#18 継承
――あれから3日経った。
地下の医療室に静かな空気が流れていた。白い蛍光灯が冷たく光り、ベッドに寝るオルフェンの顔を照らしている。俺は、ベッドのそばで拳を握りしめていた。
「師匠…」
「様子はどう?」
カイが様子を観に来た。
俺たちはこの3日間、交代しながらすっとオルフェンの看病をしていた。
「まだ、なんの反応もない」
「そう……」
重い沈黙――祈るように師匠の手を握ると、僅かに彼の指が動いた。
「師匠…?」
「……ここは……」
そして、オルフェンはゆっくりと目を開けた。
「目が覚めましたか」
俺は思わず声を上げた。
「3日も眠ってたんですよ。みんな心配してた」
「私、ドクター・ヴァインを呼んでくる!」
カイは慌てて部屋を出ていった。オルフェンはそんな彼女を見送った後、天井を見つめ乾いた笑いをもらした。
「これは……まぁ生きているだけ、ましだな」
だが、その声には力がなかった。
「目覚めたか」
カイに連れられたヴァインが声をかける。その表情には安堵の色が浮かんでいた。
「なんとかな」
ベッドの脇で幾つか問診をしながら、ヴァインが医療用タブレットを開く。
「お前が眠っている間に検査したが……内臓のあちこちに深刻な損傷がある。
回復の見込みは、ほとんどない」
俺は息を呑んだ。
プラナの使い過ぎは生命を削るとは聞いていたが、目の前で言われて初めて実感した。おそらく師匠はもうまともにプラナを扱うことはできないだろう。
だが、オルフェンは穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうか…すまないな、レイ。お前に重荷を背負わせることになった」
「そんな……そんなこと言わないでください!」
思わず声が震えた。
「いや、現実を見ろ」
彼はゆっくり首を振った。
「これからは、お前が中心となって戦わなければならない」
その言葉が胸に突き刺さる。師を失う恐怖、そして、仲間たちを守る責任の重さ。心が押しつぶされそうになる。――そのときオルフェンが俺の手を取った。
「……いいか、レイ」
彼の掌から、温かな光が流れ込んでくる。それは静かながらも力強い、生命の脈動のようだった。
「お前は、まだまだ強くなれる」
「これは……?」
体内に何かが流れ込み、俺のプラナが共鳴し始めた。
――熱い。だが、不思議と苦しくはない。
「《ヴォルテックス》の時だ。俺のプラナの一部が、お前に宿ったんだ」
「俺に……?」
「それを定着させれば、お前の力は飛躍的に向上する。
だが、同時に――力あるものの責任も、俺の代わりに背負うことになる」
彼の声に、かすかな熱が混じる。まるで父が息子に未来を託すような、優しい眼差しを受けて俺は拳を握った。
「絶対に無駄にはしません。師匠の力、必ず使いこなしてみせます」
「なら、試してみろ。
今までとは違う何かを感じるはずだ」
師匠に指示されるがまま、俺は深呼吸し、身体の内側に意識を沈めた。
脳裏に光が走る――まるで眠っていた何かが呼び覚まされるように。
そして、一つの言葉が自然と浮かんだ。
「……ウェイクアップ」
その言葉を口にした瞬間、体が震えた。
プラナが全身を駆け巡り、心臓が燃え上がる。世界の全てが――鮮明に見える。空気の流れ、仲間の心拍、遠くの水滴の音。時間の進み方さえ変わったように思えた。
「レイ、それは…」
俺を見ているルナの瞳が瞬く。
だが、その直後、全身を激しい疲労が襲った。膝が崩れ落ち、呼吸が乱れる。
「……くっ……!」
「掴めたか」
オルフェンが満足そうに頷いた。
「俺の切り札だった技だ」
「この技は、自己強化……しかも、かなり強力なものですね」
息を荒げながらも、俺は冷静に自分の身に起きたことを解析していた。
「そうだ。プラナを極限まで活性化し、潜在能力を一時的に全覚醒させる。
…だが、長くはもたない」
「……師匠は、いつもこの状態で戦っていたんですか?」
「いや、最終手段だ。
…かなり身体に負担のかかる技だからな」
オルフェンは苦笑した。
「《ヴォルテックス》の時も、お前を強制的にウェイクアップで覚醒させた。
それであの威力が出せたんだ」
――諸刃の剣。
それでも、この技は俺に新しい希望をくれた。
「いいか」
オルフェンの声が低くなる。
「この技術を応用すれば、他人の意識に干渉できるかもしれない」
「他人の……意識に?」
「俺の想像だが」
オルフェンの瞳がわずかに揺れる。
「ウェイクアップによる覚醒状態では、プラナの領域が精神の奥まで拡張される。
もし制御できれば――他者の精神にアクセスできる」
その言葉に、俺の心が一気に跳ね上がった。
――それは、アヤを救う道かもしれない。
「マイクロチップで支配された意識に、直接働きかけることが……」
「できるかもしれん」
オルフェンが頷く。
「だが、過去にそんな技は存在しなかった。お前が試行錯誤して編み出すしかない」
室内が静まり返る。それを聞いたヴァイン博士が目を細めた。
「あり得なくはないな。しかし、制御を誤れば互いの精神崩壊を招くぞ」
「そんな危険な……」
話を聞いていたカイが言い淀むが、俺の心はすでに決まっていた。
「……それが、アヤを救う鍵かもしれない」
オルフェンが頷く。
「そうだ。マイクロチップで支配された意識に、直接働きかけることができるなら――」
「彼女を、戻せる」
俺は小さく呟いた。
「彼女の心を、俺が呼び戻す」
カイが目を見開き、息を呑む。
「レイ……そんなの、本当に可能なの?」
「わからない。
…でも、やってみせる。彼女の心にもう一度、触れたい」
オルフェンが薄く笑う。
「なら、その技に名をつけろ。お前の意思と想いを込めて」
少し考えた俺は、思い浮かんた言葉を口にした。
「……“コネクト”。
相手の心と、自分の心を――繋ぐ技。」
「コネクト……いいわね」
カイが小さな呟くと、それを聞いたオルフェンは満足そうに頷いた。
「いい名だ。…だが覚悟しておけ。
他者の精神に触れるということは、その苦しみや絶望を受け入れるということだ」
「構いません」
俺は迷いなく答えた。
「アヤの痛みも、悲しみも、全部背負ってみせます」
心を繋ぐ技――それがアヤを取り戻す唯一の道になる。
オルフェンはじっと俺を見ていたが、やがて満足そうに微笑んだ。
「それでいい。ならばまず――ウェイクアップを完全に習得しろ。
コネクトはその先だ」
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その夜。俺は地下訓練場に一人立っていた。
空調の音だけが響く広い空間で、俺は呼吸を整える。
「ウェイクアップ」
プラナが弾ける。視界が白く染まり、世界が遅くなる。空気中の塵の一粒までが、時間が止まったように見えた。
――だが、30秒と持たず、膝をついた。
「……はぁ、はぁ……くそ……まだ制御が……」
「焦るな」
背後から聞こえた声に振り向くと、車椅子に座ったオルフェンがいた。
「師匠……」
「調子はどうだ?」
「30秒も持ちません。でも……何か掴めそうな感覚があります」
「最初はそんなものだ」
オルフェンが穏やかに笑う。
「俺も2年かかった。だが、お前なら数週間で使いこなすだろう」
「なぜ、そう言い切れるんです?」
「最近のお前の成長は目覚ましい。それは強い目的があるからだ」
オルフェンの声が静かに響いた。
「アヤを救いたいという願い。
――それが強ければ強い程、プラナはお前を押し上げる。
力だけでなく、精神の奥底まで活性化させる」
俺は唇を噛んだ。アヤを思い浮かべるたび、体内のプラナがうねり、熱を帯びる。――まるで彼女がどこかで、俺を呼びかけているかのようだった。
「コネクト……絶対に完成させます」
「その意気だ」
オルフェンが微笑んだ。
「だが気をつけろ。何度も言うが精神干渉は諸刃の剣だ。
相手と意識が融合しすぎれば――自我を失う」
「わかりました。でも、俺はやります。
アヤの心に、もう一度触れるために」
オルフェンが深く頷いた。
その目には誇らしさと、ほんの少しの寂しさが宿っているような気がした。
赤い月が廃坑の天窓から差し込んでいる。血のような光の中で、俺は静かに呟いた。
「待ってろ、アヤ。今度こそ、俺が君を救ってみせる」
月の光に照らされて、プラナの灯が揺らめく。瞳に決意を浮かべて、俺は月を見上げた。
その瞬間、レイ・シンクレアという一人の戦士が、真の意味で“誕生”したのだった。




