#16 激闘の末に
「バインド」
青白いプラナの鎖が生まれ、螺旋を描きながらアヤに向かって伸びる。
初めて見る戦技に反応が遅れた彼女は、そのまま拘束された。鎖が彼女の腕と脚を締め上げ、光の鎖が脈動する。
「この技は...データにない」
アヤがかすかに眉を動かした。無機質な平坦な声の中に、戸惑いの色が混じる。
「そうだ」
俺が一歩ずつ近づく。
「俺は常に成長している。マザーの分析なんかに、追いつかせない」
俺はアヤの前に立ち、そっと手を伸ばした。彼女の肩に触れた瞬間、熱が伝わる。そこには機械のような冷たさではなく、人間の温もりが確かにあった。
「アヤ、思い出してくれ。俺たちが一緒に過ごした日々を」
アヤの瞳がわずかに揺れた。その黒い瞳の奥で、意思の光がチラリと瞬く。
「私は……私……」
彼女の唇が震える。そして、掠れた声が漏れた。
「レイ……?」
その一言に、胸が熱くなる。
「そうだ。俺だよ」
俺は微笑んだ。
「君を、迎えに来た」
しかし、その光はすぐに消える。彼女の目が再び、冷たく無機質な輝きに戻る。
「感情的な記憶は削除済みだ」
次の瞬間、アヤの全身から爆発的なプラナが放たれた。バインドの鎖が一瞬で砕け、衝撃波が俺を後方に吹き飛ばす。
「なっ!」
これが彼女のプラナなのか。
青白い光が彼女を包み込む。その姿は神々しくも恐ろしかった。
「これは...」
俺は本能的に危険を感じた。プラナの波動がアヤの方が遥かに強い。チップが強化されたというだけで、ここまで操れるものなのか――
「ストリーム」
無数の螺旋の光がアヤの両腕から放たれて、俺に向かって迸った。
俺は即座に複数の「シールド」を張ったが、その威力に次々と破られていく。
「くそっ、このままじゃ...」
思い浮かんだのは、ジンの得意としていた戦技――
「爆ぜろ、プラナ・バースト!」
俺の身体を中心に、プラナが爆発的に拡散する。アヤの攻撃と衝突し、互いのプラナが弾け合う。煙が晴れると、俺は膝をついていた。視界が揺れて、呼吸も荒い。
「はぁ...はぁ...」
対するアヤは、微動だにせず立っていた。
「興味深い技だ」
彼女が分析するように言った。
「だが、エネルギー効率が悪すぎる。実戦では使えない」
「うるさい」
俺が立ち上がった。
「効率なんて、どうだっていい」
俺は全身にプラナを巡らせる。
――大丈夫、まだ動ける。
「俺は君を救う為なら、何でもやってやる」
「救う?」
アヤの表情が歪んだ。
「私は救われる必要などない」
「いや、必要だ!」
俺は叫んだ。
「今の君は本当の君じゃない。マザーに作られた偽物だ」
「偽物?」
アヤの目に、初めて感情らしきものが浮かんだ。
「……私が偽物だと?」
「そうだ。
本当のアヤは、もっと温かくて、優しくて、強い人だった」
「黙れ」
俺の言葉を否定するように、アヤがブラストを連打する。だが、その攻撃は直情的で、精密さを欠いていた。
――俺の声は届いてる。
俺は攻撃をかわしながら、確信を得た。アヤの中には、まだ本当の彼女が残っている。
「君は愛を知ってる」
俺が叫んだ。
「仲間を思う心を知ってる。それを忘れたふりをしてるだけだ」
「愛?」
アヤの表情がさらに歪んだ。
「そんなものは幻想だ」
「幻想じゃない」
俺は反論しながら必死に突破口を探っていた。
アヤの反応が感情的になっている。完全に感情が排除されているなら、こうはならないはずだ。
なら――
「そうか、君は愛を理解出来なくなったのか」
わざと挑発的に言った。
「マザーの奴隷にまでなるとは哀れだよ」
「奴隷?」
アヤの目に怒りの色が浮かぶ。
「私は誰の奴隷でもない。」
「いいや、今の君はただの奴隷だ。
自分の意志で何も決められない、ただの人形だ」
「黙れ!」
アヤが激高して、今までで最大の大きさのブラストを放つ。
だが、ろくに狙いも定まっていないそれは、ただ俺の言葉を否定する為だけのものだった。俺はその乱雑な攻撃を避けながら、アヤとの距離を詰める。
「君が本当に自由なら、何故マザーの命令に従う?
何故俺の言葉に心が乱されているんだ?」
「私は、私は……」
アヤが苦し紛れに放つストリームの余波が身体を掠めた。
吹き飛ばされた俺は、ふらつきながらも立ち上がる。
「なぜまだ立てる?君の身体は限界のはずだ」
「勝手に決めるな」
アヤの叫びを聞いて、俺は笑ってみせた。
「君を救うまで、何度だって立ってみせる」
再びブラストの光弾が連打されるが、それに構わず一気にアヤの懐に飛び込んだ。
「なっ…」
彼女が拳を振るうが、俺はそれを受け止めてアヤの肩を掴んだ。
「アヤ。君の心の奥深くに、本当の君が眠っている。俺はそれを信じてる」
その瞬間、アヤの体に変化が起こった。
彼女のプラナが暴走し始めたのだ。
「何が...起こって...」
アヤが苦しみ始めた。彼女の身体から、制御を失ったプラナが溢れ出す。青白い光が乱れ、まるで嵐のように荒れ狂っていた。きっと彼女のプラナが、マイクロチップの制御と戦っているのだろう。
「大丈夫だ、アヤ」
俺が彼女を支えた。
「君のプラナに任せろ。心のままに」
「…レイ?」
アヤの目に、かすかに温かさが戻った。その瞳は、かつて俺が知っていたアヤの瞳だった。
「あなたは...レイ?本物なの…?」
「そうだ。俺はずっと君を探してた」
「私...ひどいことを...」
アヤが涙を流し始めた。
「あなたを攻撃して...それに仲間も.…..」
「操られていたんだ、気にするな」
俺が彼女の頭を撫でた。
「大切なのは、君がこうして戻ってきたことだ」
だが、その瞬間、アヤの表情が再び苦痛に歪んだ。
「頭が...…痛い...」
アヤが頭を抱えて苦しみ始める。彼女のプラナとチップの制御が激しく拮抗しているのだろう。彼女の意識が、相反する二つの力に揺れ動かされている。
「アヤ、気をしっかり持て!」
「私は...私は誰...?」
アヤの目が混乱で揺れていた。
「レイ...?いや、敵...ターゲット...?」
彼女の表情が、一瞬ごとに変わる。
その瞳の色に、アヤ本人の温かさとチップに制御された冷たさが交互に現れていた。
「違う...私は...エージェント...いや...私は...」
アヤが再び俺に殴りかかる。だが、その動きは鈍く、迷いに満ちていた。俺は彼女の腕を掴み、抱きしめる。
「落ち着け、アヤ。君は君だ。それ以外の何者でもない」
「でも...頭の中で...声が...」
アヤが震えながら言った。
「マザーの声が...命令が...」
「聞くな」
俺が強く言った。
「君の心の声だけを聞くんだ」
――その時、冷たい拍手の音が響いた。
「興味深いデータが取れたわ」
振り返ると、コロネル・エリザベス・ヴァンス大佐が冷笑を浮かべて立っていた。俺はアヤを庇うように、ヴァンス大佐に向かい構えをとる。
「予想通りの展開ね。
アヤのプラナ・アーツ習得は想定より早かったが、精神制御の調整が不完全だったようね」
「調整が不完全?」
「そうよ。プラナの覚醒が制御システムに干渉している。
けど、このデータがあれば完璧な調整が可能になるわ」
ヴァンス大佐の言葉に、俺は絶望的な気持ちになった。アヤの苦しみも、彼女の一時的な回復も、すべては政府の掌の上で、ただの実験材料でしかないのか。
「私...レイ...助けて...」
アヤが苦痛に満ちた表情で俺に手を伸ばした。だが次の瞬間、彼女の目が冷たくなる。
「ターゲット確認...捕獲開始...」
アヤが俺を突き飛ばすが、すぐにその表情が温かいものに戻る。
「レイ...私、怖い...」
「アヤ!」
「構えなさい!」
ヴァンス大佐の合図と共に、黒い影が視界を埋め尽す。
周囲を、無数のエージェントたちが包囲していた。黒い戦闘スーツ、無表情な仮面、全員が同じタイミングで銃を構える。
「実験は終了よ。アヤを回収しなさい」
「待て!」
ヴァンス大佐が手を上げる。俺はそれを止めさせようと叫んだ。
だが、エージェントの一人がトリガーを引き、麻酔弾がアヤの肩に命中する。
「レイ...忘れないで...私を...」
アヤがそう呟いて倒れた。
俺は彼女に駆け寄ろうとしたが、エージェントたちが立ち塞がった。
「あなたも確保する予定でしたが」
ヴァンス大佐が冷たく言った。
「今日のところは見逃しましょう」
「なぜだ?」
「実験の成果を見るためですよ」
彼女が不敵に笑った。
「次にアヤと会う時、あなたはより絶望的な戦いを強いられるでしょう」
エージェントたちがアヤを連れ去っていくのを、俺は無力感に打ちのめされながら、見ているしかなかった。
最後にヴァンス大佐が振り返り、静かに告げた。
「今度の調整で、感情の揺らぎは完全に排除される事でしょう。
次に会う時、アヤは君への“感情”を無くした完璧な戦士になっているわ。
楽しみにしていて」
政府軍が撤退していく中、俺は一人立ち尽くしていた。
アヤは再び連れ去られた。しかも今度こそ、完璧に感情を消されて現れるそうだ。
「レイ!」
仲間たちが駆けつけてきた。
「アヤは?」
「連れて行かれた」
オルフェンの問いかけに、俺は力なく答えた。
「今度は...完璧にマザーの操り人形になって現れるそうだ」
それを聞いたオルフェンが無言で俺の肩を掴んだ。その掌の温かさが、ようやく現実を突きつけてくる。
「諦めるな」
オルフェンが静かに言った。
「まだ終わったわけじゃない。彼女は、お前を愛していた。それは確かだ。
…どんなに操られても、その想いは心の奥底に残っているはずだ」
俺は希望を見つけようとしたが、ヴァンス大佐の言葉が頭から離れなかった。
次に会うアヤは、もっと完璧に制御された存在になる。そして俺は、愛する人の姿をした別人と戦わなければならない。その現実を受け入れるには、俺はまだ弱すぎた。
それでも――心の奥で、わずかな光がまだ消えていないのを感じていた。
彼女の涙を見た。
それが、彼女がまだ“アヤ”である証だと信じたかった。




