配属だ」


俺の心は複雑だった。アヤ・クリムゾンと同じチームになったのは正直嬉しい。

彼女は候補生の中でも群を抜いて優秀で、ディスク・アーツの技術も洗練されている。

一方で、ジン・マーシャルは昨日俺を嘲笑したザイン・レイノルズの仲間の一人だった。

ちらりと視線を送ると、マーシャルは俺を射抜くような目で睨んできた。


マーシャルは俺を見ると、明らかに不満そうな表情を浮かべた。

ブロンドの髪を短く刈り上げた彼は、まさにエリートといった雰囲気を纏っており、実技でも常に上位の成績を収めている。

その顔には「なぜお前と組まなければならない」と書かれていた。


「任務目標を再度確認する。第一目標は、施設内の通信機器の動作状況確認および修復可能性の査定。

 第二目標、再利用可能な電子部品、特に希少金属を含む基盤類の回収。

 第三目標が、周辺に生息するモンスターの行動パターン調査およびデータ収集」


ハリス中佐がホログラフィを操作すると、施設の詳細な断面図が表示された。

地下1階から地上3階までの構造が明確に示されており、各階の推定される機能も併記されている。

候補生たちは息を呑み、映し出される映像を凝視していた。


「重要な点を述べる。この任務は『訓練』ではなく『実任務』として扱われる。

 つまり、君たちの評価は正式なエージェント査定の一部となる」


この言葉に、訓練生たちの表情が一気に引き締まる。

小さなざわめきが起こるも、それを叱責するようにハリス中佐が冷たい視線を投げると、全員がすぐに黙り込んだ。


「また、フィールドでの行動は常にマザーが監視している。

 各自の行動ログは詳細に記録され、後日分析される。規律を保ち、チームワークを重視せよ」


俺はふと疑問に思った。

マザーの監視がフィールドにまで及んでいるのなら、効率的に排除できるはずなのに何故モンスターの存在を許しているのだろうか?

――胸の奥に生まれた違和感を、無意識に飲み込む。マザーへの疑問を、ここで口に出すのは危険すぎた。


---


装備支給室は、候補生たちの緊張した声であふれていた。

金属の擦れる音、チェックリストを読み上げる声、パルス・ギアの脈動する低い唸り音が混じり合う。

戦場に赴く前の慌ただしさと喧騒が漂っていた。


「マーシャル、ディスクケースの容量は?」


「標準の6スロット。《ファイアショット》《エクスプロード》《シールドガード》が基本セット」


「俺は《アイスバレット》も追加した。多様性が重要だからな」


他の候補生がディスクのチェックをしている中、俺は自分に割り当てられた装備を確認していた。

装備は明らかに軽装で、劣等感で胸が締め付けられる。

俺には、ディスクを選ぶ権利すらない。


パルス・ガードは身に着けているが、ディスクスロットは空のまま。俺には使えないからだ。

バックパックには連絡用の通信機器一式と緊急時の為の発煙筒。

環境分析器——大気成分、放射線レベル、生体反応を測定する携帯型デバイス。

そして応急処置キットと工具セット。基盤の取り外しや機械の分解に使用する調査用のものが入っていた。

――明らかに戦闘は期待されていない。


「これは何ですか?」


俺の手に渡されたのは、見慣れない小型の機械だった。

掌に収まるサイズで、奇妙なレンズが光を反射していた。


「モンスターの行動を記録する観測装置だ」


装備係の技官が説明してくれた。


「音声、映像、フェロモン分析が可能な複合センサーだ。

 …君のような特殊な立場の訓練生に渡す重要な装備だ」


特殊な立場。遠回しに「後方支援に徹しろ」と言われているのがよくわかった。

胸の奥に沈殿する悔しさを、誰にも気づかれぬように飲み込む。


周囲では他の候補生たちが武器の点検をしている。

パルス・ライフル、パルス・ソード、パルス・ランサー——どれも最新型の装備だ。

それぞれにディスクが装着され、皆、起動確認をしていた。

光の筋が走る刃、低く唸る銃身。彼らにとってその光は明るい未来を切り開く象徴だ。

俺の武器だけが、なんの光も発する事もなく、ただ立ち尽くすしかなかった。


「足を引っ張るなよ、不適合者」


任務開始前、マーシャルが俺に小声で釘を刺した。…彼の言葉が、刃のように鋭く俺の胸を貫く。

彼は肩にパルス・ライフルを担ぎ、腰には6つのディスクが収納されたケースを装着していた。

いかにも「戦闘要員」という装いで、その装備を見ていると、俺は改めて自分との格差を痛感した。


アヤは無言でチェックリストを確認している。

彼女の装備はより洗練されており、パルス・ガードには複数のディスクスロットがあった。

さらに、腰のホルスターには小型のパルス・ピストルも装備されている。

一つひとつの動作が正確で、無駄がない。彼女が本当に「エリート」と呼ばれる所以を目の当たりにする。


「心配しなくても、レイにはレイなりの役割があるわ」


意外にも、アヤが俺を庇うような発言をした。マーシャルは肩をすくめて何も言わなかった。

周囲の候補生が一瞬ざわめいたが、すぐに黙り込んだ。


「それに」アヤが続けた。

「データ収集も重要な任務よ。戦闘だけが全てじゃない。特に、あなたの観察眼は先日の訓練でも光っていた」


彼女の言葉に、俺は少し救われた気持ちになった。

確かに先日にあったモンスターとのシュミレーターでは、俺は前で戦闘に参加できないかわりに、敵の行動パターンを分析して仲間にアドバイスしていた。

それを覚えていてくれていたのだろう。素直にうれしく思う。どんなに些細な事でも、自分に出来る事をやるしかない。


「ただし」アヤの表情が引き締まった。

「フィールドは訓練場とは違い、命の危険がある。絶対に無茶はしないで」


---


フィールドへの移送は、大型のホバートランスボートにて行われた。

車内は20人の候補生でほぼ満席となり、装備の金属音と緊張した会話が混じり合っていた。

振動が座席を通じて伝わり、乗っている全員が揺れるたびに武器を抱え直したりていた。

その周りの様子に、俺もどこか落ち着かなかった。


「お前、今日が初フィールドか?」


隣に座った候補生が俺に話しかけてきた。


「ああ。君は?」


「俺も初めてだ。でも兄貴がエージェントでね、フィールドの話はよく聞いてる」


彼は少し誇らしげに言った。

その声に俺は羨望を覚えつつも、無意識に肩をすくめた。


「どんな話を?」


「例えば、モンスターは見た目よりも知能が高いらしい。

 単純な野生動物じゃなくて、まるで何かに訓練されたような行動を取ることがあるって」


この情報は興味深かった。俺は記録装置のメモ機能でこの会話を記録した。

心臓の鼓動が少し早まる。俺の役割は、せめて少しでも情報を得ることだ。


やがて車両が居住区を囲む巨大な防壁——ウォールを抜けると、景色は一変した。


「うわぁ……」


俺は思わず声を漏らした。車内の他の候補生たちも、同じような驚きの声を上げている。


赤茶けた大地が地平線まで続いている。

土の色は居住区で見たことのない深い赤で、まるで鉄錆のような色合いだった。

ところどころに奇妙に歪んだ金属の残骸や、枯れ果てた巨大な植物の残骸が点在している。

風が吹くたびに赤い砂が舞い上がり、地平線の彼方を霞ませていた。


最も印象的だったのは、空の色だった。

居住区の青空とは違い、薄いオレンジ色に霞んでおり、遠くで何かの影がゆらめいて見える。

まるで別の惑星にいるような感覚だった。胸の奥に不安と高揚が混ざり合う。


俺は環境分析器のディスプレイを確認した。

大気成分は人間にとって無害だが、微量の未知粒子が検出されている。放射線レベルも居住区より若干高い数値を示していた。

数値の一つひとつが現実味を帯び、訓練で学んだ「フィールドの危険性」を現実のものに変えていく。


「これがフィールド...…」


「お前は初めてだったな」


マーシャルが俺を見た。


「居住区の外はこんなものだ。マザーの直接管理が行き届かない『外の世界』だからな」


「でも、なぜこんな風になったんだ?」


「100年前の大戦の影響らしい。人類同士が戦略級兵器を使い合った結果がこれだ」


マーシャルの説明に、俺は戦慄した。これだけ広大な土地が、人間の争いによって荒廃してしまったのか。


「だからこそマザーの統治が必要なのよ」


アヤが静かに言った。


「…二度とこんな悲劇を繰り返さないために」


俺は車窓から見える廃墟を眺めていた。崩壊した建物群、錆びついた車両の残骸、そして——


「あれは何だ?」


遠くに見えるのは、巨大な骨のような白い構造物だった。まるで恐竜の肋骨を巨大化させたような形状で、天に向かって弧を描いている。

異様な存在感に、車内の候補生たちも一斉に息を呑んだ。


「旧世界の遺物だ」マーシャルが答えた。

「マザーが統治する前の文明の残骸らしい。あの辺りは『遺跡地帯』と呼ばれている」


「マザーが統治する前?」


俺は驚いた。マザーは惑星アルシオンを最初から管理していたのではないのか?


「お前は、そんなことも知らないのか?」マーシャルが呆れたような声を出した。

「マザーが現在の管理体制を確立したのは、およそ100年前のことだ。

 それ以前は人類同士で戦争をしていて、文明が崩壊寸前だった」


「だからマザーが介入して争いを治めた。そして平和を実現してくださったのよ」アヤが補足した。

「私たちは、その恩恵を受けて生きている」


俺は考え込んだ。

100年前に突如争いに介入した超人工知能。崩壊寸前だった文明。そして現在の管理社会。

なぜか、違和感を感じた。まるで、何か重要な情報が隠されているような...


思考の海に沈みそうになるが、今は任務中なのだと我に返る。


「生体反応は...」


俺は分析器のディスプレイを確認した。複数の点が表示されており、大小様々な生命体がこの荒野には生息しているようだ。中には人間よりもはるかに大きな反応もある。


「大型の反応が複数。でも、俺たちの進路からは離れてる」


「モンスターか」マーシャルが身構えた。

「どのぐらいの距離だ?」


「一番近いもので2キロ。群れを作ってるみたいだ」


この情報に、皆の緊張感が高まる。


「いつでも戦闘出来るように準備して」


アヤの冷静な指示が、車内に響き渡る。


得体の知れない何かが待っているような気がして、背中を冷たい汗が流れた。





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