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18/53

#18 継承

――あれから3日経った。


 地下の医療室に静かな空気が流れていた。白い蛍光灯が冷たく光り、ベッドに寝るオルフェンの顔を照らしている。俺は、ベッドのそばで拳を握りしめていた。


「師匠…」


「様子はどう?」


 カイが様子を観に来た。

俺たちはこの3日間、交代しながらすっとオルフェンの看病をしていた。


「まだ、なんの反応もない」


「そう……」


 重い沈黙――祈るように師匠の手を握ると、僅かに彼の指が動いた。


「師匠…?」


「……ここは……」


 そして、オルフェンはゆっくりと目を開けた。


「目が覚めましたか」

 俺は思わず声を上げた。


「3日も眠ってたんですよ。みんな心配してた」


「私、ドクター・ヴァインを呼んでくる!」


 カイは慌てて部屋を出ていった。オルフェンはそんな彼女を見送った後、天井を見つめ乾いた笑いをもらした。


「これは……まぁ生きているだけ、ましだな」


 だが、その声には力がなかった。


「目覚めたか」


 カイに連れられたヴァインが声をかける。その表情には安堵の色が浮かんでいた。


「なんとかな」


 ベッドの脇で幾つか問診をしながら、ヴァインが医療用タブレットを開く。


「お前が眠っている間に検査したが……内臓のあちこちに深刻な損傷がある。

 回復の見込みは、ほとんどない」


 俺は息を呑んだ。

プラナの使い過ぎは生命を削るとは聞いていたが、目の前で言われて初めて実感した。おそらく師匠はもうまともにプラナを扱うことはできないだろう。

 だが、オルフェンは穏やかな笑みを浮かべていた。


「そうか…すまないな、レイ。お前に重荷を背負わせることになった」


「そんな……そんなこと言わないでください!」

 思わず声が震えた。


「いや、現実を見ろ」

 彼はゆっくり首を振った。


「これからは、お前が中心となって戦わなければならない」


 その言葉が胸に突き刺さる。師を失う恐怖、そして、仲間たちを守る責任の重さ。心が押しつぶされそうになる。――そのときオルフェンが俺の手を取った。


「……いいか、レイ」


 彼の掌から、温かな光が流れ込んでくる。それは静かながらも力強い、生命の脈動のようだった。


「お前は、まだまだ強くなれる」


「これは……?」


 体内に何かが流れ込み、俺のプラナが共鳴し始めた。

――熱い。だが、不思議と苦しくはない。


「《ヴォルテックス》の時だ。俺のプラナの一部が、お前に宿ったんだ」


「俺に……?」


「それを定着させれば、お前の力は飛躍的に向上する。

 だが、同時に――力あるものの責任も、俺の代わりに背負うことになる」


 彼の声に、かすかな熱が混じる。まるで父が息子に未来を託すような、優しい眼差しを受けて俺は拳を握った。


「絶対に無駄にはしません。師匠の力、必ず使いこなしてみせます」


「なら、試してみろ。

 今までとは違う何かを感じるはずだ」


 師匠に指示されるがまま、俺は深呼吸し、身体の内側に意識を沈めた。

脳裏に光が走る――まるで眠っていた何かが呼び覚まされるように。


 そして、一つの言葉が自然と浮かんだ。


「……ウェイクアップ」


 その言葉を口にした瞬間、体が震えた。

プラナが全身を駆け巡り、心臓が燃え上がる。世界の全てが――鮮明に見える。空気の流れ、仲間の心拍、遠くの水滴の音。時間の進み方さえ変わったように思えた。


「レイ、それは…」

 俺を見ているルナの瞳が瞬く。


 だが、その直後、全身を激しい疲労が襲った。膝が崩れ落ち、呼吸が乱れる。


「……くっ……!」


「掴めたか」

 オルフェンが満足そうに頷いた。


「俺の切り札だった技だ」


「この技は、自己強化……しかも、かなり強力なものですね」


 息を荒げながらも、俺は冷静に自分の身に起きたことを解析していた。


「そうだ。プラナを極限まで活性化し、潜在能力を一時的に全覚醒させる。

 …だが、長くはもたない」


「……師匠は、いつもこの状態で戦っていたんですか?」


「いや、最終手段だ。

 …かなり身体に負担のかかる技だからな」

 オルフェンは苦笑した。


「《ヴォルテックス》の時も、お前を強制的にウェイクアップで覚醒させた。

 それであの威力が出せたんだ」


――諸刃の剣。

それでも、この技は俺に新しい希望をくれた。


「いいか」

 オルフェンの声が低くなる。


「この技術を応用すれば、他人の意識に干渉できるかもしれない」


「他人の……意識に?」


「俺の想像だが」

 オルフェンの瞳がわずかに揺れる。


「ウェイクアップによる覚醒状態では、プラナの領域が精神の奥まで拡張される。

 もし制御できれば――他者の精神にアクセスできる」


 その言葉に、俺の心が一気に跳ね上がった。

――それは、アヤを救う道かもしれない。


「マイクロチップで支配された意識に、直接働きかけることが……」


「できるかもしれん」

 オルフェンが頷く。


「だが、過去にそんな技は存在しなかった。お前が試行錯誤して編み出すしかない」


 室内が静まり返る。それを聞いたヴァイン博士が目を細めた。


「あり得なくはないな。しかし、制御を誤れば互いの精神崩壊を招くぞ」


「そんな危険な……」

 

 話を聞いていたカイが言い淀むが、俺の心はすでに決まっていた。


「……それが、アヤを救う鍵かもしれない」


 オルフェンが頷く。


「そうだ。マイクロチップで支配された意識に、直接働きかけることができるなら――」


「彼女を、戻せる」

 俺は小さく呟いた。


「彼女の心を、俺が呼び戻す」


 カイが目を見開き、息を呑む。


「レイ……そんなの、本当に可能なの?」


「わからない。

 …でも、やってみせる。彼女の心にもう一度、触れたい」


 オルフェンが薄く笑う。


「なら、その技に名をつけろ。お前の意思と想いを込めて」


 少し考えた俺は、思い浮かんた言葉を口にした。


「……“コネクト”。

 相手の心と、自分の心を――繋ぐ技。」


「コネクト……いいわね」


 カイが小さな呟くと、それを聞いたオルフェンは満足そうに頷いた。


「いい名だ。…だが覚悟しておけ。

 他者の精神に触れるということは、その苦しみや絶望を受け入れるということだ」


「構いません」

 俺は迷いなく答えた。


「アヤの痛みも、悲しみも、全部背負ってみせます」


 心を繋ぐ技――それがアヤを取り戻す唯一の道になる。


 オルフェンはじっと俺を見ていたが、やがて満足そうに微笑んだ。


「それでいい。ならばまず――ウェイクアップを完全に習得しろ。

 コネクトはその先だ」


---


 その夜。俺は地下訓練場に一人立っていた。

空調の音だけが響く広い空間で、俺は呼吸を整える。


「ウェイクアップ」


 プラナが弾ける。視界が白く染まり、世界が遅くなる。空気中の塵の一粒までが、時間が止まったように見えた。

――だが、30秒と持たず、膝をついた。


「……はぁ、はぁ……くそ……まだ制御が……」


「焦るな」


 背後から聞こえた声に振り向くと、車椅子に座ったオルフェンがいた。


「師匠……」


「調子はどうだ?」


「30秒も持ちません。でも……何か掴めそうな感覚があります」


「最初はそんなものだ」

 オルフェンが穏やかに笑う。


「俺も2年かかった。だが、お前なら数週間で使いこなすだろう」


「なぜ、そう言い切れるんです?」


「最近のお前の成長は目覚ましい。それは強い目的があるからだ」

 オルフェンの声が静かに響いた。


「アヤを救いたいという願い。

 ――それが強ければ強い程、プラナはお前を押し上げる。

 力だけでなく、精神の奥底まで活性化させる」


 俺は唇を噛んだ。アヤを思い浮かべるたび、体内のプラナがうねり、熱を帯びる。――まるで彼女がどこかで、俺を呼びかけているかのようだった。


「コネクト……絶対に完成させます」


「その意気だ」

 オルフェンが微笑んだ。


「だが気をつけろ。何度も言うが精神干渉は諸刃の剣だ。

 相手と意識が融合しすぎれば――自我を失う」


「わかりました。でも、俺はやります。

 アヤの心に、もう一度触れるために」


 オルフェンが深く頷いた。

その目には誇らしさと、ほんの少しの寂しさが宿っているような気がした。


 赤い月が廃坑の天窓から差し込んでいる。血のような光の中で、俺は静かに呟いた。


「待ってろ、アヤ。今度こそ、俺が君を救ってみせる」


 月の光に照らされて、プラナの灯が揺らめく。瞳に決意を浮かべて、俺は月を見上げた。


 

 その瞬間、レイ・シンクレアという一人の戦士が、真の意味で“誕生”したのだった。



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