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#15 戦場での再会

北東部のフリーダム基地に向かう途中、俺たちは“地獄”としか呼べない光景を目の当たりにした。

赤茶けた大地が、今はさらに深い紅に染まっていた。爆発でえぐられた地面には、破壊された車両や兵器の残骸が転がる。それらが、ここで戦いの激しさを語っていた。空気中には硝煙と焼け焦げた金属の匂い、そして――血の鉄臭さが混ざっていた。


「……ひどい」


 カイが小さく呟く。その声は震え、喉の奥でかすれていた。


「政府軍の攻撃は想像以上に激しかったようだな」


 オルフェンが周囲を警戒しながら言う。その目は鋭く、だがどこか悲しげでもあった。


「生存者がいれば救出する。どんな微かな反応でも見逃すな」


 ミラが腰のスキャナーを起動した。機械音が沈黙を切り裂き、青い光が瓦礫をなぞる。


「……微弱な反応がいくつか。でも、ほとんどは……」


 彼女は言葉を詰まらせ、首を横に振った。


 重い沈黙の中、俺たちは慎重に足を進めた。焼け焦げた地面を踏むたび、ブーツの裏から灰が舞い上がる。

基地までの道のりは、まるで世界の終わりへと向かっているようだった。

 その時、風の切れ間から――微かな呻き声が聞こえた。


「今の、聞こえた?」


 そう言ってルナが耳を澄ます。

俺は声のしたと思われる方向へ駆け寄った。崩れた壁の陰、瓦礫の下からかすかに手が伸びている。


「こっちだ!」


 オルフェンが指示を飛ばし、ミラとカイがすぐに瓦礫を除去する。現れたのは、胸を深く負傷したレジスタンスの兵士だった。血に濡れた制服の下から、かすかに呼吸が漏れている。


「大丈夫?」


 ルナが膝をつき、素早く止血処置を行う。兵士は焦点の合わない目で俺たちを見た。


「……最新型装備の……エージェントが……」


 息を絞り出すように言葉を紡ぐ。


「最新型?」

 ミラが眉をひそめる。


「プラナを……使ってた……青い光が……壁を……貫通して……」


 彼の声は震え、恐怖と苦痛が入り混じっていた。


「まるで……君のような……」


 胸の奥が凍りついた。――間違いない、アヤだ。


「他に、何か見たか?」

 俺が問うと、兵士は苦しそうに首を振り、唇を動かした。


「美しい……女性だった……でも、目が……虚ろで……」


 そのまま、彼は意識を失った。ルナが黙って彼の瞼を閉じる。


 俺は拳を握った。


 “美しい女性”――“虚ろな目”。あの優しい瞳が、もう何も映していないというのか。


---


 フリーダム基地に着いたとき、すでに戦闘は終わっていた。

かつてレジスタンスの希望を象徴だった場所は、今や瓦礫の山に変わり果てていた。空には政府軍の無人機が旋回し、焼けたコンクリートの上に影を落としている。


「……完全に制圧されてる」


 ミラが双眼鏡を覗きながら呟いた。基地の入口には黒塗りの装甲車両が何台も並び、政府の紋章が赤く光っている。周囲には、無機質な装甲スーツに身を包んだエージェントたちが警備をしていた。


「どうする?

 正面突破は自殺行為だ」

 ミラが俺たちを見た。


「潜入ルートを探すか?」


「待て」

 オルフェンが遠くを指差した。


 基地の中央――崩れた司令塔の前に、ひとりの影が立っていた。

風に揺れる長い髪。政府の制服に身を包み、背中には青白い光の残滓が漂っている。

 

 アヤだった。


「アヤ……」

 

 思わず名前を呼ぶ。胸の奥で、止まっていた時間が一気に動き出す。だが、その姿は俺の知る彼女ではなかった。その表情は、感情を概念ごと削ぎ落とされたかのように無機質で、美しい人形のようだった。


「レイ」

 オルフェンが肩に手を置いた。


「冷静になれ。怒りに任せていたら彼女は救えないぞ」


「……わかってる」


 深呼吸をして、心を落ち着かせる。怒りでも悲しみでも、感情に身を任せてはいけない。“救うため”の覚悟を持たなければ、彼女には届かない。


 ミラが手元のタブレットで地形データを確認した。


「作戦を立てよう。まず、彼女を他のエージェントから引き離す必要がある。」


「囮作戦か」

 ルナが頷く。


「私たちが外で派手に動いて注意を引く。その隙に、レイが接触する」


「レイ1人じゃ危険すぎる!」

 カイが即座に反対した。


「相手はプラナ・アーツを習得してる。しかも最新式のパルス・ギアも装備しているわ!」


「それでもやるしかない」

 俺は言い切った。


「俺が彼女と直接話せば、きっと何かが起こる。……そう信じてる」


 オルフェンはしばらく黙って俺を見つめ、やがて静かに頷いた。


「いいだろう。だが、絶対に死ぬな。」


「レイ、戻ってきたら(しご)いてあげる覚悟しなさい」


 ミラが軽く笑い、ルナが俺の背中を叩いた。


「アヤを救うんでしょ?2人で無事に帰ってきて」


 俺は頷き、視線を前に向けた。青い光をまとったアヤが、風の中で静かに佇んでいる。まるで、俺たちの到着を最初から知っていたかのように。


「アヤ……俺は、必ずお前を取り戻す」


 その誓いを胸に、俺たちは作戦を開始した。

運命の再会まで、あとわずかだった。


---


 作戦開始から10分後、俺は基地の裏手に回り込み、廃墟の影に身を潜めていた。

視界の先では、アヤがただ静かに立っている。まるでこの戦場の中心が、自分であるかのように。


 仲間たちの囮作戦は成功した。爆音が遠くで響き、青い閃光が夜空を裂く。政府軍のエージェントたちがそちらへと走っていくのを確認し、俺は息を殺して一歩ずつ前進した。


――行くぞ。絶対に、取り戻す。


「アヤ」


 声をかけた瞬間、空気が凍りついた。彼女の長い髪が微かに揺れ、冷たい視線がゆっくりと俺に向けられる。


「レイ・シンクレア」


 その声音は、あの柔らかい声とは似ても似つかない。感情をすべて削ぎ落としたような、無機質な声だった。


「予想通り、現れたな」


「アヤ、俺だ。レイだよ」


「知っている」

 彼女は一歩、こちらへ歩み寄った。


「ターゲット確認。捕獲を開始する」


 アヤが腰から銃を抜いた。Aランクのパルス・ギア。そのスロットには4枚のディスクが装着されていた。


「ディスク・アーツ《ファイアブラスト》」


 アヤの冷たい声と共に、炎の弾丸が俺に向かって飛来した。


「くそっ!」


 俺は横に飛んで回避した。炎弾は俺が立っていた場所に着弾し、地面を焦がした。


「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」


 今度は雷撃だ。青白い稲妻が俺を追いかけてくる。


「シールド!」


 俺はプラナの障壁を展開し、雷撃を防いだ。だが、衝撃で身体が痺れる。


「これがAランク武器か...」


 俺は歯を食いしばった。4枚のディスクを同時装填できる高性能武器。つまり、アヤは4つの異なる戦技を瞬時に切り替えて使用できるということだ。


「ディスク・アーツ《アイスランス》」


 氷の槍が複数、空中に形成され、俺に向かって飛来する。俺は地面を蹴って跳躍し、氷槍を回避した。だが、その瞬間、アヤの姿が消えた。


「どこだ?」


 俺は周囲を警戒した。プラナの感覚を研ぎ澄ませ、彼女の気配を探る。


――背後だ!


 俺は振り返りざま、両手に「シールド」を展開した。


「ディスク・アーツ《サンダーボルト》」


 同時に、アヤから放たれた雷撃が、俺のシールドに激突する。障壁が消えた瞬間、アヤは再度詠唱していた。


「ディスク・アーツ《ブレードエッジ》」


 アヤの銃口から、凄まじいエネルギー量の刃が生成された。俺は咄嗟に「シールド」を張るが、あっさり切り裂かれ、衝撃で身体が数メートル後方に吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


 俺は地面に着地し、アヤを見た。彼女は何事もなかったかのように、冷静な表情で立っている。


「君のプラナを使った戦闘データは完全に記録済みだ」

 冷たい目でアヤが続けた。


「政府施設での脱出劇、レジスタンス基地での戦闘訓練、そのすべてが分析されている」


 俺の背筋が凍った。つまり、マザーは俺の手の内をすべて知っているということか。


「君の思考パターン、防御技術、身体能力。すべて把握済みだ」


 アヤが再びパルス・ギアを構えた。


「ダブル・アーツ《ファイアブラスト》《サンダーボルト》」


 炎と雷が同時に放たれた。

俺は咄嗟に横に飛んだが、爆発の衝撃で身体が吹き飛ばされる。


「はぁ...はぁ...」


 俺は立ち上がり、アヤを見た。彼女の攻撃は、訓練生時代とは比べ物にならないほど精密で強力だ。だが、それでも俺には違和感があった。彼女の戦い方に、迷いがない。…いや、迷いがなさすぎる。まるでプログラムされた通りに動いているような、そんな印象を受けた。


「アヤ、俺の話を聞いてくれ」

 俺は必死に呼びかけた。


「君は操られてる」


「操られている?」

 アヤが首をかしげた。その動作すら、どこか機械的で不自然だった。


「私は自分の意志で行動している」


「それは嘘だ。マイクロチップが――」

「マイクロチップは私の能力を最適化しているだけ」

 アヤが俺の言葉を遮った。


「私は今、これまでで最も効率的な状態にある」


「効率的……それを“人間”って呼ぶのか!?」


「人間――?」


 アヤの瞳が一瞬だけ揺れた。だが次の瞬間、再び冷たく光る。


「トリプル・アーツ《アイスランス》《ファイアブラスト》《サンダーボルト》。」


 三属性の同時詠唱。氷・炎・雷――三つの奔流が同時に襲いかかってきた。避けきれない――俺は限界までプラナを練り上げる。


「シールドォォッ!!」


 三重の障壁を構築する。衝撃波が地面を抉り、岩が砕けた。あまりの威力に腕の骨が軋む。障壁が弾け、砕ける音。

――持たない!


「くっ……!」


「君のプラナの量は解析済だ。」

 アヤは冷静に分析するように言った。


「あと3度の攻撃で、プラナは枯渇する。」


「うるさい!」


 このままでは話をする事も出来ない。…俺は反撃に出た。


「ブラスト!」


 プラナの光弾をアヤに向けて放つ。だが、彼女は冷静に見てそれを回避した。


「予測済みの攻撃だ」


 アヤが俺の背後に回り込む。

――早い!ディスク・ワードで予め身体強化をしていたのだろうか。


「ディスク・アーツ《ブレードエッジ》」


 アヤの剣が俺の背中を狙う。「シールド」でギリギリ防いだが、衝撃で前に吹き飛ばされた。


「ぐはっ!」


 俺は地面に倒れ込んだ。身体中が痛い。プラナの消費も激しく頭がガンガン痛む。


「まだ...諦めない...」


 俺は立ち上がろうとした。だが、その時、アヤの表情にわずかな変化が現れた。


「なぜ諦めない?」


  彼女の声に、ほんの少しだけ感情が混じった。


「君に勝ち目はない。なぜ戦い続ける?」


「決まってるだろ」

 俺が血を拭いながら言った。


「君は俺の大切な仲間なんだから」


 その言葉に、アヤの動きが止まった。


「仲間...?」


 彼女の目に、かすかに光が宿る。


「そうだ」

 俺が立ち上がった。


「君と俺は、訓練生時代から一緒だった。君はいつも俺を気にかけてくれた」


「私が...?」


 アヤの表情に、困惑が浮かぶ。


「ああ。君は優しくて、強くて、誰よりも仲間思いだった」

 俺が続けた。


「今の君は、本当の君じゃない」


「本当の私...?」


 アヤの唇がわずかに震えた。彼女の手が、わずかに下がる。パルス・ギアの光が一瞬だけ弱まった。


――今しかない!


「バインド!!」


 青白いプラナの鎖が生まれ、螺旋を描きながらアヤに向かって伸びた。



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